ニュース: 文化 RSS feed
【断 久坂部羊】電車を勉強部屋にする小学生
このニュースのトピックス:コラム・断
電車の中で化粧をする女性が昨今、批判されている。しかし、先日もっとすごいものを見た。
小学校の高学年とおぼしき少年が、地下鉄の中で勉強に没頭していたのである。鞄(かばん)を横の座席に置き、その上にジャンパーをのせ、筆箱などの勉強道具一式を周囲に配置して、膝(ひざ)に問題集を広げている。座席を1・5人分占領したその空間は、驚くほどプライベートな感じだった。近くには立っている老人もいたが、少年は気にも留めるようすもない。
その少年は地下鉄での勉強に慣れているらしく、駅到着前のアナウンスが聞こえてくると、ぴたりと勉強をやめて片づけにかかった。勉強道具を鞄にしまい、ジャンパーをはおって立ち上がると、どんぴしゃのタイミングで扉が開いた。少年は周囲には目もくれず、いちばん先に電車を降りて、目指す方向(おそらく塾だろう)へ歩み去った。
彼は利発そうな顔立ちで、成績もきっと優秀にちがいない。身なりも裕福そうだ。将来何になるつもりか知らないが、おそらく難関といわれる進路を目指しているのだろう。
難関といえば、医学部は今もそのひとつで、成績のよい者しか入れない。もし、あの少年が医師を目指しているならと考えて、背筋が寒くなった。彼のようなやり方で勉強した者が、医学部に入って、果たして思いやりのある医師になれるだろうか。
医師には記憶ちがいや判断ミスが許されないから、学力は必要である。しかし、それだけでいいのだろうか。
勉強するのは自由だが、その前にまず学ぶことがあるだろう。
医療崩壊が進みつつある今、よい医療を実現するには、医学部の入試状況から変えていかなければならない気がした。(医師・作家)