My Fairy King
10
僕は呆然と弟の走り去る背中を見送った。足が、がくがくと震えていた。
初めて、喧嘩をした。
僕はゆっくり膝をつき、その場に座り込んだ。恐怖や後悔や怒りがいっぺんに、僕を襲った。
頭と肩はひどく重く、森の中で初めてたった一人で、僕は空っぽでちっぽけで、どうしようもなく怖くなった。
森の木が押し寄せてくる様に思えた。瘤だらけの腕を伸ばして、今にも僕を捕えるかに思えた。地中から足を引き抜いて僕を追って来るかに思えた。
木々を渡る風の音とざわめきは、侵入者である僕を責めるかに思えた。
あんな事を言う所存じゃなかった。僕はただ、弟が僕から離れていくのが怖かったのだ。
弟に愛される妖精たちが、あの国が、妖精王が、妬ましかったのだ。
僕はうずくまり、小さくなって自分を抱き締めた。
妖精たちが、僕を責めている。風の中にそれは聞こえる。かすかな呪いの呟き、吹き寄せる風に乗って僕を捕えに来ようとする妖精軍。
或いは森から抜け出せない様に呪いをかけられているのかもしれない。或いは思わぬ所に崖が現れて、そこから落ちて死ぬかもしれない。
或いは泉の精に引き込まれて、溺れて死ぬかもしれない。
全ては妖精を、妖精国を、妖精王を、弟────世界の守り人を、侮辱し、否定した罪なのだ。
僕は全てが怖かった。森は妖精国の入り口を抱く所、森は妖精たちに満ちている場所。
僕が立つのは敵の只中。
<妖精なんていない>
自分の声が頭の中に鳴り響いた。僕の言った冷たい言葉。弟を傷付けた言葉。
そうだ。
僕は一体、何を恐れていたのだろう?
妖精なんていないんだ。
ここにいるのは僕だけ、あとは年老いた木々だけで、風が吹き抜けていくだけ。
ここには何もいやしない。
恐るべきものは何もいないんだ。
この世界に、見えないけれど存在する者たちなんていない。見えないなら、それは存在しないのだ。見えないものを恐れるなんて馬鹿げてる。
僕が立つのは森の真ん中。
恐怖心が、僕の心臓からその手を引くのがわかった。
僕は家に向かって歩き出した。弟だって森や丘で夜を過ごすわけにはいかないもの、すぐに意地を張るのをやめて帰ってくるだろう。
幻想は寒い夜を暖めてはくれないのだから。
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