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公立校&塾、連携に賛否 「学力向上」「不平等では」

2008年01月10日

 東京都杉並区の区立和田中学校の教室で9日から始まる予定だった「夜間塾」が、都教委からの指導で直前になって延期になった。学力向上を目指し、学習塾と公立小中の連携はここ数年、さまざまな形で進んでいるが、限界もある。平等が重視される公教育の世界に、競争に勝ち抜く塾の力を借りることはどこまで許されるのだろうか。

 杉並区教委に対し指導が入った翌日の8日午後、和田中では保護者代表への説明会が急きょ開かれた。「(指摘された)3点をクリアし、26日にスタートしたい」という説明に、「やるのかやらないのか不安だったが安心した」という声が上がった。

 計画では、平日の週3日、午後7時から大手進学塾SAPIXが2年生の希望者に教える。「上位層を伸ばすことに公立校は関心が薄かったが、教師に何もかも求めるのは無理。だから塾の力を借りる」と藤原和博校長は言う。

 学校を支えるボランティア団体「地域本部」の主催という形で、月謝は通常の半額程度。教材作りには学校側も注文を出す。

 都教委は、(1)入室テストや有料制で機会均等と言えるのか(2)私塾に施設を利用させ、公立学校の非営利性に反しないのか(3)兼業禁止の公務員が教材の開発にかかわっていいのか――の3点を問題視。これに対し、和田中や杉並区教委は(1)補習は今後も続け、全生徒に目配りしている(2)授業1コマ500円と格安で、塾側にほとんど利益はない(3)教師にももうけはない――と反論する。

 保護者への説明でも、藤原校長は「下の子への取り組みはいくらやっても批判されないのに、上の子をもっと出来るようにすると言った途端に公平性とか平等とか言われる」と不満げだった。

■冬季講習・復習中心・一緒に教壇

 青森県の下北半島にある東通村。三つある村立中学校は12月24日から1月14日まで冬休みだが、公営の「東通村学習塾」は29日から4日までを除き冬季特別講習が続く。

 きっかけは、村に進出してきた民間塾が02年ごろ撤退したことだった。当時の通塾率は10%未満で、「首都圏に遠く及ばなかった」と村教委。越善靖夫村長の諮問機関が「子どもたちの将来のため都市部のような教育環境を作るべきだ」と答申し、05年秋、公営塾は始まった。

 通常の授業は3年生の場合、水曜夜の3時間と土曜日中の3時間半で、むつ市の早稲田進学会から講師が来て教える。中学校は水曜日、部活動を休止して協力する。

 当初は3年生の2教科だけだったが、昨年から中学全学年の5教科に拡大。小学生に門戸を開くことも検討中だ。

 長野県御代田町では、町が雇用した塾講師や元教師が土曜午後に勉強を見る。最近は大手予備校から売り込みもあった。

 東京ではいくつかの区が連携を進めている。

 港区立の全10中学校で土曜にある講座には、約7割の生徒が参加。区教委は「あくまでメーンは復習。基礎基本の定着が目的だ」と説明する。

 平日の授業で先生と塾講師が一緒に教えるのは江東区立の小中学校だ。講師を派遣する全国学習塾協会は「外部の手が入ることで余裕ができれば、丁寧に教えられるのではないか」と話す。

 こうした動きに都教委は反対してこなかった。今回、和田中に待ったをかけたことに、都教委幹部は「拙速過ぎる。塾の営業活動に丸ごと乗っかっていると都民に思われかねない」と説明する。

■学校側に根強い不信、予算の壁も

 東京や地方のいくつかでは連携が盛んだが、他地域に広がる気配はあまりない。その理由の一つは、学校側にある根強い塾への不信感だ。

 港区立中に講師を派遣する早稲田アカデミーの大矢純さんは「最初は先生からの抵抗感が強かった」と打ち明ける。学校と同じ内容では「なぜ塾に頼むのか」と批判を受けてしまうし、先生からは「学校の進度を追い越さないでほしい」という声もある。

 福岡県では、県立高校の教師が05年から地元の大手予備校「英進館」で3カ月間研修。早稲田アカデミーの教員研修講座にも昨年秋、山梨県で200人が受講した。ここでも当初、「プロの教師が教わるのか」と異論があったという。

 東京の場合、私立への対抗策という事情も見逃せない。千代田区立の中高一貫校、九段中等教育学校では土曜に全員参加の講座を開いている。私立は土曜も授業をする学校が多く、高木克校長は「中高6年間では膨大な時間差になる。公立は正規の授業ができないので、やむを得ず塾の力を借りている」と話す。

 そもそも資金がなくては始まらない。港区がかける費用は年5300万円。全国の自治体が視察に訪れるが、「うちでは難しいなあ」とため息をついて帰るという。

 東通村の公営塾の場合、月謝は中3で1000円。民間塾に通えば約1万5000円かかるが、差額は村が負担する。人口7600人の小さな村には原子力発電所があり、この税収が運営を下支えする。青森県の内外から70件ほど視察があったが、「うちでも始めたい」という連絡は1件だけという。

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