My Fairy King

   14

 

 

 黒い騎士の馬は枯れた草に、黒く焦げ痕を残した。

火花を立てる蹄の通った後からちろちろと小さな炎が現れて瞬く間に燃え広がり、辺りを火の海へ変えた。

 暗闇がわだかまり、枯れた樹々が助けを求めて干からびた腕を天へ伸ばす森へ、黒い騎士は駆け込んだ。

 指輪の石がざわついた。王はあの森にいる。

 王の額の石。

 僕の指輪の石。

 星の輝き。

 この世界なのだ。

僕は森へと降りていった。

 樹々の間を走り抜けて、──────僕はとうとう王を見付けた。

 王はたった一人で、黒い騎士と対峙していた。妖精貴族達の悲しいなきがらは、樹々の根本で、輝きを失って灰色の抜け殻になっていた。

<来るなァ!!>

 王は僕に向かってそう叫んだ。

 僕は手の中へ短剣を具象化して翼を広げて飛び上がり、黒い騎士の首もとへと短剣を突き立てた。

 筈、だった。短剣は何も切りはしなかった。黒い鎧の中は空っぽだったのだ。

 いや、──────無が、そこにはあった。

 ある筈の無い目が、僕を見てにやりと笑った。黒い甲冑の腕ががちゃりと持ち上げられ、僕は王の足元へと叩き落とされた。

<来るなと言っただろう!!>

 王はそう言いながら、僕を引き寄せて抱き締めた。

「会いたかったんだ」

 僕は呟いた。

<会いたかった>

 王が呟いた。

「君はそうやって、僕をひとりぼっちにするんだね」

 黒い騎士の姿がゆらりと霧のように揺らめき、馬上へ兄が現れた。

「兄さん!!」

 兄はその手に弓を構え、王へ向けてきりきりと引きしぼった。

「お前さえいなければ………!!」

<伏せろ!!>

 僕は王に突き飛ばされた。風を切る鋭い音が響いた。僕が起き上がると、王の右手を、矢は深々と貫いていた。

 風を導き潮を支配し、花を咲かせ僕の背に翼をくれた王の右手を。

 兄は泣きながら笑っていた。

<………魔力が失われた………>

 王が呟いた。

 兄は新たな矢をつがえ、王へ向けてきりきりと引きしぼった。王は左手で矢を折り、僕を背にかばって剣を構えた。

「どうして………どうしてあなたはそうやって、………僕の弟の心を奪ってしまうんだ!!」

「兄さん!!」

 風を切る音。

 ぱし、と乾いた音を立てて、王の額の宝石が矢の切っ先に砕かれた。

 どくん、と心臓が跳ねた。

 王の鮮やかな金の髪と血の赤とが色褪せた様に見え、王の体は力を失って崩れ落ちた。

「王!!」

 兄はいつのまにか、僕のすぐ傍にいた。

「兄さん、どうして!!」

「どけよ」

 兄は冷たく言い放ち、立ち尽くす僕を突き飛ばし、王に近付いた。仰向けに倒れた王を見下ろした兄の口元は、笑っているらしかった。

<すまなかった>

 王は静かに、そう言った。兄は黒いナイフを王に向け、不快そうに眉を寄せた。

<私のした事を、許してくれ。………君の弟は、君と君の世界へ返そう>

 王の声は、かすれていた。

<私は君の弟を愛した。………だから、殺せ。もう二度と、君の弟に会えない様に、消してくれ>

「王、何を………!!」

<黙りなさい。お前を………お前の世界から引き離してしまうつもりはなかった………>

 王は顔を僕に向けた。

<人は薄暗い森を通るとき、自らを圧する沈黙の樹々を怖れ、その陰の存在を思い描いて怖れた。

 人が思い描くとき、その存在はそこに生まれる。我々は美しい月や星の光、輝く露や花々、森の陰、湖のきらめく水飛沫や淀んだ深みから生まれた>

 王は僕を見つめていた。

<だが人はそれらの陰に我々を思わなくなった。それはとても、………寂しい事だ。

 古い詩人達の本のページのなかにしか、我々はもう生きられぬのかもしれぬ。………子供達はまだ、我々を見付けてくれる>

 王は寂しげに微笑んだ。

<しかし、人は自分のいるべき場所から、目を反らしてはならないのだ。………私がいる事は、お前のためにならないのだよ>

 王は顔を兄へ向けた。

<………我々は人が思いさえすれば、そこにいる。だから、思い出されぬように、すっかり、消してくれ>

 兄は唇を噛み、眉をぎゅっと寄せて王を睨んだ。

「黙れ!!」

 王は静かに瞼を伏せた。兄は王の傍に膝をつき、ナイフを真っ直ぐ王の心臓に向けて構えて泣きそうな笑顔を浮かべた。

「消え去れ、悪魔め!!」

「王!!」

 兄のナイフが降り下ろされ、王の左胸へ突き立てられたのを、僕は見た。

 兄が僕の方を振り返った。兄と、目が合ったと思う。暗闇の風が兄の足元から巻き起こり、僕が瞬きをした間に、兄の姿は消えていた。

 呪縛が解けたように僕は立ち上がり、王の傍へ駆け寄った。痛々しい傷も、もつれた金髪も、蒼白な美しい面立ちさえ、色彩を失って消えかけていた。

「王!!」

 僕は傍へ膝をつき、王の肩を抱き上げた。あまりに、軽かった。王はうっすらと美しいアメジストの瞳を開けた。

<剣を取れ、我が愛し子よ>

 僕は首を横に振った。「嫌だ………死んじゃ嫌だ………!!」

 涙がぽたぽた王の白い顔へ落ちていった。王は僕を力無い腕で抱き締めて、微笑んだ。

<私は………消滅する。王など………継がなくていい。帰って、忘れて………全部忘れて、幸せに暮らせ>

 僕は首を横に強く振った。嫌だ、と言おうとした僕の唇へ王はそっと人指し指を当て、こう言った。

<最後の………守り人の仕事だ。………私が死んだら、あの暗闇をこの剣で切り裂き、兄君を連れ帰ってやってくれ。一番苦しんだのは、彼だ>

 僕は力無い王の手から、まだ輝きを失わない宝玉に彩られた剣を受け取った。

 王は色の薄れたアメジストの目を細めて、微笑んだ。

<最後のキスを>

「最後だなんて………」

 王は苦しげに瞼を閉じ、深く息を吐いた。今にも消えてしまう。たまらなくなって、僕は王の額へ口接けた。王がよくそうしてくれた様に。

<ありがとう>

 王は囁いた。囁く力しか、残ってはいなかったのだ。

<ありがとう、我が愛し子よ………>

 王は微笑み、目を閉じた。僕は腕の中の、呼吸が、心臓のリズムが消えたのを知った。僕は王のからだを抱き締めて、しずかに泣いた。

 僕は王の体を地面へ下ろし、重い剣を持って立ち上がった。

 

 

  treize purte quinze

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