「管理職は自分の気持ちをどのくらい管理できるかが大切な気がする」と話す村田さん

「管理職は自分の気持ちをどのくらい管理できるかが大切な気がする」と話す村田さん

 「あいつを辞めさせろ。クビだ、クビ」。九州北部にある中堅企業のオフィス。支店長が、いら立ちながら叫んだ。
 
 副支店長の村田壮一さん(52)=仮名=は、グッと奥歯をかみしめた。支店長とやり合っているのは、新人営業マンの処遇だ。まじめだが、ミスが目立ち顧客からたびたび苦情を受ける。

 「辞めさせるのは簡単です。でも会社が面接して採用したんでしょう。人をそんなに信用しない会社ってどうなんですか」。村田さんが反論すると、支店長は顔を背けた。「何かあったら責任取れんのかよ」「取ります」。奥歯をかみしめたまま、一礼して退席した。

 村田さんは、中古車販売などを手掛ける会社に勤めている。部下はパート従業員を含め約10人。新人社員は成績が伸び悩み、支店長が怒る理由もよく分かる。だからといって、切り捨てるのも忍びない。鍛えれば「どこか見どころがある」と信じたいからだ。

 上司と部下の板挟みになる「中間管理職」。村田さんも連日午後11時まで書類の整理などに追われる。約5万円の管理職手当は出るが、残業代はつかない。平社員時代と比べて、給料は数万円アップした程度だ。

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 村田さんは転職組だ。大学を出て、福岡県内の企業で営業職に就いた。新人教育は厳しかった。先輩から「全員に当たれ」と名簿を渡された。電話はダメだ。全戸回る。100軒のうち1軒で契約が取れればいい方だった。

 鍛えられたが、「頑張ってるか」と上司に声を掛けられると「見守ってくれている」との安心感があった。必死で取り組み、バブル景気も追い風に入社3カ月目でトップ賞を獲得した。

 会社は不況の影響を受けその後、倒産。今の会社に転職した。2年前に今のポストに就いたが、管理職はいかに心労がたまる仕事かと思う。

 本社からは連日、「なぜ業績が上がらないのか」と猛烈なプレッシャーを受ける。部下の多くは優秀だが、その分「上司として失態は演じられない」という緊張感がある。新人教育は大変だ。自分が新人時代に浴びた罵(ば)詈(り)雑言は、今はパワハラにつながりかねない。工夫しながら指導する。

 管理職になって血尿が続いた。病院で精密検査を受けても原因が分からない。しばらくして症状は消えたが、不安が残った。ストレスが体のどこかをむしばんでいるのではないか、と。

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 村田さんは30代で離婚し、子どもはいない。友人は多いが、1人で老後を迎えることに不安もある。管理職の仕事はストレスに輪を掛ける。では、降格を願い出たり転職したりすればいいのか。「苦しいからと逃げ出すのも嫌だ」。展望もなく逃げ出しても、次の職場で新たな不満がたまるだけだろう。営業の仕事は好きだ。「自分がこの職場にいるのには何か意味がある。それをやり遂げるのが天命だ」

 人はなぜ働くのだろう。「他人から適切な評価を受けること」が喜びの1つだと感じる。評価に見合う賃金を得られれば理想的だ。新人の解雇話にあれほど反応したのは、「評価を受けるチャンスをもう少し与えたい」と思ったからだ。

 支店長が寂しげに笑いながら帰宅していった。彼も本社から強いプレッシャーを受けている。「仕事には厳しさがつきまとう。でも、人の心がひたすらきしんでいくのはどうか…」。村田さんは時々そう思う。

 (簑原亜佐美)

=2008/01/09付 西日本新聞朝刊=