TBS『有名人壮絶介護日記!〜生きてさえいれば〜苦悩…限界…涙の毎日全記録』

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有名人壮絶介護日記!〜生きてさえいれば〜苦悩…限界…涙の毎日全記録

2008年1月9日 水曜日よる6:55から

▼出演者

司会:
薬丸裕英
三雲孝江

介護経験者(VTR順):
橋幸夫
大沢逸美
生島ヒロシ
荒木由美子
田原総一朗
島田洋七

パネラー:
美川憲一
石田純一
三船美佳

介護専門家:
渡邉美樹
小山朝子
英裕雄

▼スタッフ

製作:TBS
制作:D組プロジェクト
プロデューサー:浜崎裕二、山本靖裕

みどころ

突然、病が家族を襲う!その時あなたなら…
有名人の介護経験を再現し、介護の壮絶な現実を紹介する

もし、あなたの最愛の人が病魔の宣告を受けたら、あなたはどうしますか? あまりにも残酷な現実。
一瞬にして人生が変わってしまう瞬間。その時最も大切なものは「親子の絆」「夫婦の絆」ではないだろうか。
この番組では家族の介護を経験した有名人の体験を再現し、あらためて絆の深さ、愛のあるべき方向、人間らしさを問いかける。
スタジオには介護の専門家を招き、介護のプロとしての意見を聞き、介護について分かりやすく解説する。

あらすじ・内容

○橋幸男
母親は83歳の時、認知症を発症。物がなくなったと騒ぎ、家族をドロボー呼ばわりするように。昼夜問わずの徘徊が始まった。仕事のある橋は、自分にできることは妻の精神的な支えになることだったと当時を振り返り、妻には本当に感謝していると語る。

○大沢逸見
父親は早くに亡くなっており、大沢は芸能界デビュー後、母親を東京に呼び、二人で暮らしていた。大沢が厄年のその年、母親のあごに悪性腫瘍が見つかり余命3ヶ月を宣告される。その後母親は、様々な病気を併発し、大沢の介護なしでは日常生活が困難な状況になっていく。一番の悩みは介護と仕事の両立であった。やがて肝細胞がんに侵され死去。母親の死後、大沢への感謝の言葉を記したメモを発見し、涙の止まらない大沢だった…。

○生島ヒロシ
半月板損傷から歩けなくなり、認知症になった義母は、施設に入ることも、介護士の手助けを受けることも拒んだ。当初は妻と義姉が介護をしていたが、家人だけで24時間付き添うことは難しくなった。結局は介護士に頼らざるを得なくなったが、その高額な介護料は家計を圧迫したという。

○荒木由美子
20年間、認知症の姑を看護。在宅看護が厳しくなり施設介護を選択するが、当時は施設が充実しておらず、実に一年も費やして複数の施設を見学し、やっと探し出した。そして、嫁を頼る姑のため毎日面会。
しかし施設を3ヶ月で退院しなければならず、施設探しは半永久的に続いたという。

○田原総一朗
妻には「炎症性乳がん」との診断が下された。しこりがなかったことで発見が遅れた。2度におよぶ手術と抗がん剤の効果で、当初は余命半年との宣告だったが、5年10ヶ月寿命を長らえることができた。

○島田洋七
妻の母が脳梗塞で倒れ、妻は月の三分の一は埼玉県から佐賀県へ介護のため通っていた。遠距離介護の大変さは尋常ではなかった。妻の苦労を見かねた洋七は、滋賀への引越しを提案。現在、義母は老人介護施設暮らし。妻は毎日のように施設に通っている。脳梗塞はリハビリが大変、洋七は「笑いの力」でリハビリに貢献。義母は奇跡的に話ができるほどに回復した。


※橋幸男、大沢逸見、生島ヒロシ、荒木由美子はスタジオにも登場。田原総一郎と島田洋七はVTR出演のみ。