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2008年01月16日(水曜日)付

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震災と復興―壊さずに住宅の再建を

 あすで13年を迎える阪神大震災では、25万棟が全半壊し、その多くがいち早く取り壊された。なぜ、壊さずに再建できなかったのか。震災後に相次ぐ地震の被災地では新たな動きも出てきた。

 昨年3月の能登半島地震で被災した高作(たかさく)弘子さんは、住み慣れた自宅で新年を迎えることができた喜びをかみしめている。激しい揺れで大きく傾いた家が修復できるとは思わなかったからだ。

 石川県輪島市にある曹洞宗大本山総持寺祖院の門前にひらけた商業地区で、高作さんは洋装店を営む。木造3階建て築35年の自宅兼店舗は、地震で「全壊」の被災認定を受けた。

 とても暮らせそうにないと、被災後すぐに取り壊しを決めた。だが、金沢市の建築家武藤清秀さんから「家族の思い出が残る家も、つぶせばただの廃材になってしまう」と説得され、思い直した。

 修復工事は「建て起こし」という技法でおこなわれた。傾いて平行四辺形のようになった家をワイヤを使って内部から引っ張り、柱をまっすぐに戻した。壁などを補強したが、建て替えることに比べ、工費は3分の1程度で済み、工期もぐっと短かった。

 商店が軒並み被災した総持寺の門前地区では、高作さんの店が再開第1号となった。「あれほど大きな被害でも修復できた」と商店主らは力づけられた。

 この地区では地震の前から、住民によるまちづくり協議会が伝統的な町並み保存に取り組み、武藤さんもメンバーの一人だ。協議会は築100年を超える古民家の修復も後押しし、その活動が国の都市再生モデル調査の事業に選ばれた。

 協議会は今回の地震で約10軒の民家を建て起こした事例集をつくり、今春には全国の自治体に配られる。

 日本列島は地震の活動期に入ったといわれ、いつ、どこで地震が起きてもおかしくない。住まいの耐震化を進めるのはもちろんだが、被災した後にどうやって再建するかの備えも大切だ。

 阪神大震災では、被災した住宅がまだ使えるかどうか詳しく調べることもされず、相談の窓口すらなかった。そのため自宅の再建をあきらめて、住み慣れた土地から離れる人も少なくなかった。

 修復で再建できることを事例集で広く市民に知ってもらっておく。地震が起きれば、建築家らに声をかけて相談窓口を設ける。自治体がそうしたことをすれば、地域に残って生活を立て直そうという被災者もふえるだろう。

 自宅の修復には、改正された被災者生活再建支援法も役立つ。住宅の再建に支援金が使えるうえ、建て替えだけでなく、修復も対象になったからだ。被災の度合いに応じて200万〜150万円が支給される。

 被災住宅を壊さず、できるだけ修復して使う。そうした素早い再建は地域のコミュニティーを守ることにもつながる。震災から学んだ教訓を生かしたい。

ハンドボール―アジアの分裂は避けたい

 北京五輪出場をかけたハンドボールのアジア予選が泥沼状態に陥っている。

 審判の判定に問題があったとして、国際ハンドボール連盟(IHF)は昨年行われた予選のやり直しを決めた。予選を主催したアジアハンドボール連盟(AHF)は反発して再試合を拒否。アジアのスポーツ界が分裂しかねない様相だ。

 混乱の原因は、アジアのハンドボール界でささやかれてきた「中東の笛」と呼ばれる、審判の不自然な判定だ。

 昨年9月、愛知であった男子予選では、日本と韓国の対クウェート戦を欧州の審判が裁くことになっていたのに、AHFは試合直前に中東のヨルダンやイランなどの審判に差し替えた。試合ではクウェートに肩入れするような不可解な判定が続出。クウェートが優勝した。

 日本と韓国は協力して抗議した。疑惑の場面を編集したDVDをIHFや国際オリンピック委員会(IOC)へ送り、不公正なジャッジを訴えた。IHFは検討の結果、カザフスタンが優勝した昨夏の女子の大会と併せ、アジア予選のやり直しを決めた。

 審判は機械ではない。ミスはありうるし、私情が入り込むことがないともいえない。だからこそ、第三国や利害関係の薄い国から審判を招くといった配慮をするのが普通だ。公正さと同時に、判定への納得感を増そうという工夫でもある。

 AHFのやり方に対し、今回は日韓の言い分が全面的に認められた格好だ。

 しかし、これで決着とは言い難い。クウェートなど中東の国々は、やり直し予選のボイコットを打ち出している。AHFは緊急理事会を開くことを各国に通告するなど、対立は深刻だ。

 AHFのアーマド会長はクウェートの王族で、アジア・オリンピック評議会(OCA)の会長でもある。AHFは彼の父親が中心になって創設され、そのままOCA会長職とともに跡を継いだ。

 オイルマネーの力も背景に、連盟内に隠然たる勢力を築いている。その結果がこうした混乱と不祥事だとすれば、彼の責任は重大である。

 いまの事態は、アジアのスポーツ界の尊厳をも傷つけるものになっている。メンツにこだわってアジアのスポーツ界全体にひびを入れるような対立的な行動を控え、賢明な判断と対応を求めたい。

 日本や韓国も、予選のやり直しを喜んでいるばかりではいけない。AHFのメンバー国として、審判のレベル向上や公正さを守る仕組みを確立できなかったことには責任があるからだ。

 IHFは日本で開くやり直し予選を直接主催し、参加が日韓2カ国だけでもアジア代表を決める意向だ。8月の北京五輪を考えれば残された時間は少ない。亀裂をこれ以上深めないよう、柔軟さを忘れないでほしい。

 最終的にはIHFが決めざるをえまいが、IOCの仲介を求めるなどぎりぎりまで説得の努力を尽くすべきだ。

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