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インパクト出版会
  当エントリー「光市事件弁護人更新意見陳述」は、
 『2007 年報・死刑廃止』特集2 “光市裁判 弁護人の主張”より
 転載したものです。
  弁護人の解任等につきましても、原本通りに記述しています。
  本文の漢数字は西洋数字に替えているところがあります。
                             (2007/11/06  来栖宥子)

        
〔第1−1〕
 
光市事件弁護人更新意見陳述

光市裁判弁護団

件名 平成18年(う)第161号
被告人  ○ ○ ○ ○

更 新 意 見 書


平成19年5月24日
広島高等裁判所 第1刑事部 殿

(主任)弁護人  安 田 好 弘
     同    本 田 兆 司
     同    足 立 修 一
     同    井 上 明 彦
     同    岩 井   信
     同    今 枝   仁
     同    大河内 秀 明
     同    岡 田 基 志
     同    河 井 求@秀
     同    北潟谷   仁
     同    小 林   修
     同    新 川 登茂宣
     同    新 谷   桂
     同    田 上   剛
     同    中 道 武 美
     同    舟 木 友比古
     同    松 井    武
     同    村 上 満 広
     同    山 崎 吉 男
     同    山 田 延 広
     同    湯 山 孝 弘
目 次

第1 はじめに・・・・破棄差戻審の審理開始にあたって
 1 更新意見の概要
 (1)本件事件は、極めて不幸にして悲惨な事件である。
 (2)弁護人が、当公判廷で明らかにしようとしていることは、以下の4項目である。
 2 上告審判決批判
 (1)被告人の弁護を受ける権利の侵害について
 (2)永山判決の死刑選択基準の適用の逸脱と法令解釈の誤り
 (3)小括

第2 1審・旧控訴審・上告審判決の事実誤認と事案の真相
 1 1審及び旧控訴審・上告審判決の事実誤認
 (1)本件犯行に至る経緯(自宅を出てから被害者に抱きつくまで)
 (2)被告人が被害者に抱きつき死亡を確認するまで
 (3)被害者死亡確認後から被害児を死亡させるに至るまでの経緯
 (4)被害児を死亡させた後の行動(被害児を死亡させた後、被害者を姦淫して被害者宅を出る
   まで)

 (5)何故、彼らは誤りを犯したのか
 2 事案の真相
 (1)はじめに
 (2)本件事件は、およそ性暴力の事件ではない。
 (3)被告人は、激しい精神的な緊張状態の中にあった。
 (4)そして、被告人は、被害者と出会った。
 (5)それで、被告人は、一旦、被害者宅を出ようとした。
 (6)被告人は、被害者と被害児に、亡くした母親と2歳年下の弟を見た。
 (7)被告人は被害者を死亡させ、自分の母親を守った。
 (8)しかし、母親は死亡していた。そして、被害児の首に巻いた紐は泣き悲しむ弟への償いのリボンだった。
 (9)被害者に対する姦淫は、母親の復活への儀式であった。
 (10)被告人は自分の犯したことを十分に理解できていなかった。
 (11)結論

第3 情状
 1 精神発達の未成熟
 (1)事実関係における精神発達の未成熟
 (2)情状関係における精神発達の未成熟
 2 被告人のこれからの道のり・・・贖罪と償いの人生を生きる
 (1)第1審、旧控訴審、上告審段階の被告人
 (2)被告人が目標とする先輩の存在
 

第4 結語


第1 はじめに・・・破棄差戻審の審理開始にあたって

1 更新意見の概要

(1)本件事件は、極めて不幸にして悲惨な事件である。
 しかし、だからといって、事件の解明がないがしろにされてはならない。事実は一つ一つ厳格に
究明され、真相がすべて明らかにされ、そして、その刑責は正しく評価されなければならない。
 とりわけ、本件事件は典型的な少年事件である。少年はその能力の未発達から、自分の行為を
正確に認識し理解することはもとより、これを表現し説明することも困難である。他人の誤解、とり
わけ捜査官の誤解や決めつけに反論し、その誤りを正す力を持ち合わせていない。従って、少年
事件にあっては、被告人の供述だけではなく、専門家の援助を得て、事実の解明と理解に努めな
ければ、大きな過ちを犯すことになる。
 本件事件では、法医鑑定、犯罪心理鑑定、精神鑑定が事件解明の鍵となる。法医鑑定は、遺体
の状況から被害者にどのような暴行が加えられたかを客観的に明らかにするものであり、犯罪心
理鑑定は、被告人の心理状態を分析して、被告人がどうして本件行為を行ったかを解明するもの
である。さらに、精神鑑定は被告人の精神発達状態すなわち精神年齢を明らかにして、被告人に
対する非難可能性、すなわち、成人と同等に非難することが可能であるかどうかを明らかにするも
のである。
 弁護人は、これまでに、2つの法医鑑定と犯罪心理鑑定、精神鑑定の各鑑定を依頼し、その結論
を得た。その結果、1審判決及び旧控訴審判決はもとより上告審判決も、事実の認定を誤ってお
り、事件に対する評価はもとより、量刑にあっても誤りを犯していることが明らかとなった。
 弁護人らは、当公判廷においてそれらの誤りを正すとともに、被告人が反省をし罪を償うために
今後どのように生きていこうとしているのかを明らかにしたいと考えている。
 また、裁判所に対しては、本件事件の事実関係を誤りなく認識するだけでなく、本件犯行時の被
告人の精神状態や被告人の人格についても正しく理解して、未だ若年である被告人に対し、今後
生きるべき指針を指し示す判決を求めるものである。

(2)弁護人が、当公判廷で明らかにしようとしていることは、以下の4項目である。

 以下に、その概略を述べ、詳細は、さらに項を別にして述べることにする。

 その第1は、本件事件が、検察官が主張し1審判決が認定するような強姦殺人という性暴力
事件ではなく、被告人の失った母に対する人恋しさに起因するいわゆる母子一体ないし母胎回帰
の事件であるということである。このことは、B関西学院大学教授の精神鑑定とC日本福祉大学教
授の犯罪心理鑑定によって解明されたことである。
 しかるに、1審判決及び旧控訴審判決は、被告人は、強姦をしようとして被害者宅に上がり込み、
隙を見て被害者に背後から抱きつき、抵抗されるや、殺害してでも強姦しようと考え、被害者に馬
乗りになって、まず両親指で被害者の喉仏付近を力一杯押さえつけ、さらに両手で全体重をかけ
て首を絞めつけて絞殺したうえ、強姦したとして、被害者に対する強姦致死罪及び殺人罪が成立
すると認定する。
 しかし、1審判決・旧控訴審判決及び上告審判決は、事実を誤認したものであって明らかに誤り
である。被告人は、強姦目的のために被害者宅に上がり込んだのではないし、被害者に襲いかか
ったのでもない。被告人は、人恋しさから亡くした母親に甘える思いで被害者に背後からそっと抱
きついたのであって、そもそも強姦の意思はまったくなかったのである。ところが、およそ予想に反
して、被害者に大声を上げられて騒がれたため、これを制止しようとして背後からスリーパーホー
ルドの姿勢で被害者を締めつけて、同人を一旦気絶させ、さらに気絶から醒めた被害者に反撃さ
れて大声を上げられたため、これを制止するために被害者の口を封じようとして誤って首を押さえ
続けたことにより、同人を窒息死させてしまったものであって、被告人には被害者を殺害する意思
はまったく存在しない。つまり、被告人は、1審判決及び旧控訴審判決が認定するような殺害行
為、すなわち、両親指で被害者の喉仏付近を力一杯押さえつけ、さらに両手で全体重をかけて首
を絞めつけるという殺害行為を、一切、行っていないのである。被告人が行ったのは前述のとおり
制止行為にとどまり、誤って被害者を死に至らしめたものである。このことは、D東京都監察医務
院元院長及びE日本医科大学院教授の法医鑑定によって明らかとなっている事実である。
 また、姦淫についても、もともと被告人は精神的に幼く、女性と対等な関係で性的な関係を切り
結んだり、力ずくで女性を姦淫したりすることができるほど精神的に成長していなかったのである。
被告人は、被害者を死亡させた後、引き続いて姦淫を行ったのではなく、被害児を死亡させた後、
死亡していてまったく反応のない被害者を見て、初めて姦淫意思を生じて姦淫を行ったのである。
しかるに、1審判決並びに旧控訴審判決及び上告審判決は、強姦の目的の下に被害者に襲いか
かって同人を殺害し、それに引き続いて同人を強姦したと認定する。しかし、これは後に述べる被
告人の未熟な精神状態をまったく看過したものであって、明らかに誤りである。
 なお、被告人は、被害者に自分の亡くした母親を見ていたのであるが、この点については、
第2、2、事案の真相の項で述べる。
 以上のとおり、被害者に対しては、強姦致死罪及び殺人罪は成立せず、傷害致死罪にとどまる。

 その第2は、本件事件が、被告人の著しい精神的な未発達がもたらした偶発的な事件であり、
かつ被告人の対応能力の欠如によって予想外に拡大した事件であるということである。このこと
は、C鑑定によって明らかになっている。
 前述のとおり、被告人は、人恋しさから亡くした母親に甘える思いで被害者に背後からそっと抱
きついたところ、まったく予想外の激しい抵抗を受けてパニック状態に陥り、被害者を制止しようと
して誤って被害者を死に至らしめたものである。また被害児に対しては、泣きやませようとして懸
命にあやすものの泣きやませることができずに困惑し、遂に首に紐を緩く巻いて蝶々結びにし、
その結果、被害児を死に至らしめたものであって、被害者はもとより被害児に対しても殺意は存在
せず、傷害致死にとどまる。
 しかるに1審判決並びに旧控訴審判決及び上告審判決は、被害児についても、殺害しようとして
頭上から逆さまにして床に叩きつけ、さらに両手で首を絞めたうえ、紐を首に二重巻きにして項部
で交差させて強く絞めて絞殺したとする。しかし、被害児を頭上から逆さまにして床に叩きつけた
ことはなく、もちろん、両手で被害児の首を絞め、さらに項部で交差させて強く絞めた事実は一切
存在しないのである。これらは、いずれも検察官の創作にすぎないのであって、このことは前述の
D、E法医鑑定によって明らかになっている。
 被告人にいささかなりとも問題を解決し、先行きを見通せる能力があったなら、被害者に謝罪し
て許しを請うてその場を退散していたであろうし、被害者を死亡させた後にあっても、被害児を残し
て逃げ出していたはずである。しかし、被告人にはそうするだけの能力がなく、2人もの命を奪って
しまったのである。
 なお被告人が被害者の遺体に縊首により死亡した母親の遺体を見ていたこと、そして被害児に
被告人の2歳年下の弟を見ていたことについては、第2、2、事案の真相の項で述べる。

 その第3は、本件事件当時、被告人の精神状態は著しく未成熟であったうえ、極度の退行状
態にあり、それが本件事件の要因となっており、従って、被告人を成人と同じく非難することはでき
ないということである。
 被告人は、幼い頃から父親の激しい暴力にさらされてきた。それは時には被告人に死の恐怖を
もたらすほど激しいものであった。被告人は、その恐怖の中で、精神的にも肉体的にも母親に密
着して一体となり、精神的に著しく抑圧されて育った。しかし、父親の暴力は、母親に対しても激し
く加えられ、母親は、遂に、被告人が中学校1年生の秋に縊首により自殺した。その結果、被告人
は母親という唯一絶対の庇護者を失い、父親の絶対的な支配に直接さらされることになり、その
後、精神的に発達する機会をほぼ失った。
 本件事件は、このような精神的に著しく未成熟な被告人が、就職という新しい環境に不適応をき
たして、これが強度な精神的ストレスとなり、そのために重篤な退行現象を起こし、その退行現象
の中で起こした事件であって、同人を18歳を超える者と同等に扱って処罰することは誤りであると
いうことである。
 このことはB鑑定によって明らかとなっている。 

 被告人の反省・悔悟は、十分でないと指摘され、非難されてきた。
 しかし、これは、被告人が、幼く未成熟の精神状態の下で、未だ自他の分離ができないままであ
ること、すなわち、自分の犯した過ちを現実感をもってとらえることができず、また他人に及ぼした
苦しみや悲しみや憤りを客観的にとらえることができないことに由来するものであって、これを被告
人の人格の悪性としてとらえることは誤りである。ちなみに、事件直後、家庭裁判所の調査官も、
被告人に心理テストを実施し、その罪悪感の発達レベルは、4,5歳の程度であるとまで判定して
いるのである。
 しかし、事件から、すでに8年が経過し、今や被告人は26歳になった。拘置所という限られた空
間の中であっても、教誨師や宗教者や篤志家との面接や文通、施設の職員の指導などを受け、
被告人は遅ればせながらも成長をしてきた。そして、現在では、未だ十分とは言えないまでも、反
省と贖罪の意を深め、被害者に謝罪の手紙を出すことができるまでになった。これに加えて、その
謝罪の気持ちを表すため、1日6時間、時間給5円70銭の袋貼り作業を願い出て、毎日、一心に
その作業を続け、そこで得られた作業報奨金を被害者遺族に送付するまでになった。
 被告人は、被告人と同じような過ちを犯し、控訴審で死刑から無期懲役に減刑されて現在××
刑務所に服役している先輩と知己を得た。彼は、今から21年前、友人らとともに2件の強盗殺人事
件を犯した。無期懲役が確定して××刑務所に服役してすでに9年になる。彼は、毎年欠かさず
遺族に謝罪の手紙を書き、作業報奨金を贖罪金として送り続け、反省と贖罪の人生を送っている。
もちろん、彼は、未だ、被害者遺族に赦されてはいないが、今では「寒い日が続いていますが、風
邪をひかぬように頑張ってください。貴殿からのお金は前回同様仏前に供えさせていただきまし
た。私も女房が他界してから急に弱くなり、色々病気と戦っています。心臓・たんのう・腰痛・今回
は膝の手術をやりましたが、それが失敗して4回も同じところを切開した為、歩行が出来なくなり、
現在はリハビリに通っています。前回貴殿に返事を書かなければいけないと思いながらも出すこと
が出来なかったのは、病気で悩み苦しんでいた時で、非常にすまないことをしたと思っています。
お許しください。今晩も11時を過ぎましたのでここで筆を置きます。ありがとうございました。おやす
みなさい。」「今年も残り少なくなりました。健康の様子何よりです。私も年と共に弱くなり、昨年に
続き今年は2回長期入院致しまして、返事も出さず失礼致しました。Aの供養代はありがたく仏前
に供えさせていただきます。時々刑務所内の放送を見ることがあります。大変だなと思いますが、
罪は罪としてそれに向かって立派に更生してくれることを願っています。寒さに向いますが、くれぐ
れも身体に気を付けてください。」と被害者遺族に声をかけてもらえるまでになっている。
 被告人は、この先輩のように、生きて反省と贖罪の人生を生きることを切望している。弁護人
は、被告人がしっかりと更生することを確信している。そして、××刑務所の先輩もそして被告人
も、いずれの日か、被害者遺族に赦される日がくることを確信している。
 このことも、弁護人は、当公判廷で立証しようとしていることである。そして、弁護人は、差戻控
訴審の審理を始めるにあたって、裁判所に対し、「今一度、被告人を信じてみようではないか」と、
強く、求めるものである。
2007/11/13up
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