◇配備進まぬ「へき地」
昨年7月16日に起きた新潟県中越沖地震の被災地から約250キロ。千葉県印旛村の日本医大千葉北総病院救命救急センターの医師、松本尚(ひさし)さん(45)は自宅にいて、午前10時13分の発生直後のニュース速報を見た病院職員から電話を受け、即座に決めた。「ドクターヘリで行くぞ」。発生約5分後にはセンターのDMAT(災害派遣医療チーム)が招集された。
ドクターヘリは人工呼吸器、心電図モニターなどの設備や医薬品を積み、けが人を治療しながら運べる。正午前には松本さんら医師2人、看護師1人らを乗せて飛び立ち、約1時間で長岡市の長岡赤十字病院に到着。県外のDMATでは一番乗りで、その後各地から集まったDMATの統括を補佐した。
到着間もなく、柏崎市の病院に集中した患者を転院搬送することになった。家屋の下敷きになった患者を約10分で長岡赤十字へ。片道20キロ以上、車なら30分はかかる。その日、別の2人も新潟市内へ運んだ。このヘリの被災地への出動は初めて。「搬送がスムーズだと分かった」と松本さんは振り返る。
新潟県にドクターヘリはない。県は07年度、ドクターヘリも含めた救急医療体制を検討することになっていた。県医薬国保課の三林康弘参事は「ヘリ救急が役立った。へき地からの搬送時間を短縮できるよう検討している」と説明する。
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95年の阪神大震災の発生当日にへリが運んだ患者は、医薬品を運んだ大阪市の消防防災ヘリによる1人だけ。その反省から、国は01年、5年間で全国にドクターヘリ30機を配備する目標を掲げた。運用する医療機関に、年間運航費約1億7000万円の全額を自治体と折半して補助する。
昨年6月、特別措置法も成立。都道府県の医療計画にドクターヘリ導入の目標年度などを盛り込むよう規定し、条件は整ったようにみえる。しかし現実には、今月運用開始予定の大阪、福島を含めても、千葉、岡山、静岡など13道府県14機にとどまる。福島を除く東北、四国、北陸、山陰地方には一機もない。へき地が多く、より有用なのは明らかだが、財政基盤の弱い地域が取り残される。
既存の消防防災ヘリを活用する自治体もある。高知県は05年3月、医師を乗せて患者を搬送する運用を始めた。山の多い県内で効果は大きく、06年度の出動は238回と前年度の倍になった。県消防政策課の中澤龍夫課長補佐は「救援物資の運搬や消火に出動していると使えない。ドクターヘリを検討しているが、予算化のめどは立たない」と話す。
東海・東南海・南海地震は、近年の地震とは比べものにならない広域災害となる。その時、教訓をどう生かせるか。NPO「救急ヘリ病院ネットワーク」(東京都)の村田憲亮事務局長は問いかける。「自治体負担は多くても年間1億円弱。救える命は多いのに、この金額がなぜ出せないのか」=つづく
毎日新聞 2008年1月14日 東京朝刊