今、平和を語る

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今、平和を語る:平和学者、ヨハン・ガルトゥングさん

 ◇専守防衛を念頭においた憲法を

 ノルウェーの平和学者、ヨハン・ガルトゥングさん(77)は現代平和学の父、あるいは巨人と呼ばれ、世界の平和運動のリーダーとして文字通り地球を飛び回っている。今秋に来日した折、「平和的手段による平和づくりの発想法」を語ってもらった。<聞き手・広岩近広>

 ◇日本は平和国家ではない。世界は米国の従属国とみている。自衛隊の軍事力は先制攻撃できる。

 ◇各国との協力関係を積極的に

 --ガルトゥングさんは、「戦争と平和」ではなく「暴力と平和」の概念を打ち立てました。

 ガルトゥング 暴力は三つの形態に分類されます。戦争やテロや殺人は直接的暴力です。社会に組み込まれたシステムからくる恐怖や苦痛が構造的暴力で、政治的抑圧や経済的搾取などがそうです。帝国主義はもちろん該当します。三つ目は文化的暴力で、これは直接的暴力と構造的暴力を正当化します。そこで直接的暴力及び構造的暴力の不在を消極的平和と定義しました。すなわち戦争のない状態、貧困や抑圧や差別といった構造的暴力のない状態が、消極的平和ということになります。それに対して、積極的平和は協力関係の存在、均衡互恵関係の存在です。

 --紛争が起きたとき、「平和的手段による紛争の転換」を提唱されています。この遂行にあたって、対立しあう国や地域の文化の違いを理解することが大切だと。

 ガルトゥング その国特有の文化、ものの考え方ですね。ディープ・カルチャーつまり「深層文化」は紛争の形態や解決に大きな影響を及ぼします。たとえばアメリカ民族の深層文化は、世界は善と悪から成っているという二分法の考えです。自分は善だからアメリカに従わないのは悪だと決めつける。一方、日本民族は善と悪という発想法ではなく、上下関係でものを考える。このためアメリカによる占領下で、日本は人類史上もっとも従順な国でした。占領したアメリカはびっくりしたことでしょう。イラクとは違いすぎます。だから安保体制下でアメリカに従属している日本は、異質なアメリカの深層文化を受け入れることを余儀なくされている。これは日本にとって、不幸なことです。

 --「平和的な経済」をつくりあげる必要も強調されています。

 ガルトゥング ピースエコノミーの考え方にたてば、中小企業が大企業に支配されない経済システムの構築です。その場合、消費者と生産者が均衡のとれた関係を保つことです。片方が片方を搾取しない、これが大事ですね。消費者を含めてすべての人に益がいきわたっているかどうか、そのことをどうやって量るか。それは経済ピラミッドの下の部分をみて、どのくらい潤っているか量るのがいいでしょうね。雇用の問題はどうか、餓死する人がでていないか、そうしたことなどを含めて、つまり均衡の取れた経済体制ができているかどうかがポイントです。フェアトレードという言葉がよく言われますが、この考え方はピースエコノミーによく反映されています。

 --さて、平和国家・日本の将来についてですが、いかにあるべきでしょうか。

 ガルトゥング 私は、日本を平和国家だと思っていません。

 --確かに、中高年の自殺や親殺しや子殺しなど「暴力」が多発しています。

 ガルトゥング そういう意味ではなく、アメリカの意向に沿うように行動しているからです。海上自衛隊は日本の領海のはるか彼方(かなた)のほうに進出しています。そしてアメリカの軍事行動に協力している。だから世界は、日本は平和国家どころかアメリカの従属国とみています。日本のNGOがイラクなりアフガニスタンに行くことに反対する人は世界にいない。軍服を着た日本人が行くのが問題なのです。

 --その自衛隊はいかにあるべきでしょうか。

 ガルトゥング スイスには専守防衛の軍事指針があります。もし日本がそれに近いような本当の意味での専守防衛指針をとっていれば、平和国家でありえた。どういうことか。すべての軍事力を国外に進出させないで、日本の本土の中におさめておくのです。しかも敵軍が侵略も占領もできないような専守防衛をする。そこで大事な点は先制攻撃のできる兵器をいっさい持たない。専守防衛に限ればミサイルでも戦艦でも戦闘機でも長距離の軍事力は必要ありません。しかし、日本の自衛隊は先制攻撃のできる兵器をたくさん持っている。北朝鮮は、こうした日本の軍事能力に脅威を抱いているので、テポドンを対抗策に使っているのです。

 --日本は戦争放棄の憲法を持っていますが。

 ガルトゥング 平和憲法といわれていますが、私に言わせれば憲法9条は消極的平和を謳(うた)っているにしかすぎない。日本の平和運動は9条をスローガンにしすぎて、これを心地いい枕に使ってきた。お題目のように唱えて安眠枕に使いすぎている。一番大事なのは、すでに指摘したように先制攻撃的な防衛ではなく、専守防衛による防衛を念頭においた憲法にすることです。そのうえで和解も含めて、各国と協力関係を積極的に結んでいくのです。

 --そうなれば、丸腰状態でも攻撃されないと。

 ガルトゥング 本当の意味での平和国家に対して攻撃はできません。スイスを攻撃したいという国がありますか、意味がないでしょう。日本はそういう国になるべきで、そういう軍事と外交ドクトリンをとらなければいけません。

 --最後にアジアの安定のための方策は。

 ガルトゥング 現実にとらわれずにニューリアリティを築き上げていくことです。かつて戦争をしあった国がまとまったEU(欧州連合)という、お手本があるではないですか。ここは東アジア共同体をつくって、共通の通貨を導入することです。日本と韓国と北朝鮮それに台湾を含めた中国との共同体は、EUに比べて人口的にはもっともっと大きくなる。日本にとって大事なことは、これらの国に協力関係を強く働きかけていくことです。つい先日、韓国の済州島に行ってきたのですが、東アジア共同体の本部として素晴らしい立地条件だと思いましたね。(専門編集委員)

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 毎月最終月曜日の夕刊に掲載、次回は来年1月28日の予定です。

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 ■人物略歴

 ◇Johan Galtung

 1930年、ノルウェー生まれ。オスロ大卒。57年に米・コロンビア大社会学部助教授、59年にオスロ国際平和研究所を設立。69年からオスロ大教授を務め、国際NGO「TRANSCEND」共同代表。国連機関を中心に国際紛争解決にあたるコンサルタント業務もこなしている。「ガルトゥングの平和理論」(法律文化社)など著書、論文は多数。

毎日新聞 2007年11月26日 大阪夕刊

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