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イタリア発アモーレ!モトーレ!

ちょっと「外した」公用車

2007年10月19日

■相変わらず黒塗りセダン

写真チャンピ前大統領、フェラーリを訪問しテストドライブ。2003年(フェラーリ提供)
写真ランチア・テージス。イタリア製公用車の定番的存在だ(フィアット提供)
写真室内。座っているのはランチアのフランソワCEO(フィアット提供)
写真日本未導入のフィアット・パンダ標準仕様(フィアット提供)
写真クルマを鑑賞するエルカン。2005年ジュネーヴ自動車ショーにて。

 たて続けに2回行なわれた日本の組閣を、日本語衛星放送を通じて観ていた。クルマ好きのボクの場合、閣僚が乗ってくるクルマを観察していた、といったほうが正しい。

 結果はといえば、どの閣僚も相変わらず日本製黒塗り高級セダンばかりで、たいして面白くなかった。

 それは、日銀の金融政策決定会合にやってくるメンバーのクルマも同じである。帰り際、みんなよく「自分のクルマが来た」と判別できるものだと感心してしまう。

 唯一「おおッ!」と思ったのは、ワンボックスワゴンに乗ってくる渡辺喜美・内閣府特命担当大臣だ。タイプ的には、週末そのままキャンプ場に行ける。

■クルマより自転車

 いっぽう、イタリアの政治家や財界人はどんなクルマに乗っているか?というのが、今回のお話である。

 2006年5月に就任したジョルジョ・ナポレターノ共和国大統領の公用車は、マセラーティ・クアトロポルテである。前任であるチャンピ前大統領の時代に、長年使われていたランチア・テーマ特製リムジンの後継車として導入された。

 同年4月の選挙で勝利し、第2次プローディ内閣を形成したロマーノ・プローディ首相の公用車は、シルバーメタリックのランチア・テージスである。

 ボローニャ大学の経済学教授出身で、中道左派連合を率いるプローディと自動車産業の関わりは深い。80年代中盤、国営産業復興公社の総裁時代には、傘下にあったアルファ・ロメオをフィアットに売却した。さらに第1次プローディ内閣時代の1996年には、自動車買い換え奨励金制度を設け、それは今日まで繰り返し実施されてきた。

 ただし個人としてのプローディは趣味のロードレーサー型自転車のほうが好きなようで、公用車にこだわりはないとボクは見た。事実、第1次内閣時代は、公用車かタクシーか区別がつかないようなフィアットの初代クロマに乗っていた。

■首相みずから「特注ガイシャ」

 選挙でプローディに敗れたものの、2001年から5年間にわたり中道右派政権の座にあったシルヴィオ・ベルルスコーニ前首相とその閣僚たちのクルマは華やかだった。

 ジャンフランコ・フィーニ前副首相はBMWの高級車7シリーズ、北部同盟党首で制度改革大臣を務めたウンベルト・ボッシは、ボルボであった。

 そしてベルルスコーニ自身も在任中、アウディのトップモデル、A8を移動に使用し続けた。ドイツのアウディ本社による防弾装甲仕様である。

 当時イタリアではフィアットが経営危機のどん底にあり、閣僚が国産車に乗らないのを問題視する声が一部マスコミから上がった。

 しかし、すでに市場での輸入車比率は7割を超えていた。とくに高級セダンのジャンルでは輸入車、とくにドイツ製というイメージが定着していた。

 したがって政治家がどんなクルマに乗ろうと、一般国民はそれほど関心を抱かなかったのが本当のところである。

 ボク自身も、EU各国の垣根があらゆる分野で低くなりつつある時代に、「閣僚がどの国のメーカーのクルマに乗ろうといいんじゃない?」と思って見ていたものだ。

 ちなみにベルルスコーニ、フィーニ両氏とも、野党陣営となった現在もそれぞれアウディとBMWを新型に変え、移動に供している。

■パンダを運転する副会長

 そうした政治家の自動車事情だが、次にイタリアを代表する企業のひとつ、フィアット・グループのトップたちは何に乗っているかを紹介しよう。

 まずはルカ・ディ・モンテゼーモロ会長である。彼の社用車は前述のナポレターノ大統領と同じマセラーティ・クアトロポルテである。色は濃紺だ。

 その下で働くセルジオ・マルキオンネ社長のクルマは、ランチア・テージスである。フィアット再建の立役者としてヒーローのマルキオンネは、プライベートではフェラーリも所有している。だが社用車では「松」=マセラーティ、「竹」=ランチアという掟を乗り越えられないのが、イタリアといえどもサラリーマン人生を象徴していて、しみじみさせられる。

 いっぽうフィアット幹部といえば、思わず画面にかぶりつきたくなるような映像がテレビニュースで流れたことがあった。

 主人公はフィアット創業家出身で、31歳にして副会長を務めるジョン・エルカンだ。彼には昨年夏、初子が生まれた。

 夫人が入院するトリノ大学病院から出てきたエルカンは、まずは報道陣から祝福とインタビューを受けた。

 一人でフラッと出てきたのにもびっくりしたが、さらに目を見張る映像が続いた。運転手付きのクルマでも横付けされるのかと思ったら、自ら駐車場に歩き始めた。

 他の来院者のクルマとともに佇んでいたのは、フェラーリでもアルファでもなく、フィアット・パンダだった。それも『アレッシィ』といったお洒落バージョンではない。イタリアで町の保健所に大量導入されるような標準仕様である。

 クルマとは関係ないが、片手にはペラペラの白いビニール袋を提げていた。夫人からの預かり物だろうが、日本だったら銭湯帰りにも見えなくもないビニール袋を企業のトップが提げているとは。何とも微笑ましかった。

 エルカンは袋を後部座席に放り込むと、ステアリングをクルクル回し縦列駐車から脱出して消えていった。

 もちろん、平日は彼も運転手付きで移動しているのだろう。大衆車のプロであるフィアットに、こんなに庶民的なトップがいる。この会社の未来は明るい、とボクは読んだ。

プロフィール

大矢アキオ Akio Lorenzo OYA
 歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
 主な著書に『イタリア式クルマ生活術』『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。

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