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イタリア発アモーレ!モトーレ!

AT車と寿司の意外な関係

2007年12月07日

■アレッシオ君のキャッシュカイ

写真7カ月待ちの末に手に入れた日産キャッシュカイとアレッシオ君
写真アレッシオ君とフィアット旧型ブラーヴォ。2006年9月撮影
写真BMW X5に乗るマリオ社長
写真フィアット新型クロマ(FIAT提供)
写真クロマのインテリア。イタリア車のカタログにも、ようやくAT仕様の写真が(FIAT提供)

 我が家の行きつけの精肉店にサルシッチャ(ソーセージ)を買いに行ったときのことだ。店員のアレッシオ君が「来たーッ!」と、まるで「2ちゃんねる」のキャッチフレーズのような叫びを上げた。

 何事かと問えば、相当くたびれた旧型フィアット・ブラーヴォのかわりに注文しておいた日産キャッシュカイ(日本名デュアリス)が、ついに納車されたのだという。キャッシュカイが大人気なのはボクも知っていたが、彼の場合も7カ月待ちだったらしい。

 実車は、店の前に誇らしげに停められていた。

 「販売店でAT仕様を試したよ。思ったより機敏に走ったのには驚いた」。でも運転席をのぞくと、マニュアル仕様である。

 アレッシオ君が説明するに、2リッター4駆モデルでCVT式ATを選ぶと、1500ユーロ高になってしまうのだという。イタリアで1500ユーロは、商店で働く人の初任給に相当する。

 「クルマって、どんどん欲が出ると最後はフェラーリになっちゃうから、やめといた」と言って笑う。

 しかしアレッシオ君、実際のところは、けっして価格でATを諦めたのではなかった。彼いわく「マニュアルのほうが楽しいから」なのだという。

■AT車は100台に7台

 イタリアでAT車ユーザーを見かけることは少ない。イタリア整備交通省の2005年データによると、この国でシーケンシャルシフトやCVTを含めた広義のオートマチック(AT)車普及率は7.58%だ。100台中、7台ちょっとである。

 ボクがイタリアにやってきた1996年にわずか1.2%だったことを考えると増えてはいる。だが、普及率9割を超えて久しい日本と比べると格段の差がある。

 なぜこんなに少ないのかというと、いくつかの理由がある。まず「AT車は燃費が悪い、走らない」という、70年代の既成概念がいまだ脈々と生きていることだ。高齢ドライバーに聞いてみると、困ったことに「脚に障害のある方のクルマ」というイメージを抱く人が多いのにも気づく。

 これにはイタリア独特の背景がある。第2次大戦中、外地で多くのイタリア兵が不幸にも地雷攻撃を受けたからだ。そうした人たちは帰還してから、クラッチ操作を手動レバーで行えるように改造した車両やAT車を購入した。

 すでに故人だが、ボクが知っていたお年寄りも、戦争中にアルバニア戦線で脚を失い、レバー式クラッチを装着したフィアットに乗っていた。また、こちらは誰が使用していたか知ることはできないが、10年ほど前に中古AT車を物色していると、明らかに身障者の方が乗っていたと思われる各種改造済車両にたびたび遭遇したものだ。

 若い人たちも、AT車をすすんで購入するドライバーは少ない。前述のアレッシオ君と同様、「ATだと、運転する楽しみがないよ」と口を揃えたように言う。ちなみに彼らがそう語るとき、誰でもギアチェンジする仕草が伴い、口調が熱くなる。

 たしかに日本と比べて渋滞が少なく、信号よりロータリーが多いので、ストップ&ゴーが少ない。ATである必要があまりないのだ。

 実際AT車を運転するとわかるのだが、周囲のマニュアル車たちのリズムと明らかに違うことを感じる。加速やエンジンブレーキの効きが微妙に違うためだろう。さらに、10万キロ以上乗るドライバーが多いこともある。そうした走行距離を快適に乗り続けるには、それなりのオーバーホール費用が生じるATよりも、マニュアルのほうが有利だ。

 ちなみにイタリアがマニュアル大国であることは、自動車のテレビCMを観ていてもわかる。かなりの確率でギアチェンジ・シーンが挿入されているのだ。

 しかし個人的には、ATを必死で開発しているメーカーの技術者を知っているだけに、やみくもにAT車を避けるイタリア人ドライバーは、どうも理解できない。

 もっと個人的なことをいえば、クルマは好きでも、ときおり運転するという行為が面倒になり、「歳をとったら、エンジンがないシトロエンCXを庭にオブジェとして置いて、毎日鑑賞していたい」と思うボクである。イタリア人の限りない運転好きには、なかなかついてゆけないのだ。

■変化の兆しあり

 いっぽう前述のデータが示すように、イタリアのAT事情にもわずかながら変化の兆しが見えてきた。ボクのまわりにもATを選ぶイタリア人が、ちらほら現れ始めたのだ。

 以前本欄にも登場したフィレンツェのタクシー運転士を営むマルコと、知り合いの保険代理店社長マリオである。

 マルコはそれまで乗っていたメルセデスからゴルフ・トゥーランに買い換えるとき、AT仕様を選んだ。「フィレンツェのような都市部でこの仕事をするのに、もはやATは必須装備だよ」と言う。

 全車6段ATのBMW X5を購入したマリオも「こんな楽なものだとは思わなかった」と言って、友人との集まりのたびに、いまやATの普及にあたっている。ただし、友人がこっそり教えてくれたところによれば、ATとはいえ、マリオの運転はかなり“攻めの姿勢”で、「同乗しないほうがいい」らしいが。

■じわじわと

 そうしたイタリアにおけるAT普及を見ていて思い出したのは、寿司である。ボクと女房がこちらに住み始めたころ、イタリア人とのパーティーというと必ずといっていいほど寿司を握って持参した。

 だが、いざテーブルに並べてみると、寿司種だけはがして食べられたり、その黒い色にビビったのか海苔をむしられたりした。

 確固たる食文化が存在する国であるから仕方ないことは理解していたものの、にわか寿司職人としては結構悲しかった。

 ところが数年後、ミラノあたりのお洒落な人々の間で寿司人気が高まると、周囲のイタリア人もようやく寿司に理解を示すようになってきた。

 日本と違って、イタリアに「爆発的普及」という言葉はない。ATも寿司同様、都市部からじわじわと普及してゆくのだろう。

 ちなみに11月、イタリアでは、フィアットの最高級車種『クロマ』が、大規模なマイナーチェンジを施されて発売された。“売り”は、「オートマチック(AT)が、マニュアル仕様と同価格!」である。果たして売れ行きはどうなるか、注目したい。

 ただし個人的には寿司のほうが問題だ。イタリアに住んで以来自作ばかりで、こちらの日本料理店で寿司を食べたことがない。従来、駐在員向けと思われる高級店が主流だったうえ、ここのところの円安で、さらに暖簾をくぐりにくくなったからだ。

 ATよりも先に、イタリアに回転寿司がもっと普及してくれることを密かに願っている年の瀬である。

プロフィール

大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
 歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
 主な著書に『イタリア式クルマ生活術』『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。

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