慰安婦「否定論」の信憑性を高めてしまうVAWW-NET Japan抗議声明

1/3/2008 - 4:45 pm by macska このエントリーを含むはてなブックマーク

先月、米国に続いて欧州議会においても第二次世界大戦時における日本軍「慰安婦」問題に関する決議が出たが、それを受けての12月15日付けの読売新聞の社説「慰安婦決議 欧州での連鎖反応が心配だ」(リンク先はウェブ魚拓)がけしからんとの抗議声明が VAWW-NET Japan(「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク)から回ってきた。っていきなり分かりにくい文ではじまってしまったけど、欧州議会が日本に抗議していて、その抗議に読売新聞が抗議して(というか懸念していて)、さらにそれに VAWW-NET Japan が抗議しているということ。で、「読売新聞の社説に抗議し、謝罪・訂正広告を掲載するよう強く求めます!」と書かれたその抗議声明を読んでみたのだけれど、なんだかなぁという感じ。

まずは読売新聞の社説から。

第2次大戦中、日本がオランダ軍を追い払い軍政を敷いたインドネシアでは、収監されていたオランダ人女性が、日本軍兵士によって連行され、強制的に「慰安婦」にされた事件もおきている。事態を知ったジャカルタの軍司令部は問題の慰安所を直ちに閉鎖し、女性たちを解放した。遺憾な事件であったが、軍が組織的に慰安婦を強制連行したのではないことを示す「反証」でもある。事件に関与した将校らは、戦後、オランダの軍事法廷で「BC級戦犯」として裁かれている。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071214ig91.htm

この部分に対する VAWW-NET Japan の批判は、以下の通り。

社説は、インドネシアにおいて日本軍が抑留所からオランダ人女性を選別・連行して「慰安婦」を強いた事件について、「軍が組織的に慰安婦を強制連行したのではないことを示す反証でもある」としていますが、なぜこれが、日本軍の「慰安婦」強制連行はなかったとする「証拠」なのでしょうか? オランダ裁判は「戦争犯罪の概念規定」第7項で「強制的売いんのための婦女誘拐及び売いんの強制」を明記し、慰安所開設の責任者であった被告岡田少佐に「売春強要」「婦女強かん」と共に「強制売春のための婦女子誘拐」の罪で死刑を言い渡しました。いわば、オランダ裁判は強制連行を明確に犯罪として裁いたものであり、スマラン判決は連行の強制と慰安所での強制を断罪しています。これらはオランダのケースにおいても「強制連行はあった」とする証拠以外の何ものでもありません。貴社は判決さえ読まずに強制連行はなかった証拠だと主張したのでしょうか。
http://jcjkana.blog102.fc2.com/blog-entry-137.html

読売新聞の主張に与するわけではないが、これでは VAWW-NET Japan の側が読売新聞の議論を理解できていないだけのように見える。読売新聞と同団体はともに少なくともこの件に関しては「オランダ人女性に対する強制的な連行が存在し、日本軍の軍人がそれに直接関わった」という認識を共有しているように見える。そのうえで、それが一部の軍人が政府の命令とは関係なく勝手に行なった例外的な「事件」、すなわち個人、もしくは少人数の集団による犯罪であるのか、それとも日本政府もしくは軍部の方針として行なわれた行為、すなわち国家による犯罪であるのか、という点を読売新聞は論じている。

読売新聞の社説がいわんとしているのは、もしこの件で起きたような強制連行が国家の方針であり各地で慰安所を運営するうえで常態であったのであれば、軍司令部が「問題の慰安所を直ちに閉鎖し、女性たちを解放」するわけがない、ということだ、従って本件は慰安婦制度が「常態として」強制連行を伴ってはいなかった証拠になる、と社説は主張している。この社説の論旨に従うと、オランダ人女性に対する強制連行は一部の軍人による勝手な犯罪行為ではあるが国家が直接責任を負うようなものではないという点において、例えば在日米軍の軍人が基地周辺で起こす暴行事件と同種のものだということになる。

VAWW-NET Japan はここで「(オランダ人女性の事件についての)判決さえ読まずに強制連行はなかった証拠だと主張」するのか、と読売新聞社を詰問しているけれども、そもそも読売はこの件において「強制連行はなかった」という主張をしているわけではないのだから議論になっていない。そしてこうしたピント外れの「抗議声明」を発することで、VAWW-NET Japan はむしろ日本という国家がどういう行為について責任を負っているのかを曖昧にしてしまっているように思う。かれらがすべきだったのは、読売新聞の主張を正面から受け止めたうえで、それでも国家に責任があるのはこういう理由であると示すことではなかったか。

具体的に言えば、既に他の人も指摘していることだけれども、軍部は問題となった慰安所を閉鎖しつつも、責任者の処罰を一切行なわなかった。もし一部の不良軍人が勝手に犯した事件だというなら、軍の評判を汚すそうした軍人の責任は厳しく問われるはずだ。また、この件において軍司令部が動いたのは、たまたま被害者に後ろ立てとなるオランダ国家ならび影響力を持つオランダ人有力者が存在したからであって、たとえば国家すら奪われた被植民地支配地域出身の女性も(実態さえ知られれば)同様の保護を受けていたとは考えにくい。すなわち、この件ひとつをもって「軍が組織的に慰安婦を強制連行したのではないことを示す『反証』でもある」とまでは言えないとわたしは思う。

慰安婦問題についてのさまざまな議論をこれまで読んでわたしが理解するところ、オランダ人女性だけではなくほかにも多くの女性が騙しや借金の形として人身売買に近いかたちによって強制的に慰安婦として働かされていたことには、いわゆる「否定派」すなわち日本政府に何ら責任がないとする立場の人の多くも認めているように思う。しかしかれら「否定派」は、そうした行為は慰安婦を集めたり慰安所を運営する民間の業者によって行なわれているのであり、あるいは軍人が直接関わったとしてもそれは軍の業務としてではなく一部の不届きものが勝手にやっていたのだ、と主張している。

わたしはかれらの事実認識が、どこまで正しいのか自信をもって判断できない。オランダ人女性の件では慰安所設置に軍人が職務として直接関わっていたわけだし、「一部の不届きもの」といってもかなり大規模かつ組織的に行なわれていれば「勝手にやった」では済まないだろうと思う。でも仮に「否定派」論者の言うように、「常態としての」慰安婦制度は主に民間業者によって設置運営されていたものであり軍人は募集や運営に直接関わっていなかったとしても、それで政府に責任がないとは言えないと思う。それは、慰安所の設置自体がそもそも政府・軍の要請に基づくものであり、渡航許可や軍用船舶・車輛での移送などクリティカルな便宜をはかっておきながら、騙しによる勧誘や人身売買まがいの行為などの横行に、少なくともある時期以降ほとんど何も有効な対処を取らず、重大な非人道的行為を黙認したことへの責任があるからだ。VAWW-NET Japan にも、そうした事実を挙げて正面から読売新聞の社説に反論して欲しかった。

VAWW-NET Japan の抗議声明についてはもう一つ、付け加えたい点がある。欧州議会の決議に関して読売新聞社説がナチスドイツ軍における慰安婦制度の存在を指摘し、「自らの国の問題には口をつぐむつもりか」と書いていることに対して、VAWW-NET Japan は以下のように批判している。

アメリカ下院をはじめカナダ議会、オランダ議会、EU議会で採択された「慰安婦」決議は、日本が犯した人権侵害に対して被害者が尊厳の回復を訴えているにも関わらず、事実すら否定し、被害者を置き去りにしたまま責任逃れに奔走し、謝罪への抵抗を続ける日本政府への批判です。他国を批判する前に、まず、自らの国の不正義を正すこと先ではないでしょうか。
http://jcjkana.blog102.fc2.com/blog-entry-137.html

わたしも、「他国を批判する前にまず自らの不正義を正すべき」というのはもっともだと思う。しかしそれは読売新聞がもともと言っていたこと(欧州議会で対日決議を推進したドイツ緑の党ほかの議員は、まずドイツの慰安婦問題を取り上げろ)をそのまま裏返して言っているだけであって、議論が噛み合っていない。もし VAWW-NET Japan が「他国を批判する前にまず自らの不正義を正すべき」だと本当に考えているのだとしたら、「米国や欧州の言うこととは関係なく、日本は自らの不正義を正すべきだ」と主張すれば良いのであって、米国やドイツが自国の犯罪より他国の犯罪を騒ぎ立てることを肯定しながら、日本だけそれをしてはいけないというのはおかしい。

ましてや米国については、日本の「慰安婦」犯罪とほぼ同じことを、いまも続けている疑いがある。これは「否定派」論者によって悪用される恐れがあるので紹介しない方が良いのか迷ったのだけれど、David Phinney というジャーナリストが、チェイニー副大統領がCEOを勤めていた米国の企業ハリバートンの子会社が、米軍占領下のイラクにおいて、違法なトラフィッキングや強制労働に関わっていることを報告している

Phinney が CorpWatch(多国籍企業の不正を監視する民間団体)に寄せた報告によれば、米国がイラクの首都バグダッドに建設している世界最大規模の米国大使館ほかのプロジェクトにおいて、ハリバートンなどの企業は中東から南アジア・東南アジア一帯の労働者を「アラブ首長国連邦での仕事」と偽って集めた挙げ句(イラクでの仕事というと危険なので嫌がって誰も来ない)、脱走を防ぐためパスポートを取り上げるなどし、また約束よりはるかに低い賃金で強制的に労働させている。ハリバートンをはじめとするこうした民間業者らは、米国の労働法規はもちろん、イラクの労働基準にも従わずに、騙しや物理的な隔離によって多くの外国人に不本意な労働を強制しているのだ。そして肝心なことに、そうした違法行為が常態化していることを国防省は把握しているにも関わらず、それが発覚した企業をプロジェクトから追放するなり、責任者を処罰するなりの当然の取り締まりを、米国政府はほとんどしていない。もちろん政府による公式の謝罪もしていない。

占領地における政府の発注・要請したプロジェクトにおいて、違法なトラフィッキングや強制労働が横行しているのに、政府は取り締まりや責任者処罰をほとんど行なおうとせず、業者の利益を守ろうとしている。労働の内容が性労働か肉体労働かという違いはあるけれども、慰安婦制度とほぼ同じパターンと言っていいだろう。そうした国家犯罪を現在行なっている国の議会が、50年も60年も前に同じ国家犯罪を行なっていた国を非難しているのだから、読売新聞でなくても「まず自らの不正義を正せ」と言いたくもなる。

そう考えると、VAWW-NET Japan が本来言うべきだったのは、「他国を批判する前に〜」なんてことではなく(それはまさに読売新聞の論理を繰り返すだけだ)、「他国の犯罪を取り上げることで、自国の犯罪を誤摩化すな」ということではなかったかと思う。読売新聞の論理に問題があるとしたら、それは自国の犯罪に十分に向き合わないままに他国の批判をしたことではなく、他国を批判するふりを見せながら実際のところドイツ軍の犠牲となった人たちのことなど何も考えておらず、ただ自国の犯罪を誤摩化すためだけに他国の犯罪を持ち出したことであるはずだ。

とにかく、読売新聞の社説については、有効な反論がほかにもいろいろ可能であり、現にブログでそうした反論を試みている人が他にもいるのに、こんなに非論理的で説得力のない「抗議声明」を大手団体が出しちゃうというのは非常に困るわけ。何の予備知識も持たずにあの社説と抗議声明だけを読んだ人は、読売新聞の方に説得力を感じちゃうと思う。恥知らずな歴史修正主義の信憑性を高めるお手伝いをするような真似は、いい加減もうやめて欲しいんだけどな。

49 件のコメント - “慰安婦「否定論」の信憑性を高めてしまうVAWW-NET Japan抗議声明”

  1. ほるほる のコメント

    で、オランダが植民地で行っていた現地人女性のレイプや奴隷化はスルーですか。

    あいかわらず。

  2. ゲスト のコメント

    >ほるほる氏
    オランダがやってたのら日本もやっていいのかよ?ここで批判されてる読売社説の裏返しそのものじゃないか。それこそ大東亜解放の大義に悖るだろ。

  3. 山口一男 のコメント

    Macskaさん
      相変わらず冷静で適切なコメントだと思います。ただ、VAWW-NET JAPANの批判が論理的に破綻していて杜撰だという点はその通りですが、「読売新聞の社説については、有効な反論がほかにもいろいろ可能であり」というところを多少Elaborateしていただければ完璧だったと感じます。僕も読売の社説を読んだのですが、ナチスドイツの軍が慰安所を持っていた事実に言及し、「自国の問題には口をつぐむのであろうか」と書いているのが、この社説の一番の詭弁かと思います。つまりドイツは「自国の問題の口をつぐんでいる」と読者に暗黙に思わせ、非難の正当性に疑義を呈する形になっている。実際は戦後のドイツほどナチスドイツの様々な非人道的行為に批判的であった国も無いでしょう。非人道的行為があまりにも広範であったため、慰安婦問題だけを取り上げるということは少なかったかもしれないが、自国の問題に口をつぐむなどと言う批判が正当でないのは明らかです。またドイツはナチス時代の慰安婦問題についてわが国のように軍が直接関与しなかったなどと全く主張していないことへの言及もない。第2は当然のことながらAの罪は同様に罪をおかしたBがいるから許されるなどと言うものではないこと。第3に読売は河野談話を否定しているが、オランダ人女性の場合は例外的で日本・韓国・中国人慰安婦に対し軍司令部が、(軍命ではなくとも)「日本軍兵士が関与して強制連行された慰安婦のいる問題となる慰安所を閉鎖し女性たちを解放した」などという事例も無いことへの言及がないこと。また第4に強制連行とは別に、慰安婦に対する強制監禁は広範にあり、それ自体性的奴隷化という非難は免れないという主張に全く答えていないこと、などでしょうか。VAWW−NET JAPANの読売批判が杜撰なのはその通りですが、読売の社説も自説に都合の良い事実だけを述べ、都合の悪いことはすべて無視している主張といえます。

  4. macska のコメント

    山口一男さん、
     読売新聞の社説がデタラメであることは、もちろん言うまでもありません。しかしそのデタラメさをわたしみたいなただのブロガーが批判しても大した意味がないので、やはり継続的にこの問題に関わってきた大手団体に、誰が読んでも「これは読売社説おかしいぞ」と思えるようにキッチリ批判して欲しいわけです。
     ところがああいう中途半端な抗議声明を出してしまったことで、何も知らない人が見れば「読売の方が筋が通っている、女性団体の側は問答無用で謝罪せよとか無茶を押しつけている」という風に見えてしまう。そういうバカらしさが我慢ならないので、そっちを批判することを主題としました。
     一応、読売新聞社説そのものへの批判をしているブログには、以下のものがあります。

    http://ianhu.g.hatena.ne.jp/kmiura/20071215/1197688147
    http://azuryblue.blog72.fc2.com/blog-entry-335.html

     はてなブックマークでも、わりとまともなコメント多いですね。

    http://b.hatena.ne.jp/entry/6809441

  5. AAA のコメント

    macskaさんのBLOGいつも大変勉強になるのでよく拝見させて頂いているのですが、一つだけ違和感を感じる意見に慰安婦問題があります。 Macskaさんは「責任」という言葉をお使いですが、この終り無き慰安婦論議に対し、日本及び日本政府がどういう立場を取ればその責任をもうこれ以上問われない&責任ある態度を示したとお考えでしょうか?

  6. macska のコメント

    AAA さん、
     責任を「これ以上問われなくなる」なんてことはなく、今後継続的に取っていくものであると考えますが、とりあえず以下の行動が必要です。

    ・閣議決定もしくは国会決議を伴う公式謝罪。これまでにも謝罪らしきものはあったのですが、閣議決定や国会決議という手順を踏まえていなかったために、いまでも「あれは政府として公式に認めたわけではない」という主張が有力政治家などのあいだからも絶えず、結果として公式に謝罪したのかどうかが曖昧になっている。

    ・主要政党や指導者が、一部の政治家による「否定論」的発言を容認しないこと。これはもちろん言論の自由があるから政府として強制できることではないし、学問的に歴史的事実の細部を究明することに制限はつけるべきではないけれども、少なくとも主要政党や指導者は自分たちの責任において「否定論」を批判するべき。また、被害者に対する中傷発言にも、同様に批判を寄せること。

    ・日本軍の戦争犯罪について、歴史の授業などを通じてきちんと教育すること。もしこれが自虐的に過ぎると言うのであれば、自国の戦争犯罪を相対化によって誤摩化すためでない限り、各国の戦争犯罪を詳しく教えても良い。

    ・上記のことを実行したうえで、被害者があるていど納得できるような救済措置を全力で探る。わたし自身は個人的に、これが国家による賠償金という形を取るかどうかには固執しないけれども、なんらかの措置が被害者に受け入れられるかどうかは、上記のことをどこまで一貫して実行できるかにかかっていると考えます(それを飛ばして、政治的妥協としていきなり給付金を出したアジア女性基金は、慰安婦問題解決という点では失敗に終わりました)。

     これらのことは、「日本が責任を取ったと認められるには何をすべきか」に対する回答であって、ただ単に日本の国益を守るだけであれば別の回答もあり得ますが。まぁ現実的に言って、上記のことをするだけの国民的合意がないのは明らかなので、当分解決はしないでしょう。国民大多数の意識を変えることなく「政治決着」で済ませるなんてことは、おそらくできないんじゃないかと。

  7. AAA のコメント

    この慰安婦問題という物、何をどうすれば決着がつけられるのだろうかと普段から無い頭絞って考えてみても、自分では答えが見つけられずストレス溜まる原因となっている問題です。
    macskaさんのBLOGを拝見させて頂き初めまだ一年も経てませんが、内容拝見させて頂き明らかに僕にはmacskaさんと論理的な議論を行えるだけの能力が無いという認識を持っています。
    でも先に書いたストレスからふとmacskaさんのご意見お聞かせ頂けたらと思い、(過去のコメントでそういう方見かけたので)下手すると罵倒されて終わる危険を感じたりしながら今一つ漠然とした形で質問させて頂きました。

    >これらのことは、「日本が責任を取ったと認められるには何をすべきか」に対する回答であって
    この点日本を離れて長い身なので、近年急に騒がしくなった感を受ける慰安婦問題、色々Webで情報を調べてみたのですが「日本政府or軍のどいういう行為に対し、責任を取れ」という点が、情報が交錯し過ぎており、まだ正しく把握出来ていません。

    昨年近くの大学で元慰安婦と言われる方の証言があり、その話しをPart Timeで歴史を教えている友人(米人)とした所、友人は慰安婦問題で日本の責任追及派みたいな立場。 「(僕自身100%の裏付けは取ってませえんが)Webで得た情報だと、あの人の主張は誕生日から逆算すれば矛盾が有りすぎるらしい」と素朴な意見を述べると「いやそれなら彼女の主張は嘘かも知れないけど、彼女以外にも強制された慰安婦は他にも沢山いる”はずだ”」という意見を返されました。

    正直な感想としてこの慰安婦問題という物、日本政府や国民が何をどう謝罪/賠償した所で結局は感情の産物にしか感じないので「決着」という物は当分有得ないと感じてます。(ストレスの原因)
    ただいつも論理的に物事を分析されているmacskaさんのご意見を伺わせて頂きたく、質問させて頂きました。
    macskaさんから頂いたお答え、僕の質問の仕方が悪かった事とまだ僕自身の勉強不足な事もあり「日本が慰安婦と呼ばれる人達に過去にどういう行為をしたから責任を負う」という点がまだはっきり理解出来て無いのですが、この点は時間をかけ調べて行くつもりです。 ご丁寧なお返事を頂き、有難うございました。

  8. 山口一男 のコメント

    masckaさん
       主題の意図は理解しているつもりです。他のブログの情報をありがとう。「責任」に関するお考えにもほぼ同意です。

  9. のコメント

    はじめまして。ご意見お聞かせください。
    日本政府があなたのいうように謝罪や補償する、というのはそれはそれでいいとは思います。
    もっとも、朝鮮戦争や、ベトナム戦争、イラク戦争など、米国韓国ドイツ軍などの犠牲になった「娼婦」の方々がおられますね。これらの方々もコンドーム提供、衛生検査、「慰安施設」の設置など軍や政府が関わっており、また、こうした犠牲者は日本の場合と同じように騙されたり強制されたりされた方々多いですね。
    こうした方々の救済のために各国が同じ基準で謝罪や補償をするように関連国に働きかけるような運動がなぜいままでなかったのですか?あるいは、私が知らないだけでしょうか?
    vownetや読売の視点を止揚するような観点であると思うのですが。また、そうした形なら保守もリベラルも協力しあえるのではないですか?

  10. macska のコメント

    AAA さん、
     慰安婦問題の政治決着としては、日本政府及び慰安婦制度に関わった個人の具体的責任を曖昧にしたまま、漠然とした国家責任を認め被害者に「償い金」を出した、河野談話とアジア女性基金がやはり絶妙の落としどころだったと思います。もちろんそれらは当時から慰安婦支援団体等からは不十分だとして非難を受けたわけですが、もしあの路線で日本が国民的合意を達成していれば、いまごろは「日本は一定の責任を果たした」と国際的に評価されていたでしょう。
     日本政府が公式に責任を認めているーーと少なくとも他国には解釈されているーーにも関わらず、具体的にそれがどういう行為についての責任なのか全然明白ではないのは、河野談話が意図的にそれを曖昧にしているからです。そしてどうして曖昧にしているかといえば、それは談話自体が村山政権という政治的妥協の産物であるからです。
     村山政権の判断では、取りあえず漠然とでも責任を認めたという既成事実を作ってしまえば、ことさら経済的・外交的な損失を覚悟してまで問題をむしり返すような人は保守政治家にはいないだろうという考えがあったと思います。かれらだって、まさか日本の政治家が大挙してわざわざ反発を浴びるだけの意見広告を海外の新聞に出すほど歴史修正主義が増長するとは思わなかったでしょう。
     要するに村山政権の読みが甘かったわけですが、ここまでこじれるともはや全面的に元慰安婦支援団体らの要求を受け入れるほかに、国際的な次元で解決するとは思えません。不純な政治的妥協を拒絶するというなら、決着が付かないまま日本は非難され続けるしかないでしょう。

    夢さん、
     「各国が同じ基準で謝罪や補償をするように関連国に働きかける運動がなぜいままでなかったのか」と言いますが、そういう運動はまず自国の過去に向き合ったうえで行なえば良いと思います。そうでなければ、自国の戦争犯罪を相対化して誤摩化したい(よくあることで、特に大きく取り上げるほどのことではないと思いたい)だけの人がわっと押し寄せて、何も達成できないでしょう。
     もっとも、夢さん自身がそういう路線の運動をやりたいと言うのでしたら、どうぞご自由に。がんばってください。

  11. AAA のコメント

    全く評価に値しないコメントですが、当事既に日本を離れてましたが震災被災地出身なので村山首相と聞くと言い表せない感情が起こってしまいます。 法の壁等の理由があったにせよ、彼は文字通り無能にしか映らない。
    昨年でしたでしょうか? 彼に最高値の勲章を授与されたというニュースを目にした記憶があります。 正直遣る瀬無さしか感じませんでした。

  12. のコメント

    コメントありがとうございます。勝手にやるのは、もちろん誰しも勝手です。問題はそうしたことではなりません。
    、普遍的にな観点に立てなかったところに、保守リベラル双方の過ちがあったのだと思います。日本の謝罪と保障について、批判はあるでしょう。しかし、少なくとも日本はそれに着手した。そして、同一の基準でやる、というのですから、誰も誤魔化しようがない。どうやって誤魔化すというのですか?その米国や韓国がもっと大規模だ被害をだしていたとすれば、日本の罪は軽くなるのですか?そんなことはないでしょう?
     私には、なぜ、皆が協力しあえる形で、より多くの人々を救えるにもかかわらず、それをためらうのかよくわかりません。
     むしろ、何もやっていない、まったく歴史に埋もれた韓国米国などの悲惨な被害者たる慰安婦に眼を背けて日本だけ、「もっと」やれ、というところに単なる日本バッシングの動機を誤魔化しているのではないか、という嫌疑をぬぐい去ることができません。
     

  13. Ikeo のコメント

    >何もやっていない、まったく歴史に埋もれた韓国米国などの悲惨な被害者たる慰安婦に眼を背けて日本だけ、「もっと」やれ、というところに単なる日本バッシングの動機を誤魔化しているのではないか、という嫌疑をぬぐい去ることができません。

    嫌疑ではなく事実でしょう。誰も自国の罪になど向き合いたくはないし、自国を棚にあげて他国を非難するものです。またこうした問題を提起するのは「善意の人たち」なのかもしれませんが、それが政治的なアジェンダとなる過程でさまざまな政治勢力によって利用されるのもよくある話です。この問題も拉致問題への相殺カードとして使用されそうですね。いずれ帰還事業についても日本政府を攻撃するような内容の記事がWPかNYTあたりに掲載されるでしょう。私も国会決議にもとづく公式謝罪というのは必要ならばすればいいと思いますが、やるならばこれ以上遺恨を残さないように徹底的な調査を行う必要があると思います。ついでに国連に戦時性暴力に関する機関でもつくって資金援助すればいいでしょう。もっともそれだけのリソースをさくことができないとしたら(まあ無理でしょう)、河野談話の堅持のラインに踏みとどまるしかないでしょうね。安倍元首相の敗北から少しは学習してくれるといいのですが、今後も不毛な左右漫才のせいで失点を重ねることになるのでしょうか。

  14. AAA のコメント

    >夢さん
    macskaさんがよく誤解されてしまう傾向を夢さんのコメントに見かけたので余計な補足を。

    >勝手にやるのは、もちろん誰しも勝手です。
    macskaさんは「どうぞご自由に」(=夢さんの意思を尊重する)と書いており、これは「夢さんの勝手だから好きにしたらいいんじゃ無い?」という批判の意図を含む文章では無いと思います。

    この慰安婦問題、日本人の間でも善し悪しを判断する基準が人それぞれ。 ある人は政治的視点で、ある人は当事の法律的視点だったり、またある人は現在のモラル感、他にも様々な異なる視点を置き、余程注意して精査しないと間違いや嘘が多く含まれている当事の過去の歴史を見て判断していると考えてます。

    慰安婦という言葉では無く例えば時代や国に関係無い「戦時下で不幸な状況に置かれた女性や子供」という物を定義すると、当然時代により同じ国でも上に書いた「視点」に偏りが生じたり、同じ時代でも文化や国が異なると、それぞれの国や文化の間でその「視点」に大きなズレがあって当然だし下される善し悪しの判断結果も異なって当然な問題。

    >そして、同一の基準でやる、というのですから、誰も誤魔化しようがない。
    視点が異なると誤魔化す以前の問題として「何故わざわざそんな事をしなければならない?」という人(国/文化)もいて当然だと思うし、そういう異なる視点を持つ人達の間で同一の基準を設けるという作業、とても長い道のりだと思います。(”だからしなくていい”等と書いているのではありません。)

  15. のコメント

    それでは少し付け足しましょう。
    朝鮮戦争の時、慰安婦が政府によってかりだされたというという当時の新聞記事があります。
    また、韓国の社会学者の研究によれば、女性が日本軍と同じように騙されたり、強制されたりした事例を提出しています。研究者によれば韓国は日本軍をまねたのだそうです。その証言の中には軍事にレイプされそのまま慰安婦になったケースもあるといいます。
    そして、また、韓国系アメリカ人ーー多分フェミニストによれば、朝鮮戦争前後においても、韓国政府、アメリカ政府による韓国女性の娼婦に慰安所の設置、衛生管理などをしていました。彼女ら少なくても「強制的雰囲気」のもと働いていました。日本の占領下の場合、ベトナムの場合、イラクの場合も類似的です。ドイツの場合はもっと悲惨だという報告もある。(イラクだって強制労働の報告だけじゃないですよ、やはり拉致されて娼婦にされるケースがあるという記事がありますよ)
    で、日本の場合は、確かに関与の度合いがつよかったのかもしれない。オランダのケースで軍の不当な強制を慰安所を取りやめただけで、担当者を罰しなかったのも日本に非があるといえましょう。
    しかし、韓国やアメリカの場合、だましや強制を黙認していたわけです。だましや強制などの規制に対する関与が薄ければ、責任逃れできるという構造はいかがなものか?
    「何故わざわざそんな事をしなければならない?」
    当然、各国による救済がいきずまっているからです。
    なぜ、韓国や米国のフェミニストによる、韓国軍や米軍による被害の摘発があるにもかかわらず協力しあえないのか?
    なぜ、他国のことだといって謝罪や補償について、一番議論の経験が多い日本が黙る必要があるのか?
    同一の基準とういのはそれほど難しいことでしょうか?アメリカの議会が要求し、欧州の議会が要求し、また韓国が要求するかもしれないその基準を各国に当てはめればいいではないですか?

    なぜ、被害者たちは日本軍による被害者たちよりも若い。なぜ、救ってあげないのか?なぜ、社会の暴圧に耐えたまま汚い女として現在も生活している人々は放っておくのですか?なぜ、日本軍による被害者だけに注目して米軍韓国軍ドイツ軍などの被害者を差別して野ざらしにしておこうとするのか?
    なぜ、他国をある犯罪で非難する国が自分の国も同様な犯罪を犯しているにもかかわらず、「わざわざそんなことをやらなければならないのか」などといえるのか?

    言っておきますが、この議論日本の犯罪を誤魔化そうとしているわけではな全然ない。仮に、日本の謝罪や補償が十分でなく、より、高水準なものを求めるというならそれはそれでいい。
    しかし、、自国が同様な犯罪を犯しながら被害者に謝罪も補償もしていない国々が日本に「さらなる」補償を求めている。ならば、関与した国が同一の基準でいっしょにやっていきましょう、という主張のどこかごまかしなのか?
     国の問題ではない、被害者救済の問題といっても同じことです。韓国の慰安婦はいまやヒロインといえる。だからといって過去の傷が癒えるわけではもちろんない。しかし、日本のフェミニストや各国の人権家たちに黙殺されみじめな生活を送っている人々を無視して、なぜ、日本の謝罪や補償だけ選考させようとするのか、そこに巨大なごまかしがないのか、ーーーそういう印象を持ちます。

    私も誰かを非難するつもりはありません。有意義な議論があれば、それをお聞かせ願いたいのです。

  16. macska のコメント

    夢さん、

    しかし、、自国が同様な犯罪を犯しながら被害者に謝罪も補償もしていない国々が日本に「さらなる」補償を求めている。ならば、関与した国が同一の基準でいっしょにやっていきましょう、という主張のどこかごまかしなのか?

    そうした主張は、結局のところ各国の犯罪を相殺するという結果にしかならないでしょう。どの国も自国の犯罪を認めなくない、責任を取りたくないというのは同じなので、共通の基準で何かしようということになると、結局「誰も何もしない」というのが落としどころになってしまう。
     むしろ逆に、敗戦国であり責任追及をしやすい日本の戦争犯罪について追求していくことで、戦時中の人権侵害についての新しいスタンダードを作り出していき、それが戦勝国や他の国にも波及していくということの方がありそうです。現に、米国や韓国の市民運動の中から「朝鮮戦争やベトナム戦争でも女性に対する人権侵害があったぞ」という声があがってきたのは、日本に対する責任追及の中でそうしたスタンダードが生まれつつあるからです。
     欧州では第二次大戦後、ドイツの犯罪が厳しく追及されましたが、フランスでナチ協力者として裁判にかけられた人物が同時にアルジェリアでも人権侵害をしていたとしてフランス帝国主義の責任を問う動きがでてきましたし、ドイツの被害者としてふるまってきたオーストリアにもナチスに積極的に加担してきた歴史を問われるようになりました。
     もっとも、わたしが日本軍の「慰安婦」問題の解決を積極的に望むのは、そうした戦略上の判断ではありません。わたしはずっと米国住まいですし、日本という国になんらナショナリズム的な感情や愛国心は抱いていないつもりだったのですが、慰安婦問題だけについては「日本が何ら被害者との和解をできないままに、被害者の全てが亡くなってしまう」ことが恐ろしくて仕方がないのです。逆に言えば、わたしが日本軍「慰安婦」制度を憎むほどに他国の戦争犯罪を気にしていなのは、日本以外の国に対する愛国心がないからです。

  17. のコメント

    コメントありがとう。
    そうした主張は、結局のところ各国の犯罪を相殺するという結果にしかならないでしょう。どの国も自国の犯罪を認めなくない、責任を取りたくないというのは同じなので、共通の基準で何かしようということになると、結局「誰も何もしない」というのが落としどころになってしまう
    →もしそうであるならば、いかなる根拠であなたは日本にさらなる謝罪や補償をもとめているのでしょうか?
    日本もやりたくない、あ、そう、それじゃあ、しょうがないわね、というのはいかがなものか?
    もうすでに欧米は一応の基準を出しているわけです。であるならば、それを各国に当てはめていけばよいではないですか?

    逆に言えば、わたしが日本軍「慰安婦」制度を憎むほどに他国の戦争犯罪を気にしていなのは、日本以外の国に対する愛国心がないからです。

    問題はまさにそこです。狭隘でかつ曖昧で好都合な愛国心が読売とバウネットの対立を産んでいました。
    (読売もあれはあれで愛国心の発露です)。そうした状況の中だからこそ、そうした狭隘で両義的な愛国心の視点から脱して、もっと普遍的で、各国のフェミニストが協力しあい、より多くの戦時慰安婦を救済出来るような立場に立てないのか?
    そこらへんに、すでに一応の謝罪・補償をたてた日本にさらなる手当を求める人たちに巨大なごまかし感じざるえないのです。その巨大なごまかしは、お前らもやっているやないか、と言って誤魔化そうとするごまかしと同質の暗い動機の匂いを感じざる得ない。
    だって、お笑いでしょう。すでにある程度の手当をうけ、実質的にヒロインになっている被害者にさらなる手当を求める一方、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争など、より新たな犠牲者に対して黙殺していられる。
    残念ながら、これが、普遍的立場を愛国心の精神から拒み続ける人々の結論なのでしょうか?

  18. のコメント

    もう一点
    AAAさんにせよ、macskaさんにせよ、欧米がすでに非難決議を出していることを忘れていませんか?
    何も、何もないところで、欧米に呼びかけようといっているわけではない。すでにある程度の基準が出ている、その出してくれている本人たちと同一の基準と言っているのですよ。

    曖昧で狭隘な「愛国心」というのは時に他国の被害者に対して残酷な結論を出すものなのかもしれませんね。

  19. macska のコメント

    夢さん、

    もしそうであるならば、いかなる根拠であなたは日本にさらなる謝罪や補償をもとめているのでしょうか?

    質問の意味がよく分からないのですが、他国がみな責任を取りたくないのであれば、責任を取るように求める根拠がなくなるのですか? 国家による犯罪の事実そのものが、謝罪を求める根拠ではないのでしょうか。

    そうした状況の中だからこそ、そうした狭隘で両義的な愛国心の視点から脱して、もっと普遍的で、各国のフェミニストが協力しあい、より多くの戦時慰安婦を救済出来るような立場に立てないのか?

    夢さんには日本の戦争犯罪を誤摩化す意図はないと言いますが、そういう意図を持って「普遍的な立場」を打ち出す人が大勢いるので、結果的に各国の戦争犯罪を全部まとめて誤摩化すことになる恐れが大きいと指摘しています。もっとも、そういう路線があっても悪くはないので、夢さんはご自由にどうぞそういう路線を推進してください、とも言っています。

  20. のコメント

    他国がみな責任を取りたくないのであれば、責任を取るように求める根拠がなくなるのですか? 国家による犯罪の事実そのものが、謝罪を求める根拠ではないのでしょうか。

    例えばA国が「自国の犯罪は認めたくない」ということで、追求をやめる、という論理をあなたが受け入れるのあれば、日本が「自国の犯罪は認めたくない」(あるいは)「自国は十分手当した」というのも受け入れるべきである、というのが筋でしょう。とすれば、あなたの主張に根拠がない、という意味です。

    夢さんには日本の戦争犯罪を誤摩化す意図はないと言いますが、そういう意図を持って「普遍的な立場」を打ち出す人が大勢いるので、結果的に各国の戦争犯罪を全部まとめて誤摩化すことになる恐れが大きいと指摘しています
    →まあ、運動や主張のあり方の論議で、動機について、speculateしてもあまり進展がないとは思います。バウネットや現状のあなたの主張は日本バッシングのみの動機であり、それ以外の動機はないはない、というspeculationも十分に成立します。(なぜなら、残酷にも、朝鮮戦争などでの慰安婦は黙殺してよい、といっておられるから)。そしてそうした人々の巨大なごまかし(つまり、巨大な数の被害者をあえて無視しているから)がある。

    で、あなたは普遍的な立場の路線も悪くはない、という。かなり消極的です。なぜか?あなたによると、そうやって日本の犯罪を誤魔化そうとするひとがいるから?
    なにか勘違いされていませんか?お前もやったからおれも悪くない、という主張では全くないのですよ。
    で、何度いうようにどうやったら、日本の犯罪が誤魔化せるのか?日本もみなさんも同じ基準でやると、日本の犯罪が誤魔化せる、という論理がわかりません。
    この普遍的な立場によって救われる人の規模を考えてみてください。すでにヒロインと化した慰安婦にさらなる謝罪をするよりもずっと大きな貢献がある。

    で、被害者救済よりも、日本のさらなる糾弾だけを求める人々に誤魔化しや暗い動機を認めざるえないのです。

    しかし、それが問題ではない。なぜ、より
    という

  21. 卓郎 のコメント

    恥知らずな歴史修正主義ということは強制的にやったと認めろということですか?

  22. macska のコメント

    夢さん、

    例えばA国が「自国の犯罪は認めたくない」ということで、追求をやめる、という論理をあなたが受け入れるのあれば

    受け入れるとは言ってないですが。

    バウネットや現状のあなたの主張は日本バッシングのみの動機であり、それ以外の動機はないはない、というspeculationも十分に成立します。

    そう思い込みたいなら勝手にどうぞ。わたしは自分の動機を証明する手段を持ちませんし、わたしが悪意に基づいて行動していると決めつけてかかる相手と議論することに意味を見出せませんから。

    (なぜなら、残酷にも、朝鮮戦争などでの慰安婦は黙殺してよい、といっておられるから)。

    一言も言っていませんね。

    (つまり、巨大な数の被害者をあえて無視しているから)

    どこで無視していると言いましたか?

    で、あなたは普遍的な立場の路線も悪くはない、という。かなり消極的です。なぜか?

    普遍的な立場を自称することで、自らのポジショナリティを忘却することを懸念するからです。しかし必ず忘却するわけではないでしょうから、もしあなたにその自信があるならどうぞ、と言っています。

    で、被害者救済よりも、日本のさらなる糾弾だけを求める人々に誤魔化しや暗い動機を認めざるえないのです。

    被害者救済よりも、少なくとも一部の被害者の救済を訴えている人に「誤摩化しや暗い動機」ばかり見出す人々にこそ、誤摩化しや暗い動機が見えますね。

    卓郎さん、

    恥知らずな歴史修正主義ということは強制的にやったと認めろということですか?

    日本政府にどういう責任があるとわたしが考えているかは、本文中にはっきり書いています。異論があるならちゃんとこちらの主張が何か読んでからお願いします。

  23. のコメント

    また、勝手にどうぞ、主義ですか? いやはや、困りましたね。しかし、議論を進めましょう。

    さて、あなたによると、
    他国を追求をすることは否定しない。
    他国の被害者を無視するとも言っていない。
    しかし、
    「自らのポジショナリティを忘却することを懸念する」が忘却しているわけでもない????
    で、結局のところ、
    「少なくとも一部の被害者の救済を訴えている人に「誤摩化しや暗い動機」ばかり見出す人々にこそ、誤摩化しや暗い動機が見えますね。」
    日本軍の被害者のみならず、米軍韓国軍ドイツ軍などの被害者を同一の基準で救済しようとする提案に暗い動機を見いだすという。
    で、なんでここに暗い動機を見いだすのかにはお答えにならない。あるのは、「お前もやったからおれは悪くない」とというようなここでは誰も言っていないような理由です。strawman 的な議論ですね。

    つまり、他国による被害者の救済については、否定はしないが、自分はコミットしたくない。やりたい人がいれば誰か勝手にやればよいので、私が見殺しにしたからと言って彼女らが見殺しにされたとは限らない。なるほど、あなたの勝手主義はここでも貫徹されておられます。

    動機の問題は二の次であり、何をすべきかの問題だと考えます。

    私は、普遍的な立場から、そして、この問題に対する各国の関与(加害国として、また、日本に対する非難決議など)の経緯から、日本を含めて同一の基準で各国が(日本の場合は改めて、他国の場合ははじめて)日本に対する非難決議の基準を参照にしながら手当をすべきだ、という。
    あなたは、不可思議な理由で、反対する。いや、あなたは非常にそこらは曖昧ですね。
    一方ではそうした普遍的な立場、も否定しない。勝手にどうぞ、という。
    (自分はやらないで、勝手にどうぞ、というのと自分は見殺しにする、というのとどれだけ違いがありますか?)
    他方ではそうした普遍的な立場に不可思議な理由で暗い動機を見いだす、という。
    それでいて、韓国軍や米軍の犠牲になった被害者を見殺しにするつもりもないという。でも、それについては、黙っていたい。なぜなら、それらの犠牲者を救済しようとする人たちに「暗い動機」が見えるから・・・・
    あなたのこの両義的な態度について、もちろんある種の仮説を立てるひともいるのではないでしょうか?「他国も同様な犯罪を犯したなんて言ったら、日本の悪が目立たなくなっちゃう、それでは困るわ、韓国軍や米軍の被害者は放置プレーでいいのよ、私には関係ない!」まさに日本バッシングしか念頭にない奇妙な愛国心が入り交じったマゾヒスト的な態度。
    もちろん、こうしたあなたの両義的態度をうまく説明する仮説に対して、あなたはいうでしょう。そう思いたいなら勝手にそう思えばーーと。たしかに、勝手主義便利ないいわけですが、きわめて孤独で残酷な態度でもあるかもしれませんね。

  24. macska のコメント

    夢さん、

    日本軍の被害者のみならず、米軍韓国軍ドイツ軍などの被害者を同一の基準で救済しようとする提案に暗い動機を見いだすという。

    特定の被害者の支援に実際に乗り出している人に向かって、「全ての被害者を同一の基準で救済しよう」と提案するだけで、実際には何もしない人ばかりか、そうした支援をやろうとしている人には暗い動機が見えるとまで言うような人には、、そうですね暗い動機を見出します。

    自分はやらないで、勝手にどうぞ、というのと自分は見殺しにする、というのとどれだけ違いがありますか?

    わたしは、日本軍「慰安婦」問題を他の問題とごっちゃまぜにする運動はやらないと言っているだけで、日本軍「慰安婦」以外の被害者には何もしないとは言っていませんよ。話をすり替えないでください。少なくとも現段階では、個別の責任を追求する中で、国際的な基準が確立されるのをめざすべきだとの考えです。(しかし、違った考えもアリなので、夢さんがはご自由にご自身の信じる道を進んでください、とも言っています。)

    また、現実の問題として、全ての人間が全ての社会問題に取り組むよりは、それぞれの人が比較優位の法則に基づいて自分の知識や経験がもっとも活かされる分野に注力する方が効率が良いとは思いませんか。もっとも、成果が市場で交換されるわけではない社会運動においては、何が自分の比較優位なのかを判断するのが難しいという難点もありますが。

    あなたの言う「ある種の仮説」については、そういう説明が当てはまりそうな人がいることは事実です。かれらには慰安婦問題をホロコーストのような「単一性の出来事」として扱いたいという欲望があるわけですが、わたしはそうした考え方には反対する立場です。いや正確に言うなら、ホロコーストを「単一性の出来事」として扱うこと自体、ドイツ人が戦後自らの責任を誤摩化さないために使った方便であることを考慮しても、思想的には間違いであったと考えています。

  25. のコメント

    コメントありがとうございます

    そうですね暗い動機を見出します。
    →うん、ちょっとここがわかりにくい。新しい提案をする人は常に暗い動機があるということでしょうか?

    日本軍「慰安婦」以外の被害者には何もしないとは言っていませんよ。話をすり替えないでください……個別の責任を追求する中で、国際的な基準が確立されるのをめざすべきだとの考えです。

    よかった。多少意見が一致してきましたね。国際的な基準が確立されるのをめざすべきであると・・・・で、なぜ、韓国や米国に呼びかけるのをそこまで毛嫌いするのですか?そして、なぜ、一顧だにされない慰安婦を放置して、すでに有る程度の謝罪と補償のオファーを受け、社会的にはヒロインになっている慰安婦へのさらなる謝罪ばかり、追求しようとするのですか?
    そこらへんが、疑問です。

    話をすり替えるつもりはありません。

  26. のコメント

    もひとつ言い換えれば、なぜたかだか、各国の人々が、例えば、フェミニストが協力しあうという提案をそこまで拒み続けるのですか?あなたの愛国心はたかだか、その程度の協力とも非両立なのですか?

  27. 山口一男 のコメント

    従軍慰安婦問題は「日本バッシング」か否かについて、もし動機に付いて「日本たたき」自体が動機であるという論理なら、それは現在では全く正しくないでしょう。日本経済がもっと力を持っていたとき経済問題のバッシングは確かにあったと思われるが、現在日本は欧米にとってもはや脅威では全くない、日本をたたくこと自体が目的にバッシングの動機は全くない状況です。では、従軍慰安婦問題について、日本批判はなぜ起こるのか、それは単純に人権上大きな非があることにわが国が非を適正に認めないからに過ぎません。これはバッシングでも何でもない。バッシングと感じるのは全くの被害妄想に過ぎません。それにMASCKAさんが別の記事で解説したように、アメリカの議会の日本非難声明も、日米関係に配慮した、読みようにとっては友好的とすら読める内容で、バッシングなどと言うイメージとは全くかけ離れている。それに反論するのに、夢さんのように「非があるのは日本だけではない」と他国も類似のことをしたいうのは、「非と認めるか認めないか」の質問に対し、「非を認める」というという回答をし、適正な償いをすると確約した上で成り立つ議論で、他の国が自分の非を認めないなら我々も非を認めないと言うのであれば、macskaさんのように「相対化により罪・責任をあいまいにする論理」以外の何ものでもなく、モラル上破綻しています。
       この問題についてのmasckaさんの回答の忍耐心には敬服しますが、モラルの基準が
    個別の非は非として認めるという前提のMACSKAさんの議論と、他者が非を認めないなら非があっても「公平」上認める必要がない(だから認めるなら皆一緒に)という前提の夢さんの議論では、議論はなんら建設的結果を生まないので、 することは全く無駄だと思います。勿論後者のモラル基準は国際的にも国内的にも法の精神と矛盾し、失礼ながら「泥棒にも三分の理」の類です。

      

  28. のコメント

    山口さん
    ちょっとまってください。
    日本非難決議をしたことを日本バッシングだとは言っていませんよ。

    他国の被害者は放置して、すでに一応の謝罪や補償をした日本だけにさらなる手当だけを求めるのは日本バッシングの動機があるのではないか、といっているのです。この点に関しては、そのような人もいるとmasckaさんもご回答されている。
    また、「他の国が自分の非を認めないなら我々も非を認めない」なんて誰も言っていない。困った人だなあ。

    「非と認めるか認めないか」の質問に対し、「非を認める」というという回答をし、適正な償いをすると確約した上で成り立つ議論で
    →この議論はあまりにも粗雑です。非を認めることとその償いをどうするかは別でしょう。
    ところで、あなたはなぜ、韓国や米国に非を認めるさせることをそこまで拒絶するのですか?

    他者が非を認めないなら非があっても「公平」上認める必要がない(だから認めるなら皆一緒に)という前提の夢さんの議論
    →もう少しちゃんと読んでください。日本が曲がりなりにも謝罪したのは、日本に非があるからでしょう。私も非があった、と思いますよ。私のコメントで日本に非がない、公平上認める必要がない、などと言った箇所がありますか?

    勿論後者のモラル基準は国際的にも国内的にも法の精神と矛盾し、失礼ながら「泥棒にも三分の理」の類です
    →国際的に同一の基準で日本は改めて、各国は初めて軍の慰安婦に謝罪補償しようとということのどこが、国際的にも国内的にも方の精神と矛盾するのですか?

  29. macska のコメント

    夢さん、

    うん、ちょっとここがわかりにくい。新しい提案をする人は常に暗い動機があるということでしょうか?

    あなたの動機を疑うと言っているのです。7%くらいですが。

    で、なぜ、韓国や米国に呼びかけるのをそこまで毛嫌いするのですか?

    別に毛嫌いしていませんが。あなたが呼びかけたいのであればご自由にどうぞと何度も言っているでしょう。

    他国の被害者は放置して、すでに一応の謝罪や補償をした日本だけにさらなる手当だけを求めるのは日本バッシングの動機があるのではないか、といっているのです。この点に関しては、そのような人もいるとmasckaさんもご回答されている。

    わたしは「日本バッシングの動機がある」と言っているわけではありません。わたしが言ったのは、日本軍による「慰安婦」問題を、ホロコーストと並ぶ歴史上の「単一性の出来事」であると考えている人がいる、ということです。そういう人にとっては、日本軍の「慰安婦」問題と似た問題が他国の軍隊にも広範にあった、とは認められないでしょう。

    山口さん、

    それにMASCKAさんが別の記事で解説したように、アメリカの議会の日本非難声明も、日米関係に配慮した、読みようにとっては友好的とすら読める内容で、バッシングなどと言うイメージとは全くかけ離れている。

    わたしが解説したのは決議ではなく議会調査局の報告で、それも決議直前の2007年版ではなく2006年版の方ですのでお間違えなく。あの議会調査局の報告こそ、友好的と言うと聞こえは良いですが、「日本の戦争犯罪をあまり追求すると、米国の戦争犯罪も取り上げられるようになって損するから、そこそこにしておいた方がいいぞ」という犯罪行為相殺の勧めです。

  30. のコメント

    macska
    コメントありがとうございます。
    結局、あなたに勝手になさい、私も勝手にさせてください、という議論の終始で終わったことが残念です。
    理由もない、動機に関する7%の嫌疑
    そして、
    理由もなく、協力はできない、という態度。
    なかなか議論というものは難しいものですね。理由付けの応酬がなく、勝手にどうぞ、に終始されては確かに議論はできそうもありません。

    ただ、、一顧だにされない女性被害者に対するあなたの態度、他人が救済するのは勝手にどうぞ、しかし、協力は拒絶するという態度から、いろいろな意味で読者は学ぶものも大きいと思います。その点では感謝します。

    また、この点で、放置された汚い女性として生活している元慰安婦救済のために協力しともに立ち上がりるひとが増えてくれることを望んでいます。

    ありがとう。

  31. macska のコメント

    夢さん、

    結局、あなたに勝手になさい、私も勝手にさせてください、という議論の終始で終わったことが残念です。

    あなたがそれしか読み取れなかったとしたら、まさにわたしが時間をかけてあなたにお返事してきたことはまったくのムダでした。

    理由付けの応酬がなく、勝手にどうぞ、に終始されては確かに議論はできそうもありません。

    わたしがどうしてあなたの意見に賛同しないのかは、理由をきちんと述べていますよ。しれがポジショナリティの忘却に繋がり、何の成果もあげられないまま、各国の犯罪を相殺するだけで終わる可能性が高いと考えているからです。

    しかし、あなたの意見も完全に間違っているとは思わないので、わたしはわたしが一番良いと思う方向に行くけれども、あなたが別の方向に進むことを止めようとはしない、とも言っています。それでもし、わたしの予想に反して成果を挙げることができるなら、それはそれで良いことですから。

    ただ、、一顧だにされない女性被害者に対するあなたの態度、他人が救済するのは勝手にどうぞ、しかし、協力は拒絶するという態度から

    そのような態度をとった覚えはありません。わたしはあなたに同調しないと言っていますが、日本軍「慰安婦」以外の被害者は放置するとは言っていません。個別に各国の責任が(他国が同様に責任を問われているかとは関係なく)追求されるべきだと思っています。

    あなたとわたしで意見が対立しているのは、個別の責任追及を通して国際的な基準を作るか、それとも国際的な基準を先に決めて各国に責任を迫るか、という方針面におけるものです。どの被害者を救済するべきで、どの被害者を放置しても良いかという点ではありません。

    わたしは個別の責任追及を通して基準を作るのが良い理由を、過去の実例を挙げるなどして示していますが、あなたは自分の方針がより優れているという理由を何ら明らかにしていません。ただ単に、自分に賛同しない人は日本をバッシングしたいだけの連中だと思われても仕方がない、という動機の詮索があるだけ。それじゃ全然説得力がないのです。

  32. 卓郎 のコメント

    いや、異論はありませんが…

  33. のコメント

    コメントありがとうございます。

    過去の実例を挙げるなどして示していますが、あなたは自分の方針がより優れているという理由を何ら明らかにしていません

    申し訳ない。過去の実例ってどれですか?
    私はメリットをちゃんと述べております。が、もう少し明確にしておきましょう。
    より多くの一顧だに救済されない被害者が救済されること。
    各国が日本非難という形でこの問題に関与してきている以上、その関与国にも同一歩調を取らせることが相当であること。
    各国のフェミニストにより、目立たない形であるが、韓国米国ドイツの事例などについてある程度研究成果がでている以上、あとは、単純に協力しあえばよいだけの話であること。

    日本軍「慰安婦」以外の被害者は放置するとは言っていません。個別に各国の責任が(他国が同様に責任を問われているかとは関係なく)追求されるべきだと思っています。

    個別に各国の責任が問われることはそれはそうでしょう。各国がそれぞれ各別の別個の、加害国であるわけですから。問題は同一の基準で、各国に別個に責任を取らせること、その際、各国の人々が国を超えて協力しあうことです。あなたが否定しているのはこの国を超えて協力しあうことで、私が理解できないのはなぜ、それができないのか、という点です。

    日本軍「慰安婦」以外の被害者は放置するとは言っていません。

    そうでしょうか?
    いま、世界で問題になっている日本から声をあげなければ、各国の被害者の人々は多分闇にうもれたままじゃないでしょうか?あなたはどういう根拠、証拠でもって、日本から声を上げなくても、各国は自分たちで自分たちの罪をあがなっていくだろう、と思われているのですか?そういう前兆でもあれば教えください。
    もし、そうした予兆も前兆もないとすれはーーーあなたが国を超えて協力するつもりがなければ、各国の未だに一顧だにされず、薄汚いと罵られている女性たちはこのまま闇に埋もれるのです。あなたが協力しなければ、たぶん彼女らは放置されたままなのです。

  34. のコメント

    メリットはまだあります。
    この問題、ご承知のように様々なナショナリズムが絡んでいる。あなたは本件が例えば韓国の強烈なナショナリズムと分かちがたくからみあっているのを感じておられるでしょう。 国際的に協力しあうことによって、そして、同一の基準で各国を眺めることによってこういった動きは抑制できると思います。
    また、韓国、米国ドイツなどの場合、研究成果はあってもあまり公知されていない。これを一般に知らしめて、謝罪云々以前に犠牲者たちの名誉を多少は回復することができると思います。

  35. のコメント

    ああ、もちろん、日本のナショナリズムの抑制にもなりますね。彼らだって、欧米が積極的に乗り出しかつ同一歩調をとり、日本に改めてその基準でともに謝罪補償するというなら、納得するでしょうし、納得しなくても、立つ瀬がない。
    ところで、「ポジショナリティの忘却」ってなんですか?見慣れない言葉で、立場、視点程度に考えていましたが、独特の意味を含ませておられるのですか?仮に、あなたが忘却を恐れるポジショナリティーってなんですか?愛国心故に日本にのみを糾弾すべき、というお立場ですか?

    異論と対話するということは忍耐力が必要ですね。あなたの忍耐力に感謝いたします。

  36. macska のコメント

    夢さん、

    申し訳ない。過去の実例ってどれですか?

    ドイツの責任を個別に追求した結果、ナチとは直接関係のないフランスがアルジェリアで行なった行為についての責任も問われるようになったことなどです。もしドイツがナチによる犯罪行為について一定の責任を取る前に、イギリスやフランスなどの植民地問題も同一の基準で裁くべきだ、なんて言っていたら、それは単なる言い逃れとしか評価されず、到底そういう結果にはならなかったはずです。

    私はメリットをちゃんと述べております。が、もう少し明確にしておきましょう。
    より多くの一顧だに救済されない被害者が救済されること。

    それが怪しいのです。そもそも、なにも日本軍「慰安婦」の問題と一緒くたにしなくても、被害者の救済は個別に可能ですし。

    各国が日本非難という形でこの問題に関与してきている以上、その関与国にも同一歩調を取らせることが相当であること。

    そうなると、「じゃあ日本非難をやめます」という結果になるのではないでしょうか。結局、どの被害者も救済されない。

    各国のフェミニストにより、目立たない形であるが、韓国米国ドイツの事例などについてある程度研究成果がでている以上、あとは、単純に協力しあえばよいだけの話であること。

    そういう「単純な協力」は不可能です。なぜなら、日本が自国の犯罪行為にきちんと責任を取る前に、日本のフェミニストが「日本の犯罪についても、韓国の犯罪についても、ともに協力して追求しましょう」なんて言っても、拒絶されるからです。日本のフェミニスト(に限らず日本の人々)が、まず日本の責任を追求することが、そうした協力関係を結ぶ大前提です。

    というわけで、協力を否定しているのではありません。あなたの主張では協力が不可能だと言っているのです。

    いま、世界で問題になっている日本から声をあげなければ、各国の被害者の人々は多分闇にうもれたままじゃないでしょうか?

    それは話が逆です。世界で問題になっている日本が他国の犯罪行為を指摘すればするほど、日本による犯罪行為の誤摩化しに利用されてはいけないと、各国の被害者の人々が沈黙を強いられるのです。

    あなたはどういう根拠、証拠でもって、日本から声を上げなくても、各国は自分たちで自分たちの罪をあがなっていくだろう、と思われているのですか?

    そんなこと主張してないですが。

    この問題、ご承知のように様々なナショナリズムが絡んでいる。あなたは本件が例えば韓国の強烈なナショナリズムと分かちがたくからみあっているのを感じておられるでしょう。 国際的に協力しあうことによって、そして、同一の基準で各国を眺めることによってこういった動きは抑制できると思います。

    日本の側から「協力関係」を押し付けても、韓国のナショナリズムを刺激するだけでしょう。韓国の側から協力したいと思えるほど、日本が自国の責任をきちんと処理した後であれば話は別ですが。

    また、韓国、米国ドイツなどの場合、研究成果はあってもあまり公知されていない。これを一般に知らしめて、謝罪云々以前に犠牲者たちの名誉を多少は回復することができると思います。

    一般に知らしめようとしたら、「日本が自国の責任逃れに何かいい加減なこと言ってるな」でおしまいです。そのようにして、逆に犠牲者たちの名誉を傷つけ続けることになります。

    ああ、もちろん、日本のナショナリズムの抑制にもなりますね。彼らだって、欧米が積極的に乗り出しかつ同一歩調をとり、日本に改めてその基準でともに謝罪補償するというなら、納得するでしょうし、納得しなくても、立つ瀬がない。

    あなたは日本の立場から、自分たちのナショナリズムを抑制するために協力しろと他国に押しつけると言うのですか。それは傲慢ですね。

    ところで、「ポジショナリティの忘却」ってなんですか?

    ポジショナリティとは、社会を生きていることによってわたしたちが背負ってしまっているさまざまな社会関係上の位置のことです。そうした位置によっては、同じことを言ってもまったく意味が違ってしまうことがあります。

    例をあげると、「イスラム教徒はもっと西欧文化と協調すべきだ」という主張が、西欧に住むイスラム教徒自身によって発言されるのと、イスラム教徒に反感を持つ西欧人が発するのとでは、意味が違ってきます。前者であれば異なる文化背景を持つ者との共存を訴える意味になりますし、後者は文化的少数者に多数派文化への同化を要求する高圧的な意味になり得ます。

    あるいは「危険なので女性は夜出歩かない方が良い」という発言について考えてみると、女性同士でそれを言うのであれば、危険な情報を交換することによる相互扶助であり自衛として捉えることができますが、男性が女性にそれを言うのであれば、「危険」を口実として女性の行動を制限しようとする発言として解釈することもできます。

    このように、政治的な主張にはそれを発する者のポジショナリティによって文脈上の意味が与えられるのが普通であって、それを排した「普遍的な立場」からの発言というのはあり得ません。大抵の場合、「普遍的な立場」からの発言を自称する人は、自らのポジショナリティを忘却することによって権力関係を隠蔽しているのです。

    日本人は、日本人であるというだけで、他のどの国の戦争犯罪でもなく日本軍による犯罪行為との特別な関係を背負わされているわけです。それを忘却して、「普遍的」な立場から各国の行為を同一の基準で扱う、などという主張は通用しないのです。

  37. のコメント

    ありがとうございます。

    ドイツの責任を個別に追求した結果……

    つまり失敗例ではないですね。要するにドイツはこうした、という話ですね。また、たしかにナチの犯罪と植民地支配をごっちゃにするのは引けますね。しかし、我々の話しているのは同様な戦時下慰安婦の問題です。

    それが怪しいのです。そもそも、なにも日本軍「慰安婦」の問題と一緒くたにしなくても、被害者の救済は個別に可能ですし。

    ここに問題がある。状況は欧米が日本に新たな謝罪を求めているわけでしょう。だからこそ、私のような提案がでてくるのです。

    そうなると、「じゃあ日本非難をやめます」という結果になるのではないでしょうか。結局、どの被害者も救済されない。
    →ここらへんがよくわからない。なんで一緒にやりましょう、というときに、日本の非難はやめましょう、ということになるのか?つまりあなたは多分こうおっしゃりたい。どこの国も責任を認めたくない、だから、一緒にやるわけないーーーであれば、むしろ、日本への非難をやめる結果になるのではないか?そうですか?
    しかし、これはどんな運動をするにもつきものの懸念です。日本を相手にしてももうこれ以上責任はとりたくない、という動きはあるでしょう。しかし、どのケースでもありえる懸念にもかかわらず、欧米も同様な犯罪を犯した、欧米が日本の非難をした、という状況で、各国の人々に呼びかけて同じ基準で謝罪を各国に求めていこうということが、各国および、たくさんの元慰安婦たちを納得させる最良の方法と考えます。

    そういう「単純な協力」は不可能です。なぜなら、日本が自国の犯罪行為にきちんと責任を取る前に、日本のフェミニストが「日本の犯罪についても、韓国の犯罪についても、ともに協力して追求しましょう」なんて言っても、拒絶されるからです。

    なるほど。フェミニストというのは非常に偏狭ですね。韓国系アメリカ人のフェミニストもアメリカ人のフェミニストも日本のフェミニストも日本にさらなる謝罪を求める運動には協力するが、韓国やアメリカの加害性を非難する運動には参加できない。やっぱり、日本バッシングのみが目的と思われてもしかたないのではないでしょうか?

    世界で問題になっている日本が他国の犯罪行為を指摘すればするほど、日本による犯罪行為の誤摩化しに利用されてはいけないと、各国の被害者の人々が沈黙を強いられるのです。

    ここの論理がよくわかりません。

    あなたはどういう根拠、証拠でもって、日本から声を上げなくても、各国は自分たちで自分たちの罪をあがなっていくだろう、と思われているのですか?

    そんなこと主張してないですが。

    つまり、あなたも他国で自発的にフェミニストあるいは政府によって自国の戦時下慰安婦の犯罪性について謝罪するとは考えていない、ととってよろしいですか?

    日本の側から「協力関係」を押し付けても、韓国のナショナリズムを刺激するだけでしょう。韓国の側から協力したいと思えるほど、日本が自国の責任をきちんと処理した後であれば話は別ですが。

    なるほど、韓国のフェミニストは同時にナショナリストでもあるわけですね。日本のフェミニストは自国の加害性について積極的に糾弾し他国、韓国の慰安婦救済に乗り出した。た。韓国のフェミニストにはそれができない。自国が加害国であり自国民が被害者であるにもかからず、日本を糾弾することはするが自国を糾弾することには協力できない。
    やはり、この問題に関するフェミニストたちのある種の傾向がここでもあわらになってきたようにおもいます。

    あなたは日本の立場から、自分たちのナショナリズムを抑制するために協力しろと他国に押しつけると言うのですか。それは傲慢ですね。

    協力というものは押しつけるものではありません。呼びかけるものです。
    そして日本のフェミニストたちも、日本軍の被害による韓国人慰安婦を救ってきたように、韓国軍や米軍の被害による韓国人慰安婦を救済することによって彼女たちのお手伝い協力をすることにもなりますし、韓国の歴史歪曲を訂正するきっかけをつくる協力もできるし、また良心的な韓国のフェミニストの協力もできるではないですか?

    ポジショナリティとは、・・・・

    なるほど。端的なご説明感謝します。
    特別な関係というのは自足的、固定的なものではないですね。関係は常に変化しうる。また、いうところの特別な関係が単なる私念であることもありえる。
    で、あたなのいう特別な関係というのは、本件の場合、日本は他国との関係で日本だけが謝罪し続ける関係である、とお考えなのですか?だとすれば、まず、私はそうは思わない。そして仮に何らかの既存の関係性があるとしても、新たな呼びかけによってあらたな「ポジショニング」とやらを獲得することは可能ですね。
    また、すべての視点が異なるということから視点を共有することができない、ということにはならない。異なるから勝手にしなさい、勝手にさせて、ということにもならない。例えば、あることがより多くの人を救済し、また実情に符号しているならば、既存のポジションニングにもかかわらず、共有した視点を得ることができるものと考えます。

     具体的にはあなたいうあなたの恐れる「ポジションニング」の忘却というときのその具体的な内容はなんですか?

    忍耐強い議論に感謝します。

  38. brother-t のコメント

     昭和83年新年おめでとうございます。

    >そうした主張は、結局のところ各国の犯罪を相殺するという結果にしかならないでしょう。どの国も自国の犯罪を認めなくない、責任を取りたくないというのは同じなので、共通の基準で何かしようということになると、結局「誰も何もしない」というのが落としどころになってしまう。

     それでも一般の人たちが「日本(他の国も同様)だけじゃないでしょう」と言う根拠を知ることそのものは止められない時代なのではと思います。変な書き方になりますが「ドイツのティーガー戦車の活躍が知りたい」みたいな動機付けで適当にウィキペディアを調べればベルリン攻防戦でのソ連軍による報復行為(ソ連軍兵士による10万人規模の強姦他…従軍慰安婦では無いが・・・、)にたどり着ける訳ですから情報コントロール的なやり方は訴える側の信用を落とし、被害者の尊厳を傷つけるだけのような気がします。逆に言えば普遍的な基準の中でいかに救済策を考えていくかと言う努力だけが民主主義の世の中では通用するやりかたなのではないでしょうか?
     悲しいかな20年くらい前に昭和は終わり昭和的なやり方は21世紀では通用しなくなりました。
     新しいやり方が必要なのではと感じます。
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84#.E3.83.89.E3.82.A4.E3.83.84.E4.BA.BA.E3.81.B8.E3.81.AE.E5.A0.B1.E5.BE.A9

  39. macska のコメント

    夢さん、

    なるほど。フェミニストというのは非常に偏狭ですね。韓国系アメリカ人のフェミニストもアメリカ人のフェミニストも日本のフェミニストも日本にさらなる謝罪を求める運動には協力するが、韓国やアメリカの加害性を非難する運動には参加できない。やっぱり、日本バッシングのみが目的と思われてもしかたないのではないでしょうか?

    あなたの受け取り方の方が偏狭なのでは。わたしが何と書いているかちゃんと読んでくださいね。

    つまり、あなたも他国で自発的にフェミニストあるいは政府によって自国の戦時下慰安婦の犯罪性について謝罪するとは考えていない、ととってよろしいですか?

    どの国でも、政府が自発的に謝罪することはないでしょう。また、どの国でも、自国はこういう犯罪を行なったので政府は謝罪すべきだと主張する人はいるでしょう。当たり前のことでは。

    なるほど、韓国のフェミニストは同時にナショナリストでもあるわけですね。日本のフェミニストは自国の加害性について積極的に糾弾し他国、韓国の慰安婦救済に乗り出した。韓国のフェミニストにはそれができない。

    誰もそんなこと言っていない。

    あのさ、あなたの認識は、議論がはじまった時点から何も変わってないでしょ。それがおかしいよ。何度わたしに説明させるつもりか知らないけど。

    で、あたなのいう特別な関係というのは、本件の場合、日本は他国との関係で日本だけが謝罪し続ける関係である、とお考えなのですか?

    そんなこと全然言ってないし。

    新たな呼びかけによってあらたな「ポジショニング」とやらを獲得することは可能ですね。

    「ポジショニング」ってなんですか?

    具体的にはあなたいうあなたの恐れる「ポジションニング」の忘却というときのその具体的な内容はなんですか?

    あれだけ丁寧に説明したのに、なんでこうなるんだろう。

    brother-t さん、
     意味不明です。どこかに「情報コントロール的なやり方を訴える」論者がいましたか?

  40. のコメント

    なるほど、私は対話を通して、自分の議論を吟味したいと思っていましたが・・・

    わたしが何と書いているかちゃんと読んでくださいね。
    →読んでから言っているのです。

    誰もそんなこと言っていない。

    直接言っていないが、論理的にはそれを含意している。でも、それをあたなは認めたくない。

    あれだけ丁寧に説明したのに、なんでこうなるんだろう

    それではあなたの説明が丁寧でなかったのかもしれない。辞書にないような新しいジャーゴンをお使いになるときには、かなり明確な定義が必要です。曖昧な概念に逃げるのは妥当な議論とはいえません。
    あなたの議論からだと、例えば、私はハイデカーのダーザインのダーのことなのか、あるいは、倫理学におけるpariticularismに似たような立場なのかな、ということを連想しましたが、そうではないようです。ご自身のお立場を不明確な概念でくらませてはいけません。

    意見の違う人と議論することに不慣れなのですか?

  41. brother-t のコメント

    >macskaさん
    >どこかに「情報コントロール的なやり方を訴える」論者がいましたか?

     う〜ん、ちょっと分かりづらかったんで少し補足すると、夢さんとの議論を見ていくと

    夢さん:韓国やアメリカもやっているのだから同じように糾弾すべきだ
    macskaさん:自国の戦争犯罪を相対化して誤摩化したい(よくあることで、特に大きく取り上げるほどのことではないと思いたい)だけの人がわっと押し寄せて、何も達成できないでしょう。

     といったスタンスが通用するのかと言う問題です。正直な所何か言うのは誤魔化したい政治意図を持つ人だけではなく単純に「ティーガー戦車マニア」の人達が「そう言えばベルリン攻防戦でのソ連軍のレイプはどうなるの?」と言っても意図はどうあれ結果は同様でしょう。それをどうするかと言う問題です。それを前提にすると「何も達成できない」と言うのであれば従軍慰安婦被害者をむやみに外に出し傷つける結果にしかなりかねず、セカンドレイプと呼ばれても仕方ない状況になりかねなかったのではと感じます。
     確かにmacskaさんに明確に「情報コントロール」する意図は無かったのだとは思いますが、受け手からすれば結果的に「情報コントロール」を意図している感を持たざる得ない箇所は結構ありました。それを受けての責任にするか投げての責任にするのかが問われているのでしょうね

  42. AAA のコメント

    >もひとつ言い換えれば、なぜたかだか、各国の人々が、例えば、フェミニストが協力しあうという提案をそこまで拒み続けるのですか?

    夢さんの意見は多くの人が「協力」しないと達成出来ない物ですよね? 夢さんの主張を読ませて頂いて感じる点に、「協力を求める」というゴールからどんどん離れていく方向に進んでいるなという点です。

    この慰安婦問題を見ていて感じる一番のストレスに、この問題に関心を持つ人(賛否両陣営)が真剣にこの問題を語れば語る程、多くの無関心な人達をこの問題からどんどん遠ざけて行く方向に働いていってしまっている点。

    慰安婦問題にある一定の決着がつけられる事で、それを元に何か次ぎの変化に結び付ける事が出来るのかも知れませんが、協力を主張する人が意見や立場の異なる人を批判するようでは、協力を得て何らかの形で実を結ぶに至るのに何年かかる事やら?

    しかも無関心層の目には、そんな昔の事に拘り救済に拘っている間にどんどん”新しい被害者”が出、慰安婦問題の論議は何等成果を出さず何一つ活かす事が出来ない物に映っても不思議では無いと思います。

    >AAAさんにせよ、macskaさんにせよ、欧米がすでに非難決議を出していることを忘れていませんか?

    ニュースで見かけたと記憶してますが「何の強制力も無いし他国のやる事なので別に気にする必要無いのでは?」程度の認識です。 他人に何か言われたからといって、大騒ぎする程の物で無いのでは? いい加減だったり自己矛盾を含む決議だった場合、後の将来に自己反省を促す可能性を有する類の決議なので僕は逆に可決される方に興味があります。

  43. macska のコメント

    夢さん、

    直接言っていないが、論理的にはそれを含意している。でも、それをあたなは認めたくない。

    いや、全然含意していないのですよ。あなたがおかしな方向に解釈しているだけ。

    例えばわたしが「日本が自国の犯罪行為にきちんと責任を取る前に、日本のフェミニストが『日本の犯罪についても、韓国の犯罪についても、ともに協力して追求しましょう』なんて言っても、拒絶される」と書いたことを、あなたは以下のように解釈しました。

    「なるほど。フェミニストというのは非常に偏狭ですね。韓国系アメリカ人のフェミニストもアメリカ人のフェミニストも日本のフェミニストも日本にさらなる謝罪を求める運動には協力するが、韓国やアメリカの加害性を非難する運動には参加できない。やっぱり、日本バッシングのみが目的と思われてもしかたないのではないでしょうか?」

    しかしわたしは、韓国人のフェミニストは韓国政府の戦時責任を問う運動に参加しないとか、アメリカ人のフェミニストはアメリカ政府の戦時責任を問う運動に参加しないとは言っていない。いま日本の責任が問われており、そのことについてきちんと対応したわけでもないのに、日本の側からそう呼びかけても説得力がないと言っているだけです。

    この通り、わたしは「韓国人のフェミニストは韓国政府の戦時責任を問う運動に参加しない」と言っていないだけでなく、論理的にそれを含意するようなことも書いていません。そして、それが含意されていないのだから、あなたの「やっぱり、日本バッシングのみが目的と思われてもしかたないのではないでしょうか」という判断は、少なくともわたしの発言からは一切導き出せません。

    これはたった一つの例であって、あなたの発言は「もともとあった自分の偏見を肯定するような証拠を相手の発言から無理矢理見出す」パターンに陥っています。わたしが何の説明もしないのであればそういう誤読をされても仕方がないかもしれませんが、それは違うよと説明しても全くあなたの認識は変わりません。それでは議論にはなりませんよ。

    辞書にないような新しいジャーゴンをお使いになるときには、かなり明確な定義が必要です。曖昧な概念に逃げるのは妥当な議論とはいえません。

    ポジショナリティという言葉を聞いて意味が分からないのは仕方がないですが、あれだけ丁寧に説明されてまだ分からないというのは困りました。慰安婦問題に関わらず、社会的・歴史的公正について考えるうえでは、言葉としてどう表現するかは別として、ポジショナリティという考え方を理解できなければ話にならないのです。もう一度わたしの説明を読み直していただけないでしょうか。

    brother-t さん、
    ごめんなさい、いまだによく意味が分かりません。
    意図もなにも、どこがどう「情報コントロール」と関係するんでしょうか。
    だいたい、コントロールする気があるなら、まず夢さんのコメントを全削除でしょう(笑)

  44. brother-t のコメント

    >macskaさん

     要は投げてにその意図が無くても受け手がどうとるかは分からないと言う事と、「自国の戦争犯罪を相対化して誤摩化したい」と言う表現をされた人たちでは無くAAAさんが書かれた所の無関心層がどう動くか、即ちどんなところから知識を得て、どんな判断で意思表示をするかが重要なのですが、それは計算しようが無いと言う所で「日本だけでなく韓国も、アメリカも、慰安所は作ってないけどソ連(ここのリンクは消されていますね)もあるじゃん」と言う声は消しようが無い時代な訳です。
     極端に言えば「日本軍の慰安婦問題」と言う言葉そのものがこれまでの経緯を考えて「他の国に存在している問題はどうなるんだ」と言う意味で「情報コントロール」と解釈されかないのではと感じます。
    >しかしわたしは、韓国人のフェミニストは韓国政府の戦時責任を問う運動に参加しないとか、アメリカ人のフェミニストはアメリカ政府の戦時責任を問う運動に参加しないとは言っていない。

     ようはこの言葉で言えば問題になるのは「参加しないとはいっている」事ではなく「参加する」とはいっていない、参加していない事なのでは。

  45. brother-t のコメント

     あともう1ついえるのは夢さんのコメントを削除すると言うのは「情報コントロール」では無く自らの弱点を公表するだけなので却って情報公開的なのかもしれません。
     「ベルリン攻防におけるソ連軍」はどんな弱点なのかは分かりませんが夢さんのコメントよりもやばいことなのでしょう。個人的には「何らかの保障がなされている」とでも帰ってくると思っていましたが。

  46. macska のコメント

    brother-t さん、

    要は投げてにその意図が無くても受け手がどうとるかは分からないと言う事と、

    発言が意図とは違った受け取り方をされるというだけならよくあることですが、その受け取り方を聞いたあとでもどうしてそのような受け取り方をされるのか全く見当もつかない、というのはかなり珍しい経験です。

    「自国の戦争犯罪を相対化して誤摩化したい」と言う表現をされた人たちでは無くAAAさんが書かれた所の無関心層がどう動くか、即ちどんなところから知識を得て、どんな判断で意思表示をするかが重要なのですが、それは計算しようが無いと言う所で「日本だけでなく韓国も、アメリカも、慰安所は作ってないけどソ連(ここのリンクは消されていますね)もあるじゃん」と言う声は消しようが無い時代な訳です。

    はいそうですね。で、消せる消せない以前の問題として、消したいという欲望をどこの誰が抱いているんでしょうか?

    極端に言えば「日本軍の慰安婦問題」と言う言葉そのものがこれまでの経緯を考えて「他の国に存在している問題はどうなるんだ」と言う意味で「情報コントロール」と解釈されかないのではと感じます。

    で、その他の国の問題のあまり知られていない件(イラクの米国大使館建設プロジェクトにおける強制労働)をエントリ本文でわたしは一つ指摘しているわけですが… 特定の問題を名指しする言葉そのものを「情報コントロール」と言うなら、それは特定の問題については(少なくとも、世の中の全ての問題を列記するのでない限り)議論するな、ということになってしまいませんか?

    >しかしわたしは、韓国人のフェミニストは韓国政府の戦時責任を問う運動に参加しないとか、アメリカ人のフェミニストはアメリカ政府の戦時責任を問う運動に参加しないとは言っていない。

    ようはこの言葉で言えば問題になるのは「参加しないとはいっている」事ではなく「参加する」とはいっていない、参加していない事なのでは。

    「あなたは参加しないと言った、あるいはそれを含意することを言った」と言われた件について、それは事実と異なると答えただけなんですが。わたしの発言が間違って解釈されたからとそれを訂正するのは「問題になる」んですか?

    「ベルリン攻防におけるソ連軍」はどんな弱点なのかは分かりませんが夢さんのコメントよりもやばいことなのでしょう。個人的には「何らかの保障がなされている」とでも帰ってくると思っていましたが。

    「ここのリンクは消されていますね」と書かれていますが、何も消していません。想像するに、あなたがリンクを張り忘れただけじゃないでしょうか。(ていうか、ウィキペディアの項目へのリンクなら、ちゃんとそこにあるけどなぁ… 別のリンクがあったんですか?)

  47. brother-t のコメント

    >>macskaさん
    >「ここのリンクは消されていますね」と書かれていますが、何も消していません。想像するに、あなたがリンクを張り忘れただけじゃないでしょうか。(ていうか、ウィキペディアの項目へのリンクなら、ちゃんとそこにあるけどなぁ… 別のリンクがあったんですか?)

     申し訳ありません。当方の見間違いだったようです。本当に申し訳ありませんが該当箇所の削除をお願いします。
     本当に申し訳ありませんでした。

  48. のコメント

    >>macskaさん
    ありがとうございます。
    私の提案とその理由付けはこうです。
    (1)各国、例えば、米軍、韓国軍、ドイツ軍、オランダ軍、日本軍など、戦時下において、女性を性的奴隷ないし、それに近い状態においた。これらの政府は当時、様々な形で、それに関与していた。
    (2)これらの国々はこうした元慰安婦に対して謝罪補償すべきである。
    (3)日本は不完全との批判はあるものの一応の謝罪と補償を提供した。
    (4)これら関与国は自国の加害行為に対してなんら、認識、謝罪・補償していない。にも関わらず、
    (5)これら関与国は日本に対して、さらなる謝罪(補償)を求めている。
    さて、
    (6)もともとこれらの関与国も謝罪・補償すべきである。(→2)
    (7)非難をするものに非難をした基準を当てはめることは何ら不公正はない。
    (8)本件については日本を含めて各国について、著しい停滞がある。

    従って、
    (提案)
     日本は改めて、また、関与国は初めて、共通の基準にもとづいて、元慰安婦に謝罪・補償すべきである。

    提案の利点;
    (1)本件について韓国など顕著なナショナリズムが絡んでいる。この提案は共通の基準なので、こうした各国のナショナリズムを回避できる。
    (2)すでに実質ヒロインと化している日本の被害者のみならず、いまだ一顧だにされない各国の多くの被害者の救済をのぞめる。
    (3)この提案によって日本の追加謝罪推進派の要求も充足できる。
    (4)こうした提案がないかぎり、関与国が自発的に謝罪・補償する予兆はいまだにない。
    (5)関与国がさらなる謝罪を求め、この問題にさらなる関与をしている状況でこそ、その関与国に自国の問題について関与させる絶好の機会であり、また、その日本を非難するその基準を自ら提出した以上、その基準を自国に当てはめない、論理的不整合性を追求できる。

    あなたの反論
    あなたは、こうした提案の立場もあり得るし、また、それを推進するひとがいることも構わないが、ご自身がコミットできない理由として、
    (1)普遍的な立場を自称することで、自らのポジショナリティを忘却することを懸念するからです
    (2)この提案をするものの動機が不純
    (3)各国の抵抗にあうから、結局だれも救われないことになる。
    (4)各国のフェミニストも日本先行でなければ協力しない。

    反論についての反論
    (1)について、「ポジショナリティ」という語及びあなたのご説明が不明確であることを指摘しましたが、あなたはまた、もう一度読め、というのみ
    (2)について、動機の非難の仕合いが不毛であることはご了解いただけなのではないか、と思います。
    (3)について、抵抗はどんな運動にもつきものであることは指摘しました。
    (4)についてこれはあなたの独断である、と思います。また、その理由が適切ではない。
    すなわち、各国について、誰かが推進しなければ、一顧だにされない人々がいまだに多い(提案の利点(4)のにもかかわらず、この提案を協力することを拒否することは、彼女らを歴史に埋もれさせ、見殺しにすることと同然である。この点でこの提案に協力しないという、macskaさんも残念ながら同列です。

    以上が私の理解する議論の要旨です。
    反論、訂正そして、あなたがこの提案に協力できない理由をもう少し明確にしていただけませんか?

  49. のコメント

    (傍論
     協力をもうしでなければ、見殺しになる被害者が多数いる現状であるにも関わらず、その理由はどうであれ、結果的に、日本に対する非難は参加できるが、協力したくない、ないし、各国に対する非難はしたくない、というのでは、この種のフェミニストたちは、たんなる日本バッシング、マゾヒズムのみが動機ではないか、といのが私の仮説です。動機に関して云々して、議論の妥当性・不当性の吟味にケチをつけるつもりありませんが、無関係な単なる傍論としてならば、、この人たちが結果としてとる行動をもっともよく説明できる、と言う意味ではたんなる、ad hominemな攻撃だととも考えません。もちろん、狭隘な愛国心、あるいは、あるいは、一般に共有されていない概念であるポジショナリティという殻に自閉して、協力、あるいは概念の共有という提案に対して、頑なに自己を他者に開かない、勝手にしやがれ主義に固執しているだけだ、という説明もかなりよい説明であるとも思いますが。ーーーちょっと余分でしたね。)

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