「顧客満足管理」をCS経営だと勘違いしてません

 

失われた10年

わが国で「顧客満足経営」がもてはやされたのはバブル景気も絶頂に達した1989年だった。どこの企業にもCS推進部やCS推進委員会が設けられ、カラスの鳴かない日があってもCS関連セミナーが行われない日はなかった。

日本工業新聞では3年にわたって『前進するCS経営』という特集を毎週金曜日に掲載していた時代である。あれから10数年、いまわが国の企業で本当の顧客の視点に立った経営をしている企業は残念ながら暁天に星を求める思いである。なにかが間違っていなかったのだろうか。その間違いを10年以上続けてきたその原因を最近発見した。バブル崩壊後処方箋が見つからないまま、常に先送りをしてきた付けが回って身動きできなくなっている日本経済と同じように「顧客満足」経営についても基本的なボタンのかけ違いが存在していたことを発見したのである。

 

従業員中心アプローチはCS経営ではない

1985年というからもう15年以上も前に、「サービスの質と生産性の向上のアプローチの一つとして「従業員中心」のアプローチがある、それは日本で多く見かけられるやり方である」と喝破したのはアメリカのサービスマネジメントの権威であるカール・アルブレヒトとロン・ゼンケである。

ご存知のようにこの二人の書いた「Service America!」はスカンディナビアで提唱された「Moments of Truth(決定的瞬間))のコンセプトをはじめて英語圏に紹介したと本として知られている。わが国では『サービスマネジメント革命』(野田一夫監訳、HBJ出版局、1988)というタイトルで翻訳されている。その要旨(改訂版)からまとめてみよう。

サービスの質と生産性の向上には2つのアプローチがある。すなわち、アメリカ型アプローチ(工業的アプローチ)と日本型アプローチ(従業員中心アプローチ)である。

工業的アプローチは自動化と標準化によってより多くの人により多く、豊かなサービスの提供を可能にした。サービス工業化の3つの方法が存在する。

@人的接触の代替えとしてのハードの使用であって、ATM、自動発券機、自動改札、ETC、自動洗濯機にその例を見る。Aシステム的方法による作業方法の改善、つまりソフトによるもので セルフ販売、パッケジツアーなどが挙げられる。Bその両方を統合したやり方で顕著な例は電脳取引だろう。

日本型といわれる従業員中心アプローチは、顧客満足管理Customer Satisfaction Management (CS Management)と呼ばれるもので TQM(Total Quality Management)に類似した高度にシステム化されたモデルである。

 

従業員中心アプローチとは

初版をテキストにした「サービスマネジメント革命」から引用しよう。

「このアプローチはこの5年ほど製造業でもてはやされるようになった品質管理(TQC)や総合的品質管理(TQC)によるアプローチと関係がある。品質と生産性の関心を組織の中で最も問題の原因と状態を知っている最前線へ移すことがこれがその中心課題だ。仕事に最も近いところにいる人が問題を解決する最適の場所にいるという信念である。(中略)消費者をより快適にし待ち時間を短縮させ従業員の無作法を取り除くという問題解決に役立っている。(中略)日本におけるサービス改善プログラムの第一のステップは「方針に基づくマネジメント」である。全社にとって重要なサービスに関する方針と戦略を経営陣が立案する。中間管理者はサービスの意味を明らかにするという問題を取り上げて実行方針を決めどの程度のサービス改善が必要かを確定する。従業員は最重要かつ緊急な問題の改善に向けて努力を集中しいくつかの主要目標を達成しなければならない。(同書193194頁)」

アルブレヒトが改訂版でこのアプローチを特に「CSマネジメント」と名付けていることを発見して発想が広がった。考えてみると不思議なことだが英語にはCustomer Satisfaction Managementというコトバは多くの文献を見たが見当たらない。カールアルブレヒトとロン・ゼンケのこの改訂版がはじめてである。それによると、このコトバは、サービスの質と生産性向上の日本的アプローチのことを言うとあった。

これを読んではっと気がついた。これまで日本の企業が顧客満足経営と思ってやっていたことは実は顧客満足管理であってサービスの質と生産性の向上の一手段にしか過ぎなかったのではないかということであった。

 

マネジメントは経営か管理か

Managementというコトバを辞書(旺文社「英和中辞典」)で引くと

1.経営、管理、経営力

2.経営陣、経営者側

3.取り扱い、統御、操縦、やりくり 手際よさ

特定の目的を達成するために巧みに操縦・処理する。首尾よく成し遂げる

という意味で類語としてtreat, deal with, handleがあげられる。

ここで判るようにManagementには2つの意味がある。つまり、経営という意味と管理という意味である。

因みに『広辞苑第5版』によると

経 営:

@力を尽くして物事を営むこと。工夫を凝らして建物などをつくること

Aあれこれと世話や準備をすること。忙しく奔走すること

B継続的/計画的に事業を遂行すること。とくに会社、商業など経済的活動を

  運営すること、また、そのための組織

管 理:

@管轄し処理すること。よい状態を保つように処理すること。とりしきること。

A財産の保存・利用・改良を計ること。

B事務を経営し、物的設備の維持・管轄をなすこと。

英語の文献をあさってみるとたしかにManagementを経営の意味と管理の意味の使い分けが見られる。

経営の意味で使われている例としては、Customer-Centered Management(顧客主導経営)Management by Wondering Around(経営者が現場を歩き回る経営)などがあり、管理の意味では Risk Management(危機管理)Conflict Management(心理葛藤管理)、Quality Management(品質管理)、Customer Relationship Management(顧客関係管理)、Management by Objective(目標管理)などがそれに当たる。

マネジメントが「特定の目的を達成するために巧みに操縦・処理する」ならCS Managementとは「顧客満足という目的を達成するために社内の体制を整えたり、システムを作ったりして巧みに操縦・処理すること」となる。

この考え方は「顧客満足とは企業が顧客を満足させること」という思想から抜け出せていない。顧客満足とは顧客が自分自身の基準によって満足するかしないかを判断するのであって「顧客が満足すること」なのである。筆者は1992年から顧客満足は「を」ではない「が」であるといい続けてきた。そして次のように定義づけた。

商品・サービス、さらに提供者の理念など、提供者の提供するすべてについて顧客が自分自身の基準によって納得の得られるクオリティと価値を見出すこと。(1992 (C)

この定義に関して過去10年誰も反論をしてきた人はいない。ということは一つの定義として認められているのだと自認している。

 

目的不在のCS活動

日経流通新聞に「こんな時どうする〜専門家に聞く」というコラムがある。先日、「顧客満足という言葉があるが、顧客満足を高めるためにはどのようなことを重視すればいいか」という質問に、浜本マーケティング事務所代表の浜本忠直氏は「顧客満足はCSともいわれ、お客様がその企業の商品やサービスに対する満足を高めることで再購入や他のお客様の紹介などの効果をもたらすものです」と説明していた。

では何のための顧客満足を重視するのかその目的が不明確だ。顧客満足管理もまさにその延長線上にある。

この考え方の欠陥は@何のために顧客満足を達成するかの目的が不明確。A企業が顧客を満足させるという基本的な考え方の誤り。Bサービスの質と生産性向上のアプローチの一つに過ぎない。

そもそも顧客が対価を払って満足するのは当たり前のことでありそれを大騒ぎを企業がするのはそれまで対価に見合う価値を顧客に提供してこなかったことを告白しているに過ぎない。

なぜ企業の行うCS活動の目的はただ一つ、「長期的かつ継続的な利益の確保と維持」しかないのである。その前提条件としてまず顧客が満足しなければ何もはじまらないのである。その目的が不明確な企業が多すぎる。

 

実態の見えたCS経営

1989年、わが国に顧客満足という概念が導入されて以来、日本で考えられてきたのは、実は「顧客満足管理」の発想であった。カール・アルブレヒトとロン・ゼンケが共著「サービス・アメリカ!(『サービス・マネジメント革命』野田一夫監訳、HBJ出版局、絶版)で取り上げている「従業員中心のアプローチ」は顧客満足を念頭には置いているもののあくまでサービスの質と生産性の向上の一つの方法であって、あくまで企業中心の企業の売り上げ、利益をあげる手段としての「顧客満足管理」なのである。しかし、マーケットの主導権が顧客に移った今日の顧客主導の時代はこれでは通用しない。「顧客満足による経営」が求められる。顧客革命の時代、企業の将来を支配するのは顧客なのである。顧客が満足し感動し、企業との信頼関係を築いた結果としての利益である。これはすでに400年も前からわれわれの祖先がやっていたこと、顧客の利益を第一にすることの結果として利益が得られるという考え方は日本人のDNA(遺伝子)に組み込まれているのである。サービスの質と生産性を上げるアプローチとしてのCSマネジメントを否定するものではない。しかし、これはあくまで手段なのである。顧客満足は顧客を満足させることでなく顧客が自身の判断で満足か否かを決定することである。企業の理念、組織、商品、品揃え、サービス提供のプロセス、すべてを顧客の視点に立ってシステムとして徹底的に見直し洗いなおす。問題に遭遇したら「顧客だったらどう感じるか」この視点で考える。これが本当の顧客満足経営なのだ。顧客との信頼関係をいかに深めるか。相互信頼関係こそ企業の唯一の資産なのである。顧客の信頼を失った企業は規模の大きさに関係なくあっという間に消滅するのである。雪印食品の解散。雪印グループの再建はおそらく困難だろう。消費者の立場を忘れたダイエーの破綻の教訓もそこにある。

 

「顧客満足管理」から「顧客満足経営」への脱皮

改訂版で「顧客満足管理」とカール・アルブレヒトが名付けた日本型サービスの質と生産性向上プログラムの基本は企業方針による管理だ。まず、経営陣の役割は企業のサービス価値とサービス向上のニーズに関連した方針と戦略の策定であり、経営企画部門はサービスシステムとプロセスの図式化と分析を行うことが求められる。

中間管理職はサービスの範囲限定、運用方針の設定、サービス向上のための量的ニーズの確定の問題に着手し、運用方針はお粗末なサービスの原因を探ることと可能な是正措置をとって従業員を勇気付ける形をとるのが一般的である。

そして、現場レベルではサービス向上は業務改善を個人よりチームとして捉える研修から始める。サービス提供者の改善努力に求められるものは最重要かつ緊急問題に焦点を絞り数少ない選ばれた目標を設定し達成することである。一方、経営者は従業員からのサービス業務改善の提案に注意を払うことを約束する。現場の従業員のサービス努力が報われる賃金体系が採用され、決起大会などの会合でサービス努力が褒められサービス向上の集団的決意の表明が行われる。

問題はこれを顧客満足経営と信じていることだ。顧客がマーケットの主導権を握っている時代にはサービスの質と生産性向上の一手法である「顧客満足管理」では間に合わない。いま企業の行く手と方向を決めるのは顧客なのである。

顧客満足管理はあくまで「顧客満足の管理」の域を出ず、「顧客を満足させるために社内の体制を整備する」という 伝統的な企業中心の発想 だ。つまり「企業が顧客を」の発想だ。顧客革命時代に生き残るためには「顧客満足による経営」つまりManagement By Customer Satisfactionが求められるのである。これが本当の意味での「顧客満足経営」。顧客の視点で経営全般を見直し、洗いなおし、顧客革命時代の顧客主導の発想なのだ。まさに「顧客が」の発想である。

したがって今重要なことは「顧客満足管理」と「顧客満足経営」が根本的に違うことを認識しなければならない。顧客満足管理は経営の一つの手法であり、顧客満足経営は経営の哲学である。次元が違いレベルが違うのだ。実はこれまで企業で「CS」とか「顧客満足」といっていた、あるいは「顧客満足経営」だと思ってやっていたのは「顧客満足管理」、つまりサービスの質と生産性向上の一手段でしか過ぎなかったのだ。もし御社がCS経営をいま標榜しているならばそれが本当に顧客満足経営なのかそれとも顧客満足管理なのかこの際、徹底的に検証することが求められるだろう。                                                        

 

顧客満足管理と顧客満足経営の違い

顧客満足管理

Customer Satisfaction

                   Management

意味:

顧客満足の管理

内容:

顧客を満足させるために社内の体制を整備する

発想の視点:

伝統的企業主導の発想

 

顧客満足経営

Management By

  Customer Satisfaction

意味;

  顧客満足による経営

内容:

顧客の視点で経営全般を見直し、洗いなおす

発想の視点:

顧客革命時代の顧客主導の発想