論 文

     実践段階に入った顧客ロイヤルティ・マネジメント 

     白鴎大学経営学部 教授 佐 藤 知 恭

             Customer Loyalty Management in Practice

この論文は1999年4月、株)ブレーンダイナミックス社主催のCS研修チーム(1999年4月18日〜27日)のコーディネーターとして参加した経験を中心にまとめたものである。

 

序  章

 

アメリカの進んだ企業においてはすでに1990年代の始めから、顧客主導経営を実際に取り入れて成果をあげている例がいくつも報告されている。例えば1991年と1998年の2回にわたってにマルコム・ボールドリッジ国家品質賞(Malcom Boldridge National Quality Award)を受賞したソレクトロン(Solectron)社やリッツ・カールトン・ホテル(Ritz-Carlton)、ノードストローム(Nordstrom)、サウス・ウエスト航空(Southwest Airline)などにその例が見られる。しかし、いまやそれが一般化し、経営に定着している状況を今回の視察で実感し大きな衝撃を受けた。

その衝撃の第一は何故日本の企業がしきりといわゆる「CS活動」に取り組んでいても一向にその>成果が上がらない理由を見つけたことである。それはわが国の企業の顧客満足拡大活動に欠けているのはその社独自のミッションステートメントが用意されていないという重大な事実をこれまで筆者を含めて見逃していたことである。

第二に、わが国の企業のCS活動に見られる目的意識の曖昧さを原因とするCS活動への誤解に基づく不徹底さである。

第三に、理論的には1990年にハーバード・ビジネス・スクールのグループによって提唱され始めた顧客ロイヤルティの理論が実際のビジネスの分野にすでに実際に取り入れられ生かされている事実、しかもそれを数量的に捉えながら日常業務に活かされている点、

第四に企業の実践活動のなかで、社内顧客(従業員)の満足が社外顧客(一般に言われる顧客)に優先されているという事実の確認、

第五にこのような企業における従業員のモチベーションはきわめて高く、オーバーな表現をすればカルト的といえるような企業に対するロイヤルティを、信仰を抱いていると言えることである。

ノードストローム(Nordstrom)のトップセールス、サウスウエスト(Southwest)航空のキャビンアテンダント、さらにサービス・パーフォーマンス(Service Performance)社の従業員に直接接し、カリフォルニア太平洋医療センター(California Pacific Medical Center)、リッツ・カールトン・ホテル(Ritz Carlton Hotel)など至るところで実感した。

 これらをまとめてみると次ぎのような項目に分類できる。

明快かつ具体的なミッション・ステートメントの徹底化

CS活動を阻害する要因の発見

顧客ロイヤルティ理論の実践 

社内顧客の満足最優先の企業理念

オープン・ポリィと社内コミュニケーションの活性

新しいタイプのリーダーシップと従業員への権限付与

 

 

1章  明快かつ具体的なミッション・ステートメントの徹底化

 

いずれの企業にとって欠くことの出来ないのはミッション・ステートメント(Mission Statement)である。企業によってはビジョン・ステートメントを持っているところもある。このミッション・ステートメントとビジョン・ステートメントの関係について2つの議論が分かれる。まずビジョン・ステートメントがあってそれを具体化したものがミッション・ステートメントとする考え方と第一にミッション・ステートメントがあってそれに沿った長期的な考えを示したものがビジョン・ステートメントとする考え方である。

今回訪問したすべての企業には明確なミッション・ステートメントが具体的なコトバで書かれ、それが会社案内のブロシュアや廊下の壁(イングラムマイクロ社、パシフック太平洋医療センター)、あるいは常時従業員が携帯できる名刺大のカード(リッツ・カールトン・ホテル)の形であれ、従業員ばかりか顧客に対してもはっきり示されていた。(会員制ウエアハウス「COSTCO」{今年福岡県久山町に進出した}では出口に大きく掲示してあった) それを基本として当面の長期計画といった形で、ミッションを遂行するためにはこのようなビジョンが必要だと言う意味でビジョン・ステートメントにまとめられていた。あるいはイングラム・マイクロ社のようにまずビジョン・ステートメントが示されそのあとにミッション・ステートメントがあったが内容的に見るとこの会社でいうビジョン・ステートメントはむしろ他の企業で言うミッション・ステートメントに相当すると考えられる。

わが国の企業ではすべての従業員が理解でき、それに基づいて行動を起こせる具体的な明快なミッションステートメントを備えているところは一部の外資系企業(例:ジョンソン・アンド・ジョンソン・メディカル)を除いてきわめて少ない。しかもそれが社内の至るところで自由に目に触れることができる環境はほとんどない。

これから従業員への権限付与が求められる時代になると個々の従業員が自分の行動の規範となるべきよりどころを明確に徹底させておく必要に迫られる。その意味でも日本の企業にとってミッションステートメントの制定、文書化、周知徹底化が緊急の課題になってくる。

有名なノードストロームのミッション・ステートメントは1901年靴屋としてシアトルで創業した時の理念「可能な限り顧客に最高のサービス,選択,クオリティ,価値を提供すること」であり、その実践のためにルールとして「あらゆる状況の中であなたの優れた判断を示すこと」といったたった1か条の就業規則が可能になるのである。そこでこのミッションステートメントの問題を世界的に有名なマーケティングの権威、フィリップ・コトラー(Philip Kotler)の見解をその著"Principles of Marketing"から、さらにその具体的展開を"Keeping Customer for Life"の著者ジョアン・カニー(Joan A. Cannie)の見方を参考にしながら述べてみたいと思う。

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企業を含めてあらゆる組織はなにかを成就するために存在しているのだ。当初、組織は明確な目的やミッションを持っているが、組織の拡大、さらに新製品や新しいマーケットが加わり、また市場環境の変化に伴って時とともに目的やミッションが不明確になってくる。経営陣は組織が成り行き任せになっていると感じた時に、目的を探して新しくしなければならない。わが国の経営者のもっとも苦手とするところである。その時に問いたださなければならない問題は次ぎの4点である。言い換えればこの設問に対して明確な回答を出すことが会社の目的・使命を再確認する事になるのである。

われわれの仕事(ビジネス)はなにか。

顧客は誰か。

顧客の求めている価値は何か。

その価値に応えるわれわれの仕事(ビジネス)は何であるべきか。

成功している会社はこの問いかけに絶えず提起し、注意深く完全な答えを出している。

多くの企業はこれらの設問に答える形で正式のミッションステートメントを開発している。

ミッション・ステートメントとは:フィリップ・コトラー(Philip Kotler)によれば

A statement of the organization

‘s purpose-----what its wants to accomplish in the larger environment.   (Principles of Marketing: 8th Ed. 1998, p.35) 

「組織の目的についての声明、一般的に組織が成就したいと望んでいること」

と定義される。従ってミッションステートメントは誰にでも分かる明確さが求められそれは組織の中の人を導く「見えざる神の手」の役割を果たすのである。もし企業が本当に顧客主導サービスを提供しようと考えるならば、まず、組織は顧客を中心に据えた明快なミッション・ステートメントを作らなければならない。もちろんその前提には「満足した顧客との関係を維持することによってのみ企業は存続が許され、利益を結果として確保できる」という信念なり哲学が経営者になければならない。

なぜミッション・ステートメントがそんなに重要なのであろうか。ピーター・ドラッカーによれば、「中世16世紀のメジチ家(イタリア・フローレンスの資産家・芸術の保護者)から今日のIBMのトーマス・ワトソンまで古今の偉大な事業家はすべて自分の行動と意思決定を告げる明確なビジネスの明快な理論を持っていた」(Peter Drucker,  Management: Tasks- Responsibilities- Practices (New York: Harper & Row, 1973)

明快なミッションステートメントの条件は誰にでも理解しやすい、達成可能なビジネスの目標を基礎に置いていることである。企業が選ぶべき優先順位、戦略,計画、業務割当の基本になるものがこのミッションステートメントなのある。

有名なドミノ・ピザのミッション・ステートメントは:

高い質のピザを暖かい中に30分以内で、適切な価格で配達すること。

このステートメントは一般に言われるミッション・ステートメントの基準をすべて満たしているものではない。しかし、会社の行動をリードする上ではきわめて効果的なものである。

ドミノの店にはテーブルがない。店内でお客に食べさせるとスピード配達の目標を妨げる。 

物流がこのミッションを支えている。地域のセンターで事前に基本食材を用意し、それぞれの店に2日に1度配送する。 

メニューは簡単。ピザの大きさは2種類しかない。 

店舗は最大限のスピードで調理できるように設計され、ピザが電話で注文が入ると速やかに作れるようになっている。 

焼け過ぎを防ぐためタイマーと温度調節の出来る自動オーブンを設置している。 

可能な限り迅速に届けるために配達先のルートは事前に調べ上げている。 

ピザが壊れないように、また冷めないように容器に工夫がなされている。 

今日、殆どの宅配ピザ業者は上記の戦略を取っていて珍しくもないが、ドミノ・ピザが始めてこの方式を生み出した時は明らかにミッション・ステートメントによって判断したのである。

ドミノ・ピザの創業者,トム・マグナハン(Tom Magnahan) は「この会社でわれわれのやることはすべてこのミッションステートメントに従ってやるべきか、やらざるべきかによって決定する」と言っている。(Joan K. Cannie: Keeping Customers for Life, New York AMACOM,1994 pp.57-58)

一方、わが国の企業を見ると、江戸の昔から「家訓」に始まって今日でも「社訓」『社是』あるいは「経営理念」が社長室などに掲げられ、あるいは毎日朝礼などで唱和されているところも少なくない。しかしそのいずれもが抽象的で具体的に毎日の仕事の上で業務を判断する時の基本方針を示していない。

先般ある会社のスローガンを見た。「クオリティ・サービスでブレークスルー」というものであった。これを毎朝朝礼で唱和させている。これと先のドミノ・ピザのミッション・ステートメントを比較していただきたい。せめて「顧客が満足するためにその役に立つことを提供して現状を打破しよう」といえば少しは一般社員も理解できるかもしれない。

常に経営者をはじめ全社員が自分の判断のゴールデン・ルールとしてミッション・ステートメントをよりどころにして業務にあたっていれば、法律はもちろん企業倫理の面で問題を起こすことは防げ、また社内の意思の統一と行動の一貫性を確保でき、顧客の信頼感を高めることにつながるのである。

因みに"Principles of Marketing"の巻末の用語集には「mission statement」は収録されているが「vision statement」は記載されていないし、本文の中にも出てこない。またカニーもこのコトバは使っていない。

はじめにも触れたが、今日わが国の企業の顧客満足拡大活動(いわゆるCS活動)が「顧客満足という考え方は理解できたが(実際に本当に理解している経営者、管理者は少ないが)実際にどうやっていいか分からない」というのが実情である。また顧客満足の理念とその具体的展開を全従業員に浸透させることが出来ず「顧客が満足しない顧客満足」と顰蹙を買っている最大の理由はミッションステートメントという基本的な理念を共有する基盤が整備されないままただやみ雲に行動を起こそうとするから行き詰まっているのである。いいかえれば基本的な設計図の提示のないまま建築に取り掛かっていると例えてもいいであろう。現在わが国の企業の多くが展開しているCS活動の欠陥は明快かつ実行しうるミッションステートメントがないこと、あってもそれが実務に浸透させることの重要性のに認識が欠けていること、さらに結果としての利益の視点を欠いていることがあげられよう。

どこの会社でも、ミッションステートメントを中心にそれをさらにそれをブレークダウンして「ビジョン・ステートメント」(企業によってはイングラムマイクロのように視野という意味でミッションステートメントの上位に置いているところもある)「コミットメント(約束)」「ゴール(目標)」「バリュー(価値)」といった名称で具体化している。また「スローガン」を作ってアピールしている例ではイングラムマイクロ社の「Partner in Excellence」とかリッツ・カールトンの有名な「We are Ladies and Gentlemen serving Ladies and Gentlemen」などに見られる。また今回の訪問先のヒューレト・パカード社には有名な一連のステートメント「HP・WAY」がある。

以上のような視点から今回訪問した各社のミッション・ステートメントなどそれに付随したステートメントを紹介することにしたい。

 

Ingram

 Micro社 (イングラム・マイクロ社) 

Our Vision

    

We will always exceed expectations ….with every partner, every day 

「どのパートナー(株主、顧客,取引先,従業員)とも、いつでも相手の期待を上回ること」

Our Mission

To maximize shareowner value by being the best distributor of technology for the world.

 

Our Value

We commit to these values to guide our decisions and our behaviors.

Teamwork We promote and support a diverse, yet unified, team. We work together to meet our common goals.

Respect We honor the rights and beliefs of our fellow associates, our customers, our shareowners, our suppliers and our community.We treat others with the highest degree of dignity, equality and trust.

Accountability We accept our individual and team responsibilities, and we meet our commitments. We take responsibility for our performance in all of our decisions and actions.

Integrity We employ the highest ethical standards, demonstrating honesty and fairness in every action that we take.

Innovation We are creative in delivering value to our fellow associates, customers, shareowners, suppliers and community. We anticipate change and capitalize on the many opportunities that arise

 

Service Performance Company (サービス・パーフォーマンス社)

Our Vision

CORE VALUES AND BELIEFS    

We believe in hard work and the enjoyment it brings.

We are dedicated to improvement and its urgency.

We believe the pursuit of quality will improve us as individuals, as a company, and ultimately have an impact on society.

We believe it is our duty to respect the individual, our customers and suppliers.

We are a sensitive, polite company, and will always take a higher road.

 

STATEMENT OF PURPOSE

Provide a service that makes for a cleaner and better environment.

MISSION STATEMENT

To become a regional United States company that dominates our

competition in quality and customer service.

 

California Pacific Medical Center(カリフォルニア太平洋医療センター)

Our mission is to serve the community by providing high-quality, cost-effective health care services in a compassionate and respectful environment that is support and stimulated by education and research

. 

 

HEWLETT-PACKARD

(「日本的経営を忘れた日本企業へ」(校條浩・本荘修二著、ダイヤモンド社,

1995)18ページより引用) 

HP・WAY」

その1.組織としての信条(会社の価値観)

私たちは従業員一人一人を信頼し、個人を尊重します。

私たちは顧客の高い期待に応えるために努力します

私たちはあくまで誠実をモットーにビジネスを行います

私たちはチームワークを大切にします。

私たちは創造性と柔軟性を尊重します。

その2.経営の指針(会社の目的)

利益――企業としての成長を維持し、また他の目的を達成するための経営資源を確保するために、適正にして最大の利益を上げます。

顧客――顧客に対して最高のクオリティと最大の価値ある製品・サービスを提供することにより、「顧客の満足」を高めます。

事業――われわれの技術と顧客をベースにし、継続的な成長の機会が期待でき、そしてわれわれが本当に顧客に貢献でき、しかも利益となる分野で事業を行います。

成長――顧客の本当のニーズに応え、そして革新的な製品を提供しつづけるためにわれわれの利益と能力の範囲内で成長を図ります。

従業員――従業員にはその貢献により得られた成果を公平に分配し、会社および従業員双方の業績いかんによって雇用の安定を確保します。安全で快適な作業環境を整え、個人個人の多様性を尊重し、一人一人の功績を正しく評価し、仕事を通じて満足感と達成感の持てる職場を提供します。

マネジメント――明確に設定された目標を達成するために最大限の自由度を各個人に与えることによりイニシアティブと創造力を大いに発揮してもらいます。

社会――われわれが業を営んでいる国や地域にとって、経済的にも知的にも、そして社会的にも、よき資産となることによって社会に対する責任を果たします。

その3.日常の実践

MBWA

Management by Wandering Around)歩き回る経営 

MBO ( Management by Objective)

目標による経営 全従業員が経営に参加する方式 

 オープン・ドア・ポリシー

 オープン・コミュニケーション

 

Ritz-Carlton

Credo

  

ザ・リッツ・カールトン・ホテルはお客様への心のこっもったおもてなしと快適なご滞在を提供することをもっとも大切な使命とこころえています。

私たちは、お客様に心あたたまる、くつろいだそして洗練された雰囲気をお楽しみいただくために最高のパーソナル・サービスと施設を提供することをお約束します。

ザ・リッツ・カールトンでお客様がご体験されるもの、それは心楽しく豊かな感覚、満ち足りた幸福感そしてお客様が言葉にされない願望やニーズを先読みしておこたえするサービスの心です。

Three Steps of Service: サービスの3ステップ

あたたかい,心からのごあいさつを。お客様をお名前でお呼びするよう心がけます。

お客様のニーズを先読みしてそれにおこたえします。

感じのよいお見送りを。さようならのごあいさつは心をこめて。できるだけお客様のお名前をそえるよう心がけます。

Our Motto:

紳士淑女をおもてなしをする私たちも紳士淑女です。

このほか「ベーシック」と名付けられた20か条の基本的な心がまえが名刺大のカードに印刷されておりこれらを常に携行するように指導されている。

ミッション・ステートメント(大阪)

ザ・リッツ・カールトン大阪は、日本のホテル業界におけるクオリティとマーケットのリーダーです。

私たちは、お客様と従業員の満足をとおし、オーナーにすぐれた利益をもたらす責任があります。

ザ・リッツ・カールトン大阪は,最高級とは何かを知っているビジネス客,旅行客、旅行代理店、地元の人々が、宿泊先として、いつも一番に選ぶホテルです。

ザ・リッツ・カールトン大阪は、重要なビジネスや交流の場として、一番に選んでいただき、地域交流の中核となります。また婚礼エージェントが一番にお奨めするホテルになります。

感動的な宴会や婚礼は、独創性が満ちあふれ、きめ細やかな計画、行き届いたコミュニケーションによって成り立っています。私たちのユニークな料飲コンセプトからお届けする体験は、人々を魅了し、私たちのレストランやラウンジは、大阪でも最高のもてなしの場として,一番に選んでいただきます。

ザ・リッツ・カールトン大阪のスタッフは,コミュニティの一員として,前向きで,協力的で,尊敬される存在であり、環境への配慮を欠かしません。

各取引会社との関係は、相互の信頼とチームワークに基づくものです。

私たちは、ザ・リッツ・カールトン ゴールド・スタンダードにのっとり、いつもお客様の期待すべてを上回るおもてなしをし、お客様には価値の高い、忘れられない経験を必ずお届します。お客様になんらかの問題が生じれば、従業員は自己の判断に基づいて直ちに問題解決のために行動を起こす権限が与えられています。

私たちは、私たちと価値観を共有する人を従業員として選び、従業員一人一人のニーズが実現するよう、力を尽くします。それは,従業員の満足、努力,献身によってのみ、私たちは成功するからです。私たちのリーダーは、日々たゆむことなくすべての従業員を支援し、力づけて、絶えず生産性の向上を図り、お客様の満足度を高めていきます。この実現のためにも,トレーニング,教育、エンパワーメント、参画,評価,報酬,キャリアアップの機会などによって、心からの思いやり、信頼、尊敬,公正さ、チームワークを築き上げます。 

 

第2章 誤解だらけの顧客満足活動

 

わが国の企業で行動指針になるミッション・ステートメントが曖昧であると第一章で指摘したが、それ以前にわが国の企業ではなぜ

CS活動をするのか、その目的が不明確なことが挙げられる。第2章ではその問題について考えてみたい。 

筆者が指導する白鴎大学経営学部消費者対応論ゼミナールは毎年、神戸市で行われる「消費者問題神戸会議」の分科会で研究発表を行うことを恒例にしてきた。第

1期生から過去11回もこの消費者問題神戸会議に参加し発表を行った大学は他に例を見ない。今年度で消費者対応論ゼミナールはその輝かしき歴史を閉じるので3年の諸君が『CSバブル崩壊からの再出発』というテーマで最後の発表を10月21日に行った。そのための企業を対象に「CS活動の実態と意識に関する調査」を行った。論文原稿締切段階で集計中のため全容を紹介することの出来ないのは残念だが、すでにある程度の傾向が明らかになっているので触れてみたい。この調査は1990年前後、いわゆる第一次CSブームの時代、いち早く「顧客満足経営」を打ち出した企業46社を中心に早くからこの問題に取り組んできた企業94社を対象にこの10年近くの間でそれぞれの企業の顧客満足経営への取り組みがどのように変化したかについてアンケート調査を行ったものである。因みにこの46社は日本工業新聞に1991年から92年にかけて毎週金曜日に連載された文化放送時代からの旧友、柳沢健氏(98年5月急逝)執筆の「前進する顧客満足経営」と題する特集で取り上げられた企業である。

結論から言うとこの10年間、例外を除いて殆ど進歩していない。当時と比較して「活発化した」が7社、「やや活発化」が13社、「変わらない」が13社、「やや不活発」が3社、「評価できない(無回答)」が3社であった。予算・人員の面でも、「大きく増えた」は8社にとどまり,逆に「減った」が4社,「変わらない」が5社、この間の物価の上昇を考慮しても「若干増えた」が予算で16社、人員では21社(社員が減りパート・派遣で増えた例あり)、OA機器などの強化は時代的な必然によるものだった。

ところで、CS活動について多くある誤解をつとに指摘したのが調査会社R&Dの創業者で、顧客満足度調査のための合弁会社ををJ.D.パワー社と作るなどCS問題の提唱者であった牛窪一省氏(

1997年死去)であった。彼の遺稿「顧客満足と競争戦略――CVAの時代に向けて」(ブレーン編集部編『マーケティング戦争』誠文堂新光社、1995、p.75〜p.89)はその意味では先駆的な論文である。そこで今度のアンケート調査では各社の担当者がCS活動をどのように理解しているかをこの牛窪論文にヒントを得て聞いてみた。

 

Q9 つぎのコメントであなたの考え方に一番近いもの一つ選んでください。    

 1.CSは顧客接点におけるサービス改善の技法である。

 2.CSは製品やサービスの改善手段である。

 3.CSは絶対的なものである収益を度外視してもやるべきである

 4.CSは自社の顧客の評価によって会社のマネジメントをするためのものである

 5.CSは自社および競合社に対する顧客の評価による企業経営をするのに欠かせない

これに対して第5項目「CSは自社および競合社に対する顧客の評価によって企業経営をするのに欠かせない」を選んだ企業が13社、第4項目「CSは自社の顧客の評価によって会社のマネジメントをするためのものである」を選んだ社が18社、顧客接点でのサービスの改善の技法が2社、製品・サービスの改善の手段が4社であった。

この設問では項目が低いレベルから高いレベルに並んでいるので、少しモノを考える回答者なら第5項目にマークをすることが予想された。建前の部分である。それが建前である証左は、

Q3で「CS活動に取り組みはじめた動機」を聞くと28社までが「時代や顧客の変化に応じた経営活動として推進」を挙げた。「顧客の囲い込み、ロイヤルカスタマーの維持による利益の確保」というCS活動の究極の目的を上げている企業はわずか4社にしか過ぎなかった。そのほか「競合他社との差別化を図り、競争力を高めるため」4社、「明快な意図はないが、他社に遅れないようにするため」1社、「無回答」1社であった。

つまり、殆どが社会環境の変化に応じた受身の対応であり、

CS活動を積極的な攻めのトゥールとして認識している会社はわずか4社ときわめて少ない。 

これらの回答をみると担当者自身がなぜ企業が顧客満足活動を行っているのか、はっきりした目的を認識していない。「顧客満足の大切さはわかるが具体的に何をやったらいいかわからない」という

CS担当者の悲鳴を筆者は始終聞かされているが、今度の調査でもそれが実態であることが判明した。CS活動の目的は顧客の囲い込み、ロイヤルカスタマーの獲得・維持による利益の確保であり、自社および競合各社に対する顧客の評価によって会社をマネジメントするために行う企業行動なのである。この辺の認識が欠如している。ましてこれらの活動は企業に利益をもたらすと言う信念が見られない。もちろん「顧客接点でのサービス技法の改善」や「製品・サービスの改善」を無視するものではない。

筆者は常に従業員はいまや

CSアレルギーになっていると警告している。それはいまや経営者は口を開けば「CS」「顧客満足」を強要するからである。

アレルギーの原因は

CS 

活動の目的の不明確さ 

モノを作る伝統的経営 サービス提供を命令と管理で行う 

顧客主導時代の到来への認識の欠如  顧客か上司か 

自主性が尊重されない環境 

などがあげられる。

そもそも顧客満足は「企業が顧客を満足させること」と理解している人達が多く、筆者が「を」ではない「が」である。つまり、顧客満足とは「顧客が満足すること」と説くと、新鮮な感じで受け止められる。顧客満足とは顧客が自ら自身の基準で判断することなのである。因みに顧客満足は次ぎのように定義される。

提供された商品・サービス、さらに提供者の理念などについて顧客が自分自身の基準によって納得の得られるクオリティと価値を見出すこと。 

佐藤知恭 1992 c 

(参考:筆者の

HP:http://members.aol.com/satowt/の「CSの定義」をクリック)

CS

活動の目的が不明確なため全社的なコンセンサスが形成されていないし、なににもまして利益の視点がわが国企業のCS活動では視野にはいっていない。これらの点がアメリカの企業のCS活動に比べてはるかに遅れている印象を与えるものである。そしてこの不徹底さがわが国企業の顧客満足経営推進を阻んでいる最大の原因なのである。

第3章 顧客ロイヤルティ理論の実践 

 1990年、21世紀の企業経営の指導的理念の誕生を告げる一つの論文が「ハーバード・ビジネス・レビュー」に掲載された。“Zero Defection-Quality Comes to Services”( W. Earl Sasser. Jr. & Frederick F. Reichheld Harvard Business Review Sept.-Oct. 1990)である。ビジネスの聖書で言えば、新約聖書のマタイによる福音書に相当する。顧客ロイヤルティの分野で言えば、その10年前、1980年代、アメリカにおいて、顧客満足が企業経営の中心課題になる契機をつくったカール・アルブレヒトの『サービス・マネジメント革命』(野田一夫監訳、HBJ出版局、絶版)に匹敵する役割を果たした論文である。

それから10年、多くの論文が発表された。これらの論文のほとんどは「ハーバード・ビジネス・レビュー」誌に随時掲載されたものだが、その主要論文は「ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス」編集部の手で翻訳され「顧客サービスの競争優位戦略」(1998)のタイトルで出版されている。またアメリカでは1994年ごろからこの理論を実際のビジネスの現場にいかに適用するかの理論的かつ実務的な書籍、たとえば“Cannieの“Keeping Customer for Life”、 “ Turning Lost Customers into Gold ““Customer Loyalty (邦訳『顧客はなぜあなたの会社を見限るのか』実務教育出版、1999)““Beyond Customer Satisfaction to Customer Loyalty(邦訳『実践顧客ロイヤルティ戦略』ダイヤモンド社、1999)”などが相次いで出版された。また”Service Profit Chain(邦訳『カスタマー・ロイヤルティの経営』日本経済新聞社、1997)”、”Loyalty Effect (邦訳『顧客ロイヤルティのマネジメント』ダイヤモンド社、1998)”などがある。 ところで、この問題に関するわが国での関心は薄く、筆者の「『顧客満足』を超えるマーケティング」(1995、日本経済新聞社)が恐らくこの問題を取り上げた最初の著書であろう。翻訳でなく日本人の手による書下ろしでは1997年になって島田陽介著『これが本当のカスタマー経営です』(日本経済新聞社)松村清著『顧客ロイヤルティ』(商業界)と続く。学者の関心も嶋口充輝教授がサッサーの「Service Profit Chain」の顧客満足とロイヤリティの相関グラフを紹介したくらいでまだあまり研究の対象にもなっていないようだ。

そのキィワードは顧客ロイヤルティ、顧客維持、客離れゼロ、生涯価値をもたらす顧客の4つである。これを経営のバイブルの新約聖書と呼ぶ。(K.R.Bhote 1996)これに対して旧約聖書に含まれる概念は顧客満足、クオリティ、コスト削減、市場占有率、市場調査だという。ちょっと補足をしておくがキリスト教における新約聖書と旧約聖書の関係を十分理解しておかないとこの両者の関係が把握できない。つまりキリスト教とイスラム教は元をただせばユダヤ教に遡る。言い換えればこの3つの宗教の信じている神は同じなのである。ユダヤ教の経典はいま一般的にいわれている旧約聖書である。そしてキリスト教では旧約聖書に加えて、イエスの生涯の記録と使徒たちの言行、書簡などをまとめた新約聖書を唯一の経典としている。キリスト教におけるこの両者の関係は旧約聖書で預言されていたことがキリストによって成就されたというのであり、その記録を新約聖書に見るのである。一つの例を挙げてみよう。イエスの誕生は新約聖書の福音書,例えばルカ書第2章にベツレヘムでの誕生が記されているが、それは旧約聖書のミカ書に救い主がユダヤの地,ベツレヘムに誕生するという預言の成就であると考える。つまり新約聖書は常に旧約聖書に戻って関係付けられているのである。つまり経営のバイブルの新約聖書の顧客ロイヤルティ、顧客維持、客離れゼロ、生涯価値をもたらす顧客の4つのキィワードも旧約聖書の範疇に入る顧客満足、クオリティ、コスト削減、市場占有率、市場調査を決して否定するものではなくむしろこれらとの関係で位置付けなければならないことを意味するのだ。

 

顧客満足必ずしも再購入に結びつかない

1979年ジョン・グッドマン(John Goodman)はアメリカ合衆国消費者問題局(U.S. Office of Consumer Affairs(アメリカ連邦政府の機関で当初は消費者問題大統領特別補佐官を長として大統領府に所属、のち厚生保健省(Department of Health Welfare)の所管)の委託を受けて行った調査「アメリカにおける消費者苦情処理(Consumer Complaints Handling in America)」によって、「購入した商品・サービスに対して不満を持った消費者のうち、苦情を申し立て、問題が迅速に解決され満足した消費者の再購入決定率は、不満を持ちながら申立をしない消費者の再購入決定率に比べきわめて高い」という事実を見出した。これを筆者は「グッドマンの第一の法則」と名付けてすでに1981年にわが国に紹介している。すなわち100ドル以上の高額商品では申立をしない消費者の再購入率はわずか9%に留まっているが、問題が迅速に解決されて満足した消費者のそれはなんと9倍の82%に達すると言う事実である。この発見が1980年代のアメリカにおいて企業が顧客満足の重要性を認識し顧客志向を推進した大きな原動力になったことは広く知られたところである。

しかし、その後の研究が進むにつれて、顧客満足は再購入決定率に大きなインパクトを与えるが実際の購買行動とは必ずしもそのまま直結しないという事実が判明してきた。

ちょうど広告で大量の広告を投入して知名率・認知率は上がっても、実際の販売にそのまま直結しない場合が多く見られるのと共通している。消費者の購買行動にいたるプロセスは決して満足したからすぐ買うといった単純なものではなく、時間的経過、競合社からの新製品の発売、その他消費者の心理的、社会的、経済的変化によって再購入を妨げる多くの複雑な要素が絡むからである。

ライクヘルト(Reicheld)達の研究によると、企業間取引においての現象だが満足を表明した顧客の40%が躊躇なく仕入れ先を変更している事実があるし、同じく企業間取引きで客離れを起こした企業の65%〜85%が以前の取引先に不満を持ったからではなく満足した経験を有していることが判明した。また一般の消費者の行動でもクルマの購入者の85%〜95%が満足を表明しているが、実際の購入の購入に結びついたのは40%に留まった。一方、経営者の90%が顧客満足が利益と市場占有率を最大限にすると表明しているが、それらの企業で実際に、財務上の改善が目に見えたのは2%にしか過ぎなかった。つまり、調査の段階で満足した客の再購入決定の意思は高いが、実際に購入の現実になるとその比率はきわめて低くなることが判明したのである。

満足と言うのは顧客が購入前に抱いていた期待(Expectation)と実際に顧客が商品・サービスを購入・利用して感じた認識(Perception)との関係で捉えられる。満足というのはこの両者が一致した状態、つまり顧客の立場から言って「当たり前」の状態なのだ。なにかこれまで顧客満足というとなにか特別のことを企業が顧客に行うことのような認識や風潮が世間一般にあるが、顧客の立場から言えばなにも特別のことではない、自分が期待していたとおりの「ごく当たり前」のことを手にすることなのである。従って、顧客が満足したからそれがそのまま再購入につながると考えるのはそもそもおかしな話なのである。

        期待 << 認識    感動

        期待  < 認識    感激・喜び

        期待  = 認識    当たり前,満足

        期待  > 認識    不満

        期待 >> 認識    被害者意識

 

「満足」と「大変満足」の違いに注目

顧客満足度調査で「満足した」と「大変満足した」を「満足」という点から同一に扱うのが普通だが、これは大変な誤りを犯していることである。

ある顧客満足度調査では次のような結果になった。(Bhote”Beyond Customer Satisfaction to Customer Loyalty" 1996、p. viii)

  大変不満       5%

  不満          8%

  どちらとも言えない 12%

  満足          59%

  大変満足       16%

ところが再購入との相関をみると「満足した」と答えた約6割の人たちの実際の再購入は70%に留まった。しかし、「大変満足した」と答えた16%の人たちはそのほとんど、98%が商品を再購入しているのである。つまり、「お客」から「顧客」に進化しているのである。(「お客と顧客は違う」と言うのは筆者の展開している見解である。日経ビデオ「実践!顧客満足の経営」参照)

「満足する」状態は顧客にとっては当たり前のことであって、このレベルでは積極的な再購入を行うエネルギーを引き出すインパクトが乏しいことを証左している。

ということは、「大変満足した」状態、言いかえれば「感動」した状態に持ち込まなければ顧客の再購入には結びつかないと考えるべきであろう。

理論的には多くの研究で触れられていることだがサンホセのサービス・パーフォーマンス社(Service Performance Co.)ではこの事実を調査し、自社の数字として把握して実証していたのには驚いた。同社本社の会議室の壁に顧客満足度と顧客ロイヤルティの相関を示すグラフが貼ってあった。てっきり、これまでの文献で発表されたデータを掲示しているのかと思って聞いてみたら同社が独自に調査会社を使ってやった調査の数字であった。

       満足度              ロイヤルティ度

     大変不満         0%

       不  満         5%

       やや不満        13%

       満  足        48%        54%

       大変満足        34%        83%

 ロイヤルティに関する数字をみると、48%を占める「満足」と答えたグループのロイヤルティは、54%であったが,34%の「大変満足」と答えたグループは83%にまで達した。また「大変満足した」と回答した人に「すでに他に勧めたかどうか」を聞いたところ過半数の54%がすでに人に勧めており、勧めていない人の46%を上回っている。また、調査時点では「まだ勧めていないが今後勧める意思があるかどうか」をさらに聞いたところ、83%が「勧める意思がある」と答えており、「勧める意思のない」人の17%を大きく上回っている事実が明らかになったのである。因みにサービス・パーフォーマンス社は一般の消費者を対象にサービスを提供している企業ではなく、オフィスなどの清掃業務のサービスを提供している、B to Bのビジネスである点がこの章の始めに挙げたボウトのデータと若干違った傾向を示した理由と考えられる。

顧客満足は顧客にとってはそれが得られて当たり前のことである。一方企業にとっては、企業存続の必要条件だが、企業にとってはそ顧客が満足しただけではでは意味がない。それが再購入や再利用に結びつかなければ意味がないのである。

クオリティ・コントロールの権威であり,わが国ではデミング賞で知られるデミング(Deming)博士は「単なる満足客は競争相手が値段を下げてきたらどこへでも行ってしまう」と言っている。デミング博士と並んでのこの分野の権威、ジュラン博士の主宰するジュラン研究所が「フォーチュン500社」の大企業200社を対象に行った調査によると次ぎのような結果がでた。

調査対象社の90%のトップマネジメントは「顧客満足を最大限にすれば利益とマーケット・シェアも最大限に出来る」と納得している。しかし、顧客満足への活動努力の結果として経済的価値が付加されたと自信を持っている人は30%に満たない。

顧客満足のレベルが向上した結果、具体的に利益が改善されたことを測定することが可能な企業は全体の2%にも達していなかった。(Bhote”Beyond Customer Satisfaction to Customer Loyalty" 1996、p. ix /佐藤知恭:顧客満足だけでは満足できない 〜顧客ロイヤルティを獲得する意味と方法〜 1999.4.未発表)

 

顧客満足 スローガンからサイエンスへ

わが国では顧客満足度調査と言うコトバは存在し、多くの企業は顧客満足度を測定しているが、「顧客ロイヤルティ調査」にはほとんど踏み込んでいない。イングラム・マイクロ社では社内の測定基準であるCSI(顧客満足指標)と提供する価値がどのように顧客のニーズに合致するかを測定するCVA(顧客価値付加分析)の両者を巧みに組み合わせて、会社のビジョンである「どのパートナー(株主、顧客,取引先,従業員)とも、いつでも相手の期待を上回ること」を目指しているのである。ここでも明らかなように単なる顧客満足度調査では意味がなく、綿密に設計されたそれぞれの企業独自の「顧客満足指標(CSI)」を設定しそれを数字化して、それとCVA(Customer Value Add Analysis)の結果を付き合わせて見なければ顧客ロイヤルティを数字として把握できない。

顧客価値というのは「製品・サービスの相対的な価格に適合した市場(顧客)が認知した(知覚した)クオリティ」と定義される。言い換えればバリュー(価値)とは適切な価格で提供された(製品・サービスの)クオリティのことである。顧客価値の概念はコミュニケーションの視点から生まれたものでビジネス・プロセスと財務的の業務遂行に対する顧客の体験とリンクしてデザインされている。これはもっとも新しい顧客調査の傾向であって,これまでの伝統的な顧客満足調査は急速にこの方法に置きかえられることが予想される。

伝統的な顧客満足度調査は会社が顧客のニーズや期待を理解し、喜ばしい状態に顧客を保つことを目的にしているのに対して、顧客価値は顧客の選択を主導する市場での重要な要因に焦点を合わせることになる。そうすることによって、会社は十分に価値の命題を理解することができるのである。

ところで、ここで使われているCSI

(顧客満足指標)の意味に意味はこれまでJ.D.パワー(J.D.Power)社などが使ってきたCSIの概念・内容とは違うことに気が付かなければならない。従来の考え方では「顧客を対象に項目別に5段階方式などで満足度を数値化する」のだが、イングラム・マイクロ社でのCSIの意味は「社内の業務を顧客満足に関連するそれぞれの測定項目を設定しその目標値と達成値を数値化する」ことなのである。

なぜ同社がこの意味でのCSI(顧客満足指標)をとるのか。その理由として:

1.顧客の期待と要望を理解する

2.これらの期待・要望を満足させるためのよい方法を決定する

3.企業の目標にうまく合致するための優先順位、目標、基準を確立する

4.調査結果に基づいた製品・サービスの基準を開発する

5.時宜に叶ったやり方で傾向と行動を検証する

ことがあげられる。

社内の測定基準である「顧客満足指標(CSI)」に関してはイングラムマイクロ社(USA)は次ぎの4つの指標を採用している。注意しなければならないのはこの指標はすべての業界に共通のものでなくそれぞれの業態、それぞれの会社,あるいは部門によって独自に決めなければならない性格のものである。世界中の業務を展開している同社はこの指標はあくまでアメリカ国内の業務に限定して採用している。業種・業態によって、さらに地域により顧客の求める価値が違うからである。

   正確性  (Accuracy)

   対応性 (Responsiveness)

   履行性 (Fulfillment)

   適時性

  (Timeliness) 

これらの項目はそれぞれの業務に応じて測定の対象が変わってくる。たとえば「正確性」の場合、「流通部門」と「下部構造部門」では項目が違う。「流通部門」では「間違商品」「輸送貨物紛失」「積荷不足」「積荷過剰」「破損製品」などといった項目で押さえる。

それぞれの項目に基準値(許容値)が与えられている。「間違い商品」では基準値1.5%、つまり,1000件の受注に関して15件が基準値である。それを毎月、指数を出して、前年同月との比較をグラフにして社内に張り出す。「間違商品」の1998年の平均は1.3%であった。99年1月は0.96%、2月は0.92%、3月は0.82%というようにグラフ化されている。それぞれの項目によって基準値は異なる。例えば「貨物紛失」は10,000件に対して3個、つまり0.3%が基準値、(言い換えれば許容数値)であり、積荷不足は1万件につき7件(0.7%)と定められている。これらの4つの分野の指標を総合して「全体のサービスの失敗」がまとめられる。1999年の基準値は43に設定されている。去年(1998)は第一4半期が46.4、第二4半期が50.5、第三4半期が61.3、第四4半期が47.9となっている。今年に入っての成績は1月が38.2、2月が31.8、3月が33.7とかなり基準値を下回っている。

                    

このように顧客満足指標の対象になる項目はそれぞれの企業の業態に合わせて設定しなければならない。顧客があなたの会社のそれぞれの部門に期待している価値は何かを探り、その意味するところを把握することからどのような項目を測定基準に設定するかを決めなければならない。

顧客満足指標(CSI)の重要性は業務の評価を数値で把握できることである。満足という顧客の主観によって評価されるものを品質管理でいうPlan-Do-Check-ActionのC、(このCは単にチェックの意味のCではなく、同時にCustomerのC(田村均、1997)でもある)を導入することを可能にする。またこのインデックスは社内の従業員の業務遂行に基準を与え、また個々の従業員の業務査定にも客観性を与えてくれる。

この顧客満足指標はあくまで企業の立場で自己の業務が顧客の不満を引き起こし、客離れにつながることを防止するためのものであって、それを数字で示すことによって問題の所在を全従業員に明確にすることが目的である。この指標を採用することはこれまでも顧客主導サービスに積極的な企業、たとえばソレクトロン(Solectron)社などはすでに実践しているが、イングラムマイクロ社はさらに進めて、顧客の立場から評価する顧客価値付加分析(CVA)という調査を実施してこの顧客満足指標とを関連付ける手法を開発したのである。その流れをチャートにすると次ぎのようになる。

表―1  省略

 





 

 

顧客価値付加分析の目的は現場の従業員が遂行する業務が社内のいろいろなプロセスを通じて会社の財務成果とリンクしていることを明らかにすることである。研究によれば、顧客価値は市場占有率と競争力を示すもっとも優れた指標なのである。そしてそれは長期的な財務目標を達成する原動力になるのである。さらに重要なことは従業員一人一人が毎日顧客に提供している価値によって会社の財務成果に影響を与えているという事実なのである。

 

市場認知調査(

Market Perception Research) 

この調査はイングラムマイクロ社および競合社がそのマーケットで顧客に与えている満足あるいは価値を理解することに役立つために用いられた主要な方法である。

調査方法:

独立した調査会社を使って顧客価値データを収集する。調査はコンピューターの支援を受けた電話インタービューシステム(CATI)を用いた電話調査で行う。バイヤスを避けるために調査の最後の段階までイングラムマイクロ社がスポンサーであることは明らかにしない。アメリカ国内では年4回、それぞれの四半期の最初の二ヶ月の間に実施している。

サンプル・サイズ

――アメリカ国内では各4半期とも合計300人の顧客と50人の将来の顧客(見込み客)に対してインタービューが行われる。このサンプルの設定にあたってはイングラムマイクロ社の顧客、同様に競合社の顧客の全体をうまく代表する構成になっているかを確認する。

比較レーティング――

それぞれの小売業者は最近コンピューター関連製品を買付けた3つのディストリビューター(卸業者)を評価する。調査の対象に選ばれるこれらの3つの卸業者は調査のいくつかの設問に対する小売業者の回答によって決められる。それぞれの卸業者の小売業者による評価は10段階スケール、きわめて評価の高いものを10点、もっとも低いものを1点とするやり方である。

クオリティ・プロフィール――

これは顧客の視点から会社およびマーケットの健全性を分析するのに使うことの出来るビジネス・ツールである。これはちょうど財務諸表が会社の財政的健全性を分析するのに用いられるのと同様である。このプロフィールの中で使われているデータは市場認識調査によって得られたものである。表−2参照

 

     表― 2   省略/P>

 

これらのそれぞれの欄について若干の解説をしておこう。

属性と二次属性

この調査は会社の業務を代表する60項目の属性と、それをさらにブレークダウンした二次属性から成り立っている。これらはまず3つの大項目に分けられる。この大項目は残りの項目を包含している。その大項目とは:

全体的な価値(お金を支払う価値)

クオリティの高い製品・サービス

価格に関する満足

 

表―3を見ていただきたい。これは「価値のツリー」といわれる系統図であるが、調査における最初の3つの主要な属性、全体的な価値、そしてクオリティの高い商品・サービス、価格に関する満足が右に据えられている。そこから派生してそれぞれのクオリティ・ビジネス・プロセスの中にそれぞれの分野で業務成果を将来にわたって分析するために一連の副属性が準備されている。その他の項目についての解説は紙面の関係で割愛する。

 

   表― 3  価値のツリー図  省略

  

顧客価値分析測定の対象 

製品・サービスの全体的満足

製品・サービスのクオリティ販売、顧客サービス、技術支援、 

 

出荷・配送、クレジット・代金請求価格満足製品価格、配送費用返品保険、金融オプション 

 

 

顧客のロイヤルティに関するヒューレット・パッカード社の取り組みは本格的である。同社の最高経営責任者(CEO)のルウ・プラットは次ぎのように述べている。

 

    顧客ロイヤルティを築くことは素晴らしい製品を生産すること以上のことが求められ る。 

  それは販売以前の支援や製品のドキュメンテーションから販売後の支援、使いやすさ、取引の

  継続までもあらゆるものが含まれるからである。

ヒューレット・パッカード社におけるクオリティの評価を時系列的に見ると次ぎの表4のようになる。

      表― 4  クオリティ評価の時系列的変化  省略

 

顧客ロイヤルティが企業にとって大変重要な理由はつぎの点で多くの調査・研究の一致するところである。

ロイヤル・カスタマーは

多くのものを買い 

2)サービスのコストがかからず

3)高いマージンをもたらしてくれ、

4)取引期間が長く

5)価格に関して神経質でない

という特性を持っている点である。

顧客ロイヤルティをいかに測定するか。ここにCLI(Customer Loyalty Index)つまり、顧客ロイヤルティ指標という概念が発生する。これが顧客ロイヤルティ測定の基本となるものである。このCLIを求めるためには調査をを当然必要とするのであるが要件となる属性は次ぎの3つである。

すなわち、

   卓越した価値および満足を認知しているか(顧客満足調査で「大変満足した」カテゴリィ) 

    間違いなく再購入をするか(購入したか) 

間違いなく他人に推奨するか(推奨したか) 

ロイヤル・カスタマー(得意客あるいは贔屓客)と呼ばれる人はこの3つの属性すべてで最高のスコアが出るグループに属するのである。いいかえれば、この3つの属性がすべて最高点を獲得しなければロイヤル・カスタマーとは呼べないのである。(表―5)

 

      表―5  顧客ロイヤルティの測定基準 省略

 

第4章  顧客主導企業におけるモチベーション向上

 

序章にあげた5つの項目のうち次ぎの記載する残りの三項目はいずれも一つの項目でまとめられるので一つの章として「第5章 社内顧客のロイヤルティを」で取り扱うことにする。

  社内顧客の満足最優先の企業理念

  社内コミュニケーションの活性と従業員への権限付与

  新しいタイプのリーダーシップ

 

21世紀をリードする知識労働者の生産性

これまで筆者は従来の伝統的な工業経済社会ですばらしい生産性を上げてきた企業のシステムはサービス経済社会になってきた現在の企業運営に適用しても効果が上がらないことを折に触れて力説してきた。これは親交のあるサービス・マネジメントの権威カール・アルブレヒト(Karl Albreht)がその著” At America's Service(1988)"―邦題『逆さまのピラミッド(1992、日本能率協会)』での主張”GM management does not work for service(GM経営哲学の限界)"に大きく影響されたことは事実であるが、それを明確な形で実証してくれるのがピーター・ドラカー(Peter Drucker)の知識労働者の考え方である。ドラッカーはその著”Post Capitalist Society(1993)” ―邦題『ポスト資本主義社会(ダイヤモンド社、1993)』で「知識は資本と労働をさしおいて最大の生産要素になった。しかしわれわれの時代を”知識社会”と呼ぶには時期尚早である(同書p.50)」と知識社会の到来を告げている。そして、1999年に出版された"Management Challenges for the 21st Century―邦題『明日を支配するもの(1999、ダイヤモンド社)”では「知識労働者の生産性の向上が21世紀にも先進国が20世紀に引き続き世界においての優位性を維持できる唯一の鍵であること」

(同書p.   )を指摘している。 ドラッカーは労働者(worker)を大きく2種類、詳しくは3種類に分ける。まず工業経済社会を担ってきた中心的な労働者である肉体労働者と、現在から未来にかけての主役である知識労働者(knowledge worker)である。さらにこの知識労働者の中で知識を要求されながら、なお肉体的な労働を強いられる労働者、ドラッカーはテクノロジストと呼んでいるが、知識と技能が要求されるという意味で筆者は仮に知能労働者と名付けてその関係図を表―6にまとめた。

 

                      表―6  肉体労働者vs知識労働者  省略

 

 

肉体労働者

 製造工、土木建設作業員,農業労働者 

知能労働者

 手術医, 看護婦 接客業、修理工, 芸能人、取材記者、販売員、カメラマン、 

         料理人、デザイナー、教師, 運転手、スポーツ・インストラクター

知識労働者

 弁護士、事務職、コンピューターソフト開発、研究者 

 

 

肉体労働者は技術の高度化・複雑化によって次第に知能労働者化せざるを得なくなったが、その作業を行うにあたって、労働者自身の知識や技能、それに基づく判断力を要求する度合いが高くない、いわば単純な反復作業、いまは殆どがロボットやオートメーションに取って代わられてしまった、人間を単なる労働力とみなす労働に従事する人たちと考えれば理解できる。すなわち彼らの生産性を上げる方法は管理職による命令と管理によってそれが可能であり、肉体労働者の生産性を飛躍的に向上させた功績はまさにフレドリック・W.テーラーの「科学的管理法」がすべての原点だとドラッカーはその業績に賞賛の言葉を浴びせている。

ところでサービス経済社会の労働は知識労働者の知識に支えられている。つまり作業を行うにあたって、労働者の知識、技能といった個々の資質、能力が求められるのである。かつての肉体労働者は筋肉や力を使って作業をしてきた。しかし知識労働者は筋肉のかわりに同じ肉体を使っても頭脳を、その使用度合いの差はあっても、脳を中心に使って作業する。つまり,頭脳労働者だ。工場の生産ラインでもかつての労働者は自ら筋肉を使い汗を流して作業をしてきた。今世紀はじめに始まった自動車の生産ラインでも筆者の体験でも1960年代の初めにドイツのフォルクスワーゲンの工場を見学した時には、きわめて多くの作業員がラインに群がって単純作業を繰り返していたのを記憶している。時代が下って1980年代半ばに日産の追浜工場を見学した時、生産ラインに人影を見るのが稀であった。つまり、工程がコンピューターで制御されオートメーション化が進み、作業員は自ら汗を流さずコンピューターの操作を行っている。つまり、生産ラインですらその労働が知識化されてきたのである。かつて肉体労働の集約であった農業も機械化され知識集約型に変貌している。

肉体労働を伴う知識労働を知能労働と名付けたが、その最も高度の知識を要求されさらに過酷な肉体労働を求められるのは恐らく手術医の右に出るものはないだろう。心臓の移植手術の例まで挙げなくても、患者の生死に関わる状況の中で高度の医学の知識と技能と、麻酔医、看護婦のチームをリードし、さらに8時間から10数時間の気を許せない過酷な肉体労働を強いられるのである。一方、これほどの知識と技能を要求されない知能労働、肉体労働が殆ど占めるような労働、たとえばレストランのウエイトレスの場合でも、客が期待する価値に見合うサービスをいかに提供するか、接客の態度、注文の確実性、料理を出すタイミング、機械的なマニュアルでは不可能なサービス労働者の経験、知識、資質に基づいた判断を個々の労働者に要求するのである。いいかえれば人に役に立つことを提供するサービス労働者は、サービス提供の対象が感情をもった人間である限り、単なる肉体労働ではことが済まない。筆者の言う知能労働者である。したがってこれらの労働者をかつての肉体労働者の生産性を上げたテーラー流の「命令」と「管理」では生産性の上がらないことを殆どの経営者が気がついていない。その点にも今日の顧客満足経営が一向に進まない理由の一端が存在する。

日本が世界に冠たる品質王国になった理由は、日本の労働者は民族・言語の同一性と教育水準の高さから、アメリカの工業労働者より早く肉体労働者から知能労働者化が進み、労働者自身が自ら考えるQC活動が現場の労働者まで徹底したこともその理由の一つと考えられる。

 

知能労働者の生産性

経済のサービス化に伴って企業の生産性が低下してきたと嘆く経営者が少なくない。また事実、サービスの生産性の低さが経済成長のブレーキになっていると指摘する経済学者もいる。

「20世紀の偉業は製造業における肉体労働の生産性を50倍に上げたことである。続く21世紀に期待されている偉業は、知識労働の生産性を同じように大幅に上げることである。20世紀の企業における最も価値のある資産は生産設備であった。他方、21世紀の組織における最も価値のある資産は知識労働者であり、彼らの生産性である」。これはドラッカーの『明日を支配するもの』の第5章「知識労働の生産性が社会を変える」の冒頭にパラグラフである。(同書p.160)

50倍にあがった肉体労働の生産性が今日の先進国をつくり、その基本はテーラーの「科学的管理法」だとするドラッカーは知識労働の生産性を上げ得た国家のみが21世紀においても引き続き先進国の地位を保持できるとしている。同様に企業においても知識労働の生産性を上げ得た企業のみが生存を許されるといって過言ではないだろう。

では、肉体労働の生産性を上げるのに貢献したテーラーの「科学的管理法」のような処方箋が知識労働の生産性をあげるためにすでに用意されているだろうか。 ドラッカーは「知識労働の生産性についての研究は始まったばかりである。西暦2000年においても、知識労働の生産性についてのわれわれの知識は、肉体労働の生産性についての1900年当時の知識、ちょうど1世紀前の水準にすぎない。しかし、今日の知識労働の生産性についての知識は、肉体労働の生産性についての当時の知識よりもはるかに大きい。すでにかなりのことがわかっている。もちろんまだ答えがわからず、したがって早急に取り組むべき問題も多い」としている。(前述書p.169)

そして現在までにわかっている知識労働の生産性を向上させる6つの最低条件を上げている。

1.仕事の目的を考える。

2.労働者自身が生産性向上の責任を担う。自らをマネージし,自律性をもつ。

3.継続してイノベーションを行う。

4.労働者自身が継続して学習し、人に教える。

5.知識労働の生産性は量より質の問題であることを理解する。

知識労働者は組織にとってのコストではなく資本財である認識を持つ。労働者自身が組織のために働くことを欲する。

  

 

長々とドラッカーの「知識労働者の生産性」に関する論を引用したのには理由がある。それは顧客ロイヤルティ・マネジメントを実践している組織・企業はどこの企業もすでにドラッカーがここにあげた6つの条件のすべて、あるいはその殆どを、その日常業務に中で実践しているからである。

もちろん、それらの組織・企業が明確に意識してこれらの理論を土台にその経営戦略を展開したものではない。しかし、その実践の方向と手法が期せずしてドラッカーの上げる条件を満たしている、あるいは満たそうとするプロセスにあると言えるのである。例えば第一項の「仕事の目的を考える」は各社ともも明確なミッション・ステートメントを打ち出して従業員に目標を示しているし、労働者を労働力として考えず資産として考え従業員の満足,働き甲斐、モチベーションの向上のための数々のプログラムを展開している例を見るからである。すでに日本でもこれらの顧客ロイヤルティ・マネジメントの理論を知らなくてもこのセオリィ通りを実践している企業がある。それは長崎県民信用組合である。(高津成志著 『異常が正常』  株)ビーケイシー、1999)

 

表〜7  省略

 

顧客主導企業における人的資源の重要性

企業が顧客満足を企業戦略として採用する取り上げるにあたって、あるいは単純に顧客主導サービスの向上のレベルに留まるにせよ、または経営のあり方を顧客主導型、顧客中心型に根本的に変革するという段階であれ、その鍵をにぎるのはサービスを提供する社内顧客(従業員)にかかっているのは言うまでもない。顧客主導経営であれ、顧客志向経営であれ、たとえ経営者が顧客主導経営こそ21世紀を生き延びる唯一の経営戦略と堅く信じていても、さらにそれを具現化するシステムを立派に構築しても、顧客にサービスを提供する従業員、これには直接社外顧客に接触する従業員はもちろん、その従業員を社内顧客としてサポートするあらゆる部門の従業員、さらには取引先・関係会社の従業員までを含める概念だが――がもっとも重要であることは言をまたない。

経営の資源としてよく言われることだが、カネ、モノ、ヒト、情報、――最近ではそれにブランドを含める考え方もあるが、――が上げられる。その中でもっとも重要視されてきたのはカネである。

伝統的な形のあるモノを生産してきた工業社会ではこの中でもっとも重要視されてきたのはカネであり、ヒトはいつでも代わりが得られる消耗品として軽く考えられてきた。工場生産では多くの場合、ヒトはモノを生産する労働力として捉えられる。今世紀はじめに軌道に乗った大量生産のシステムの中にあって、労働者はベルトコンベヤーの前に座って流れてくる部品に自分に与えられた限られた作業を単純に繰り返す、今日ではそのほとんどがロボットにとって代わられてしまった単純労働を繰り返し繰り返し継続的に行う存在として位置付けられてきた。ここでは人間の尊厳、創造力は必要とされず、思考することはむしろ作業能率を低下させ生産性を損なうものとして考えられていたことは否定できない。

しかし、経済のサービス化、これはすべての企業がサービスを提供する時代になったことを意味する。「すべての企業はサービスを提供している。製造業とサービス業の違いはその提供するものの中で形のある製品の占める割合が多いか少ないかだ」とはハーバード・ビジネス・スクールのセオドール・レビット教授の有名な言葉だが、依然としてこれまでの伝統的発想から抜け出せない企業が多い。

企業は製品そのものをお客は求めているといまだに信じ込んでいる。お客の求めているものはその製品・サービスがもたらしてくれる効用であり、求めているものはそれによって与えられる満足感である。そこに価値を見出すからこそ、はじめて購買という行動を起こすのである。企業が提供する製品・サービスはそれぞれの顧客が抱く期待を満足させてくれる手段あるいは媒体にしか過ぎない。

 

21世紀の再優先資産―――ヒト

マーケティングの権威、フッリップ・コトラー教授はマーケティングのもっとも絞りこんだ定義を「利益を考慮にいれた顧客満足の提供」としている。(Kotler "Principles of Marketing" 8th Edition,

1998,p.3) それにも拘わらず、ほとんどの企業は製品そのものを売りこむことばかりを考えてきた。市場が飽和化して、市場が普及率需要から選択率需要に変化し、さらに市場が自由化し、国際化してくると、これまでのように市場を企業が主導することは出来なくなった。消費者が商品・サービスを選ぶ選択の幅が広がり、まさに企業が消費者に選ばれる時代になってきた。消費者は企業が提供する商品・サービスそのものだけでは選ばない。当然、その商品・サービスのクオリティが優れている(その顧客の価値判断基準に最低合致していること、この基準は「いい・わるい」ではなく「すき・嫌い」というきわめて主観的なものである。したがってクオリティとは顧客満足のことである)ことは言うまでもない。判断の基準にはそればかりでなく顧客がその企業と接触するあらゆる場面で抱く印象、これが「モメンツ・オブ・ツル―ス(決定的瞬間)」であり、このサイクルの繰り返し(MOTサイクル)、集積が消費者の心象のなかに定着するのである。会社全体のイメージ、そのなかには広告のもたらす印象に始まってマスコミの報道などで扱われる経営者の私生活はもちろん家族までを含めた言動や倫理観、企業としての社会に対する責任、目に触れる従業員の言動(通勤途中で無神経に同僚と会社の悪口を言っている社員の言動がいかに回りの人にその企業のイメージを下げているか)なども消費者の印象形成に大きな役割を担っている。しかし、その中でもっとも強烈で決定的なインパクトをもたらすのは顧客に接する場面における印象、これには設備、施設、顧客サービス体制(電話の応対システムなど)も当然含まれるが、そのサービス提供者が顧客に与える印象が決定的なのである。消費者は誰もその会社の社長を会社の代表とは考えていない。自分に接したサービス提供者(サービス提供者とそれを業務としている人ばかりを意味しない。電話での応対を含めて、お客と接触しその応対をした人はすべてサービス提供者なのである)「あなたの顔が会社の顔(西日本鉄道株式会社CS推進社内当選標語)」なのである。

サービスを提供する、つまり人に役に立つこと提供すること、それが経済の中心になったサービス経済社会にあっては、もう一度経営資源の見直しを行わなければならない。企業経営にあたって、カネの重要性を否定するものではないが、これまで労働力としてでしか評価していなかった経営資源としてヒトを再評価すべきなのである。カネはA銀行から借りた100万円も、B信用金庫から借りた100万円も価値は本質的には変わらない。しかしヒトという経営資源は代替えのきかないものである。一旦手放した経営資源としてのヒトは二度と同じ価値のものを提供できない。

余りにも卑近な例で恐縮だが過去10数年間、顧客満足の研究の成果を大学で講義やゼミナールでやってきた。おそらくわが国の大学でこの問題を本格的にやっていたのは白鴎大学経営学部以外にはなかった。(最近ようやく京都大学経済学部の若手助教授が取り組みはじめ、ホームページを開設した)消費者対応の分野では業界を含めてきわめてユニークな存在であり、広く注目されていた。学生の間でも多くの企業が「顧客満足」を口にするような時勢なので就職の面接で話題になり、またかれらがアルバイトを経験すると私の講義が実際に役に立つと評価が高かった。しかし、私が退職すれば、これからの学生はそれを聞くことは出来なくなる。伝統的な経営学の中で学問的にも評価が定まっていないこの分野での研究者がいない現状から、少なくとも白鴎大学経営学部では今後二度とこの種の講義が行われることは決してありえない。

これと同じことがどこの企業でも行われている。折角ヒトが長年にわたって蓄積してきた個人的なノウ・ハウ、人脈、ネットワーク、これらは企業にとってきわめて貴重な財産である。にも拘わらず、リストラ、イコール、人員削減という構図で多くの企業は知的財産をどんどん捨ててしまっているのである。一度失った知的資産は二度と手に入らないということを企業の経営者は認識していない。コスト削減に走るために容易に解雇をする企業では、従業員は常に雇用不安に襲われる。従業員が満足していなければ顧客が満足することはないのである。まして不安に襲われていてはなにが顧客満足かということになる。従業員の顔は顧客に向かず生殺与奪の権を握っている上司の鼻の息を窺うようでは顧客満足は提供できないことを案外気付いていない。サービスが伝説になっている企業の一つ、今回も体験したサウスウエスト航空では景気が悪くなると大量のレイオフを平然として行うアメリカ航空業界の中で過去1回

3名のレイオフをやったので有名だ。しかも、すぐに職場に戻した。 

ヒューレット・パッカード社もレイオフをしない。社内で職場変更が出来るように研修・教育プログラムを用意し、本人の意欲を盛り立てている。「HP・WAY」を参考にしていただきたい。

 

社内顧客の満足――最優先の企業理念

「顧客主導企業とはやる気のある従業員と満足した顧客が企業の真の唯一の資産として考えている会社」とはスカンディナビア航空を再建したヤン・カールセンの定義である。

正確には彼は「満足した顧客とやる気のある従業員」と「顧客」をはじめに置いた。それを入れ替えて「従業員」を先にしたのは筆者である。

いずれの企業においても従業員のモチベーションの高さが企業を活性化させ、やる気が売上につながり、利益を生み出すという理屈は十分に承知している。しかし実際的にはそれをどのように現実のモノにするかという点になると具体的な方策が見出せないでいるのが現状である。

すでに第

1章で述べたように顧客へのコッミットメントが明確にすべての従業員に理解できる表現で書かれたミッションステートメントが経営の中心に据えられていることはくどいようだが大前提である。

顧客主導経営の基本はトム・ピーターズ(

Tom Peters)がその著『エクセレント・カンパニィ』で説くようにいかに顧客に接近するかである。これは社内顧客である従業員に対しても同じことである。いかに従業員に近付くかがポイントになる。しかし従業員である社内顧客は一般の社外顧客ほど自由ではない。言うならば社内顧客はいわば選択の幅のきわめて狭い「囚われた顧客」なのである。いくら顧客が企業を選ぶ時代とはいえ、契約に基づいて企業にサービスを提供して報酬を手にしている社内顧客(従業員)は社外顧客とは違って自由闊達に企業を選ぶわけにはいかない。ここに社外顧客に対してサービスを提供する社内顧客が社外顧客より、上司に顔を向けざるを得ない状況が発生せざるを得ない。それが起こらないような企業文化の確立が最重要課題である。

これはかねてから筆者の主張であるが、顧客主導経営がもっとも行いやすい条件は経営者が全従業員の顔をみて名前が思い出され、名前をみれば顔を思い出す規模だ。当然のことながら、その家庭環境なども理解できている環境だ。従業員も「いまエレベーターであったのは誰」、「誰かな。ひょっとしたらあれうちの社長かも知れない」では困るのだ。

従業員にとっての最大のモチベーションは自分の存在が認められていることを知ることである。人間は人に認められることで生甲斐を感じる。

「リコグニション」という言葉がある。もともとは「認める」という意味だ。「褒賞」といった訳がある。わが国ではセールスマンなどが売上成績に応じていろいろ褒美が与えられ、表彰することはよく行われてきた。あるいはQCサークル活動で発表をやって成績優秀だとご褒美がもらえる。しかし顧客サービスの分野での褒賞はまだ一般的でない。その理由として顧客サービスを評価する明確な基準がないことである。セールスなら販売高というきわめて客観的な尺度が存在しており、数字にはすべての人が納得する。顧客サービスに関しては本来は顧客による評価でなくてはならない。それが難しいならば、たとえばイングラムマイクロ社の行っているような顧客満足指標(

CSI)などを参考に個々の業績を評価する基準を策定して、それに顧客からの投書などを参考にしながら候補者を選び、選考委員会などで投票で決定するなど各社の実情に合った、そして全体が納得し得る基準を作るべきである。

事例1に紹介したサウスウエスト航空の例を見るまでもなく、すでにアメリカでは 

Customer is Second”といったタイトルの本が出版されている。社内顧客である従業員の満足をまず優先する。それによって素晴らしい顧客サービスが提供でき、社外顧客が満足する。それによりお客が、顧客に、顧客が得意客に、得意客を贔屓客に進化させることができ、これらのロイヤルティの高い客の反復購入、紹介によって長期的な利益の確保と維持ができるという図式が完結するのである。

日本の社会の中には「人を認める」とか「人を誉める」という行動が乏しいように思われる。特にそれを公の場でやることは少ない。家庭教育や学校教育を見ても、「これをしてはいけない」「あれをしてはいけない」と『叱られる』ことはあっても誉められたことは余りない。夫婦間でもお互いに「叱られる」ことばかりで誉めたり、感謝することを表現するのは苦手である。なにごとでもさりげなく感謝の気持ちを言葉なり、カードなり、あるいはささやかなギフトなどで表現できるのがアメリカの社会だ。従って日本で「誉める」となると大掛かりになってしまう。まず誰を選ぶか。選考の基準が不透明だ。去年はA部門だったから、今年はB部門といったたらい回しが往々にして行われる。また、人が誉められることを率直によかったと心から喜んでくれる仲間より,妬みの対象にされる確率がきわめて高い社会だ。こうした気軽に人を認め、誉める風土がないところから、誉め方にスマートさがない。 褒賞とは元来名誉なのであるが最近では金銭を伴うことが多くなったし、受賞者もそれを当たり前とする風潮が見られる。アメリカにおける褒賞のやり方については拙著『続・顧客満足ってなあに(日本経済新聞社、1994)』の242ページ以下に書いているので参考にしていただきたい。

事例2にも触れたが、サービス・パーフォーマンス社での午後のプレゼンテーションで、6〜7人の若い人たちが次ぎから次ぎへと自分の業務についてフラッシュ的にプレゼンテーションを行った。これなどもある意味でのリコグニションなのである。

事例1にも紹介したがジョン・ウエイン空港での予定便のキャンセルの事態のカウンターのエイジェントの対応の素晴らしさに賞賛の手紙を同社の会長であり,社長であるケレハー氏に出したところこれを従業員のリコグニションにきわめてうまく利用しているのにはさすがだと思わせた。(巻末資料 1参照)

 

社内コミュニケーションの活性化と従業員への権限付与

革新的な企業においては従業員という呼び方をしない。「共同経営者」と位置付ける。すなわち、 「Employee」ではなく「 Associate(共同事業主)」という位置付けである。ノードストローム然りである。これらの企業においてはすべての出発点は人材の採用に始めると考えている。いや採用ではなく選抜という考え方である。 共通していることはサービスに適した人材を選ぶという点である。だれにでも優れたサービスを提供できると考えていない。「感じのいい人に販売の技術を教えることは出来るが、販売の技術を持っている人を感じよくすることは出来ない」 これが共通した認識である。

下の図( 表 7)を見ていただきたい。「雇用・選抜」を起点してこのサイクルは機能するのである。

 

         表―――7   企業成長のサイクル  省略

従業員にやる気を起こさせその影響力を最大限に発揮させるための要件は「権限の付与」である。「Empowerment」を「権限委譲」と使っているが、これは「委譲」でなく「付与」が原意に近い。権限委譲というと「経営者あるいは管理者の持っている権限をすべて譲り任せる」というニュアンスだがそうではなくて、その持っている権限の一部を限定して与えることを意味する。その従業員のやるべき業務の範囲内で自分の判断で業務を遂行することを意味する。後述の事例にあるサウスウエスト航空のジョンウエイン空港でのカウンターの従業員、またノードストロームの卓越した顧客サービスの事例はすべてこの権限付与の結果である。

わが国では通常現場に権限が与えられず、必ず上司の判断を仰ぐケースばかりだが、最近遭遇したケースは日本の企業でもここまで権限付与を行っている企業があることを認識させられた。

今回のチームの出発は4月18日だった。その1週間前の土曜日、旅行に持っていく予定にしていたソニーのデジタル・ビデオカメラ・レコーダーに不具合の個所が見つかった。このカメラは液晶画面とファインダーの双方で被写体を見ることが出来るのだが、ファインダーに画像が映らない。

購入した馴染のカメラ店(トニーナルミヤ)で調べてもらったところ分からない。早速店長の清水君が「テクニカル・インフォーメーション・センター」に問い合わせてくれたが、修理に出さなくては直らないことが判明した。通常この種の修理は最低2週間かかる。出発まで1週間、到底無理だ。無理は承知で事情を話した。すると担当の女性は月曜日に宅配業者に梱包材料を持たせてそのカメラ店にピックアップに行く。出発前の17日夕方までに責任もって自宅まで届けると言う。果たしてその通りになるか大変不安だった。しかし、それ以外に手はない。その指示に従った。木曜日の夜遅く玄関のチャイムが鳴った。その夜遅くカメラが自宅に届いたのだ。予定より2日も早くだ。しかもカメラは遠く岐阜県の工場まで旅をしてきたのだ。吉岡さんだったか松岡さんだったか担当者の名前を失念してしまったのは残念だが、見事に彼女は自分の裁量で一切の手配をしてくれたのである。まさに感動のきわみであった。

もちろんそれを可能にする会社のシステムが完備していなければそれは無理だ。しかし、彼女は客の求めている問題を完全に理解し、自分が同じ状況にあったら同じ思いをすると共感し、迅速な手配で見事に解決し、顧客の期待を大きく上回る感動を与えてくれたのである。 まさに顧客の感動を呼ぶ予想外価値の提供であった。

 製品のクオリティで世界の最高水準を行くソニーだが、サービスのクオリティでも卓越していることを実感した。これが権限付与の成果である。

同様なサービスは同社のVAIOテクニカルサポートでも体験できた。金曜日にトラブルが発生して連絡したら、日曜日午後に宅配便が自宅にピックアップに来て,修理の上、木曜日の午後までに出先の長野県まで届けてくれた。

担当者がこのような能力を発揮できるのは社内のシステムが見事に設計され、それが機能した結果である。

 

隠すなーーコミュニケーションの活性化と情報の公開

そこでその鍵を握っているのコミュニケーションの活性化と情報の公開を前提にしたオープンポリシィである。 従業員に可能な限りの情報を開示する。

これはイングラム・マイクロ社でもサービス・パーフォーマンス社でも、また1997年訪問したシアトルのノードストロームの通販部門でも会社のデータがグラフやチャートで誰でも見ることの出来る形で廊下などの壁に貼られていた。

おそらく日本の会社なら、、管理職の机の中の引き出しに鍵をかけて保管するような内容のサービスの失敗の数字が堂々と公開されているのである。(第3章参照) データが公表されれば従業員は目標に到達していなければ、管理職が叱咤激励しなくても、自らの意思で目標達成に努力をする。目標を上回っていれば来月はそれを下げないよう努力する。そこに会社に対する信頼とロイヤルティが生まれる。サービス・パーフォーマンス社にみるまでもなく、オープン・ポリシィはマルコムボルドリッジ国家品質賞の中小企業部門で今年表彰されたテキサス・ネームプレート(Texas Nameplate)社にも見られる。

この会社は、従業員66名という小規模の会社だがこのような規模の会社が受賞したのはこの賞が制定されてから11年の歴史の中ではじめてで今年の話題を呼んだ。(月刊『中小企業』99年8月号,ダイヤモンド社) 

オープン・ポリシィによる情報の共有化がモチベーションを高め企業業績の向上に貢献するか。わが国でもその実例が存在する。日経ビジネス(1999.5.3)の46ページ以下に紹介されている。化学分析装置の大手ジーエルサイエンスのケースである。『役員報酬までガラス張り「隠しゴト」ゼロの全員経営』の見出しに続いて、「創業以来、役員報酬まで公表するガラス張り経営を実践している。詳細な経営資料を社員に公開し、約200人の株主全員にも送る。情報格差をなくして社員の経営参画意識を高め、組織の力を高める」というリードで記事が始まっている。森憲司社長によると「会社には研究開発などのマル秘事項以外、隠すものはない。根拠になる経営数字や計算式は全部公開しているから、付加価値が下がって昇給が抑えられも納得できる。会社に対する疑心暗鬼が社員のモラールを下げる最大の敵なんです」という考え方である。そして、「付加価値経営計画」というユニークな発想に基づく経営指標を構築している。ここでいう付加価値とは事業活動によって生み出した経済的な成果をいうのだが、具体的には人件費、福利厚生費、金融費用、動産不動産の賃貸料、減価償却費、利益の合計である。まず人件費が65.5%を占めるような付加価値額を目標として設定する。次ぎは付加価値が売上高の38%になるように売上目標を設定する。残りの62%が原材料費などの製造原価や一般管理費などだ。つまり一般の会社ではまず売上目標を設定して経費や人件費を引いて利益を出すという方法をとっているのに対し、同社では人件費を含む付加価値額を設定しそれを逆算して売上目標を設定するというやり方をしているのだ。こうして、社員一人ひとりに経営意識を持たせる管理方法によって、GLサイエンスは不況下でも、高収益を維持している。売上高経常利益率は10年以上も7%前後で推移しており、連結ではここ4年間、常に10%以上を維持してきた。同社は年間600億円〜800億円と言われるこの市場で10%程度のシェアを維持している。この記事の筆者(谷口徹也)は次ぎのように結論を下している。

  人材流動化を前提に、ドライに企業や事業を売買する欧米流の経営に注目が集まる中、

  雇用確保を大前提に経営の仕組みを作り上げるGLサイエンスの経営手法は奇異に映

  るかもしれない。だが、情報公開を徹底して経営をガラス張りにし、社員のやる気を

  引き出せば、終身雇用を守り続ける、いわゆる日本的経営でも、企業は高収益を享受

  できることを証明しているのも事実だ。米国型の経営だけがモデルではない。日本企

  業の改革のモデルとして注目に値する経営といえるだろう。

なにかわが国では欧米の企業はすべて人材が流動しているかのような印象を持っているが決してそうではない。労働市場の流動性、開放度の高いことは勿論比較にはならないが、同じ会社に終身勤務している社員も決して少なくはない。それはそれとして情報の共有こそが従業員のモチベーション向上には欠かせないことは洋の東西を問わず不可欠な要素であり、わが国の企業活性化にもっとも重要な条件であることは論をまたない。

 

顧客主導サービス提供に欠かせない新しいタイプのリーダーシップ

卓越した顧客主導企業に見られる共通の特徴はこれらの経営者が伝統的な管理者から新しい意味でのリーダーシップを備えていることである。そして、マネージャーとリーダーの比較が多くの研究者や経営コンサルタントの手によって行われている。 

 

 

 

表〜8  省略

 

マネージャー (管理者)               リーダー(指導者) 

物事を適切にこなす                 適切な事をやる

能率に関心がある                  効果に関心がある

管理する                        革新する

現状維持                        発展

システムと機構に注目                 人に注目

統制依存型                       信頼重視型

組織機構を作り人員を配置             方向性を示して足並みをそろえる

戦術、機構、システム重視              哲学、基本価値、共通目標重視

目先しか見えない                   長期的展望 

「いかに」「いつ」を問う                 「何を」「なぜ」を問う

現状肯定                        現状を疑問視

現在に焦点                       未来に焦点

収益を見る                        遥か彼方をみる

段取りやスケジュールを組む             ビジョンや戦略を練る

予想不可能を嫌い秩序を求める           変化を求める

リスクを避ける                       リスクを冒す

基準人をに合わせる                  人に変化を起こさせるよう鼓舞する

地位を使って人を動かす               個人的な影響力で人を動かす

従うように人に求める                 付いて行きたいと人に思わす

規則、規律、方針、手順に従って動く       規則、規律、方針、手順を超えて動く

職位が与えられている                 率先して人をリードする

                      (出典:経営革命大全、日本経済新聞社、1999 p.17)

この新しいタイプのリーダーシップについて詳しく述べることは別の機会に譲ることにするが

事例に紹介したサービス・パーフォーマンス社の社長

David Pasek はまさにこの新しいタイプのリーダーであり、サウスウエスト航空の社長で経営最高責任者であるHerb Kellherもまさにこれ以上の強烈な個性の持ち主である。 

リーダーの資格を一言で言えば「リーダーには喜んで従う味方(部下)がいる」ということである。

これらの人々は期せずしてこの資質を備えていると言えよう。

 

第5章  社内顧客のロイヤルティを

 

今回の旅行でも、ノードストローム社のサウス・コースト・プラザ店の紳士服売り場のトップセールスマンであるアンディ・マストロイアニ(Andy Mastroianni)にまた話を聞く機会を得た。彼の話はすでに1997年3月、続いて1998年2月と2度聞いている。その内容は白鴎大学論集(Vol.13.No.2,1999)『顧客がすべて、すべて顧客のために』(pp.431〜435)に掲載されているので割愛する。しかし、彼がノードストロームへの思いを語る時の目の輝き、時には感につまって涙さえ浮かべて語る情熱にはまさにいかに彼がノードストロームを愛し、彼の顧客のために全力を上げていることがひしひしと感じられた。このサウスコーストプラザ店を立ち上げ、いまやサービスマネジメントのコンサルタントとしてまた、「サービスが伝説になる時」で有名なベッシィ・サンダース(Betsy Sanders)の言う「顧客がすべて、すべて顧客のために」を日々実践しているのである。

また事例1でも挙げたサウスウエストの客室乗務員の会社に対するロイヤルティの高さ、社長に対する恋にも似たような思い、あるいは1998年2月訪問した「スーパーマーケットのデズニーを目指す」コネチカット州ノーワークのスーパーマーケット、スチュー・レオナルズ(Stew Leonard's)でも、顧客サービスで優れた企業の従業員のモチベーションの高さは、その目の輝きにも歴然と考えられる。

今度訪問した企業の中で唯一、いまいちだなという印象を受けたのはリーバイス(Levis)であった。まず会社の顔ともいうべき受付の若い黒人女性の応対の活気なさ、なげやりな態度、まさにモメント・オブ・トゥルース(決定的瞬間)である。ここではコール・センターのブースに参加者一人一人入れてくれて実際のオペレーションを体験させてくれたのだが、なにか生気と言うか活気が他の訪問先に比較して感じることが少なかった。

従業員がのびのびとその能力を発揮できる環境つくり、これは職場の物理的環境ももちろんだが、権限が付与され、自分の自由裁量の範囲が広く、オープン・ポリシィによる開放的なコミュニケーションが行われる企業風土が卓越した顧客主導企業になる秘訣ではないだろうか。顧客をいかに捉えそれを維持して行く顧客ロイヤルティの問題は現在の視点はいうならば従来の概念の顧客、つまり、社外顧客に集中している。まだ本格的に論議されていないのが従業員である社内顧客のロイヤルティの問題である。いい顧客を選ぶ。つまり会社が提供している価値に共感する社内顧客(従業員)を選抜する。この顧客のロイヤルティを高め、出来るだけ長くその社内顧客を社内につなぎとめるか。客離れ(離職)をいかに少なくするか。ロイヤル・カスタマーが企業に利益をもたらす論理は社内顧客(従業員)についても全く適用できる、適用しなければならないものなのである。 社内顧客である従業員が満足しなければ顧客が満足するサービスの提供が出来ないことはすでに述べた。それと同様に社内顧客のロイヤルティが高くなければ、お客を顧客に、顧客を得意客に、得意客を贔屓客にと、顧客のロイヤルティを高めることは不可能なのである。

 

顧客満足会計の提唱

 

最近、環境経営や環境会計という言葉を耳にすることが多くなった。その背景には企業の環境問題に関する取り組みが単なる公害問題から地球規模の環境問題へと拡大してきており、規制緩和時代にも関わらずこと環境問題に関しては規制が国際的規模で強化される傾向にあることがある。規制強化にならない分野でも企業の社会的責任を考えると環境に関する支出は今後,増えつづけることが予想される。 これらの言葉の定義はまだ定着していないがトーマツ環境品質研究所の古室正充氏によると、「環境経営」とは利潤の追求を目指すことを本道とする企業経営の中で,環境に配慮をしながら、企業の持続的発展を目指す経営、「環境会計」とは環境に関する企業活動を企業会計の中で示そうとする試みであると定義される(日経エコロジー創刊準備号1999.4.) 両者の関係は環境会計は環境経営を進めるトゥールとして欠かせないものである。

環境会計のなかでもっとも基本的な事項は、環境に関してどれだけの支出が必要で、その成果はどの程度なのかを示すことである。環境会計の導入で企業経営にどのようなメリットがあるかは、主として次ぎの項目に分けることが出来ると古室氏は指摘する。

コストダウンの実現

最小コストで最大の効果(環境負荷の結果の極小化)の達成

環境のコストの製品原価への適切な配賦計算による原価計算の正確性の確保

企業の役員,従業員、株主,債権者、地域住民,行政などへの情報の開示

また環境会計導入の目的として

環境に対して経営資源をどのように配分しているかを明確に出来る

環境に関するコストを把握することでコストダウンに結び付けることが出来る

環境報告書などに掲載することで経営者や社員に環境に関する社内情報を提供できる。また株主や地域住民への情報開示が出来る。

現在環境庁は「環境保全コストの把握および公表に関するガイドライン〜環境会計の確立に向けて」の作成を急いでいるが今年(1999)3月25日、その中間の取り纏めを発表している。それによると、環境庁の取り組みの姿勢として、「環境会計」は従来、企業の財務分析の中に反映され難かった環境保全に関する投資および経費とその効果を正確に把握するための仕組みであって企業にとっては自社の環境保全への取り組みを定量的に示し、事業活動の環境保全の対費用効果を向上させることが可能になるものであり、国民にとっては企業の環境への取組状況を同じ尺度で比較する際の有効なトゥールになるとしている。環境庁はわが国に環境会計の手法を確立し,普及することが環境政策上で有意義であると考えてその動きを支援するための取組を支援するためにこのガイドラインの作成を目指しているのである。

がながと環境会計について引用したのには理由がある。筆者は1980年代から苦情処理の企業にもたらす利益について主としてジョン・グッドマンの理論を根拠にして、いろいろな角度から、顧客を失うことによって発生する逸失売上げや逸失利益の数値化を提唱しつづけてきた。企業の財務報告のなかに顧客満足のバランスシートをいれるべきだと主張してきた。たとえば1992年に上梓して以来21版を重ねている拙著『顧客満足ってなあに?――CS推進室勤務を命ず』ではその第12章『経営者を口説く殺し文句』として経営者に顧客満足の重要性を説得するには数字で説明する以外に方法はないと書いている。そのなかの一例にはレンタカー会社「エービス・ヨーロッパ」の顧客満足部長だったリンダ・ラッシュ(Linnda Lash)は重役会にCustomer Care Balance Sheet を提出する制度を設けさせたことなどを紹介している。

管理会計のなかに顧客志向のコンセプトを取り込むことについてはすでに、1994年に関東学院大学の伊藤博教授はその著『顧客志向の管理会計(中央経済社、1994)』 の中で、顧客志向の経営の実現がリエンジニアリングの目的であるとの視点から「顧客志向管理会計(customer|-oriented management accounting)」の提唱をしている。しかし、この段階ではそれをすぐ直ちに実際にとりこめる具体的提案は含まれていない。

消費者苦情のもたらす企業利益のシュミレーション・モデルはすでにTARP社の研究によって55万ドルの投資で10万5千ドルの利益、19.1%の投資利益率を出した男性化粧品事業本部のケースやアメリカン・エキスプレス社やエイビス・ヨーロッパでは消費者部門のもたらす利益を数字で出しているのだ。この種の数値化の傾向はたとえばSOCAP(消費者問題専門家会議)が昨年(1998)11月,発表したCustomer Loyalty Studyでも、コールセンターの担当者一人の利益貢献額や1回の電話応対の利益貢献額が数字として発表されている。

さらに研究がすすんで1990年代に入るとハーバード・ビジネス・スクールのグループが取り組んだ顧客ロイヤルティ、客離れゼロ、顧客の生涯価値の研究から次ぎの項目を付け加えることが出来るようになった。

顧客満足、顧客ロイヤルティ、客ばなれゼロ、顧客の生涯価値などに関して、具体的な数字をあげることが可能になってきた。

またこの論文でも紹介したCSI-CVAのデータからも顧客満足に関しての数値化、計量化はすでに部分的には行われてきている。これらのいろいろな角度の数字を「顧客満足会計」の名のもとに集約することは企業が「顧客満足経営」を行おうとするなら、欠かせないことである。

    @顧客満足に対して経営資源をどのように配分しているかを明確に出来る。

    A顧客満足に関するコストを把握することでコストダウンに結び付けることが出来る。

    B顧客満足に関連する業務のもたらす利益を把握できる。

    C顧客満足報告書などに掲載することで経営者や社員に環境に関する社内情報を提供できる。また株主や地域住民への情報開示が出来る。

ここまでは単に環境会計導入の目的の文章を「環境」という言葉を「顧客満足」で置きかえることで可能であるが、環境会計と顧客満足会計の大きな違いは環境会計が主としてコスト削減の面を強調せざるをえないのに対して、顧客満足会計は容易に利益との関連を表示できることである。たしかに顧客苦情処理、顧客サービスはコストであるという考え方は企業に深く染み込んでいる考え方であるが、顧客主導経営を率先している企業の意識にはこれらの業務は企業に利益をもたらすプロフィットセンターであるという信念に溢れている。その意味で「顧客満足会計」には「顧客満足に関連する業務のもたらす利益を把握できる」という項目が上記の第2項目の次ぎに挿入されることになる。

これまで「顧客満足会計」というコンセプトを打ち出しても企業の会計は財務会計が中心であって、管理会計の分野でも生産に直接影響を及ぼす分野でしか考えていなかったという状況のなかではこの考え方を受け入れる素地は全くなかった。今ここに来て「環境会計」というコンセプトが企業での関心になってくれば、これに近い考え方をしている「顧客満足会計」あるいは「CS会計」「Customer Satisfaction Accounting」(いずれも筆者造語)というコンセプトが社会に受け入れられる時代がようやく到来したと考えるのである。

環境会計ガイドラインが平成8年から「環境保全コストの把握に関する検討会(座長:河野正男 横浜国立大学教授)で進められているが、顧客満足会計の具体化は、今後、会計学あるいはマーケティングなどの分野でこのコンセプトに共感される研究者の手によってなされることが期待されるし、また委ねたいのである。会計学にとってもこれまで考えの及ばなかった新しい分野の開拓につながるのではないだろうか。この実現は1970年初頭から、消費者問題は企業に利益をもたらすと一貫して主張してこの分野を開拓してきたものとしての筆者の悲願である。

 

事例 1

ジョン・ウエイン空港のサウスウエスト航空カウンターでのNoemiの対応:

午前7時に空港に着いてカウンターに行ったら,乗る予定の8時30分発657便が整備不良のため欠航になったことを告げられる。10時30分にサンホセのサービス・パ−フォーマンス・コーポレーションに行かなければならないわれわれとしてはきわめて困難な状況に置かれた。実はサウスウエスト航空を利用するのも今回の研修の一環であって、サウスウエスト航空のサービスを検証することがテーマであった。そのため前夜、日本テレビで3月7日に放送された「特命リサーチ200X」の録画を全員で見たばかりであった。従って考えようによればこういう状況はまさにどのような対応をするか、願ったり叶ったりのチャンスとなったわけである。Noemiという名札をつけたカウンターの係の若い女性はまず I

‘m sorryを言った。アメリカ・マネジメント協会の大会に参加した機会を捉えてサービス・マネジメントの権威カール・アルブレヒトと二人でセミナーを開いたが、彼はその打ち合わせの席で「なぜアメリカ人は I’m sorryを言わないのか」と言っていた。何故アメリカ人が I’m sorryと言わないかという理由に付いては自分の非を認めることになると訴訟好きのアメリカ人は裁判に持ち込まれると不利になるからだとかつて説明されたことがある。ジョン・グッドマンはその著「怒りを静める方法」の中で事実についていうのでなく、不愉快な思いをさせた。不便をかけたことに対して I’m sorryといって遺憾の意を表明すべきだと説いている。本題に戻ろう。とっさにこのカウンターの応対にI‘m sorryを聞いたときアルブレヒトのコトバを思い出した。彼女はこちらの興奮に巻き込まれない冷静な対応といって事務的な冷たい対応ではない。いろいろ交渉の結果,われわれに与えられている選択肢は次ぎの4つしかなかった。

選択肢:

1.10時55分発 940便 を待ってサンホセに飛ぶ

2.オークランド行き 7時40分 786便でオークランド空港に飛ぶ

3.8時40分発のリノ航空でサンホセに向かう

4.オンタリオ空港まで行って9時30分発の1181便でサンホセに向かう

可能な限りの提案、つまり10時30分までにサンホセのサービス・パ−フォーマンス・コーポレーションに行かなければならないという顧客の立場を理解した上で可能な限りの提案をしてきた。 この4つの選択肢の中からオンタリオ空港まで行って9時30分発の1181便でサンホセに向かうこと、荷物は10時55分発 940便で送るというこの状況下で最善の選択を提示してきた。当時このカウンターには3名の係員しかいなかったが、他の客の応対をしながら、複雑かつ緊急を要する手続きを処理した。しかもそれらの判断は上司の判断を求めるのでなく、彼女の判断・権限のもとで行われたのである。以下、オンタリオ空港からサンホセに行く間にサウスウエスト航空で観察したこと体験したことを述べてみよう。

値段が安い:これは事前に分かっていたことだが隣の席に座った老夫婦はレノまで行くのだが「値段が安いこと(往復$132)、サービスにも満足している,しばしば利用する」と話していた。因みにサウスウエスト航空は低運賃に挑戦し通常往復1500ドルはするロサンゼルス〜ニューヨーク間を期間限定ながら99ドルで提供する広告を出して話題を呼んだ。

搭乗券:ブルーの大型のプラスティックのカード、30名ごとに第一グループ,第2グループなどと分けられ通しの番号が入っている。回収する係りは、飛行機の入り口の込み具合を見ながら調整している。機内は左右それぞれ3列、ビニールシート。狭い。

乗客の種類:予想通りビジネスマン、老人夫婦、学生、そのほかの乗客の服装なども中産階級以下といった女性が目立つ。

「15分ターン」の検証:計測したら14分28秒でこの会社の特徴である着陸から離陸まで15分の「15分ターン」は見事に実行されていた。

離陸から着陸まで:離陸後5分、ピーナツが配られ、飲み物の注文を取りに来る。ジュースにピーナッツと聞いていたがあてがい扶持にジュースを出すのでなく注文を聞いていた。アルコール系は2ドル徴収していた。客室乗務員は3名(140名前後の乗客)。服装はカウンターはカジュアルな自由な服装,客室乗務員の一人は白,もう一人は赤のポロシャツ、胸にハートに翼が伸びているロゴマーク、紺のスラックス。最前方の席だったので白のポロシャツの若い方に声をかけたらまだ入社して間もないので赤のポロシャツの女性に聞く。彼女は社歴13年目。会社の素晴らしさ、この会社で働く喜びを語る。入社式で社長に会って2週間後にたまたまダラス空港で社長とすれ違って挨拶をしたら、社長が彼女をファーストネームで呼んでくれた。13年前の感激を今も毎日胸に秘めて彼女は乗務しているのだ。また従業員が社長をファーストネームで呼べるのはアメリカでの決して多くない。会社はボランティア活動にいかに勤務以外の時間を費やすように仕向けている。その目的はその活動を通じて一般の人と接することが出来るのでよりよく顧客を理解できるためである。

帰国してからこのジョン・ウェイン空港でのNoemiの業務処理について素晴らしかったとの感想を

直接会長宛てに送ったところ、別添(巻末資料)のような手紙がケヘラー会長から寄せられた。さらにこの手紙のコピーは彼女の直接上司にも回され、また、Noemiには会長ら上司3名連名のメモが送られ、そのコピーも筆者に送られてきた。顧客からお誉めの手紙を従業員のモチベーションのアップにきわめてうまく使っているのはさすがである。

 

事例2. サービス・パーフォーマンス社での印象

この会社は閑静な住宅街にある。本社関係25人。

ゆったりとしたスペース、経理を除いて事務室には一切ドアがない。オープンポリシーの実践である。昼、びっくりした。カンファレンスルームの反対側に簡単な食堂のスペースがある。長い机の上にいろいろな皿がならべられブッフェスタイル、刺身、巻物すしなど含めて10品くらい。てっきりわれわれだけのためと思っていたら、われわれの後に社員が並びはじめた。ほぼ全員が勝手に席について食べ始めると最後に副社長と社長が料理をとって4人がけの席に椅子を持ってきて割り込んで社員と談笑しながら加わっていた。家族的な雰囲気を大切にしている。午後のプレゼンテーションには若い女子社員を含めて7〜8人が次ぎから次ぎへとOHPを使ってミッション・ステートメント、顧客満足と財務、発表を行った。中には、英語で説明した後、日本語を暗記していて説明する子もいた。

日本人の血は4分の1は入っているが日本語は出来ない。その彼女は前の日必死でそれを訳し、暗記して臨んだのである。まさに予想外価値、感動の場面である。このようなプレゼンテーションは前にもやっているのかと聞いたところ、今回が始めての試みだと言う。

社員にチャレンジさせるように仕向ける社長に従来の伝統的なリーダーシップでない、いま問い直されている新しい時代のリーダー像を見たのである。この会社はまさに言うことと行うことが一致している。Talking walkingの見事な実践である。

ここのオープンポリシィは徹底している。経理部門とトイレにはドアがあるが事務室はすべてパティションで仕切られ、その高さも決して高くない。立ち上げれば隣と会話が出来る高さである。社長

David Pasek の名刺には肩書きもないし、セールス担当副社長の名刺も単にセールスとあるだけであった。まさにこの状況はかつての日本の企業の家族主義的な要素を取りこんでいる。それと共通するのが1998年度のマルコム・ボルドリッジ国家品質賞で中小企業部門で受賞したテキサス・ネームプレート社のそれときわめて似ている点である。従業員66名という言うなれば町工場が受賞したことはこの賞11年の歴史ではじめてのことである。社長他が執筆したTake it to the Next Levelを見ると従業員全員の名前と各部門でグループで撮った写真が掲載されている。両者に見られる特徴はher、家族主義的な装いをしているが、よく日本の町工場にかつて見られた社長を父親として権威の対象という階層的な構造ではなく、むしろコミュンような運命共同体的構造と説明した方がいいのではないだろうか。同社の壁には次ぎのOur Visionと英語とスペイン語で印刷されたポスターが貼られていた。

 

Guiding Principles:

Say “Yes”, rather than “No, I can’t help you”. Help find a solution. 

E

Enjoy the pursuit of excellence and have fun with your job. 

R

Respect the company and your coworkers, including the customer’s prosperity. 

V

View your actions and weigh your words as if they will be seen in the next day’s news. 

I

Invest in teamwork because it is key to individual and company success. 

C

Communicate honestly and positively. Always try to be dear and consistent. 

Exercise employee empowerment-we respect employee decisions. 

 

C

Company loyalty unites and is crucial to every aspect of our business. 

O

Open minded attitude. Respect the ideas and beliefs of others. 

U

“U” own it-don’t pass the buck. Follow through to guarantee complete satisfaction. 

N

No “no show”. If you can’t keep to your schedule, tell your appointment in advance. 

T

Treat others as you would like to be treated. Speak positively about others. 

S

Strive to do your best at all times. Anything less diminishes the whole team’s efforts. 

 

Core Values and Beliefs:

We believe in hard work and the enjoyment it brings.

We are dedicated to improvement and its urgency.

We believe the pursuit of quality will improve us as individuals, as a company, and ultimately have an impact on society.

We believe it is our duty to respect the individual, our customers and suppliers.

We are a sensitive, polite company, and will always take a highest road.

Statement of Purpose:

Provide a service that makes for a cleaner and better environment.(清潔さとよりよい環境をつくるサービスを提供する)

Mission Statement:

To be a regional United State company that dominates our competition in quality and customer service.(クオリティと顧客サービスの面の競争で他を圧倒する合衆国のローカルの会社になる)

さらにこの会社では「リコグニション」制度をこのポスターに掲げて広く社員に知らせている。この会社の表彰制度は4つにわかれる。

Celebrating Our People:

An integral part of our vision is to become the

“Employer of CHOICE.” We celebrate success because our employees should be rewarded. 

The Star Performer” for customer service. Customers write a letter commending any SPC worker who performs beyond what is normally expected. Then that employee’s picture is displayed on our “Wall of Honor” for one year. (期待を上回る仕事振りで顧客からの手紙を貰った従業員。その写真を「名誉の壁」に1年間掲示する)“Above & Beyond the Call of Duty (ABSD)” for exemplary personal characteristics. An employee, upon seeing a co-worker performing tasks are outside their job description, bring it to SPC management’s attention. The worker’s picture is then posted on our “Wall of Honor” for one year.(職務分掌規定を上回った仕事ぶりを仲間から評価され、それが経営者の目にとまった従業員を対象。その写真を「名誉の壁」に1年間掲示する)

The President’s Award” for teamwork. Teamwork is key to the success of the individual and the corporation. Once a year peers, spouses and customers honor the SPC team that meets or exceeds our teamwork criteria. (チームワークは個人に取っても、会社にとっても、成功の鍵である。年に1回、チームワークの基準に合致あるいは上回ったチームの名誉を称える) 

Speak up for Positive Change” for process improvement. To keep work rewarding, people must be empowered to make positive change. Each quarter, we recognize those who made the most difference in their work environment. (仕事が報われることを保つために、人々は積極的に変化するために権限が与えられなければならない。年に4回、四半期毎に、作業環境の中でもっとも特徴を示した人たちを表彰する)

 

事例3 南カリフォルニア大学

ここはカリフォルニア州の経営品質賞を取っている。賞をとったのはDivision of Business Affairsであって大学全体ではない。アカデミックな部門ではたとえウォレン・ベニス(Warren Bennis)教授のようなリーダーシップ論で世界に誇る権威を抱えていても学生を顧客とする認識はきわめて薄いという。言うなればアドミニストレーションの部門、大学事務局がサービス・クオリティの改革に着手して成果を挙げた例である。大学全体としての取り組みが出来ないため、1999年度から新設されたマルコム・ボルドリッジ国家品質賞の教育部門には申し込みの資格はない。この大学の取り組みは企業においての実践にきわめて深い示唆を与える。つまり大企業においては全社を挙げて徹底することは困難である。しかし一事業部で行うことない、その成果を全組織に及ぼして行くことが可能だということである。すでに三井観光開発がその一事業部門である鹿島槍のアルピナ・スキー場で卓越した顧客サービスプログラムを展開している点からもこのやり方は注目される。

 

 

おわりに

1945年、敗戦前の3月、当時の京城(現在のソウル)の龍山中学を4年で卒業して朝鮮鉄道局元山検車区に事務掛として就職して以来、今年(1999年)3月、白鴎大学を定年退職するまで、給与を貰った先は14箇所に及ぶ。鉄道員、ホテル、証券会社、放送会社、アメリカ連邦政府職員、広告関係団体事務局長、外資出版社の消費者担当責任者などなどである。しかし、非常勤37年間を含めて、大学の教員の経歴が一番長かったし、同じ仕事を継続的に12年もやったのは白鴎大学経営学部が始めてである。教員としては青山学院大学で教えていたのは放送ジャーナリズムで、本格的に消費者問題,企業の消費者対応の研究を始めたのは、1970年、40歳をいくつか過ぎてからのことである。

今回白鴎論集で退職記念号を出版してくださる機会を与えられたので、これまで考えていたことのまとめとしてこの論文を作成した。その中心課題は今年の春、2週間に亘ってアメリカで得た見聞・体験で強化してきた新しい視点、たとえば、わが国の顧客満足拡大活動での根本的欠陥の発見、社内顧客の顧客ロイヤルティの問題、顧客満足指標の社内業務評価への具体的適用など今後のこの分野の研究に大きな示唆を与える問題である。この論文は今後の研究の足がかりであり、里程標として位置付けたい。

企業の消費者対応というこれまでになかった分野を名古屋経済大学で消費者対応論というタイトルで開講してして以来、企業の消費者対応の視点からマーケティングやマネジメントの枠に囚われず研究を続けてきた。枠にとらわれず勝手な研究を続けられたのも学問の枠というものへの認識がなかったことが逆に自由な発想が出来たためと思っている。消費者対応をやっているうちに何時の間にかマーケティングから組織論、労務管理論、マネジメントなどの分野にまで入り込んでいたというのが実感である。この間、『体系:消費者対応企業戦略』(八千代出版、昭和61年、絶版)あるいは『「顧客満足」を超えるマーケティング』(日本経済新聞社、1995)などの理論書のほかに、10万部のロングセーラーになった『顧客満足ってなあに?――CS推進室勤務を命ず』(日本経済新聞社、1992)を始めとする3冊の顧客満足シリーズや2種類のビデオによってわが国の企業の顧客志向にいささかの貢献をしてきたと自負している。

退職を機会に時間の余裕もできたのでこの論文の方向で今後の研究、講演、執筆活動を、健康が許す限りつづけて行きたいと考えている。

この稿を終わるに当り、4月の研修旅行の主催者(株)ブレーンダイナミックス、とくに同行した同社の穴井光子氏とチームに参加し共に勉強した仲間たちに感謝の意を表したい。またこの論文の作成にあたって在米25年の経営コンサルタント、J.A.Fujita Counsalting代表、藤田二郎氏(カリフォルニア経営品質評議会アジア・太平洋委員会委員長)のアドバイスと協力が欠かせなかった。  ■

この論文および資料は平成12年3月15日発行の『白鴎論集』佐藤知恭教授退職記念号、第14巻第12号に掲載されている。 

 

 

 

 

 

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