My Fairy King

   

 

 

 僕が気が付いたとき、そこは真っ暗だった。手を繋いでいた筈の兄は、僕の手の先にはいなかった。そこには地面も、上下左右もなかった。

 ただそこには、兄では無い誰かがいた。   「………誰?」

〈私はこの世界の王だ〉

「………王?」

〈そうだ。お前を待っていた、愛しい者よ〉

「お兄ちゃんはどこ?!」

 声は笑った。

〈眠っているよ。お前とは違って、彼は私の存在を心から信じたりはしない。それはこの世界にとって、有害ですらある。………安心しろ、傷付けたりはしない〉

 声は楽しげに言う。

〈『眼』を開けよ。お前は見ることが出来る。私の国だ〉

 僕は言われるがままに目を開いた。目は開けていたつもりだった。どうやったのか、僕には分からない。

 そこには、まばゆい光が満ちていた。

 ぬける様な青い空を、竜が戯れながら飛んで行く。

 季節さえ無視して咲き乱れる花々。

「ご覧」

 王の差し出した掌の上に、一匹の蜜蜂が止まっていた。蜜蜂は驚いた事に、針を持っていなかった。おとなしく、黒い瞳で僕を見上げている。

「この世界では誰も傷つかない。誰も傷つけはしない。平和な世界だ」

 僕は顔を上げ、見上げる様にして、初めて背の高い王の顔を見た。

 金や銀に輝きを変える長い巻き毛。時にサファイア、ルビー、エメラルドと鋭く煌めく瞳。整った、高貴な顔立ち。

額には星、背には白鳥の翼。オパールの長衣を纏い、腰には美しい剣を帯びている。

 僕はいつの間にか、絹の衣を纏っていた。

「あなたは………妖精王?」

「そう呼ばれている」

 僕は呟くように聞いた。

「………どうして僕を?」

「お前は知らないかもしれないが、私はずっとお前を見ていたよ、若葉の陰や花の中からね」

 王は微笑んだ。

「私が選んだのだ、愛しい者よ」

 王は僕の手をとって、そっと口接けた。僕は慌てて手を引っ込めた。顔が赤くなるのが、自分でも分かった。

「僕は女の子じゃない!」

「この世界にも私にも、関係の無い事だ」

「それに僕は、………僕はお兄ちゃんと一緒じゃなきゃ嫌だ」

「なら兄君も一緒に、ここにいると良い」

 王はおいで、と身振りで示して歩き始めた。

「この世界は、私たちだけでは支えられない。私たちもこの世界も、とても不確かな存在だ。

 お前の様に、私たちの存在を信じてくれる人間がいなければ消えてしまうのだよ」 

 王はその美しい瞳、サファイアの瞳で僕を真っ直ぐに見つめた。

「だから………私を助けてほしい」

 僕には、嫌だなんて言えなかった。それに僕は、すっかり王に魅せられていた。

 ぼくはそっと、頷いた。

 王は振り向いて、微笑んだ。

「お前の兄君はそこで眠っている。さぁ、起こしてやろう」

 赤い芥子の花が、丘の下一面に咲いていた。

 

 

  deux purte quatre

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