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2008年1月 6日 (日)

「素人の感覚」と旧社会党的「台所感覚の政治」の耐え難い緩サ

 トンデモで知られる自称科学者さんが「相対性理論は間違っている」と主張して、その理由を聞かれて「私には理解できないからである」と答えた-という話をどっかで読んだことがある。

 確かに、時間が遅れるとか空間が歪むとかいった話は「世間の常識」や「一般人の感覚」「素人目線」では理解し難いし、相対性理論をちゃんと理解している人というのは自分も含めてほとんどいない。でも、世間はそれを受け入れている。というのも、いろいろな観測や実験、追試が積み重ねられ、その正しさが相当程度の手続きによって証明されているからで、理解できないからウソ・間違っているというなら、人間は天動説から一歩も進めない。

 ということでまぁ、完全に明後日の方向に行った人は別として、「一般人の感覚からして」「素人の目線で言うと」「世間の常識」というような物言いは、一見、世間を代表した葵の印籠のように使われるけど、実はただの無知であったりトンデモであったりすることが多い。

 別にこれは自然科学だけではなくて、人文科学、社会科学にも言える。

 最近、「一般人の感覚」が幅を利かせたのは、件の裁判で、例えば「人を殺めたのだから死刑は当然」という意見を高名な政治評論家がテレビで言って、似たような言説がwebにも飛び交ったけど、なぜ法律が殺人と傷害致死とほかに業務上過失致死とか危険運転致死などとと、結果人を殺めることでも適用される罪状を分けているのか、どうして被告には弁護人が付くのか、弁護人は何をするのか、法律や司法制度、判例や慣習の長い積み重ねを無視して「一般人の感覚」でモノを言われても、それはちょっとなぁ。
 「人を殺めたのだから死刑は当然」なら、過失割合0:10(こんなことは現実にはないけど)の交通事故で人を殺めても死刑にしろってことですかね。もちろん、被害者や遺族は殺意の有無や犯行の態様に関わらず、結果殺められたことに対し(被害者によほどの過失がない限り)、犯人を殺したいほど憎むのは当然で、そうした感情自体は誰にも否定できない。これまで被害者が刑事司法の場で長く蚊帳の外に置かれていたこと、救済が薄かった点については改善の余地があるけれど、これは「一般の感覚」では指摘し得ない-というのは、制度を知らないと問題点を指摘できないんだから。

 歴史も同じで、専門家が何代にもわたって研究成果を積み重ねているわけで、半可通がその積み重ねをすっ飛ばして新事実を突きつけられることなどほとんどない。まして「素人目線」での疑問など、ほとんどが決着している。自然科学と違って追試ができなかったり、曖昧である部分はあり、政治的思惑が絡むから少しややこしくはなるけど、専門家の積み重ねというのは、人文科学でもその正当性が相当程度の手続きによって証明されていて、それだけ重いものだと思いますよ。

 だから、専門家や媒体が、専門家ではない人に分かり易く説明するのは当然としても、素人がその件について意見を述べようとするなら、せめて説明を聞く準備というのがあって当然じゃないのでしょうか。専門書までとは言わないけど、せめて新書の一、二冊でも読むとか、もしくはgoogleでもいいけど。「素人の目線」で言えば、なんでも許されるというわけではないですよ。

 で、以前から「一般人の感覚」という物言いを見るにつれ思い出すのは、旧社会党の「台所感覚の政治」みたいなスローガンで、そりぁ政治家が市井の状況を知るのは大切だけど、その背景には「台所感覚の政治」と言えば何でも許されるような、「素人目線」同様の駄目さ加減が感じられた。やたらと「素人目線」「世間の常識」「一般人の感覚」が強調されるのを見るにつけ、耐え難いような緩サを感じずにはいられない。

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» ただ一歩を [Chromeplated Rat]
踊る新聞屋-。さんの「素人の感覚」と旧社会党的「台所感覚の政治」の耐え難い緩サと云うエントリを読んだ。 ここのところ、一般人がニセ科学について考える意味、コモンセンスでニセ科学を判断する意義、と云ったことにまつわるエントリを書くことが多い。自分語り臭くて嫌ったらしいなぁ、と云う自覚はあるのだけれど、実際のところこれはこのエントリを書いた頃にあらきけいすけさんの言説に触れてあれこれ考えたことが4ヶ月近く経ったいまも尾を引いている、と云うことだったりする(端的にはTAKESANさんのご質問に答えると... [続きを読む]

受信: 2008年1月 7日 (月) 22時15分

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