宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、月周回衛星「かぐや」のレーザ高度計および月レーダサウンダーのサウンダーモード(月地下探査)の観測を実施しました。
レーザ高度計で平成19年11月26日(日本時間)から観測したデータの処理を行いました。この結果、正常に月面の地形高度データの作成が行えることを確認しました。レーザ高度計は従来の衛星で探査されていない極域(緯度75度以上)を含む月全球形状及び月面地形の高度情報を高い精度で取得し、地形カメラによる高解像度の地形データと統合することで、月全体にわたる高精度地形図を作ることができると期待されています。
月レーダサウンダーのサウンダーモード※1で、平成19年11月20日から21日(日本時間)にかけて観測したデータの処理を行いました。この結果、表面の観測から予測されていた月の海の地下に主に溶岩から成る層状構造を直接捉えることができました。月レーダサウンダーのサウンダーモードによる地下数km程度までの地下探査によって、アポロ計画よりも高い確度で月全域に対して地質構造を観測することができると期待されています。このような地質構造に関する情報は、月が熱くやわらかかった時代からどのような過程を経て現在のように冷たくなったかという熱的な環境の変化(熱的な変遷)など、月の誕生以降の進化を探る重要な手がかりになるものです。
※1月レーダサウンダーには、地下探査を行うためのサウンダーモードと自然プラズマ波動並びに自然電波を観測する自然電波観測モードがあります。
レーザ高度計(LALT)
レーザ高度計(LALT)は、主衛星から月面に向かってレーザ光を発射し、月面で反射された光が戻るまでの往復時間を測ることで主衛星と月面間の直線距離を測る装置です。レーザの反射を利用することで極域のクレータの中など日の当たらない場所の地形も測定できる点に特長があります。
レーザ高度計で期待される主な成果は次の通りです。
- 従来の衛星※で探査されていない極域(緯度75度以上)を含む月全球形状及び月面地形の高度情報を高い精度で取得し、地形カメラによる高解像度の地形データと統合することで、月全体にわたる高精度地形図を作ります。
- この高度情報はその他の科学ミッションにも不可欠な情報であり、例えば RSAT/VRADミッションから得られる重力場データと合わせて地殻厚さの変化など月内部構造についての情報を得るのに用いられます。
平成19年11月26日から取得されたデータのうち、図1は平成19年12月12日および25日に取得して処理を行ったオリエンタル盆地付近の地形高度データ(Topography)を示しています。これらにより、LALTは正常に高精度で月面地形の高度を測定できることが確認できました。
※クレメンタインに搭載されたレーザ高度計(LIDAR)は、垂直分解能が約100mであり、両極域のデータは観測されていません。また、クレメンタインによる観測データの間隔は、軌道沿いの平均間隔が20kmで、軌道間の間隔は約60kmです。これに対して、LALTは、垂直分解能5m、赤道域で平均約2km四方に1点という間隔での月全球の観測を目指しています。
図1 LALTから得られた月面の地形高度データ(Topography) オリエンタル盆地(19.4S/92.8W付近)付近
観測日 12/12 07:32:22 - 15:04:06、12/25 14:00:11 - 18:20:32 (日本時間)
なお、Topography(地形高度)のゼロ点は、月重心原点中心の半径1737.4kmの球面を基準にしています。青が濃くなるほどゼロ点より高度が低く、赤が濃くなるほどゼロ点より高度が高いことを示しています。また、今回得られた高度情報は検証中のため、軌道情報との差異があり、背景のNASAのWorld Windシステムで重ねた画像と位置が多少ずれているところがあります。
月レーダサウンダー(LRS) サウンダー観測
これまで、月のサウンダー観測はアポロ17号のALSE(Apollo Lunar Sounder Experiment)で月の表側の海の限られた領域にて実験的に実施され、地下2km程度までの地質構造の探査が可能であることを示したのみでした。また、地層群が月の表層に広く分布することは、アポロの時代以来、表面の情報から推定されていました。
月レーダーサウンダー(LRS)のサウンダー観測では、HF帯(5MHz)のレーダ電波を用いて、地下から反射されて戻ってくるレーダエコー信号をディジタル技術にてALSEより高い確度で月全域にわたって観測し、地下数kmまでの地質構造に関するデータを取得します。そして、地層を断ち切る断層や地層を曲げる褶曲構造がサウンダー観測によって今後数多く地下数kmまでの深さで捉えられるはずであり、月が熱くやわらかかった時代からどのような過程を経て現在のように冷たくなったかという熱的な環境の変化(熱的な変遷)など、月の誕生以降の進化を探る重要な手がかりになるものです。
月レーダサウンダー(LRS)については平成19年11月20日から21日にかけてサウンダー観測を行いました。このとき取得されたサウンダー観測結果を整理し、月地下探査に関する初期観測結果を得ました。サウンダー観測によって得られたレーダエコー信号の特徴は、予め計算機シミュレーションによって予測されていたものと極めてよく似た特性を示しており、目指す表層から地下数kmにいたる地質構造探査実施の可能性が確認されました。図2に計算機シミュレーション結果、図3にサウンダー観測データを示します。
また、LRS 観測では月表面からのレーダエコー信号と地下からのレーダエコー信号が重なり合って観測されます。これらを分離して地下からの信号を検出する方法として、従来の地下探査などで行われてきた図2や図3の様な解析結果からデータ中のエコートレースを判定する方法に加えて、レーダエコー信号の振幅だけでなくその位相変化に着目し、直下点の各深度に焦点を合わせた合成開口処理(SAR 処理)を行なうことで、より確実な地下からのレーダエコー信号の検出も可能となることを確認しました。図4に合成開口手法を用いた解析結果を示します。
図2 計算機シミュレーション結果
小林ら(Earth Planets and Space 誌、2002)は月面表層を模擬する地形を計算機上に作り出し(右図参照)、「かぐや」が軌道に沿いつつサンダー観測を行う観測のシミュレーションを実施しました(左図)。縦軸に見かけの深さ、横軸には観測位置を表し、レーダエコー信号の強度をカラー表示にて示します。2次元プロットすると大きなクレータからのレーダエコー信号は双曲線状に出現し、また無数にある小さなクレータからのレーダエコー信号はランダムな信号として表面付近に現れています。一方、地下の反射面からのレーダエコー信号は、ほぼ等しい深さを保ったまま連続的(トレースの連続性)に現れます。このようにエコー信号の出現特性を分析して、地下エコー信号を判定することができます。なお、見かけの深さとは、レーダエコー信号の伝搬速度を光速と仮定し、算出したものです。
図3 LRSサウンダー観測結果(平成19年11月20日18:22:50-18:23:10 の20秒間における観測データ並びにかぐやの軌道。
ポアソン(Poisson:30.4S/10.6E)付近)
縦軸にエコーの遅延時間を、横軸には月の表側の中央部、南半球の中緯度地域の高地上空を飛翔する、かぐやの軌道に沿った観測時間(観測位置)を示す。この観測結果は図2の計算機シミュレーション結果と、次の点でよく対応していることが確認できています。
−表面クレータエコーの2次元プロット上でのパターン(軌跡)とエコー強度変化の様子
−高地領域での観測で地下エコー検出の障害となる表面クラッタの挙動
以上から計算機シミュレーション結果を基に開発されてきたデータ解析手法をそのまま適用することができ、月面から地下数km にわたる地質構造探査実施の可能性が確認されました。ここで、クレータエコーと表面クラッタエコーは、いずれもサウンダーレーダの電波が月表面によって反射されて発生する電波信号で、地下エコー検出にとっては邪魔となるクラッタではありますが、クレータエコーはコヒーレントな性質を、表面クラッタはインコヒーレントな性質を持って現れることで区別して使っています。
図4 平成19年11月21日22:13-22:15(日本時間)に得られた雨の海北東部Kirchクレータ(39.2N/5.6W 直径11km)付近の解析結果
左上図では、衛星直下の比較的浅い領域に焦点を当て、深度500m程度まで存在する反射面を合成開口処理により検出した結果を示しています。左下図には左上の画像中に同定された反射面※をなぞった線が書き込まれています。測線長は約180km(衛星が2分間で移動する距離)なので、これらの反射面はほぼ水平に横たわっていることになります。こうした反射面が上下に平行に存在することは、地下に地層群が存在することを示しています。この結果、これまで表面の情報から予測されていた海の地下の層状構造をLRSでは直接捉えることができました。これはLRSが目指す成果への第一歩であり、表面から地下数キロメートルまでの地質構造を把握できるLRSの能力が確認されました。
※反射面とは、性質が急変する場所が連なっている地下の境界面のことです。また、深さのゼロ点は、月重心原点中心の半径1737.4kmの球面を基準にしています。
※右図の地形図出典:
http://www.lpi.usra.edu/resources/mapcatalog