ネズミに思い出がある。十七年前、ベトナムのホーチミン市から南西百キロ、メコン川河口の町ビンロンのホテルに泊まっていたときのことだ。ベトナム戦争から立ち直っていない時代で、ホテルはトイレ便座のふたが割れ、シャワーも壊れて口が外れ鉄管から水が噴き出ていた。当時、世界で起きた社会主義体制の崩壊をベトナムで見てやろうと訪れていた。
朝、ビニール袋から歯ブラシを取りだし、歯磨きを終え、戻そうとすると、袋に黒いふんのようなものが入っている。夜、袋わきに置いていたまんじゅう一個が三分の一ほど欠けている。
そういえば前日夕方、ホテル近くに大きなドブネズミがいた。まさかふんが歯ブラシについていたのでは。がく然となった。チフスになって死ぬ。そう思った。その日、ホーチミンへ帰ったが、薬局がない。持参の胃腸薬を飲み翌日、ベトナム入国のビザを取得したバンコクに戻った。帰国すると下痢だ。病院で便や血液の検査をしたが、異常がなくホッとした。
昨年十二月深夜のことだ。寝ていた自宅の畳の下からジョリ、ガリと、かじる音がする。畳をたたくと、やめるが、また始める。音は何日も続いた。昔、実家の天井をネズミが走り回っていたとき、猫が鳴くと収まっていた。おもちゃの猫を鳴かせて退散させようと家族で「ニャンニャン作戦」を考え、十日ほど続けると、いなくなった。
今年は子(ね)年。ベトナムや日本のネズミは私を困らせ、米国ではミッキーマウスになったり。あらためて身近な動物だと思う。
(地域活動部・赤田貞治)