光市事件弁護人更新意見陳述 |
第1 はじめに・・・・破棄差戻審の審理開始にあたって 1 更新意見の概要 2 上告審判決批判 (1)被告人の弁護を受ける権利の侵害について (2)永山判決の死刑選択基準の適用の逸脱と法令解釈の誤り (3)小括 |
〔第1−2-(2)〕 |
(2) 永山判決の死刑選択基準の適用の逸脱と法令解釈の誤り |
ア 本件上告審判決は永山事件にいう死刑選択基準の適用を逸脱するものであること 本件上告審判決は、検察官の上告趣意が実質的には量刑不当を主張するものであり、刑訴法 405条の適法な上告理由にあたらないとするものの、職権で調査をし、刑訴法411条2項により、 原判決を破棄し、当審に差戻すというものである。 そして、本判決は、永山判決の死刑選択基準を明示的に引用していることから、その基準に依 拠して個別の量刑事実を判断し、旧控訴審判決が1審判決の無期懲役を是認した判断が「著しく 正義に反する」という判断をしたことになる。 ところで、後記のとおり、本件は、被告人にはそもそも殺意が存在しないのであるから、1審判決 及び旧控訴審判決による殺人を是認した判断は、事実誤認の違法があるといわなければならず、 ここでは、この点を措くとしても、以下のとおり、上告審判決は、永山事件の死刑選択基準の適用 について、明らかに逸脱があるといわなければならない。 (ア) すなわち、上告審判決は、「被告人の罪責は誠に重大であって、特に酌量すべき事情が ない限り、死刑の選択をするほかないものといわざるを得ない」とのもとに、 @「殺害についての計画性がないことは、死刑回避を相当とするような特に有利に酌むべき事情 と評価するには足りない」 A「少年審判段階を含む原判決までの言動、態度等を見る限り、本件の罪の深刻さと向き合って 内省を深め得ていると認めることは困難であり」 B「被告人が犯行時18歳になって間もない少年であったことは、死刑を選択するかどうかの判断 に当たって相応の考慮を払うべき事情ではあるが、死刑を回避すべき決定的な事情であるとまで はいえず」 と判示する。 (イ) しかし、永山判決以後これまでの検察官の死刑求刑と裁判所の判断とを総合的に検討する と、検察官の死刑求刑は、故意の殺害を大前提に、先ず、被害者数で死刑求刑の適否をふり分 け、次いで、犯行の罪責・目的、故意の殺害を伴う前科の有無、共犯事件においてはその主導 性、殺害の計画性、性被害及び行為者の年齢などの因子を影響度の重大な要素とし、死刑選択 基準の適否を判断していると説かれ、これに対し、裁判所は、概ね被害者数と罪体に関係する犯 行の計画性などの事情を中心に死刑選択基準の要素としたうえで、これに被告人の情状を中心 とする主観的事情を考慮していると説かれている。そして、主観的事情をどの程度考慮するかは、 裁判所によってかなりの幅があると説かれている(永田憲史「犯行当時少年であった被告人に対 する死刑選択基準」関西大学法学論集第55巻第4、5合併号)。 すなわち、検察官の死刑求刑又は裁判所の死刑判決の選択基準としては、客観的事実とされる 殺害の計画性の存否は、死刑求刑又は判決の適否を決定する重大な選択基準であるといわなけ ればならない。 そして、本件は、被害者が2名で、性被害を随伴しているものの、これまでの判例が最も重要な 要素として定律した死刑選択基準の殺害の計画性が存在しないのであるから、従来の判例の死 刑選択基準によれば、本件は無期懲役が選択される事案であり、しかるに、検察官が本件におい て死刑求刑したこと自体、不適正といわなければならず、本件上告審判決が、「殺害についての計 画性がないことは、死刑回避を相当とするような特に有利に酌むべき事情と評価するには足りな い」と判断したことは、永山判決の死刑選択基準の適用を逸脱するものといわなければならない。 この点で、上告審判決は、「強姦という凶悪事犯を計画し、その実行に際し、反抗抑圧の手段な いし犯行発覚防止のために被害者らの殺害を決意して次々と実行し、それぞれ所期の目的も達し ているのであり、各殺害が偶発的なものといえない」と判示し、「殺害が偶発的なものといえない」 との判断が、強姦の目的又は計画性が殺害の計画性を具有すると解釈しているとも考えられる。 しかし、判例、通説ともに、殺意をもって女子を強姦し、死亡させた場合には、刑法181条後段の 強姦致死罪と殺人罪との観念的競合であると説き、強姦には、殺人が随伴するという経験則も なく、また、立法上又は法解釈上も、そのように解していないのであるから、強姦の目的を殺人の 計画性と同一視し、あるいは評価することは許されず、死刑選択基準の殺害の計画性の存否を 強姦の目的の有無に求めることは適用を逸脱するものといわなければならない。 とすれば、「殺害が偶発的なものといえない」との事実が、殺害の計画性が存在すると評価する ことはできず、永山判決にいう死刑選択基準となりえないのである。 (ウ) 第2に、上告審判決は「少年審判段階を含む原判決までの言動、態度等を見る限り、本件 の罪の深刻さと向き合って内省を深め得ていると認めることは困難であり、被告人の反省の程度 は、原判決も不十分であると評しているところである。」 と判示する。 しかし、被告人には不十分ながらも反省の情が芽生えていることは明らかであり、殊に前科・前 歴の点からも、犯罪的傾向が顕著であるとはいえず、実母が自殺するなどその生育環境において 同情すべきものがあり、被告人の性格、行動傾向を形成するについて影響した面が否定できず、 少年審判手続きにおける社会的調査の結果においても、矯正教育による可塑性を期待することが できるところ、被告人には、何よりも矯正教育による改善更生の可能性を認めることができるので あり、これらの情状事実は死刑を回避する事情であるといわざるを得ず、上告審判決の判断は、 永山判決の死刑選択基準の適用を逸脱するものといわなければならない。 (エ) 第3に、「少年法51条(平成12年法律第142号による改正前のもの)は、犯行時18歳未満の 少年の行為については死刑を科さないものとしており、その趣旨に徹すれば、被告人が犯行時18 歳になって間もない少年であったことは、死刑を選択するかどうかの判断に当たって相応の考慮を 払うべき事情ではあるが、死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえず、本件犯行の罪 責、動機、態様、結果の重大性及び遺族の被害感情と対比・総合して判断する上で考慮すべき 1事情にとどまるというべきである」と判示する点である。 少年法51条が死刑の年齢制限規定を「18歳未満のもの」と規定し、被告人は、本件犯行時18歳 と30日の少年であり、同法の対象となる少年でなかったことは判示のとおりである。 しかし、被告人に成人と同じ死刑選択基準が適用されるとしても、少年法50条及び同法9条は、 少年の刑事事件の審理においては少年の行状、経歴、素質、環境等についての専門的知識特 に少年鑑別所の鑑別結果を活用すべきことを規定し、刑訴規則277条も、少年事件の審理に特別 の配慮を求めている。 また、平成6年5月に発効した「児童の権利に関する条約」37条に規定に反しないとしても、その 前文に引用される「少年司法運営に関する国連最低基準規則」(北京ルール、1985年(昭和60年) 9月国連犯罪防止会議採択、同年11月国連総会承認)7−1によれば、少年の年齢を区別すること なく、「死刑は、少年がいかなる犯罪を犯した場合にも科してはならない」との国際規約も定律され ていることを併せて考えれば、少年であることは死刑選択を回避する極めて重要な要素と考える のが相当であり、上告審判決の上記判断は、永山判決の死刑選択基準の適用を逸脱し、少年法 その他の法令及び国際規範のもとで、永山判決にいう死刑選択基準の適用を逸脱するものと いわなければならない。 (オ) 第4に、旧控訴審判決の無期懲役刑の量定は、「著しく正義に反する」と判示するが、これま た永山判決にいう死刑選択基準の適用を逸脱するものである。 平成16年10月7日、第47回日本弁護士連合会人権擁護大会において、「21世紀日本に死刑は 必要か---死刑執行停止法の制定と死刑制度の未来をめぐって」と題するシンポジウムを開催し、 同第3分科会実行委員会は、主に永山判決後の事件について、裁判所が無期懲役を宣告した事 案等を調査、検討し、検察官及び裁判所の死刑と無期懲役との量刑事情等を分析した(「死刑執 行停止を求める」98頁以下・日本弁護士連合会編)。 同委員会が調査、検討し、量刑事情を分析した資料は、検察官が死刑求刑の際に添付した一覧 表(同報告では「一覧表A」をいう。なおその後、「本件と同種性を有する類似事件に関する判例一 覧」を添付している)と、同委員会が永山事件判決から平成15年までの約20年間の共同通信記事 データベースをもとに、検察官が死刑求刑した事案で裁判所が無期懲役を宣告した73事件を集め た一覧表(同報告では「一覧表B」をいう。)と殺人等の死亡被害者のある事件で、検察官が無期 懲役を求刑した590事件を集めた一覧表(「同報告では「一覧表C」をいう。)を作成し、死刑と無期 懲役とに分かれた、検察官の求刑及び裁判所の判決による量刑事情を調査、分析、報告した。 それによると、検察官の「一覧表A」によれば、死亡被害者2名の事案で、死刑を求刑し、死刑判 決が宣告された事案は29件であるが、同委員会の「一覧表B」によれば、本件と同様に死亡被害 者の事案において、検察官が死刑求刑した事案が73件あり、そのうち37件の事案で無期懲役が 宣告されていること、うち強盗殺人罪を認定した事案が21件もあり、その死刑回避の理由は、一度 の機会に2人を殺害した事案、殺害に凶器が使用されても計画性がない事案、計画性、前科もな い事案などであることが分析できるうえ、死亡被害者2名の事案でも、検察官が死刑求刑ではな く、無期懲役を求刑した事案が83件もあることも分析できた。 また、検察官の「一覧表A」によれば、死亡被害者3名の事案で、死刑を求刑し、死刑判決が宣告 された事案は15件であるが、同委員会の「一覧表B」によれば、死亡被害者3名の事案でも、5件 の事案で無期懲役が宣告されていること、その死刑回避の理由は、一度の機会に3名を殺害した が前科のない事案、その他主観的情状によって死刑を回避していることが分析できるうえ、死亡 被害者3名の事案でも、検察官が死刑求刑ではなく、無期懲役を求刑した事案が7件もあることも 分析できた。 そのうえ、同委員会が共同通信のデータベースをもとに調査したところ、検察官が死刑を求刑し た事案は270件(但し、同一事件での1審、2審、上告審での求刑を各1件として計測した件数)にも 及び、うち死刑が163件、無期懲役が110件であり、死刑回避の理由は、計画性がない又は綿密 な計画でないとされたものが25件、矯正可能性があるとされたものが20件、反省が認められるも のが30件、死刑の謙抑性によるものが10件、生育環境及び生来的性格異常のものが2件あること が分析でき、1審は死刑でも2審で無期懲役を宣告した事案も5件あり、その減刑理由は、被告人 の不幸な生育歴や被害者への謝罪、事件後の行動など被告人の人間性や情状が理由とされて いることも分析できる。 さらに、死亡被害者2名の事案で、検察官が無期懲役を求刑した事案には、強盗殺人を除き殺 人罪が含まれるものは66件あり、その事案を分析すると、別の機会に2人を殺害した事案が21件、 殺害時に凶器を使用している事案が37件、計画性があると明言された事案が11件、被告人に不 利に働く情状(反省なしなど)が明示されている事案が5件もあり、また、強盗殺人罪で死亡被害者 2名の事案でも、検察官が無期懲役を求刑した事案が16件もあり、殺人罪に加えて強姦罪が認定 された事案も3件ある。 さらにまた、死亡被害者3名の事案で、検察官が無期懲役を求刑した事案は7件あり、殺人若しく は殺人死体遺棄の事案が3件、保険金目的の殺人で放火が加わる事案が1件、他に殺人でなく、 放火により3名を殺害した事案が2件、昏睡強盗致死の事案が1件あり、死亡被害者が4名の事案 でも、無期懲役を求刑した事案が10件もあるが、その大半は地下鉄サリン事件である。 また、本件と同様に、犯行時の年齢が少年であり、死刑を求刑され死刑が宣告された事案は、 「一覧表A」では、2件あるが、「一覧表B」によれば、無期懲役が宣告された事案が3件あり、「一覧 表C」によれば、そもそも検察官が無期懲役を求刑した事案が19件もあり、死亡被害者1名の事案 では、死刑求刑をした事案は1件もないことが分析できる。 以上の調査、分析によれば、検察官は、本件と同様に死亡被害者2名の事案でも、また、それ以 上の死亡被害者がいる事案でも、同一の機会の殺害や計画性がない事案では、死刑を求刑して いないし、殊に犯行時少年であった事案では、死刑でななく、無期懲役を求刑していることが分析 され、裁判所も、検察官の死刑求刑に対して、多くの事案で、無期懲役を宣告していることが分析 できるのである。 以上を総合すると、本件と同様の死亡被害者が2名以上の事案で、検察官の死刑と無期懲役の 求刑のあり方、また、死刑求刑の場合に裁判所が無期懲役を宣告した事案を分析すると、検察官 は、本件より遙かに悪情状の事案でも無期懲役を求刑していることが認められ、殊に3件の殺人罪 に加えて強姦罪が認定された事案について、検察官が無期懲役を求刑している事実に照らせば、 上告審判決が、本件について、死刑を宣告しなければ「著しく正義に反する」などと到底いえないこ とは明らかであり、永山判決にいう死刑選択基準の適用を逸脱するものといわなければならない。 そして、本件は、被害者が2名で、性被害を随伴しているものの、これまでの判例が最も重要な要 素として定律した死刑選択基準の殺害の計画性や少年であることなどの情状事由によれば、本件 は優に無期懲役が選択される事案であり、しかるに、検察官が本件において死刑求刑したこと自 体、不適正といわなければならず、上告審判決が、「殺害についての計画性がないことは、死刑回 避を相当とするような特に有利に酌むべき事情と評価するには足りない」と判断したことは、永山 判決の死刑選択基準の適用を逸脱するものといわなければならない。 |
イ 上告審判決の判断形式は法令の解釈を誤るものであること 上告審判決の死刑選択基準の判断形式は、永山判決の死刑選択基準の判断形式と明らかに 異質であり、実質的に、これまで死刑選択の基準として定律してきた永山判決の判例変更を行う ものであり、これを大法廷ではなく小法廷で審理、判断したことは、法令の解釈を誤るものといわ ざるを得ない。 すなわち、H教授によれば、「本件最高裁判決の判断のプロセスは、@先ず、犯行の罪質、結果 の重大性、犯行の動機及び経緯、犯行の残虐性、犯行後の情状、被害感情、社会的影響等の事 情を検討して『X(被告人)の罪責は誠に重大であって、特に斟酌すべき事情がない限り、死刑の選 択をするほかないものといわざるを得ない。』との中間的な結論を導き出し、A次に、殺害の非計 画性、反省の程度、生育歴、前科・前歴、犯罪的傾向と改善更生の可能性、少年であったこと等 の事情を検討して『〔これらは〕X(被告人)につき死刑を選択しない事由として十分な理由に当たる と認めることはできない』として、B『量刑不当』の結論に至るのである。」と説き、「本判決の判断 方法・枠組みは、死刑を例外的な罰則とはせず、犯罪の客観的側面が悪質な場合は原則として 死刑であり、特に酌量すべき事情がある場合に限って死刑を回避するとの考え方を反映したもの と解される。とすれば、本判決は、永山事件判決の原則と例外を逆転させ、成人のみならず年長 少年についても『犯罪の客観的事情が悪い場合は原則として死刑』としたものということになる」と 説かれている(ジュリスト1332号.161頁)。 とすれば、上告審判決の判断形式は、本件犯行の客観的側面としての罪責から死刑の適否を 判断し、そのうえで、被告人の主観的側面を例外的事情として考慮するという判断方法であり、 永山判決の死刑選択基準及び具体的な判断方法とは明らかに異なる判断形式を採用している のであり、永山判決の死刑選択基準の判断形式を変更するものであるから、判例変更に該当する ところ、これを大法廷ではなく、小法廷で審理、判断したことは、法令の解釈を誤った違法な判決 といわなければならない。 |
(3) 小括 |
以上述べたとおり、本件において、最高裁の審理は、これまでの訴訟慣行や法令の規定、国際 規範の趣旨に反し、被告人の弁護を受ける権利を侵害する、異常にして異様な審理であったと いわざるを得ないし、原判決には、事実誤認の違法があることを措くとしても、永山判決にいう死刑 選択基準の適用を逸脱し、その判断形式は、実質的な判例変更に該当するところ、これを小法廷 において審理、判断したことは法令の解釈を誤る違法があるといわなければならない。 |
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