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2008年01月13日(日曜日)付

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薬害肝炎法―350万人を忘れるな

 薬害によってC型肝炎になった被害者を救うための特別措置法が成立した。

 国や製薬会社を相手に全国5カ所の裁判所で訴訟を起こして約5年。二つの血液製剤でC型肝炎に感染した原告らは、肝がんや肝硬変の場合で4000万円など、症状に応じた給付金を受け取る。

 訴訟は和解することになり、原告らの長かった戦いがやっと終わる。

 この訴訟は、C型とB型合わせて350万人といわれるウイルス性肝炎の感染者対策に、国や国民の目を向けさせるきっかけともなった。原告らの活動をたたえつつ、残された課題を考えたい。

 法律は薬害の広がりを防げなかった国の責任を認め、血液製剤の投与時期を問わない「全員一律」の救済をうたう。

 とはいえ、対象になるのは、約200人の原告に加え、出産やけがなどの止血剤として二つの血液製剤が使われたことをカルテなどで証明できる人に限られる。合わせて約1000人とみられる。

 血友病のような先天性の病気の人は含まれない。血液製剤による治療は生きるために不可欠という事情もあって、訴訟に加われなかったからだ。

 カルテがない場合の証明方法や、先天性の病気についても、衆参両院は配慮を求める決議を採択した。救われるべき人が救われるよう、厚生労働省は早急に手を打ってもらいたい。

 原告らは謝罪も求めていた。福田首相はおわびの談話を発表した。しかし、最も大きな責任があるはずの製薬会社が謝罪に応じていないのはどうしたことか。給付金の負担についても、態度をはっきりさせるべきだ。

 それでも、この法律で救われるのはごく一部でしかない。ウイルス性肝炎の感染者全体のための対策が大切になる。

 B型やC型の肝炎は、本人には責任がないのに、ウイルスで汚染された血液の輸血や、汚染された注射器の使い回しによって感染した例が大半だ。しかも、時間がたってしまえば、どこで感染したかわからないケースがほとんどだ。

 これらのウイルスに感染すると、年月とともに、一部は肝硬変から肝がんへ進む恐れがある。早めに手を打って、がんに進むのを抑えることができれば、将来の医療費はその分少なくてすむ。特にC型はインターフェロン治療が有効だ。

 厚労省は来年度から、高価なインターフェロン治療費の一部補助を始める。症状のある人が対象だが、感染しているだけの人にも広げ、早く治療できるようにした方がいい。

 B型には、補助の対象ではないが、有効な薬もある。こちらも治療を受けやすくする手だてを考えるべきだ。

 検査による感染者の掘り起こし、専門医による治療、新しい治療法の開発まで総合的な態勢作りも欠かせない。それには、与党が提出した肝炎対策基本法案が後ろ盾になりうる。与野党で知恵を出し合って早く成立させてもらいたい。

消える「松下」―世界企業をめざすなら

 何だかもったいないし、ちょっと寂しい……。慣れ親しんだ名が消えることにそんな感慨をもつ人も多いだろう。

 松下電器産業が「パナソニック」に社名を変更する。冷蔵庫や洗濯機の「ナショナル」ブランドもなくなる。

 伸び続ける海外市場で、ライバルのソニーや韓国サムスンにブランド力で後れをとってきた。これを立て直すには、海外で浸透させてきた「パナソニック」へ社名もブランドも一本化するしかない。そんな経営判断である。

 松下のような輸出型産業は欧米へ進出して業績を拡大してきたが、ここへきて中国、インドなど新興国での需要が爆発的に増えだした。海外での販売が国内を上回る企業はもう珍しくない。

 一方で国内市場はといえば、少子高齢化ですでに人口が減り始めた。需要の減少は必至だ。海外での生産・販売をさらに充実させ、名実ともに「世界企業」となる以外に発展していく道はない。

 松下の決断は、日本を代表する企業が置かれた現状を象徴している。

 大坪文雄社長は「ノスタルジー(郷愁)に浸るより、成長の可能性にかけることが重要だ」と訴えた。しっかりグローバル化を進め、今後とも日本経済を引っ張っていってほしい。

 では、世界企業としてどんな経営をめざすのか。課題も多い。

 「経営の神様」と呼ばれた創業者の故松下幸之助氏は、戦後日本の大量生産・大量消費文化の立役者でもある。電化製品をたくさんつくり、湯水のように安く供給して貧困をなくす。そんな「水道哲学」で会社を発展させた。

 高度成長の波に乗り、企業と社員の暮らしが二人三脚で豊かになれる幸福な時代。終身雇用と年功序列という日本的な家族主義経営も主導し、松下電器は世の企業の手本ともいわれた。

 だが、バブル後の不況で日本企業が深手を負ったところで、新興国から強烈に追い上げを受ける試練の時代へ変わり、かつての日本的経営は崩壊した。

 日本の産業構造は、一部の世界企業と内需に依存する他の企業へ二極化してきた。しかし、部品や素材を含めた国内基盤が弱まれば、いずれは世界企業の競争力も制約を受ける。

 国内にどう根を張り直していくか。工場が国内回帰する例が最近増えているのは、日本の人的資源をもういちど生かしていこうという判断の表れでもある。

 それを支える人づくりを進めるには、人件費リストラの行き過ぎを正し、新たな労使関係を築く必要がある。

 幸之助氏は「産業人タルノ本分ニ徹シ、社会生活ノ改善ト向上ヲ図リ、世界文化ノ進展ニ寄与センコトヲ期ス」という綱領を定めた。これは今後も変えないという。この精神をよすがとして、日本に合った世界企業のありかたを探る。

 社名変更を、21世紀の日本企業のお手本づくりのステップにもしてほしい。

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