My Fairy King

   

 

 

 暑い暑い、夏の午後だった。僕は弟と連れだって、小川へ魚を釣りに行くところだった。

 僕らは双子だ。そっくりな鳶色の髪と茶色の大きな瞳。僕は自分の顔を知っている様に、弟の顔を知っている。

その見慣れた顔はもう、鏡の中にしか無いけれど。

 顔立ちも体つきもそっくりだったけれど、僕らは正反対だった。そして二人で一つだった。光と影、昼と夜の様に。

僕は外で走り回るのが好きだけれど、弟は家の中で本を読む方が好きだった。いたずらを考えるのは弟、実行するのは僕だった。

僕は科学に興味があったけど、弟は空想や神話を愛していた。

 小川へ行くには林の小道が近道だ。釣りざおを担ぎ、二人で一つのバケツを振り回しながら、並んで歩いた。

「お兄ちゃん、妖精の瑪瑙が沢山あるよ」

 弟が指差したのは木苺だった。

「妖精の瑪瑙?」

「昨日は夏至だったもの。妖精たちは夜にダンス・パーティーをしたんだよ」

 弟はいつも、まるでその目でみたかの様に、妖精の話をしていた。

「それで朝になる直前まで気付かなかった。朝日が昇ってさぁ大変!! 慌てた妖精達のドレスの裾飾りや首飾りから、瑪瑙がきらきら落ちたんだ」

「妖精なんかいないよ。きっと誰かが、影とか花とかと見間違えたんだ。それにあれはただの木苺だよ」

 僕は弟にいつもそう言っていたけれど、弟の妖精の話は好きだった。

「朝日を浴びたら、妖精の瑪瑙は木苺になるんだ。真珠は露、スカーフは蜘蛛の巣。……ねえお兄ちゃん、だってそう考えた方が楽しいでしょう?」

 弟はいつもそう言った。僕らは喧嘩はしなかった。

 僕らは瑞々しい黄色い宝を頬張るのに夢中になって、しばらくは静かになった。

 僕らは枝から枝へ、木から木へ、暖かな太陽の味のする黄色い宝石の沢山ある方へ、歩いて行った。

「お兄ちゃん」

 弟は僕のシャツの裾を引っ張った。僕が振り返ると弟は、頬を紅潮させて指差しながらこう言った。

「フェアリー・サークルがあるよ」

 輪になってダンスをした後の様に、ぐるりと円を描いて、草が無くなっていた。

「はじめてみたよ!! ね、お兄ちゃん、本当に妖精はいるんだよ!!」

 弟は嬉しそうに笑った。そしてその神聖な円にほんの少し近付いて、注意深く眺めた。

 僕はフェアリー・サークルはある種のきのこが作り出すものだから、妖精のダンスの跡ではないと説明しようとしたけど、

どうしてきのこが綺麗な円を描くのか説明がつかなくて、言うのをやめた。それに弟は、本当に嬉しそうだったから。

「フェアリー・サークルは妖精国の入り口なんだよ」

 だから入っちゃ駄目なんだ、と弟は言った。

「入ってみようか」

 僕の提案に、弟は呆れた様に答える。

「妖精たちは干渉されるのを嫌うんだ。だから駄目」

「大丈夫だよ」

 妖精なんていないから、と僕はいいかけてやめた。

「入りたくない?」

 僕はにやりと笑う。僕だって、本当に全く妖精を信じていない訳じゃ無い。僕だってほんの少しは、日常が崩れ去って冒険が始まる事を、期待していた。

「ね?」

 弟は頷いた。──────ああ、この時ならまだ引き返せたのに!

 僕は弟に、手を差しのべた。弟はその手をぎゅっと握り締めた。僕も握り返す。

不安なのは全く同じだ。同時に抱いている期待も同じだ。同じ鼓動が聞こえてきそうだった。

 それから僕らはフェアリー・サークルに、ゆっくり右足から踏み込んだ。

 

 

  un purte trois

広告 無料レンタルサーバー ブログ blog