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フランスの税制 産めば産むほど安くなる所得税「ほぼ半減」/保育料も大幅控除パリ郊外のアントニー市で暮らす藤井誓子さん(右)は3年前から通訳、経営コンサルタントとして働き、夫とともに子育てをしている(自宅前で)
2007年の出生数が前年比3000人減の109万人だったことが、1日公表の人口動態統計で明らかになった。合計特殊出生率(1人の女性が一生に産む子供の数に近い推計値)も1・3台で低迷する。少子化対策が大きな課題となる中、出生率を2・005へと回復させたフランスに注目が集まる。脱・少子化を果たした国の子育て支援策は、どこが日本と違うのか――。(榊原智子、写真も) パリ郊外のアントニー市に、フランス人の夫(35)と、5歳の長男、3歳の二男と暮らす藤井誓子(せいこ)さん(37)は、「この国だから2人目を産むことができた。日本では無理だったと思います」と話す。 会社員だった誓子さんは、2002年に長男を出産して退職した。失業手当を受給しつつ、パリ大学で経営学の修士論文を執筆していた04年6月に二男が誕生した。 大学の講師などをしているフランス人の夫も博士論文の執筆中で、当時の世帯年収は約4万2000ユーロ(1ユーロ160円換算で約672万円)。子供が1人だった03年の所得税は1500ユーロ(約24万円)。ところが、2人に増えた翌年は、840ユーロ(約13万円)とほぼ半額になった。 フランスは消費税率が最高19・6%で、所得税の累進税率も日本よりはるかに高い「高負担で高福祉」の国。一方で、N分N乗方式という独特の税制があり、家族が増えるほど税額が低くなる仕組みになっている。誓子さん一家もこの恩恵に浴したのだった。 この方式は、子供が3人以上になると優遇措置が拡大する点も特徴。誓子さん一家とほぼ同水準の年収の世帯でみると、子供ゼロの場合に比べ、子供1人だと700ユーロ(約11万円)、2人で1400ユーロ(約22万円)の減税になるが、3人だと2300ユーロ(約37万円)と減税幅が大きくなる。 こうした“税の家族割引”は、さらに住民税や不動産税にも適用されている。 また、保育の有資格者が自宅で子供を預かる保育ママや保育所を利用した費用の一部には、税額控除が適用される。 誓子さん夫婦も子供を保育ママに預けていたころ、週4日の保育料に月510ユーロ(約8万円)を払っていた。でも、全国家族手当金庫からの保育料補てんがあり、残る負担額も半分は所得税の税額控除によって返還されたため、最終的な負担は約115ユーロ(約2万円)で済んだ。 「最も大変な仕事と育児のスタート期を支えてもらえ、ありがたかった」と誓子さんは言う。 フランスでも晩婚化や晩産化が年々進み、女性の10人に1人は生涯、子を産んでいない。それなのに社会全体の出生率が2・0以上になった背後には、10人に1人が4人以上の子を産み、子育て中の家庭の2割に3人以上の子がいることがある。子が多いほど優遇される税制が、こうした「多産」を応援している。 誓子さんの実父で欧州の社会保障制度についての著書もある、元内閣内政審議室長の藤井威さんは、「税負担の重い中・高所得層に、税制による子育て支援は効果が大きい。2人目、3人目以上の子を養育する余力のあるこうした人たちに『さあ産んで』とエールを送る仕組みだ」と話す。 ◆75%が「満足」 フランスでは第1次世界大戦のころに出生率が1・2台と落ち込み、少子化の危機感が広がった。第2次大戦でドイツに侵略され、「少子化が国力の低下を招いた」という反省から、国や経済界が率先して家族政策を作ってきた。 家族手当(児童手当)の普及では企業の貢献が大きかったが、国による支援策では税制が重要な柱の一つとなってきた。「定額や所得制限のある手当は、中・高所得層の受益感が小さい。このため減税による支援も欠かせない」と保健連帯省の幹部は説明する。 家族関係の政策提案も行う全国家族手当金庫のフィリップ・ステック国際部長は、「我が国の家族政策が税制も含めて複雑になっているのは、親が求める多様な支援に対応するため。フランス人は文句の多い国民性だが、子育て支援を受けている人の75%は『満足』と答えている」と話す。 税制で支援、日本も活発論議 子育て世代へ所得移転日本の税制改革論議でも、少子化対策は争点となっている。政府税制調査会でも「税制での子育て支援」が活発に議論されるようになった。 日本にも、子供を持つと1人あたり38万円が扶養控除される仕組みがある。ただ、所得税の税率の累進度が低く、「フランスのN分N乗方式ほど子供数の増加で劇的な節税効果はない」(政府関係者)。 このため、フランスの制度なども検討されたが、「前提となる全国民の所得の捕捉ができていない」などの理由で、日本にすぐ導入するのは難しいと判断され、結論は見送られた。 ただ、フランスなど欧州各国に比べて「日本は家族政策にお金を使っていない」「税制でも子育て家庭をもっと支援すべきだ」との考えが、政府や与党の共通認識になった意味は小さくない。 児童福祉が救貧対策の一つに位置づけられ、児童手当も保育サービスも抑制されてきた流れを、大きく転換すべき時に来ている。 藤井威さんは、「少子高齢化が進む日本も福祉の拡充を急ぐべきだ。税制によって、高所得層から子育て世代への所得の移転を進めることはその一つ。消費税の引き上げを含めた税制の改革でやれることはある」と指摘する。 育児貧乏、救う知恵学べ2歳の双子を育てている日本の友人は「保育料だけで月々12万円。マンションは手狭で住み替えることになった。育児でこんなに出費がかさむとは思わなかった」と嘆く。こうした表の支出だけでなく、幼い子を世話するために転職や短時間勤務などをすれば、減給という問題も生じる。少子化ニッポンは「育児貧乏の国」でもある。 フランスの家族優遇税制には「子育てを終えた裕福な中高年から、貧しい子育て世代への所得再配分」の側面がある。日本の税制改革でも、この知恵から学びたい。 <メモ>N分N乗方式 (2008年1月7日 読売新聞)
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