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特集ワイド:日帰り北朝鮮ルポ 制限だらけの開城ツアー 「反日バス」で本音チラリ

 北朝鮮を旅してきた。といっても、韓国のソウルからバスに乗って古都・開城(ケソン)をめぐる日帰りツアー。案の定、あれもダメ、これもダメ、それでも見えた、かの国の素顔をリポートする。【鈴木琢磨】

 ◇外貨狙い、笑顔の売り込み

 ソウルの名所・秘苑(ピウォン)のそばからバスに乗り込んだ。朝の5時半、あたりは真っ暗である。客を当て込んでか、屋台が出ている。出発までうどんをすすって、体を温めた。そして、いざ、北へ! 軍事境界線を越える未知の旅、そんな緊張感はない。わいわいがやがや、あるいは居眠り。

 この開城ツアー、現代グループの現代峨山(アサン)が金剛山ツアーに次いで12月からはじめたばかり。1人18万ウオン(約2万2000円)。申し込んだら、年内は予約でいっぱい、1日だけ空いていた。12月19日、大統領選の日である。「開城はふるさとだからね」。一緒になった金ハラボジ(おじいさん)は笑った。南側出入国事務所のある都羅山(トラサン)は各地からのバスであふれていた。

 乗り換えたバスは荒涼とした非武装地帯を抜け、北側出入国事務所へ。「キヨップタ(かわいい)!」。一斉に窓ぎわに駆け寄ると、ほっぺたを赤らめた女性兵士だった。入国審査をすませると、フロアにBGMが。♪パーンガプスムニダ(うれしいです)……、南でも知られた北の流行歌である。ソウルを出てわずか2時間、時代は変わった、と実感しつつも、どこかしら違和感を覚えた。それは北のガイド2人が加わってなおさら。

 寒いなあ、ちょっと不満が漏れると年長のガイド氏は言葉巧みだった。「済州島(チェジュド)からおこしですか?」。駅舎が見えた。にわかづくりだと遠目にもわかる。それでも故金日成(キムイルソン)主席の肖像だけはある。バスは開城工業団地内をひた走る。南北経済協力の拠点、貨物列車も定期運行された。「統一時代ですよ!」。大量の労働力が注ぎ込まれているのか、空き地には通勤バスが鈴なり、コンビニまである。

   ■

 そんな現代的な光景もほどなくくすんだ。古い瓦ぶき民家、オンドルの煙突から煙は出ていない。でこぼこ道を黙々と歩く人びと、アパートの窓は所々ビニールが張ってある。撮影は一切、禁止。ガイド氏の口数も減った。韓国人はハングルの看板が読める。「ナムセってあるのは南ではヤチェ(野菜)っていうんでしょ」。と、ハラボジの目に60年前が重なった。「ここの中学を卒業したんだ。あそこの畑でスケートもしたぞ」

 バスは母校を通り過ぎていく。ハラボジ、窓に顔をこすりつけたままである。高麗時代(918~1392年)の首都、開城は数奇な運命をたどってきた。日本の敗戦で朝鮮半島は植民地支配から解放されたものの、38度線で分断された。そのとき開城は南側に入った。けれど間もなく、朝鮮戦争が起き、休戦協定で新たに軍事境界線が引かれ、北側に属するようになった。遠のくハラボジの母校に<21世紀の太陽金正日(キムジョンイル)将軍万歳!>なるスローガンが見えた。

 朝鮮3名瀑(めいばく)のひとつ、開城郊外の朴淵(パクヨン)の滝へとバスは急ぐ。韓国でドラマにもなった李朝時代の妓生(キーセン)、黄真伊(ファンジニ)ゆかりの地。ガイド氏はここぞとばかりうんちくを垂れ、彼女の詩を朗じたのである。その名調子に車内はわいた。と一転、口調が変わった。「みなさん! 近くに王陵があります。日本帝国主義者どもが盗掘し、遺物を奪いました。ウェノム(日本のやつら)は悪いでしょ!」。車内は応えた。「イェー!(そうだ)」

 南北融和のバスは「反日バス」になった。ああ、居心地が悪い。パンフにこうあったはず。<体制批判や南北の政治、経済など敏感な事項の話は慎んでください>。日本の悪口はOKだったらしい。滝へと山を登りながら、部下とおぼしきガイド氏に文句を言った。「日本人客だっているのにウェノムはないだろ」。大学で歴史を専攻した彼は戸惑った。「申し訳ありません。でも、日本はわれわれを敵視しているじゃないですか」

 観光客らは勇壮な滝を背に写真を撮ると、おしゃれなピンクの服を着た女の子と並んでポーズをとった。1杯1ドルでコーヒーのサービスをしている。さらに山を登ると、観音寺、ぽつんと所在なげな僧もいた。袈裟(けさ)をはおっていても抹香臭さがない。よく見れば、ビジネスシューズ! 頭隠して、尻隠さず。仏さまより将軍さまの国だしねえ。

   ■

 バスは市内へ戻り、金日成像がそびえる子男山(チャナムサン)のふもとのレストラン「統一館」でランチ。12ものおかずがテーブルに並ぶ。でも、だれもがさっと切り上げた。午後から〓陽書院、善竹橋……と見どころが続くけれど、街をじかに感じたいのである。自然、大通りに飛び出しては、中心部の南大門の方角をのぞく。ガイド氏は制止する。路地に軍人まで出て、警戒に当たっている。開城百貨店は人影がまるでない。なぜ?と問うと、しどろもどろになった。

 さて、このツアー、おしまいは高麗博物館である。残念ながら、見るべきものはほとんどない。代わりに駐車場のビルにまたしても勇ましいスローガン。<偉大な将軍さまの先軍思想を輝かしく実現しよう!>。観光客がたまりかねて「核を持つのはけしからん」とかみつけば、ガイド氏は「米帝に対抗するには核しかなかった」と返す、これが目撃した唯一の応酬だった。

 外貨獲得への執念はすさまじい。土産物ショップができていた。美女をそろえ、バスの出発ぎりぎりまでニンジン酒や工芸品を売り込む、売り込む。払いはドル。のしイカを買った。2ドルだった。いつしか若いガイド氏がぴったりくっついている。バスに乗れば隣に座る。「一人旅はさみしいでしょ」。それとなく聞いてくる。日朝、米朝関係の展望である。彼らが気にしているのがよくわかった。

 バスは再び軍事境界線へ向かった。車窓を流れる夕暮れの風景、悲しいくらい静かである。<革命の首脳部を決死擁護しよう!>。赤いスローガンがむなしい。北側出入国事務所で軍人の手でデジカメの画像を一枚ずつチェックされ、晴れて南へ。うとうとしていると、ソウルだった。

 電光ニュースが新大統領に保守派の李明博(イミョンバク)氏の当選を伝えていた。経済大統領の登場である。金大中(キムデジュン)、盧武鉉(ノムヒョン)と続いた親北政権の10年、その揚げ句がテポドン発射、そして核実験だった。われわれ日本人には釈然としないけれど、韓国人はいらつきながらも、同胞愛から、ひたすら耐えしのんできたのだろう。そんな無原則な対北支援に終止符は打たれるのだろうか。

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毎日新聞 2008年1月8日 東京夕刊

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