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【正論】上智大学名誉教授・渡部昇一 歴史問題は時事問題である

2008.1.14 02:05
このニュースのトピックス正論

 ■東京裁判パル判決に対する誤解

 ≪70年前の事件が熱い≫

 東京オリンピックの頃にその50年前の話を政治問題にする人はいなかったであろう。オリンピックは1964年、その50年前といえば、1914年、つまり第一次世界大戦の勃発(ぼっぱつ)した年である。そんな頃の話は完全に歴史家の分野であった。

 しかし去年は南京陥落から70年もたっていたのに、中国系の資金が動いたらしく、10本ものインチキ南京大虐殺映画がアメリカやカナダで作られ、また南京では大虐殺の記念館が数十億円を費やして大拡張された。70年前の事件が−それが虚構であることが完全に証明されているのに−まだポッポと燃えている熱い時事問題なのであり、未来問題でもあろうとしているのである。

 昭和12年の夏、上海あたりにいたのは日本陸軍ではなく、日本人居留民保護のための陸戦隊が3000人程度いただけだった。日本の陸戦隊というのはアメリカの海兵隊とは違って、水兵さんたちが軽武装で居留民保護に当たるのであって、本格的戦闘部隊ではない。その陸戦隊が、数個師団の蒋介石の精鋭主力陸戦部隊に攻撃をしかける可能性はゼロだ。この戦争はユン・チアンとジョン・ハリデイの『マオ』によって、張治中将軍がスターリンの命令で始められたことが説得的にのべられた。

 この前の戦争が時事問題であることを示唆していると思われたのは安倍前首相のパル判事とチャンドラ・ボースの遺族訪問であった。安倍さんは首相として、この前の戦争がまだ時事的な政治問題であることに折にふれて気付かれたのではないだろうか。そして東京裁判に対するパル判決書を抜いてはその根本的な解決に至る道はないことも。

 ≪ガンジー主義であっても≫

 ところが最近パル判事について奇怪な妄論(もうろん)が現れている。パルさんはガンジー主義者であったから、日本の戦争責任を許したわけではないとか、従ってパルさんは日本の保守主義者がそんなに有難がる必要はないとか。

 これは判事個人の思想と裁判の判決の区別を知らぬ幼稚な議論である。私がドイツで学んでいた頃−偶然にもウエストファリア条約締結地の大学だった−カトリックの法律学徒にこんな質問をしたことがある。

 「もし堕胎が許されている国で、裁判官が熱心なカトリック教徒だったらどうするのか」

 彼は簡単に答えた。

 「裁判官は、法律によって判断し、自分の宗教的信念は公的場面に出さないことになっている。それはウエストファリア条約(1648年)以来の啓蒙(けいもう)主義のためであり、今日もそうである」

 考えてみれば当たり前の話だ。近代国家の裁判では、判事個人の信念や宗教を出してはいけないのである。国際裁判においても同じ精神で法律の適用を行うのが判事の役目である。

 日本が独立回復した後でパル判事が日本を訪れた時、ある日本人が、「日本に好意的な判決を書いてくれた」ことに感謝したところ、パル判事は厳然として次のような趣旨のことをのべた。「私は日本に対する好意であの判決書を書いたのではない。私は国際法に忠実であることを心がけただけである」と。

 ≪ただ国際法にもとづく≫

 パル判決書は膨大なものである。講談社学術文庫で、1600〜1700ページになる。私は精読したことがあるし、現在もその研究会を行っている。この膨大な判決書が終始一貫してのべているのは、検事の告発に対して、一つ一つ事実と国際法にもとづいて反駁(はんばく)し、かつそれを否定する結論に至る道筋である。検事は昭和の初めの頃から日本の行為を「共同謀議」で告発しているから、パル判決書の大部分は昭和史の検討なのだ。

 パル判事が日本にも責任があるとしたのは捕虜や住民に対する虐待である。しかしその大部分はそれぞれの現地で処刑が終わっている話であり、東京裁判においてもほとんど証人が法廷に出ていないと指摘する。A級戦犯である人がこれらの事件に関係なかったことは分かり切ったことだ、と言わんばかりの口調だ。

 日本が不戦条約を破ったという検事告発にも、不戦条約の生みの親のケロッグ自身が自衛戦はよいとしているし、自衛か否かを決めるのはそれぞれの主権国家であり、自衛の概念の中には、国境侵犯などのほかに経済的圧迫も入ると議会で証言していることを指摘している。また人道問題では原爆の例もあげている。戦勝者をも同じ基準で裁かなければ国際法にならないというのがパル判決の主眼である。彼がガンジー主義かどうかは問題にならない。

 (わたなべ しょういち)

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