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イタリア発アモーレ!モトーレ!

ソレックスだよ、人生は

2007年10月26日

■フロントドライブの原付

写真パリに佇むヴェロ・ソレックス(手前)。今日の中古相場は約300〜700ユーロ
写真タイヤと接触するローラーの表面は、こんなふうになっている
写真電動自転車『eソレックス』プロトタイプ(ピニンファリーナ提供)
写真往年の取扱説明書
写真ソレックスに恋したウンベルトさん。Tシャツはもちろん自作

 フランスの動力付き乗り物で、もっとも簡便なもののひとつにヴェロ・ソレックスがある。要は原付2輪である。しかし、一般的な原付のようにチェーンや歯車を介して後輪を駆動するのではない。

 前輪の上に付いているエンジンで、直下にあるローラーを駆動する。そのローラーで、ダイレクトに接触したフロントホイールを回転させる仕組みだ。つまりフロントエンジン・フロントドライブである。

 さらに面白いのはペダルも付いていることだ。エンジンのパワーが要らないような道では、自転車の要領で漕ぐ。いわばエコのご先祖様である。

■ナンバーも要らなきゃ、免許も要らず(だった)

 ヴェロ・ソレックスの誕生は1946年だ。考案したのは、自動車ファンの間ではキャブレターの製造元としても知られるソレックス社である。

 戦後の欧州で、ヴェロ・ソレックスは、国によってナンバーが要らなかったり、14歳になれば免許不要で乗れた。そのため長年人気を博してきた。

 日本でも、1970年中盤にダイハツが輸入していたことがあった。日本で原付ブームの火付け役となる1976年ホンダ・ロードパルより前である。

 小学生のボクの目からすれば、ヴェロ・ソレックスのほうがスタイリッシュだった。ただし一般の人々には、大女優ソフィア・ローレンをCMに起用し、エンジン音を模した「ラッタッタ〜」というキャッチフレーズを浸透させたロードパルのほうが浸透してしまった。

 そのため、今やボクがいくら「昔ダイハツの店で、軽自動車の横にヴェロ・ソレックスが置いてあった」と言っても、みんな信じてくれないのが辛いところである。

 ヴェロ・ソレックスは本国フランスでは80年代に生産を終え、その後工場はハンガリーに移された。

 それとは別に、昨年あるパリの企業が『eソレックス』という商品を売り出した。ヴェロ・ソレックスのイメージを維持しつつ、トリノの名門カロッツェリア・ピニンファリーナがデザインした電動自転車である。

 この『eソレックス』、もはや中国製だが、デビューに合わせてフランスやイタリアのメディアがこぞって「21世紀のソレックス」と採り上げた。ヴェロ・ソレックスが今も欧州の人々の記憶にしっかりと残っている証しである。

■衰退のきっかけ

 ここに紹介するイタリア人、ウンベルトさんもヴェロ・ソレックス・ファンのひとりである。

 彼は会った途端、熱く語り始めた。「1960年当時、世界には、350万台ものソレックスが走り回っていたんだよ」

 しかし、最近は路上で見ることが少なくなってしまったのも確かだ。「ハンガリー生産になってしまったことだろうね。でもそれ以上に、ヘルメットが義務化されたことがあった」

 イタリアでは、2000年2月まで原付に乗る際、ヘルメットは必要なかった。ボクの近所のおじいさんも、ヴェロ・ソレックスではなかったが、毎日ハンティング帽で運転していた。ところが法律施行と同時にパタッと原付をやめてしまった。

 安全上ヘルメットが必要であることは疑う余地もないが、こちらの古い原付ライダーとしては「ヘルメットを被ってまで・・・」というのが本音だったようだ。

■社長を辞めてまで

 ところでウンベルトさん、もともとはヴァイオリン製作で有名な北部クレモナで、プラスチック工場を経営していたという。

 「でもな、15人いた従業員が、だんだん言うこと聞かなくなっちゃった。だから俺も嫌になって会社を放り投げちゃったんだよ」

 以来、古いヴェロ・ソレックスを見つけてきて修理しては、イタリア各地のヒストリックカー系部品交換会で売っている。

 ヴェロ・ソレックスはその低燃費と堅牢さで、今も存在価値があると信じている。しかしながら社長を投げ出してまで、この戦後フランス人の小さくも偉大な足に打ち込むとは。ウンベルト・スポッティさん、ヴェロ・ソレックスに恋して、今年81歳だ。

プロフィール

大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
 歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
 主な著書に『イタリア式クルマ生活術』『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。

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