記者の目

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記者の目:対北朝鮮 焦り禁物、情報力が必要=鈴木琢磨

 久しぶりに韓国はソウルを旅していて、ヘンなグッズを見つけた。<とっつかまえろ金日成(キムイルソン) ぶっつぶせ共産党>。朝鮮半島の南北対立がし烈だったころ、街角でよく見かけた看板のミニチュアである。それが由美かおるさんのホーロー看板よろしく売れている。

 へー、これも社会の成熟かと感心しながらも、いささか不安になった。ソウルはいま、日本の昭和ブームにも似た「7080」ブーム、70~80年代を懐かしんでいる。「4つの色の7080話」なる新刊本によれば、その20年を黒、灰、緑、青の4色にわけ、黒の軍事独裁のころすら感傷たっぷりのセピア色に染めている。

 それはいい。私が不安を覚えたのは、そんな韓国の大統領選の日に足を運んだ北朝鮮での体験にある。ソウルからバスに乗って古都・開城をめぐる日帰りツアー。従来の金剛山ツアーとは違って、市街地も通る。160ミリ以上のカメラは持ち込めず、しかも車窓からの撮影は一切、禁止。とはいえ、この目は遮れない。市の中心部にしてくすんだ色彩、おんぼろのアパート群、ひたすら歩く疲れた住民の顔に重苦しい暮らしぶりが垣間見えた。

 南北融和、むろん異存はない。とりわけ開城が故郷の人なら、制限だらけのツアーでも感慨ひとしおに違いない。あるおじいさんはバスが母校の中学を通りかかると窓に顔をこすりつけた。「あの畑でスケートもしたんだ」。あふれ出る思い出は分断の悲劇を物語っていた。<21世紀の太陽金正日(キムジョンイル)将軍万歳!>。校舎に赤いスローガン、こんなスローガンもあった。<偉大な将軍さまの先軍思想を輝かしく実現しよう!>

 ところが、観光客は気にするふうもない。冒頭のお気楽グッズではないのにである。軍事優先路線は、テポドン発射から核実験へと突き進んだ。それを許したのは金大中(キムデジュン)、盧武鉉(ノムヒョン)と続く親北政権の10年だった。ならば、保守派の李明博(イミョンバク)政権が無原則な対北支援を見直せるか? 空気は変わるか? 開城ツアーでかみついたのは韓国人男性客ひとりだけ。それも軍事境界線を越えて乗り込んできた北朝鮮のガイド氏にかわされていた。レストランで♪同胞のみなさん、兄弟のみなさん……とささやく統一ソングに酔う韓国人の姿に軌道修正は難しい、と感じた。

 さらにこんなひとコマもあった。名勝・朴淵(パクヨン)の滝への途中、そのガイド氏、やおら厳しい口調になった。「みなさん! この近くに王陵があります。日本帝国主義者が盗掘し、遺物を奪ったんです。ウェノム(日本の野郎)は悪いでしょ」。すると観光客は「イェー(そうだ)」。にわかに「反日バス」と化した。日本人客に失礼だ、と文句をつけると言った。「日本は我々を敵視しているじゃないか」

 ひるがえって日本。「私の政権で拉致問題を解決したい」と意欲をみせていた福田康夫首相の対北朝鮮政策は不透明のまま、越年した。「圧力」と「対話」の方針を堅持しているにせよ、いまひとつはっきりしたメッセージが伝わってこない。米ブッシュ政権の軟化もあり、慌てて対話を模索しているとも聞く。韓国への期待も抱いている。これでは足元を見られる。なんとも危なっかしすぎる。

 いや、正直、私も含めメディアも偉そうなことは言えない。核実験のころ、連日、あれほど平壌の無軌道を非難していたはずが、気がつけば、ずいぶんおとなしくなった。騒げばいいわけではないが、膠着(こうちゃく)状態にしびれを切らせ、とにかく対話だ、対話だ、とさしたる根拠もない主張が目立ってきた。拉致問題の深層を掘り起こそうとする気力もなえている。「もう北朝鮮モノは売れないよ」。出版社の編集者はつぶやく。

 まさに正念場である。だからこそ、ここは首相に腹を据えてもらいたい。「圧力」と「対話」だけではない。「理解」が欠かせない。相手を知る、つまり情報力、インテリジェンス能力である。そのためにカネも人も使え。インテリジェンスの世界は国益で動く。韓国への過度の期待は無用である。平壌にセンチメンタルな回顧ブームなどない。

 新年の「労働新聞」など北朝鮮の3紙共同社説は、金日成主席の生誕100周年を迎える2012年を「強盛大国」の大門を開く年、と位置づけた。後継者デビューを準備しているのだろう。だが、近着の「朝鮮語大辞典」の「後継者問題」の解説から、旧版にあった<(問題は)解決された>の字句が消えた。彼らの苦悶(くもん)がちらつく。焦りは禁物、日本のインテリジェンスが試されている。(夕刊編集部)

毎日新聞 2008年1月16日 0時15分

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