光市事件弁護人更新意見陳述 |
第1 はじめに・・・・破棄差戻審の審理開始にあたって 1 更新意見の概要 2 上告審判決批判 (1)被告人の弁護を受ける権利の侵害について (2)永山判決の死刑選択基準の適用の逸脱と法令解釈の誤り (3)小括 |
〔第1−2-(1)〕 |
2 上告審判決批判 |
(1)被告人の弁護を受ける権利の侵害について |
ア 弁護人は、最高裁における本件審理に関して、以下の主張をした。 @ 検察官の上告を棄却すること A 原判決には著しく正義に反する事実誤認があることを理由として、これを破棄すべきであり、 原審に差し戻すこと B 平成18年4月18日の公判期日をもって弁論を終結することなく、さらに弁論を続行して弁護人 に弁護の機会を保障すること であった。 しかし、最高裁は、弁護人の上記主張をいずれも排斥し、職権調査により、差戻し前の控訴審 判決を破棄し、当審に差し戻すという誤った判断をした。 そこで、当審での審理を始めるに際して、最高裁の誤った判断を指摘し、弁護人らが求める当 審での充実した審理の指標としたい。 |
イ 上告審判決に至る経緯について (ア) 本件は、平成11年4月14日に発生した事件であり、同年4月18日、被告人が本件の被疑者 として逮捕された。 しかし、4月28日ころ、当番弁護士による接見が一度あっただけで、その後、被告人は捜査検事 であるG検察官に、当番弁護士との接見を申し入れたが、これが実現することもなく、同年5月9日 に、本件が家庭裁判所に送致され、その後、付添人弁護士が選任され、ようやく弁護人の援助を 受けることができたのであった。 わずか18歳を過ぎたばかりの少年が、逮捕から家裁送致までの21日間もの長い間、何らの援 助もない一方で、捜査機関の手中におかれ、法廷に提出された33通(乙1ないし乙33)もの大量 の供述調書を作成されたことに照らせば、いともたやすく供述調書を作成できたことが誰の目にも 明らかであり、これに現場引き当たりなどに要した時間を併せて考えれば、捜査官の意図するま まの、事実をねつ造した供述調書が作成できたことは容易に推認することができるのであり、この ような供述調書の内容自体、任意性、信用性が疑わしいものといわなければならない。 しかるに、その後の1審及び旧控訴審でも犯行行為自体が争点とならず、それゆえ、被告人は、 どのような目的で被害者宅を訪れたのか、どうして被害者を死に至らしめたのかなど、その事実が 審理の対象とならず、真実が解明されることもなく、真実は被告人が殺意を有しないにもかかわら ず、殺意の存否が争点となることもなく、捜査官がねつ造した事実を前提に、量刑だけを焦点とす る審理に終始したのであり、その上マスコミの報道による影響もあってか、われわれ刑事裁判に 関わる者すべてが冷静さを失い、誤った審理に導いたことを自戒しなければならないのである。 少年である被告人に真実を語れる場面とその機会を十分に保障し、遺体に残された身体損傷 の痕跡と被告人の真実の供述とを照らし合わせれば、検察官が主張する本件犯行態様が如何に 客観的事実と乖離し、本件がねつ造された事案であるかが、容易に判明したことなのである。 (イ) しかるに、平成15年3月14日、検察官は、検察官の控訴を棄却した旧控訴審判決を不服とし て上告し、同年5月9日、最高検までが、適法な上告理由にあたらない量刑不当等の上告趣意書 の作成のために、6ヵ月間もの長期の延長期間を要すると上申し、最高裁は、この要請を受けて、 その提出期限を平成15年10月30日までとすることを容認し、同年10月30日、検察官は、実質的 に量刑不当を上告理由とする上告趣意書を提出し、同年12月26日、弁護人(以下、「旧弁護人」と いう。)は、これを弾劾する答弁書を提出したのである。 それから2年もの長い期間が経過し、平 成17年11月28日に至って、最高裁は旧弁護人に、平成18年2月21日又は3月14日のいずれかに 公判期日を開きたい旨通知した。 (ウ) 最高裁が公判期日を開くという法的な意味は、1審判決の無期懲役を維持した旧控訴審判 決を破棄する可能性が高いことが当然予想され、旧弁護人は、これまでの検察官の主張を弾劾 すれば良いという消極的な弁護ではなく、被告人のために新たな弁護を要すると痛感したのは当 然である。 同年12月1日、旧弁護人は最高裁に、新たな弁護の準備のために、公判期日を翌平成18年5月 ころを指定されたい旨要請し、平成17年12月6日に今後の審理のために、最高裁(調査官)との面 談を申し入れた。 しかるに、その申し入れ当日に、最高裁は、旧弁護人の要請に対する回答や協議の調整をする こともなく、一方的に、本件の公判期日を翌平成18年3月14日午後1時30分に指定し、そのうえ、 平成17年12月9日、マスコミによってこれが報道されたのである。 旧弁護人の依頼を受けて、安田好弘及び足立修一弁護士(以下、「新弁護人」という。)が、平 成18年2月27日、初めて被告人に接見し、被告人から本件犯行態様を聞き取り、被害者に対する 殺意がなかったことなどの真実を打ち明けられ、その供述が遺体に残った身体損傷の痕跡に ほぼ整合することを確認し、1審及び旧控訴審を通じて、殺意の有無及び犯行態様などの罪体の 重要な部分について、実質的な審理がまったく尽されていないことを確信した。 翌2月28日と3月3日に、新弁護人は最高裁に、弁護人選任届けを提出し、一方、3月6日、旧弁 護人は、原審において、事実誤認の主張及びその弁護活動を行わなかったことから、弁護人を辞 任した。 そして、新弁護人は、同年3月7日、指定された公判期日の3月14日には、翌15日に実施される 日弁連と区別研修である「裁判員制度下における死刑刑事弁護」のために、全国各単位会の約 20名の弁護士によるリハーサルが行われ、その中で解説者役及び裁判官役という不可欠な役割 を担わなければならなかったために、指定された公判期日に出頭できないことと、前記の新たな 事実誤認の主張に関する弁論を行う準備が間に合わないことを理由に、同年6月13日まで公判 期日の延期を求める申立書を提出した。 ところが、翌8日、最高裁は、新弁護人の公判期日延期の要請に対して、「審理を不当に遅延さ せる行為と認めたもの」(弁護人不出頭に関する第三小法廷の見解.判例時報1941号42頁)との との判断のもとに、弁護人の請求を却下した。 そこで、同月13日、新弁護人は最高裁に、被告人のために充実した弁護活動が不可能であり、 リハーサルを欠席できないために、苦渋の選択として、公判期日を欠席することとし、欠席届を提 出した。 3月15日、日弁連特別研修が実施され、衛星中継を通じて、全国各地の弁護士会に配信され、 全国の弁護士は、裁判員制度下における死刑刑事弁護の在り様が実演され、これに対してテー マごとに順次解説が行われる中で、刑事弁護のあり方を研修することができたのである。 同月14日、最高裁は、弁護人の欠席することを認識した上で、公判期日を開き、公判期日を延 期するとともに、次回期日を4月18日と指定し、翌3月15日、新弁護人に出頭命令等を発した。 4月18日、最高裁は、第2回公判を開き、新弁護人が、上記@の検察官の主張する量刑不当を 棄却すべきであること、原判決には上記Aの事実誤認があり、原判決を破棄して原審に差し戻す べきであること、さらに、事実誤認の主張を補充するために、上記Bの審理の続行が必要である ことの意見を陳述したが、同日の公判期日をもって本件の審理を終結し、同年6月20日を判決期 日と指定した。もっとも、最高裁は、「審理を不当に延期させる」との従来の見解を改め、新弁護人 に補充書の提出を認め、5月31日までなら、弁論期日で陳述されたのと同等の取り扱いをすると の弁護人の主張を一部認めた異例の措置をとったのである。 そして、6月20日、最高裁は、検察官の主張が上告理由に該当しないと判断したうえで、職権調 査により、量刑不当を理由に原判決を破棄し、当審に本件の審理を差し戻した。 |
ウ 最高裁での審理は、従来の訴訟慣行を無視し、刑訴法の規定にも反し、国際的規範に明ら かに反する異常な審理であったといわざるを得ないこと。 (ア) 公判期日の指定(刑訴法273条1項)は裁判長の権限でなされる命令であり、訴訟関係人 の意見を聞く必要はないが、実務上は、充実した審理を行うために、訴訟関係人と協議のうえ指 定されるのがこれまでの慣行である。 そして、裁判所が一旦公判期日を指定しても、訴訟関係人の訴訟手続における権利行使が適 法であり、その権利行使が一見して不当な目的でない限りは、訴訟関係人の申出により、変更さ れるのである。 最高検察庁が、本来上告理由に該当しない量刑不当の主張のために、本件の上告趣意書の 提出期限に6ヵ月を要すると上申したことも、一見してそれが不適法なものでない以上、最高裁が これを容認し、特別に長期の提出期限を指定したのも、それがこれまでの慣行であったことの証 左なのである。 それゆえ、最高裁は、弁護人に、これまでの検察主張に対する弾劾だけでなく、新たな弁護活 動や弁論を準備するための十分な期間を保障することが適正であったのであり、これこそが 「死刑は究極のしゅん厳な刑罰であり、慎重に適用すべきものであることは疑いがない」との上告 審判決の姿勢にも沿うことであったのである。 (イ) 1989年国連総会において、死刑を存置する各国に対し「死刑相当でない事件に与えられ る保護に加えて、手続のあらゆる段階において弁護士の適切な援助を受けることを含む弁護を 準備する時間と便益を与えることによって特別な保護を与えること」を内容とする決議が全会一致 で採択されたのも、まさにこの当然な趣旨なのであり、「手続のあらゆる段階において弁護士の 適切な援助」と「弁護を準備する時間と便益を与えることによって特別な保護を与える」ことは、 最低限度の国際的規範といえるのである。 また、刑訴規則277条も、少年事件の審理にあたって、「懇切を旨とし、且つ事案の真相を明ら かにするため」の特別の配慮を要すると規定しているのも、その趣旨からである。 これらの慣行や国際規範並びに刑訴規約の規定からすれば、最高裁における審理は、これら の規定に真っ向から反し、被告人の弁護を受ける権利を侵害する、異常にして異様な審理であっ たと弾劾せざるを得ない。 |
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