現在位置:asahi.com>愛車>イタリア発アモーレ!モトーレ!> 記事 モーツァルト「音楽の冗談」のような3輪車2007年11月23日 ■「音楽の冗談」に値するクルマ
モーツァルトに『音楽の冗談』という曲がある。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロもしくはコントラバス、そしてホルンのための作品だ。 とりあえず立派な4楽章形式が採られている。しかし散りばめられているのは、なんとも過剰な装飾音や奇怪な不響和音である。 実はこの曲、「田舎における素人オーケストラ」を描写したものといわれている。あまり知られていないうえ、日本では演奏される機会も少ないが、奇才モーツァルトのユーモアが炸裂する作品だ。 クルマ界において、この『音楽の冗談』に値するクルマをボクは発見した。ピアッジョ社製の3輪トラック『アペTM』である。 イタリアの田舎や小さな町に佇んでいる軽3輪トラックである。しかし、デザインを手がけたのは、イタリアを代表するカースタイリストのひとりで、1999年には『20世紀最高のカーデザイナー』にも輝いたジョルジェット・ジウジアーロである。 TMが発売された1983年当日、すでにジウジアーロはアルファスッド、フォルクスワーゲン・ゴルフ、そしてフィアット・パンダの成功で、天才の名を欲しいままにしていた。 後年のことだがジウジアーロは、ボクの「いつかデザインしてみたいものは何ですか?」との問いに、「戦闘機」と答えてくれたことがある。 そこまで才気溢れる彼が、横丁の3輪トラックを手がけるとは。日本で既に3輪トラックが姿を消していたこともあって、まさに当時のボクには“冗談”に思えたものだ。 ■「おい、ちょっと配達に行ってくれ」ができる アペTMについてちょっと説明しておこう。エンジンは218ccガソリンと422ccディーゼルの2本建てで、組み合わされる変速機は前進4段+後退だ。標準型の最大積載量は700kgである。最高速は速いほうのディーゼルでも僅か63km/hである。 したがってイタリアの路上では「なんでこんなところで渋滞が?」と思ったら、先頭にアペ、ということがよくある。ただし燃費はリッター29kmも走る。標準仕様の価格は税別で5878ユーロ。折からの円安で、換算すると95万円にもなってしまう。また、日本では約60万円でそれなりの軽トラックが買えてしまうことを考えると、かなり高い。 ただし、イタリアでは一般的な食料品店の初任給が1500ユーロくらいだから、その約3.9倍であることを考えると法外に高くはない。さらに、イタリアでTMは、16歳から取得できる『A1』という2輪免許で乗れる。だから若い従業員に、「おい、ちょっと配達に行ってくれ」などと気軽にキーを渡せるのも魅力だ。 ■冗談じゃない! しかし、ボクはイタリアに住んでみて、TMが“冗談”なんかではないことが次第にわかってきた。 そもそもアペ・シリーズの誕生は遠く1948年に遡る。2年先に登場したヴェスパ・スクーターに簡単な荷台を付けて3輪トラックにしたのが始まりである。以来、イタリアの商店や職人さんにとって、なくてはならない軽便な移動手段として活躍してきたのだ。そればかりか、道幅が狭い中世都市でのゴミ回収車など、公共サービスにも活躍している。 イタリアのモータリゼーションを底辺で支えているといっても過言ではない存在なのだ。それだけ歴史ある移動手段の新型をデザインするというのは、相当のプレッシャーとチャレンジであったに違いない。 そしてデビュー後24年が経過した今もカタログに載り続けていることも、TMが“冗談”の産物ではない証しだ。 最大積載量は日本の軽トラックの倍の700kgであるのに、最小回転半径は軽トラック以下の3.5mという驚異的な取り回しを誇る。そうした高い機能性を簡潔明瞭なデザインとともに表現していることが人々に評価されているに違いない。 面白いのは、一般のイタリア人で、この3輪トラックが偉大なカーデザイナーの作品であることを知る人は皆無に近い、ということだ。 車体のどこにもフィアットやアルファ・ロメオのようにDESIGN GIUGIAROなどとバッジが付いていない。カタログにも日本のスタイリッシュな携帯電話のように「○○デザイン」などと謳っていない。アペTMを誰がデザインしたかなど、知る由もないのである。 そもそもイタリアは数ある高級ブランドの故郷でありながら、そこに住む一般の人々はネームバリューで物を選ばない。そのように堅実な彼らが選んだ偉大なる3輪トラック。それがアペTMなのである。 プロフィール
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