◇「本当に価値ある情報はオープンな会話の中から生まれてくる」
アルファブロガーの方にブログへの思いや考えを語ってもらう連載企画の6回目は、昨年12月に発表された「アルファブロガー・アワード2007」でアルファブロガーの仲間入りをした弁護士の葉玉匡美さん(42)。法務省時代に会社法の立案を担当した経験を生かし、会社法を分かりやすく解説するブログ「会社法であそぼ。」を運営する。企業の法務担当者や弁護士をはじめ、司法試験受験生らから投げかけられた質問や疑問に答え、多くの人に頼りにされ、支持されているブログだ。昨春検事を退官し、弁護士としてTMI総合法律事務所で働く葉玉さんに六本木ヒルズのオフィスで、デジタルメディア局の磯野彰彦局次長が話を聞いた。【米岡紘子】
磯野:まずはアルファブロガーに選ばれた感想を。
葉玉:素直にうれしいですね。賞を取ったということよりは、多くの人たちが私のグログを支持してくれたことがうれしい。今回の受賞は、読者の人たちの温かみを感じるいい機会になりました。
磯野:「一流弁護士の見解をブログで読めるなんて時代も変わった」という投票者コメントがあります。ブログのQ&Aは無料ですが、もったいないですよね。
葉玉:05年11月に始めた時は公務員だったんですよね、法務省の。だからお金を取るわけにはいかない。上場企業の法務部、総務部の人たちがよく見てくれていて、その人たちからのアクセスが毎日、6000~7000あることからすれば、すごく広告効果は高いと思うんですが、弁護士になって急にブログをやめるのもおかしいだろうと。ちょっと矛盾を感じる時はありますけどね。お金を払って来るお客さんに提供するサービスのレベルと、ブログで無料で質問にお答えする部分のレベルを、どう折り合いをつけるかという課題はあると思っています。
磯野:ブログを始めた動機は会社法の啓もうですか。
葉玉:啓もうというのはおこがましいんですが、かなり抜本的に改正され、みなさん資料がまったくない状態だったと思うんです。それで法務省にもたくさんの質問の電話がかかってくるし、同じような質問も結構多い。それなら、ブログでやり取りすれば、みんなそれなりに参考になるかなと思ったんですよね。
磯野:東京地検特捜部にいる間もブログは続けていたんですか。
葉玉:う~ん、名前を出してはやれないですよね。法律的にはいいんですけど、いろんな憶測呼ぶのはよろしくないかなと。その間、葉玉匡美は引退し、インターネット上の仮想人格であるサミーさんが続けていました。サミーさんが誰かと言われると、それは、立案担当者の誰かがやってるんでしょうと。立案担当者の中に葉玉先生が入ってるんですか、と言われるとそれは黙秘します(笑い)。
磯野:質問がたくさん来て「うっとおしいなあ」とかいう感じはないんですか。
葉玉:それはないですね。私好きなんですよ、質問を受けるのが。自分の考えたこともないような問題点を指摘してもらった方が、自分の能力が高まるじゃないですか。また「会社法、ここがおかしいんじゃないか」と言われれば、本当におかしいかどうかを考えます。そのためにコメント欄を設けてあるんですよね。
磯野:ブログという媒体を選んだ理由を教えてください。
葉玉:当時は眞鍋かをりさんが「ブログの女王」と言われ始めた時です。私実は、パソコン通信から数えると、もう20年ぐらい通信をやってるんです。自分でプログラムを書いてフリーウェアを出したこともありますし、クローズなホームページ(以下、HP)を作ったこともあります。ただ、HPは管理をするのが面倒くさいなと思って。そしたら「ブログってのがあるみたいだよ」と。「ブログってなんだろう。HPでもいいけど、新しいメディアが出てきたのなら1回試してみよう」という感じですよね。冗談半分ですが、もしかしたら「ブログの王様」とかいって、女王の眞鍋かをりとカップルになれるかもしれない、とか。
磯野:試しに始めて見たら、HPよりもすごく使いやすいと。
葉玉:使いやすいというか、なんとなくやめられなくなったんじゃないですか。ちょうどブログというカテゴリーが注目され「個人が発信し、日記風に毎日更新されるメディア」として認知されつつあったので。HPだと公式っぽいですが、ブログだと個人がやってるので、法務省の公式見解だとは誰も思わないだろうと。実はそれを一番気にしてたんです、私自身は。だからできるだけ非公式感のあふれるものにしたい。だから「会社法であそぼ。」なんです。誰もこれを法務省のHPとは思わんだろうと。ましてブログだし、変な背景だし(笑い)。よく「会社で変なページを見ていると思われるので、もっと格式高くしてください」と言われるんですが「そこはダメです。これだから意味があるんです」と。
磯野:ブログの中で論争もしていますが、論争が好きなんですか?
葉玉:好きなんですねー。自分のことを攻撃してくれるとなんか楽しいじゃないですか。受けて立つみたいな。
磯野:炎上を嫌がる人もいますが。
葉玉:炎上ってないです。実名で顔が見えているとなかなか炎上しないんですよね。私はあくまでも客観的に論争するので、人を罵倒したりしないんです。論争の相手は罵倒されてると思ってるかもしれないですけど。私は「2ちゃんねる」に実名で登場してたこともありますが、それでも炎上しませんでしたから。
磯野:その時は悪意のある書き込みはなかったんですか。
葉玉:ありましたよ。あっても、正々堂々と反論してたらそのうちしぼんできちゃうんです。自分に後ろ暗いところがなければ正々堂々とやればいいんですよ。会社法の論争だって、法律に対する批判があった場合、今までは立案担当者からの反撃なんていうのは考えもしなかったと思うんですよ。ところがこのブログがあるがために、言いっ放しにできなくなってしまった。
磯野:今までは恐らく、受けて立たっていなかったからなんでしょうね。
葉玉:そうです。面白いじゃないですか、受けて立つと。
磯野:2年前、経済産業省の女性部長がブログで電気用品安全法(PSE法)について書き、火がつきましたね。
葉玉:可哀想だなあと思ってみてました。法律そのものが悪かったということはもちろんあるんですが、ああいう形でせっかく勇気を持ってやってた人が閉鎖に追い込まれると、霞ヶ関にいる人たちがまた内にこもっちゃうのがね。
磯野:ひどい書き込みがあったなあ。「勤務時間中に書いているのか」とかね。
葉玉:私はむしろ、首相官邸のメールマガジンや各省のHPというのは結局一方的な発信なんですけど、それを双方向で書き込めるものが公的にあっていいと思うんですよね。責任回避という点からいけば、「ブログなんて、公で解説するようなもんじゃない」というのは正論だと思うんですが、日本のためという視点から見れば、私みたいな変わり者でもいいから誰か一人正々堂々と受けて立ち「こうですよ」「それはちょっと立法に生かさせてもらいます」とか、公開の場で議論できるようなメディアがあれば楽しいんだろうと思うんです。経団連が電子政府構想について言及してますけど、それが単純に「お上の大本営発表をどんどんやりますよ」とか、または逆に「手続きは全部電子化しますよ」と、お互いに玉を投げるだけで議論・会話にならないようなものだとすれば、まあ味気ないですよね。
磯野:法務省にいらっしゃる時にそういう提案はされませんでしたか。
葉玉:予算がね。いや僕がもう少し偉かったら提案したかもしれないけど、正直言って始めた時はうまくいくかどうかも分からなかった。炎上するかもしれなかったし。いきなり公にやって失敗し、国会に呼び出されて「なんでこんなことになってるんだ」と言われちゃかなわないでしょ。だから無責任ブログが一番いいかなと。上司が国会に呼ばれても「あれは葉玉というのが個人でやっているもので、法務省は一切関与しておりません」と言えるじゃないですか。だからそういう楽しい、双方向のメディアを公でやるなら、責任追求とか細々したことを言うなと。そうすると国民の意思がもっと行政の中に入りやすいと思うんですけどね。
磯野:なかなか現役の官僚の方は難しいですよね。
葉玉:官僚に限らず、企業も含めて全体に難しいと思いますよ。だけど、中にちょっとオープンなスペースがあって、そこではお互い対等な立場で、向こうが文句言ったらこっちは言い返す、再度文句言うならどうぞ、消しはしません、と。少々途中で言い過ぎたり話が間違ったりしても、それも含めてそのプロセスを公開しましょう、というカテゴリーがにあれば、いろんなメディアや会社、国がすごく身近になる。そういう夢が私の中にはあるんです。本当に価値ある情報というのは、そういう会話の中から生まれてくると僕は思うんです。実際「会社法であそぼ。」には、ほかの教科書や文献には全然書かれていない会社法の回答みたいなものが山ほどあり、膨大なデータベースになっているんです。
磯野:これからブログとの関係はどのように考えていますか。
葉玉:あまり考えてもいないですね。たぶん私にとってブログというのは一つの表現手段に過ぎなくて。本も書いていますし、弁護士の仕事でいろいろな文章を書いたりお話をすることもあります。講演やセミナーで自分の考えを述べることもありますし。葉玉という人物はいろいろ言いたいことやいろんな側面があり、それをいろいろと発信することに喜びを見いだしているんですね。その中に、一番身近なコントロール可能な媒体としてブログがありますね。ただ、ブログを閉じられたら葉玉が黙り込むかと言ったら、きっと黙り込みはしないだろうと。
磯野:ところで、東京地検の特捜ってエリートコースですよね。なぜ辞められたんですか。
葉玉:それを否定するのも肯定するのも若干問題があるような気がしますが(笑い)。辞めた理由の一つは、家族との生活を大事にしたいということです。特捜の仕事自体は楽しかったんですが、基本的に土日も働くんですね。私は妻子が熊本にいますので週末は帰ってたんですが、事件が忙しくなると休みづらくて「人に迷惑かけるより自分が辞めた方がいいかな」と。もう一つは、私もベテランになり現場を離れるころになってきたので、それよりは弁護士になって現場で働いた方がいいかなと。40歳というのは一つのやめ時かなと思ったんです。
2008年1月15日