光市事件弁護人更新意見陳述 |
第2 1審・旧控訴審・上告審判決の事実誤認と事案の真相 1 1審及び旧控訴審・上告審判決の事実誤認 (1)本件犯行に至る経緯(自宅を出てから被害者に抱きつくまで) (2)被告人が被害者に抱きつき死亡を確認するまで (3)被害者死亡確認後から被害児を死亡させるに至るまでの経緯 (4)被害児を死亡させた後の行動(被害児を死亡させた後、被害者を姦淫して被害者宅を出る まで) (5)何故、彼らは誤りを犯したのか 2 事案の真相 |
〔第2−1-(5)〕 |
(5)何故、彼らは誤りを犯したのか 本件でもっとも問題としなければならないのは、弁護人はもとより裁判所も、どうしてこのような 事実誤認をしてしまったのかということである。 |
ア 事実認定のために吟味を必要とする大前提 (ア) 客観的証拠の詳細な吟味の必要性 刑事事件にあっては、主観証拠を排除して、何よりもまず客観証拠を吟味するのが最低限の常 識であり、とりわけ、本件のように命が奪われた重大な事件にあっては、最大にして最良の客観 証拠は死体の実況見分調書であり法医の鑑定書である。従って、事実認定にあたっては、なに よりもまず、死体の実況見分調書及び法医の鑑定書を詳細に吟味する必要がある。 (イ) 被告人の行為の詳細な吟味の必要性 重大な刑事事件にあっては、公判廷において、十分な時間をかけて、被告人に事実関係につい てあますところなく供述する機会を確保することが必要である。なぜなら、被告人の供述調書は捜 査機関が作成したものであり、、その調書が果たして被告人の供述を忠実に反映したものか不明 だからである。 (ウ) 供述調書作成時、公判供述時の詳細な吟味の必要性 捜査過程においては、被告人は極度な緊張と心の格闘の最中であり、しかも、代用監獄の下、 24時間捜査機関の支配下に置かれていることから、自白の強要、誘導、押し付けが最も容易な 状況にあり、被告人の供述調書の任意性、信用性は元々極めて疑わしいものである。 特に、本件では、被告人は、当時18歳1ヵ月の未成年で、前科前歴がなく、警察官との接触は、 花火事件で被害者として事情聴取されたこと、一緒に居た友人が万引きした際に参考人として事 情聴取されたことがあるのみで、逮捕されたこともなく、およそ犯罪、及び、捜査機関による取調べ とは縁がなかったところ、今回、初めて、本件犯行で、直接にしかも単独で、2人の被害者の死に 関与し、また、被害者に姦淫に及ぶという重大犯罪を犯したものである。そのため、被告人は本件 犯行の重大さに押しつぶされ、本件犯行を思い出すこと自体が恐くてできず、できず、本件犯行を 確認されることにも恐怖感で応じえず、また、捜査機関が被告人の供述を受け入れず、もっぱら 捜査機関の見込みを押し付けることから、後悔と、自責感、罪悪感、恐怖感、絶望感から真実を明 らかにすることをあきらめ、捜査機関の誘導と押し付けに対して言われるまま受け入れて責任を 負うという気持ちに陥っていた。 そもそも、被告人は単に18歳1ヵ月の未成年であることのみならず、B鑑定が指摘するように、父 親による日常的な暴行が被告人の精神的発達の障害になっていたが、母親の存在によってそれ が若干でも緩和されていたところ、母親の自殺により被告人の精神的発達への障害を緩和する 存在が喪失し、その後は、被告人に精神的発達が見られなくなったというのであり、この点は家 庭裁判所の調査官によっても、被告人の精神的能力は4、5歳に留まっているとしていることから も明らかである。 このような被告人が、捜査機関による誘導や押しつけに対して無抵抗状態であることは明らか であり、安易に被告人の供述調書を信用することはできないはずである。 |
イ 本件の事実誤認の構造 しかし、本件では以下のとおりの経緯で、前記の当然なされるべきことがなされないままになっ た。 (ア) 検察官による被告人の供述調書のねつ造 被告人は前記の精神状態下、平成11年4月18日逮捕されてから同年5月9日家庭裁判所へ送 致されるまでの間、光警察署の留置施設に拘束され、捜査機関より連日のように長時間の取調 べを受け続け、しかも、その間、被告人には弁護人が付いていないのであって、被告人が捜査機 関の誘導や押し付けに対して、無抵抗の状態であったことは明らかである。 しかるに、捜査機関は、被告人の前記精神状態を知りながら、本件犯行を残虐な性犯罪と見な して、大人の欲情心理、犯罪心理を被告人に当てはめて本件犯行を構成し、その構成をもとに被 告人に対し供述の誘導・押し付けをしているのであって、捜査機関が作成した被告人の供述調書 は、名ばかりで、捜査機関の誘導や押し付けにすぎず、その調書には任意性も信用性もないこと は明らかである。 勿論、被告人の供述調書の全てが捜査機関の誘導や押し付けにすぎないわけでなく、部分的 な真実と捜査機関の誘導や押し付けがあいまって本件犯行の全体を真実と異なった色合いに脚 色しているものである。 (イ) 弁護態勢の不備 A 捜査段階での不備 被告人が前記の精神状態下にあり、被告人には真実を明らかにする意思、誘導や押し付けに 対して防御する意思がないのであるから、被告人には直ちに弁護人が付されるべきであった。 当番弁護士体制は、被疑者段階の国選弁護制度はなく、被疑者段階は国際人権擁護機関から 日本政府に対して再三警告を発せられている代用監獄制度の下にあり、しかも、代用監獄下での 取調べは弁護人の立会いもなく、取調べ状況の録音、撮影もされていないことから、代用監獄は 自白強要の温床であり、しかも、起訴されると、被疑者が署名・指印した自白調書の任意性、信用 性を覆すのが極めて困難であることから、被疑者が防御権を少しでもまっとうできるようにするた めに弁護士会が自費で組織したものである。そして、当番弁護士が出動するのは、重大事件、否 認事件、その他、示談等のために弁護人を付する必要性がある場合であって、被疑者が貧困で あったり、少年である場合には、法律扶助協会が弁護士費用を立替て被疑者段階の弁護人を選 任できることになっていた。 しかし、本件では、当番弁護士は出動したものの、その後、如何なる経緯か不明であるが、被告 人に対しては被疑者段階の弁護人が付されることはなかった。 本件犯行が重大事件であり、しかも、被告人は未成年で前記の精神状態にあることに鑑みれ ば、当番弁護士は、仮に被告人が弁護人は不要と告げたとしても、説得して被疑者段階の弁護 人を付することに同意させるべきであったのである。弁護態勢の不備との非難を免れない。実際、 弁護人が付されなかった間に、前記のように捜査機関により自白の誘導、押し付けがされてい る。 なお、被告人は、取調べの検察官に対し、当番弁護士に再び面会したいとの希望を述べたが、 これを拒否されたことを指摘しなければならない。これは、明らかに被告人の弁護を受ける権利の 侵害である。つまり、被告人は、捜査段階において、当番弁護士制度の保護を十分に受けること ができないまま、また捜査機関から弁護を受ける機会を侵害されたまま、身柄を拘束され、連日の 厳しい取調べにさらされたのである。 B 家裁での不備 家裁段階に至って、初めて被告人に付添い人が付いた。 付添い人としては、被告人の前記精神状態、本件犯行の重要性に鑑み、被告人の生い立ち、 家庭環境、犯行後の反省状況、被害弁償は勿論、本件犯行自体が捜査機関の収集した証拠と 一致しているか確認する必要があり、証拠を複写して被告人に差し入れると共に、被告人に接見 して事実を確認する必要があると言わなければならない。 しかるに、付添い人は、接見の際に被告人が本件犯行を認めていることを安易に受け入れ、被 告人に対して証拠の複写を差し入れることなく、捜査機関による誘導や押し付けに基づいた被告 人の供述調書を安易に信用している。さらに、被告人の家庭環境、とりわけ、父親の暴力と母親 の自殺、これらが、被告人の精神発達、人格形成に及ぼした影響、そして、本件事件との関係に ついて、何らかの調査・検討がなされた様子もまったくない。 これは、付添い人態勢の不備であったといわざるを得ない。 C 1審での不備 家裁での付添い人と起訴後の弁護人は同一弁護士であるが、弁護方針は、本件犯行自体の 詳細な検討作業をしない方針であったと考えられる。 実際、第1回公判期日で、被告人は起訴状の朗読に対する意見陳述で、公訴事実のとおり間違 いありませんと述べ、弁護人も被告人と同旨と述べている。検察官による証拠調べ請求に対して はほとんど同意して、被告人の供述調書のごく1部について信用性を争っているにすぎない。そし て、被告人質問においても、本件犯行自体についての質問は、強姦の故意の発生時期を聞いた ほか、極めて部分的な確認にとどまっている。更に、弁論においても、本件犯行の計画性や強姦 の故意の発生時期については言及しているものの、検察官が主張する本件犯行行為態様に対し ては、反論することなく、被害者に対する殺意、被害児に対する殺意を容認している。もちろん、 前述の、被告人をめぐる家庭環境についても、踏み込んだ検討がなされていない。 このように1審にあっても、捜査段階と同じく、弁護態勢に不備があったといわざるを得ない。 D 旧控訴審での不備 検察官が1審の無期懲役判決に対して死刑相当として控訴したが、弁護人は国選弁護人として 当初1人が、第3回公判から更に1人が追加選任され、以後、2人の国選弁護人が弁護活動してい るものの、弁護人は、被告人が本件犯行自体を争っていないことを安易に信用し、地裁・高裁の 記録を被告人に差し入れることもしなかった。被告人は本件犯行がどのようなものとして扱われて いるかを1審と同様に確認できないでいた。 検察官は、その控訴趣意書で、本件犯行態様、動機について、具体的に詳細に言及して、本件 犯行の卑劣さ、残忍さ、冷酷さを主張しているが、これに対して、弁護人は、答弁書において検察 官指摘の本件犯行自体には言及することなく、被告人がこんな重大犯罪に及んだことが理解し得 ないとして犯罪心理鑑定を請求するに留めている。しかし、犯罪心理鑑定を請求するにしても、被 告人の家庭環境等について緻密に調査された形跡がない。 そして、被告人質問においても、被告人のQ君宛、P君宛の手紙とその内容がもっぱらであり、 本件犯行自体や被告人の家庭が抱えていた問題の核心、つまり父親の激しい暴力と絶対的な支 配について、質問されることはなかった。 検察官は弁論において、控訴趣意書同様に本件犯行の卑劣さ、残忍さ、冷酷さを主張している が、これに対し、弁護人は、強姦の計画性を否定し、被告人の供述調書は捜査機関の誘導と押し 付けであり、その任意性はない、信用性もないと主張しているものの、本件犯行自体については 言及することはなく、また被告人の精神状態、人格形成の問題点については主張することがなか った。 以上のとおり、控訴審においても、本件犯行自体の詳細や被告人の精神状態等について、再考 されることがなかったのであり、弁護態勢に不備があったといわざるを得ない。 E 上告審での不備 検察官による死刑相当とする上告に対して、控訴審の弁護人がそのまま引き続き最高裁での 弁護人に就任したが、弁護人は最高裁が弁論期日を開くことを決定するまで、従来に引き続き本 件犯行自体や被告人の精神状態等に言及することはなかった。 最高裁で弁論期日が指定されるに及んで、新たな弁護人が付き、被告人に記録の謄写を差入 れ、被告人は初めて正確に本件犯行がどのような証拠でどのように認定されているかを知るに至 り、初めて、弁護人に対して本件犯行の事実を詳細に供述した。 ここに至って、初めて、前記捜査機関による自白の誘導、押しつけが明らかになり、弁護人によ り本件犯行自体にメスがいれられることになったが、それまでは、弁護態勢に不備があったといわ ざるを得ない。しかい、ここに至っても、未だ、被告人の精神状態等の問題について検討がなされ ることはなかったのである。 (ウ) 裁判所の懈怠 A 家裁、1審、旧控訴審の懈怠 弁護人、被告人が本件犯行事実を争わなかったとしても、本件は検察官が死刑を求刑する重大 な事件であり、しかも、被告人が上記精神状態にあり、捜査機関による誘導や押し付けによる自 白がなされた虞が極めて高いと推測されることに鑑みると、裁判所としては、本件犯行自体につ き、被告人の供述調書のみをもってよしとすることはできないはずである。弁護人に対して、本件 犯行事実について被告人に質問することを促すなり、自ら、職権で、被告人質問するなりする必 要があったというべきである。 しかるに、家裁においても、1審においても、また、旧控訴審においても、本件犯行事実自体に 触れることなく捜査機関による誘導や押し付けによる被告人の供述調書に基づいて、判決に及ん でいる。 このような重大事件につき、裁判所が被告人に対して、本件犯行事実の詳細をまったく確認す ることなく、被告人の供述調書のみによって、判決に至ったことは懈怠といわざるを得ない。もちろ ん、精神状態や心理状態についても、鑑定をするなどして、専門家の意見を聞くべきであったので ある。とりわけ、家裁が作成した少年記録中には、明確に、父親の暴力を指摘し、かつ被告人の 精神疾患を疑う指摘が記述されていたのである。 B 上告審の懈怠 上告審は、検察官による死刑を求める上告に対して、3年間も訴訟の進行をしないでいて、突 然、弁論期日を開くことを決定した。そして、その際に新たな弁護人が付き、今まで一度も疑義が 挟まれていない事実関係につき、被告人に対して訴訟記録を差し入れて確認することを求めたと ころ、被告人は本件犯行が事実と違う脚色をされていることを知って驚き、初めて、自ら本件犯行 自体を供述した。このことから、新たな弁護人は弁論には相当の時間が必要であるとして公判期 日の延期を要請した。しかい、上告審はその要請を却下して所定の公判期日を強行した。 更に、上告審は、約1ヵ月後に次回公判期日を一方的に指定し、新弁護人に対して出頭命令を 発した。新弁護人はわずか1ヵ月ばかりの期間で法医鑑定書を入手すると共に、被告人より本件 犯行自体を聞き、その公判期日には詳細な本件犯行自体に関する主張を行い、重大な事実誤認 があるとして全面的な事件の見直し、つまり最高裁による職権調査を求めたが、上告審はこれを 無視して決結審した。しかし、新弁護人は判決期日までに、次々と、本件犯行自体に関わる事実 を明らかにして、弁論要旨補充書を提出し、重大な事実誤認を訴え続けた。 しかし、上告審は、同年6月20日、本件犯行事実の認定には事実誤認の違法はないとし、原判 決は死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の存否について審理を尽しておらず、 量刑が著しく不当であるとして、原判決を破棄して、当裁判所に差し戻した。 弁護人と被告人の主張が遅すぎたといえども、それにはやむをえない事情があったのであり、し かも、その主張の内容は、家裁以来、初めて本件犯行自体に重大な疑義が存在することを訴え るものであったこと、しかも、しかしそれが、法医学の専門家の鑑定によって明確に裏付けられて いることに鑑みると、上告審としては、真摯に、本件犯行自体の職権調査に入るべきであったの である。しかし、上告審は、それを怠り、捜査機関による誘導や押し付けによる被告人の供述調書 のみに基づいて判決を行っており、そこには重大な懈怠があったといわざるを得ない。 (エ) 結論 以上のとおり、客観的証拠や客観的事実を疎かにし、前記被告人の精神状態を看過し、捜査機 関が誘導と押し付けで作成した被告人の供述調書を、弁護人も、裁判所も疑義を抱かず、検察官 が主張し構成する本件犯行態様をそっくりそのまま容認し、他方、被告人に対しては訴訟記録が 差し入れられることもなく、自分の犯行がどのように脚色されているかも知らされず、また、公判廷 で被告人に本件犯行態様を詳細に供述する機会も与えられないまま、実に、上告審段階の途中 まで約7年間も放置されていたのである。上告審段階の途中で、初めて、弁護人及び被告人より 本件犯行の真実の姿が提示されたが、その上告審も捜査機関が誘導と押し付けで作成した被告 人の供述調書に疑義を抱くことはなかったのである。弁護人や被告人による指摘がまったくなか った下級審に比べ、上告審では、弁護人や被告人から本件犯行行為態様に事実誤認があると明 確に指摘されているにもかかわらず、これを無視したのであるから、その懈怠の程度は重大であ る。まさに、司法関係者のすべてが、代用監獄の下に、弁護人も付されないまま作成された被告 人の供述調書を安易に信用し、客観的証拠・客観的事実からアプローチせず、また、被告人軽視 の司法のあり方が、本件犯行の事実誤認をもたらしたものといわざるを得ず、猛省をしなければな らないことである。 |
「更新意見書目次」へ |