2008年CESの基調講演は実におもしろかった。CESとして当たり前のような顔ぶれなのだが、この3人のスピーチを立て続けに聴き、TVがまさに今さしかかり、初めて経験しようとしているデジタル黎明期の混沌ぶりが実感できた。 ●2曲のヒットタイトル 初日前夜のプレ・ショー基調講演がMicrosoftのビル・ゲイツ会長('55年10月28日生まれ)、翌朝のオープニング基調講演がパナソニックAVCネットワークス社の坂本敏弘社長('46年10月27日生まれ)、そして夕方にはIntelのポール・オッテリーニCEO('50年10月12日生まれ)と続いた、ほぼ5年ずつ歳が違う彼らは、偶然にも全員が10月生まれだ。最年長の坂本敏弘氏の生まれた当時はともかく、少なくともそれぞれ物心がついた頃にはTV放送が始まっていたはずで、まさに、TVの申し子ともいえる世代だ。 ゲイツ氏はその最後となるであろう基調講演で「ソフトウェアの魔法を疑ってはならない」とアピールした。ずっと夢を追いかけてきて、しかも、それを成功に導いてきたゲイツ氏らしいといえばらしい。ソフトウェアがどのような分野で活躍できるかを考え続けたいとし、第2デジタル世代に入った今、TVやビデオがどのように変わっていくのかを見ていくのだと、これからの新しい人生の抱負を語った。 そのバックグラウンドで流れた音楽は米国のバンド「The Lovin' Spoonful」の大ヒットデビュー曲「Do You Believe in Magic」('65年、邦題:魔法を信じるかい?)だった。ゲイツ氏10歳のときのヒット曲だ。きっと思い入れもあるに違いない。 それに対して、オッテリーニ氏は「インターネットがCDショップを殺した、インターネットが家電を変える」と、替え歌を使って時代の変化を訴えた。元ネタは英国のバンド「The Buggles」の大ヒットデビュー曲「Video Killed the Radio Star」('79年、邦題:ラジオスターの悲劇)だった。「アッワアッワ」でおなじみの加藤あい出演のサントリー・チューハイアワーズのCFでも使われている曲なので、ご存じの方も多いだろう。当時はビデオクリップが注目を集め始めた時期で、'81年にMTVが開局したときに、最初にオンエアされたのがこの曲だったそうだ。パンクからニューウェイブに移行するその頃の状況を象徴する歴史に残る名曲だ。 オッテリーニ氏はIntel入社がUC BerkleyでMBAを取得した'74年なので、入社5年目、30歳くらいの頃のヒット曲だ。これまた思い入れもあるのだろうが、替え歌にしてしまったところに、ちょっとイケていない印象を持った。 この3人が子どもの頃に楽しんでいたTV番組や、TVで流れたニュース映像などは、ちょっと探せば今も見ることができる。なにせ、TVを支える基本技術は50年前と同じだから、それができるのだ。 また、「Do You Believe in Magic」も「Video Killed the Radio Star」にしても、'82年のCD時代幕開けには間に合わず、レコードとして発売されたが、今ならちゃんとしたCDで購入してリッピングすれば、最新のデジタルオーディオプレーヤーで楽しめる。ぼくは、どちらの曲もLPで所有しているはずだが、倉庫の奥底に片付けてしまったためにすぐには取り出せない。いい機会なので、ラスベガスにいるうちに、Amazonでこれらの曲を含むアルバムを注文してしまった。日本に戻る頃には届いているはずだ。ちなみに、両曲ともiTunes Storeでも購入できる。 ●デジタルは人を集める 長い人生の中で、繰り返し繰り返し読んだり見たりするコンテンツがある。コンテンツといえば書物だった時代は今は昔で、今は、きっと、映画もあれば、音楽もある。だが、あと四半世紀が過ぎたときに、自分のお気に入りのコンテンツは、果たして楽しめる状態にあるのだろうか。 年末に部屋の掃除をしていたら'93年頃のマルチメディアタイトルがいくつか出てきた。MS-DOSベースのMPC用のものもあれば、プラットフォームはすでにWindowsになっているが、3.1の頃のタイトルもある。つい、なつかしくなって、Vista上で動かそうとしてみたが、16bitプログラムがうまく動いてくれない。メディアはCD-ROMだから、ファイルとしては見えるのだが、作品として鑑賞するのは難しい。 これが紙に印刷された書物であれば、普通に読めるだろうし、写真集であっても、さすがに印刷技術は拙いものの、4〜50年以上前のものでも十分に楽しめる。 ところが、たった15年前のコンテンツが、もう楽しめなくなっている。あの頃は、マルチメディアが盛んに喧伝され、これからは書物に取って代わるような勢いだった時代だ。それが今、ただのポリカーボネイトの板きれにすぎなくなっている。 音楽に関してはどうだろう。少なくともぼくが生まれたときには、すでにLPレコードの時代だったし、CDへの移行期も経験した。CDは'82年に民生用のCDプレーヤーが発売され、約4年後の'86年にはアナログレコードやカセットテープを追い抜いた。 ぼくの年代なら、カセットデッキを使ってFM放送を懸命にエアチェックしたことも覚えている。LPレコードは相当の量が手元にあるが、レコードプレーヤーとともに倉庫の中で休眠中だ。カセットテープ、MD、LDを再生する装置もすでに手元にはない。さらには8インチ、5インチのFD、古い世代のMOなど、何らかの情報が記録されたメディアそのものは捨てきれずいくらか残っているが、それを再生する術がない。VHSカセットやDVカセットでさえ、手元にデッキは残っているが、TVには接続されていないために、すぐにはコンテンツを楽しめない。ほかのプレーヤーに数少ない入力端子をとられてしまったからだ。 結局、数十年前のコンテンツを、今、気軽に手にとって楽しめるのは、紙に印刷されたものがほとんどだ。記録メディアとして例外的といえるのが銀塩フィルムで、これは、相当古いものであっても、街角のDPEショップに持って行けば、驚きもせず、すぐにプリントしてくれる。驚異的といってもいい寿命だ。規格が変わっていないのは強い。 にもかかわらず、15年前のマルチメディアコンテンツが楽しめない。デジタル放送の新録画ルールである「ダビング10」で孫コピーによるメディア変換が認められないことなどを考えると、数十年後に今の子どもたちは自分の子どもの頃に楽しんだコンテンツを懐かしく眺めることができるのかどうか心配になってくる。 LPレコードを忘れ去らせたことの反省からか、コンテンツを記録するためのデジタルメディアとしてのCDやDVDは、双方ともに、今後も残り続けるだろう。商用コンテンツは、新しいメディアに移行するかもしれないが、いわゆる個人の記憶に代わる「メモリーズ」を保存するメディアとしてのデータCDやDVDは、少なくともあと50年程度は日常的に読み取れる環境が残るようにしてほしいと思う。 オッテリーニ氏、そして坂本氏によれば、これからは、TVでもPCと遜色のないインターネットが楽しめるようになるのだという。果たしてそのコンテンツは、数十年後も存在し、そのまま楽しめるのだろうか。あのマルチメディアCD-ROMの二の舞にならないようにしてほしいものだ。坂本氏はこうもいった。「デジタルは人々を引き離すとよくいわれるが、実は人々を集める力を持っている。デジタルの囲炉裏であるライフスクリーンを囲んだ家族が団らんする様子を想像してほしい」と。ゲイツ氏ともオッテリーニ氏とも違う、ちょっとだけ上の世代を感じる言葉だ。少なくとも、彼らの世代はTVに裏切られてはいない。その言葉を信じたい。
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(2008年1月11日)
[Reported by 山田祥平]
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