解 説:

この論文はいまから6年前に書いたモノである。1998年の白鴎大学経営学部の論集に掲載したモノである。いま頃になってホスピタリティ・マーケティングなどをいかにも新しいコンセプトかのように唱えてセミナーをやっている組織があるけれど実はすでに6年以上も前に筆者はこの考え方を打ち出している。

当然のことながら拙著『顧客ロイヤルティの経営』(日本経済新聞社、2000年)ではここに論じられている問題は包含されている。

今回、この論文をホームページに載せたのは6年経った今頃ちょうど我が国の企業での関心がここに集まり始めたからである。コンパクトにまとまっているのでいろいろ役に立つことと思う。

 

  信頼関係マーケテイングにおけるホスピタリティの意義と役割

              白鴎大学経営学部 教授   佐藤 知恭

白鴎大学論集 第12巻第2号 1998

 

 

  第1節    関心が集まる信頼関係マーケティング

  1.学問的にも認知され始めた信頼関係マーケティング

  信頼関係マーケティングという言葉は読者にとって目新しい響きで受け止められるかもしれないが、Relationship Marketingのことと了解していただきたい。

  世界中の大学で最も広く使われているマーケティングのテキストといわれるPhilip Kotler/Gray Armstrongの『Principles of Marketing 』の第7版(1996) Relationship Marketing に一章を割いている。

  実は1994年に出版された第6版は、これまでのものを大幅に加筆・修正した大改訂だった。つまり、『顧客満足』のために今回のように一章を設け、第19章を" Building Customer Satisfaction Through Quality, Value and Service" としたことだ。世界中の大学で一番使われているマーケティングのテキストで

このテーマが取り上げられたことの意味は1980年代初めから多くの経営コンサルタントや学者たちが論議してきた Customer Satisfactionのテーマの研究が、アカデミックな世界で広く認知されたことを意味する。この問題を70年代から4半世紀に亙って研究してきた筆者としてはとくにこの点にこだわらざるを得ないのだ。コトラーは1980年に初版を出して以来、3年ごとに改訂版を出してきたのだが、第6版を出して2年しか経っていないのに今年(1996年)第7版を刊行した。

  コトラーは第7版で「いくつかの新しいマーケティングのテーマを強調した」として、とくに新しく第18章に設けたのが" Building Customer Relationship

 Through Value, Satisfaction and Quality" (1) の章である。そして次の点を強調している。

Delivering superior customer value, satisfaction, and quality --market-

  oriented strategy and "taking care of the customer." 

Relationship marketing ---keeping customers and capturing customer

  lifetime value by building value-laden customer relationships. 

Total marketing quality---the importance of customer-driven, total 

  quality as means of delivering total customer satisfaction.

Value-delivery system -- cross-functional teamwork within companies

  and cross-company, supply-chain partnerships to create effective   

  customer value-delivery systems.             

  第6版では『顧客満足』を正面に打ち出してきたコトラーであったが、第7版では『信頼関係』に注目している。

  コトラーは Relationship marketingを次のように定義している。

    顧客およびその他利害関係にある第3者との間に、強力かつ価値を担った(感情を含んだ)信頼関係を創り出し、維持し、高めるプロセス(2)

  The process of creating, maintaining, and enhancing strong, value-

laden relationships with customers and other stakeholders.(3)

 

  2.なぜいま、信頼関係マーケティングなのか。

  この定義で注意したいのは「顧客およびその他利害関係のある第三者との間」である。この中には企業が関係するあらゆる人間が包含される。まず「顧客」である。これには商品・サービスの対価を支払ってくれる従来の概念の顧客に加えて、内部顧客(社内顧客)といわれる従業員(パートタイマーやアルバイトらも)が含まれているのだ。「利害のある第三者」とは会社が関係するすべての人間集団、つまり、原材料供給業者、下請け業者、流通、物流、金融、投資家、株主、広告、販売促進、地域住民、きわめて広いものである。  今日の高度大衆消費社会で人間関係マーケティングを展開するためには、コンピュータを駆使したテクノロジーをフルに活用することによってはじめて可能になる。このことから従来の企業中心の発想、つまり、顧客を管理するという思想でシステムが設計され、運用される危険性がきわめて高いことである。これをいかに排除するか。人間中心の顧客中心の発想に基づく人間的なオペレーションが行われなければならない。リレーションシップ・マーケティングはリレーションシップであって、リレーションであってはならない。リレーションとは一般的な意味での関係、国家間の関係などを意味することばだが、リレーションシップは親族間の関係や人間の感情を伴った関係なのだ。   

  何もいまさら信頼関係のマーケティングなどと人の関係を強調する必然性があるのだろうか。人間同士の信頼関係を基礎にマーケティング(今日的な意味での近代マーケティングではない)を展開してきたのはわが国の場合すでに400年の歴史をもっている。三井財閥の祖、日本橋・越後屋(現・三越)の創業者三井高利の母、伊勢・松坂で質屋を経営していた殊法(しゅほう)の『売りて悦び、買いて悦ぶようにすべし』という経営理念に始まって、江戸の前垂れ商法、大阪商人の「損して得とれ」近江の商家に伝わる家憲や家訓、その極めつきは富山の売薬行商人の顧客との何代にも及ぶ人間関係のマーケティングの歴史である。 

  売り手と買い手の人としての触れ合い、これが日本の商売の原点だったのだ。事実、客が店に付いていた関係はスーパーマーケットが日本の流通の主流になる。以前においてはごくあたり前の状況であった。

 

第2節  消費者主導時代の到来−−市場環境はすでに変わった 

  1960年代の大量生産・大量消費の時代、つまり日本の社会が高度大衆消費社会へ離陸した頃から企業と顧客の人間関係が崩れてきたといえよう。わずか近々30年間のできごとである。潤沢な資金と人材の下に新製品を開発し、時には強引とも思われる手法さえ使って流通チャネルを抑えマーケットの主導権を掌握し、高度の成長を遂げてきたのが今日の大手消費財メーカーである。少数の大手企業がマーケットのほとんどのシェアを獲得し、自由主義経済といいながら競争の原理がうまく働かず、市場の硬直化を招き、世界中でもっとも高い物価を消費者は押し付けられてきたのである。

  いままでの広告すれば売れたマス・マーケティングの時代の終焉が言われて久しい。なぜ売れなくなってきたのか。その最大の原因は市場の成熟化である。需要が普及でなく選択によって生まれるという市場になったからだからである。たしかに高度成長時代の需要は普及率で把握できた。テレビの所帯別普及率が30%か40%であった時代は新製品を開発し大量の広告を投入すれば面白いように売れた。オトしかなかった時代に絵が、白黒の画面だったものがカラーになれば人々はそれを手にした時の喜びと感動があったからこそ爆発的に売れたのだ。いま消費者を感動させワクワクさせる商品がなくなってきた。さらに豊かな便利な

ものを容易に手にすることのできる消費者の欲求水準はとめどなく高度化する。マズローの自己実現欲求のレベルである。いまやマーケットは飽和の極に達している。顧客が胸をときめかすような新しい製品は市場に出てこない。せいぜいこれまでの製品を改善、時には改悪した商品しか市場に出てこない。ここ15年位前から消費者は品種で買うのではなく品番で製品を買うようになった。この時すでに企業側が顧客から選択されることが始まったのである。余程の感動を顧客に与えない限り「もう買いたいものがないほど満ちたりた日本の消費者」を動かすことができないのだ。

  いまや企業を選択する自由は明確に顧客の手に移った。企業が消費者に選ばれる時代の到来である。                                   

  さらに、技術の革新は製品の高度化、複雑化を促進し多様化をもたらした。  しかし、高度の技術のもとで次々と新しい製品が市場に出てくると消費者はそれを使いこなすことができない。モノだけでは使えない。そこに情報、すなわち

サービスが必要になった。

 

  第3節  マス・マーケティングの破綻と顧客維持 

  これまではマスの一員として取り扱われてもなんの不服を示さなかった顧客は自己主張をし始めた。一人の人格を持った「個」として取り扱うように企業に要求し始めたのである。これまでは不満でも我慢して購入していた消費者はいまや

自分自身が欲しいものを市場に向かって公然と要求し始めたのである。気にいらなければいくら安くても買わない、気にいればかなり高くても買うとその購買行動が大きく変化してきたのである。

 

  顧客が市場において重点を置く価値基準(4) は次の5つに分けられる。

 

    価格重視

    利便性重視

    クオリティ重視

    インティマシィ(親密性)重視

    人間尊重(環境)重視                            1996  佐藤知恭 

 

  もちろんこの5つのポイントはそれぞれが一定のレベルに達していなけれれば市場に参入できない。当然のことながらこの中のどれに最力点を置くかは、業種・業態・企業理念によっても異なるが、市場のセグメンテーション戦略としてこの5つの要素のどれを最優先にしている顧客を自社の顧客として取り込むかなど今後きわめて重要な市場要因となることが予想される。

  マスマーケティングが行きづまればどうしたらいいのか。それは筆者が昭和40年代末から提唱している「養殖のマーケティング」しか方法はない。一度捉えた顧客を満足させそれを育み育てていく。最近いわれるカスタマー・リテンションの問題なのである。新規の顧客を獲得する費用の5分の1の費用で一度取り引きしたお客をつなぎ止めることができるのだ。

  いままでのマーケティングは顧客のニーズを探り満たすことを目的としながらもその発想は企業が発信基地であった。顧客満足とは企業が顧客を満足させることと考えて誰も疑いを持たない。顧客満足とは顧客が企業(その提供するすべてのもの)に満足することであり、その視点は顧客に置かれなければならない。顧客を企業が満足させることができると考えるのは企業の傲慢さあり、企業ができることは顧客がその満足を最大限するサービスの提供しかないのである。それを実現するためには個々の顧客との間に強力かつ価値に充ちた人間関係を創り出すこと、さらにそれを維持し高めることが以外に戦略は残されていない。

 

  第4節  ゼロ・ディフェクション(店離れゼロ)を目指しているか

  一度取り引きをした顧客を金輪際離さない。ゼロ・ディフェクションという言葉をご存知だろうか。品質管理でいうゼロ・ディフェクト(欠陥ゼロ)の間違いではない。客から言えば「店離れ」、企業からいえば「客離れ」のことである。

もし仮に新規の顧客が一人も増えないとしたら1年に今いる顧客の20%がいなくなるという調査結果がアメリカにある。ということは単純計算すれば5年で一人もお客はいなくなることになる。店離れのする客の8割はあなたの店に何らかの不満を持ったから2度と取り引きをしなくなったのだ。 

  取引きとは商品・サービスの売り買いでなく、売り手と買い手のそれぞれが所有する価値の交換であり、それは両者の協働作業がなければ成り立たない。商品いうモノを売ってやって金をもらうのではない。売り手は企業のイメージ・思想・サービス・ホスピタリティなどを包含した価値をモノに象徴させて買い手に提供し買い手はそれらのもたらす利便性に価値を求めてそれに見合うに値する価値(お金)を売り手に渡して価値の交換をするのである。           

 

  第5節  取引は人間同士の信頼関係が基本

  交換という作業は複雑な人間の感情に左右される。だから人間関係が重要になるのだ。信頼関係マーケティングの第一歩は顧客の不安の除去から始まる。これまでのマーケティングの教科書は顧客の不満には触れているが顧客の不安に触れているものは見たことがない。とくに最近のように製品が高度化・複雑化し、さらにサービスのように返品が不可能なケースが多くなると顧客は購入を決断する前に十分な情報がないだけに不安に満ちている。この消費者の不安を取り除かなければモノは売れないのは当たり前だ。人間関係マーケティングの基本は売り手と買い手の間の信頼関係が基本だ。これを売り込もう姿勢が見え見えでは信頼関係は成立しない。あくまで顧客の立場にたってその求める価値を見いだす手伝いをする。自分の店のものを売らずにライバルの店の商品を売る。本当にその客の求めているものが自分の店になければ競争相手の店を紹介してあげる。顧客サービスの数々の神話を作っている米国のノードストローム(5) ばかりでなく、最近ではわが国でも実行している店の話をちらほら聞く。

  売り手の顧客に対する人間関係には次の5段階のレベル(6) が存在する。

 

    基本的関係      商品を販売して後のフォローは全然しない       

    活性的関係      販売時に何か疑問や問題が起こったら電話をくれるように

                    客に声をかける。

    責任的関係      販売後しばらくして電話をかけ商品が気にいったかどうか

                    チェックする。商品の改善点や不満な点を聞き出しそれを

                    製品・販売の改善に役立たせる。

    積極的関係      折に触れ電話をかけて商品の改良や役立つ新製品について

                    の提言を求める。

    協力協働関係    よりすぐれた価値を提供するやり方を顧客と一緒に発見す

                    る活動を継続的に行う。

 

  トム・ピーターズは優良企業への条件は顧客への接近だと『エクセレント・カンパニー』で説いた。もはや接近ではなく顧客とコラブレーション(協働関係)なくしては条件に欠ける時代である。コンピューター技術による革新はこれまで統計数字上のマスとしか捕えられなかった顧客を一人一人顔が見える生きた人間として扱うことを可能にした。工業社会以前の売り手と買い手のあの暖かい人間関係の回復が可能になったのである。マス・カスタマイゼーションの時代である。しかも個々の顧客の求めるテーラーメイドの商品がマス・プロダクションで生産した商品と差程の価格差がなく提供できるのも第2次産業革命の立役者コンピューターのお陰なのである。

  顧客の求めるものは商品でも、またサービスでもない。「欲求あるいはニーズを満足させる目的で、関心の喚起、獲得、使用、あるいは消費のために企業(組織)が市場に提供できるすべてのもの」(7) とコトラーはProduct を定義づけている。しかし顧客はそれ以上に「企業が対価の対象として提供する製品・サービスを取り囲むあらゆる要素、企業イメージから経営者や社員の言動、人がその企業および製品について語る噂やクチコミ、取引にかかわる環境、広告、販売、アフターサービス、苦情処理、接客態度、電話応対、人事採用などで抱く印象によって生まれる企業文化に対する信頼感と期待感」を求めているのだ。

  顧客満足の問題が取り上げられてもその視点はすべて企業発の発想、「企業が顧客を満足させる」ことだと信じている。大変傲慢な思想だ。

  しかしここ数年、本当に消費者を「わくわく」させ感動させる商品が市場に出てきているだろうか。すべてこれまでの商品の改善・改良、時にはむしろ新製品のほうが使い勝手が悪くなり改悪された例もある。企業の組織が巨大になり、硬直化しているから激しい市場での競争に遭遇すると失敗を恐れる保守的な気持ちが強くなり、これまでに売れていた製品を手直しして市場に送り出そうとする。

中身のちがいが消費者にわからないまま次から次へと新しいブランドを発売する。ビール業界などその顕著な例だ。流通経路の支配によってマーケットを確保してきた企業は、これまでのプッシュ戦略を強化し、セールスの尻を叩きとにかく売上げさえ上がればという従来の発想ではますます客離れをもたらすだけだという認識が欠けている。「変わらなければならないのはわかるが、とにかく今月の売上げが」という発想である。

「超優良企業の共通点は顧客への接近である」とトム・ピーターズとウォーターマンがその著『エクセレント・カンパニー』で指摘して以来、「顧客」 がキーワードになってきた。『リエンジニアリング』『ザ・マーケティング』『バーチャル・コーポレーシヨン』『トム・ピーターズの経営破壊』さらに『消費者最優先企業の時代』など評判になった経営書が共通して取り上げている問題は、すべて社内の顧客である従業員を含めた「顧客」 なのである。(最近アメリカで従業員をEmployeeと呼ばずAssociate 〜共同事業主〜と呼ぶ企業が増えてきたという)  これらの文献が翻訳されても従来の生産第一主義のパラダイムから抜け出せない日本の企業人が従来の「顧客」の認識のもとで読んでいる限り、これらの本の神髄は理解できない。顧客のサイドに立った顧客の理解、顧客をマーケティングの発信基地にした観点、さらにそれを基礎にして顧客が満足する価値をともに創造していこうという「協創」の視点が欠けていた。つまり、顧客満足とは顧客を満足させることではなく、顧客が満足することだという発想の転換が迫られているのである。単なる動詞のちがいではない。「を」なのか「が」なのか、これは問題の根幹にかかわる問題なのだ。 

 

  第6節  すべての企業はサービスを提供している

「すべての企業がサービスを提供している。その中でカタチのある製品の占める割合がちがうだけだ」とはハーバード・ビジネス・スクールのセオドール・レヴィット教授の言葉だが、サービス経済社会においてはまさにそれが実感として感じられるようになった。商品の高度化・複雑化によって、目に見えない情報というサービスがないかぎりモノは使えなくなった。

  モノを生産する場合は経営者を頂点に現場の労働者をピラミッドの底辺に据えて規律と命令で生産性を効率的に上げることができた。人に役立つ行為を提供するサービスの相手は、感情を持った、それも百人百様の人間を相手にする。その人間が対価を直接払ってくれるのだ。しかもサービスは生産と消費が一体化している。提供者と享受者の共働作業がなければ提供も享受もできない宿命がある。顧客である享受者が満足するためには企業の都合を正面に打ち出しては不可能である。そこには顧客とサービス提供者の接触の瞬間、あたかも闘牛のとどめの一瞬のような「決定的瞬間(Moment of Truth) 」が存在する。

  コトラーはサービスを次のように定義している。

    本来感知できない、ものの所有権の成果でないものを一方の側から相手方に

    提供することのできる活動ないしは利便(ベネフィット)のこと(7)

  しかし、サービスの提供・享受は感情を持った人間相互間の協同作業による価値の創造(協創)でなければならない。その意味で企業にとって最も重要なファクターは人間であるサービス提供者(従業員)の満足度とそれによって生まれるやる気の問題なのだ。巨人軍の長島茂雄は「現場の仕事は夢と感動を与えることである」と言っているが、サービスの現場の仕事は、顧客と「喜びと感動を分かち合うこと」なのだ。サービスという言葉は語源的には、エトルリア語から発生しそれがラテン語のservus(奴隷の、地役権のある)という形容詞になったものと言われている。これから考えると提供者と享受者の関係が対等ではなく、提供者が享受者に「奉仕する」とか「仕える」という意味で従属的で一方通行的なニュアンスが存在するのは否定できない。

  顧客の望む無形のものを人に提供する活動に従事する提供者の、享受者との関わり方には2つのあり方がある。その1つはこれまでのサービスの概念でとらえられていた考え方で、提供者が享受者に「奉仕する」とか「仕える」という意味で従属的で一方通行的な関係である。「主人に仕える」という言葉で代表される、顧客をあくまで主とし、提供者は対価をもらうゆえに従の立場においての関係である。「お客様は神様」という考え方である。

  もう1つの考え方は、提供者が享受者に仕えるのでなく、対等の立場で価値を協力して創造していく相互的人間関係というものである。最近、この関係を「共働」「協働」あるいは「共創」という言葉で表現しているが、著者はあえて「協創」という字を使うことにしている。「ホスピタリティ」の概念である。

 

  第7節  ホスピタリティ・マーケティングの提唱

  3月24日は「ホスピタリティの日」である。日本ホスピタリティ協会が94年に決めた。最近、しきりと「ホスピタリティ」というコトバを聞く。「おもてなし」だという。「サービス」と「ホスピタリティ」とはどうちがうのか。

  七尾短期大学の服部勝人助教授 (日本ホスピタリティ協会事務局長)は両者の概念比較を次のようにしている。(8)

      サービスとは客が主人で提供者が従者という一時的主従関係が成立する。    つまり客の意志が優先され、提供者は一時的従者としての役割を演じるので    ある。そこには顧客充足(顧客満足)のみが優先される。その背景には提供    者からの客への一方的理解、客から提供者への一方的信頼、提供者の滅私奉    公、客の提供者への一方的依存、顧客、ばかりが優位に働く片利共生という    考え方がある。これに対しホスピタリティの主要な語源は「客人の保護者」    という意味の単語から派生している。「ホスピタリティ」では、もてなされ    る側の客人がもてなす側の主人と対等となるにふさわしい相互関係を結ぶこ とになる。この相互関係は互いに足りないところを補って完全なものにする    相互補完関係、互いに呼応しながらやり取りをする相互応酬関係、互いに均等の利益を交換し合う互恵関係、互いの間に発生する返礼の相互行為である相互酬関係、互いに助け合う互助関係、互いの意見に同意する共鳴、互いの主張や考え方に同調する共感、互いに一つの意図をもって働きかけ、望ましい

    姿に変化させ価値を実現する共育、互いの共同の所有を意味する共有、異質的な人間同士が無意識的に競争し協同する関係の中で共に生活する共生、共に存在し繁栄する共存共栄ともいえるものである。

 

  サーヒスを享受し対価を払ってくれる外部顧客の満足とそれにサービスを提供する内部顧客(社内顧客=従業員)が共にサービスの交換の場で満足し得るためには、少なくとも提供者の側に「ほかの人にサービスを自発的に提供し、自分の仕事に誇りを持つように導く人間や生活、労働に関する価値観や信念に基づいた態度」が要求されるのである。これはまさにホスピタリティの世界である。ホスピタリティとはすでに述べたように「喜ぶものと共に喜び、泣くものと共に泣く( 新約聖書ロマ書1214)」、言い換えれば「顧客の満足を自分の満足に、顧客の喜びを自分の喜びにすること」である。   

  サービスは客の役に立つことを一方的に提供し、ホスピタリティは客と感動を分かち合うことなのである。トム・ピターズ(Tom Peters)はその著『The Tom Peters Seminar』の中で、熱っぽく顧客の歓喜(Customer Delight)の問題を強調している。すなわち「魅力的なクオリティ(顧客満足)」を提供して顧客を「わくわくさせる」ことと「燃え上がらせること」の重要性を説いている(9)

  さらに顧客との「感情的つながり」「すばらしい体験の提供」を力説している。

顧客との関係も単なる関係でなく恋愛関係に近い関係、片方がもう一方に興味を持ち続けている限り関係は続くのだ。ロン・ゼンケ(Ron Zemke)が指摘するように「ちょっとした心配り」と「さりげないちょっとした心配り」の差に注目しなければならない。つまり何気ない心づかいがお客を感動させるのである。

  現在、多くの企業でCS活動と称して態度的サービスの強化のために形式的なマニュアルを守らせそれを達成しようとする試みが行なわれている。それでは顧客の満足を達成することは不可能なのである。なぜならばサービス提供者の感激や喜びを感じさせることがないからだ。ホスピタリティは顧客とサービス提供者双方の感動と喜びのなかに創造されるからだ。これまでの企業は組織の構造を重視する社会であって、経営は「人々が想定されたとおりの仕事をしているかどうかを監視するプロセス」(10)としてとらえられてきた。いまその生産至上主義のパラダイムが世界的規模で批判され、人間重視の傾向は企業経営ばかりか社会のすべての分野で要請されている。顧客の選択がますますきびしくなり、市場への異業種の参入が内外から高まり、円高、価格破壊が進み、企業は競争を生きのびるべくまさに死闘を繰り広げている。なぜ数ある企業の中からあなたの会社が、あなたの店が顧客に選ばれているのか、なぜ選ばれないのか真剣に考えたことがあるだろうか。「消費者との接点を失った企業は売上げを伸ばすことに汲々とし、一人空回りをしている。そして、売上げを伸ばそうとすればするほど、消費者との距離が広まってしまう結果に陥っている」という泥沼にはまり込んでいないだろうか。 

  顧客接点での顧客に感動を与える「さりげないちょっとした心配り」、企業活動のすべての面でこれを提供できる企業文化の確立こそが、企業間競争を勝ち抜く唯一の鍵である。それを達成し得る人間関係マーケティングの要諦はホスピタリティ・マーケティング。つまり、さりげない心配りで顧客をわくわくさせる、顧客に喜びと感動をあたえるマーケティング戦略のみがその成功を保証するのである。■ 

 

 

1           Philip Kotler/Gary Armstrong (1996)Principles of Marketing

              7th Edition, Englewood Cliffs ( N. J.):Prentice Hall,

              Preface xiv

2           佐藤知恭(1995) 「顧客満足を超えるマーケティング」

              日本経済新聞社 231

3           Philip Kotler/Gary Armstrong (1996)Principles of Marketing

              7th Edition, Englewood Cliffs ( N. J.):Prentice Hall,

4           Michael Trecy /Fred Wiersema(1995) Displine of Market Leader

              原著者らの提唱する3つの価値基準 value displinesにヒントを得てそれを拡大して考えた。                             

                Operational Excellence    価格と利便性

                Product Leadership        クオリティ

                Customer Intimacy         親密性と人間尊重

                                      同書: Introduction xiv 参照

5          

Nordstrom :シアトルに本店を置く伝説的な顧客サービスで有名 なファッション・スペシャリティ・ショップ。               1901年にシアトルで靴屋として創業、当初ワシントン州、オレゴン州を中心に店舗展開をしていたが1978年に本格的なファッション・スペシャリティ・ショップとして1978年に南カルフォルニアに進 出、80年代半ば過ぎから東海岸のニューヨ−ク、ワシントン、シカゴの郊外に店舗を展開、現在全米15州に81の店舗と3万4千人の従業員を要する。1995年の総売り上げ高41億ドル(4100億円)純利益(税引き後)1億6千510万ドル(165億円)の超優良企業。トム・ピータースが『経営革命』の中 でその卓越したサービスを絶賛し、コトラーは著者の出版記念会(199512) に寄せてくれた祝辞のなかで「顧客サービスを徹底することが企業の利益をもたらすということを実証した企業」と賛辞を呈している

 

6           佐藤知恭(1995) 「顧客満足を超えるマーケティング」

              日本経済新聞社 177

7           Philip Kotler /Gary Armstrong (1996)Principles of Marketing

              7th Edition, Englewood Cliffs ( N. J.):Prentice Hall,

              Glossary

8           服部勝人(1994)『新概念としての

                      スピタリティ・マーケティング』学術選書  8991

9           Tom Peters(1994)The Tom Peters Seminar

              『トム・ピーターズの経営破壊』(TBSブリタニカ)

              353

10          佐藤知恭(1995) 「顧客満足を超えるマーケティング」

              255

 

  参考図書

 

  佐藤知恭(1995) 顧客満足を超えるマーケティング」日本経済新聞社

  佐藤知恭(1994) 顧客満足ってなあに?」日本経済新聞社

  佐藤知恭(1992) 続・顧客満足ってなあに?」日本経済新聞社

  マッキンゼ-・マ-ケティング・グループ(199 「消費者最優先企業の時代」 プレジデント社

  大原進訳 (1995)  No.1 企業の法則」      日本経済新聞社

  平野勇夫訳 (1994)  「トム・ピーターズの経営破壊」 TBSブリタニカ