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特集ワイド:ビートたけしさんに聞く「足立区ギャグ」 落差に面白さの種

 縁あって昨年末、ビートたけしさん(60)を囲む宴席に招かれた。せっかくの機会である。積年の疑問、「足立区ギャグ」について聞いたところ、慎重に言葉を選びながら、丁寧な答えが返ってきた。思った以上にまじめな人だ。人は会うまでわからない。深く反省する夜だった。【藤原章生】

 訪ねたのは東京・浅草。たけしさんが親しくしている方のご自宅だ。薄手の黒いとっくりセーターに黒ズボン姿のたけしさんの前に座ると、気を使ってか、最近知り合った仏師や、朝青龍関の話をぽつりぽつりと披露する。その合間に時折、短いギャグを挟み込み、末席の弟子たちから笑いが起きる。

 静かに飲んでいたが、次第に引き込まれ、「一言」とマイクを向けたくなった。そこで尋ねたのは、私の個人的な疑問、たけしさんがデビュー当時に連発した「足立区ギャグ」についてだ。

      ■

 私は70年代、10歳から18歳までを東京都足立区古千谷(こぢや)という町で暮らした。

 <高度成長時代、足立区は全国から職を求めて押し寄せる新住民を積極的に受け入れ、成長を続けた典型的な街だった。都営アパートが三万戸以上も建造され、人々はしもた屋での共同生活や長屋暮らしから解放され、モダンな暮らし、核家族時代の未来をそこに見た。街はいつも活気に溢(あふ)れ、所得が増えると都営アパートを出て、一戸建て住宅をローンで購入するというステレオタイプの夢があった>(須田慎一郎著「下流喰い」ちくま新書、一部略)

 足立区が今よりはるかに明るかった時代。その田舎っぽさやダサさを笑うたけしさんの毒舌に、10代の私は自分が笑われたような気分になったものだ。そう話すと、たけしさんうつむいて、考え込んでしまった。

 「うちは、足立区の梅田ってところで、典型的な都会の外れ。パリならアラブ人やアフリカ系がいる、ダウンタウンの外れみたいな所でね」

 パリを持ち出したのは、フランスのリベラシオン紙の特派員が同席していたからだ。「うーん、サラリーマンの子供と違って……うちはペンキ屋だから、当時はコールタール、防腐剤を壁や屋根に塗ったりしてね。服は一番汚いの。ほとんどこじき同然の格好で、それを(級友たちに)からかわれる。在日も差別されてて。差別されると、新たに差別する相手を見つけなくちゃ生きてられないんだよ。タクシーの運転手のせがれにバカにされたら、今度は韓国人とバタ屋を見つけてバカにするとかね」

      ■

 ◇笑いは差別だと思っているところがある。ホームレスがバナナで滑って倒れるより、総理大臣が滑った方がおかしいでしょ

 かつての下町や東京の外れでは、職業や見かけで他人を差別するのが日常だったという。「下町の寅さんみたいな映画、みんなうそだと思うもの。住人が助け合ったわけでもないし、ホント、ひどい、むちゃくちゃだったもの」

 出身地をおとしめたのは、そんな差別を笑い飛ばす意味もあったのだろうか。

 「うーん、笑いは差別だって思っているところがあるからね。差別的な意見で人が笑うところ、あると思う。それがないと、かなりの笑いがなくなるんじゃないかと思う」

 それにしても、どうして差別が笑いになるのだろう。

 「基本的には、なぜ面白いかというと……。逆に言えば、ホームレスがバナナで滑って倒れるより、総理大臣が滑った方がおかしいでしょ。偉くなって、(カンヌ国際映画祭のような)世界の舞台に呼ばれ、自分を上げておいて、改めてちょんまげをかぶるとか。アカデミー賞に呼ばれて、お尻が出ていたりとか。だから、野球選手に一生に一度、サードから回ってみろって言ってるの。長嶋(茂雄)さんも何回わざとエラーしたことか」

 差別も含め、落差に面白さの種がある、ということだ。

 宴も半ばに差し掛かった。たけしさんは所属事務所のカレンダーを参加者に配りだした。西アフリカ、ベナン出身の弟子、ゾマホンさん(43)が3本まとめてもらおうとすると、たけしさんはすかさず、「ゾマホン! アフリカは日にちなんか関係ねえじゃねえか。暑い、涼しい、だけだろ。朝か夜かとか」と、ギャグを飛ばす。弟子を大事に思うたけしさんは、ゾマホンさんを介し、ベナンに教育支援している。

      ■

 ◇ちょっと外すし、何でもいきなりじゃない。おれの映画の場合、説明を省くから、映像的に想像してもらえる

 監督作品が、欧州、特にフランス、イタリア、そして中南米で広く受ける理由を、本人はどうみているのか。

 「うーん。基本的に、映画自体がやっぱりお笑いの落とし方するからじゃない。ちょっと外すし、何でもいきなりじゃない。普通は相手がしゃべるのに反応して、『今からお前を殺すぞ』とか、いろいろ恨みつらみを言って撃つんだけど、おれの映画の場合、ドンと音がしてもう倒れている。説明を省くから、映像的に想像してもらえる。カメラを動かさないし、のりしろが結構あって、見る人がいいように解釈してくれる」

 最新作の「監督・ばんざい!」(07年)や「座頭市」(03年)にしても、予定調和に刃向かうその自由さに一種の解放感がある。「基本的にね、映画に対する勇気、今まであったものをぶっ壊しにかかる勇気かな。座頭市のタップダンスとかね」

 「座頭市」は勝新太郎主演の人気作品のリメークだ。「普通なら勝さんの物まねをするんだろうけど、おれの場合、髪を(金色に)染めたり、目を青くしたりする。その勝負ができるかどうかが大事なんだと思う。それとメッセージなんか入れないこと。メッセージをつけると芸術から離れていく。誰もピカソに『なんであの絵を描いたんですか』って聞かないでしょ」

 海外の著名な監督や俳優が、「一緒に仕事を」と訪ねてくるが、結構シャイだ。昨年、米エミー賞の授賞式に出たとき、米国の俳優、ロバート・デ・ニーロを目にした。デ・ニーロが以前、「タケシの映画が好きだ」と語っていたのを思い出したが、結局、自分から声をかけられなかった。

 「『やあ』と、あいさつしたらいいじゃないですか」と言うと、「うーん、まだまだ、(自分は)そこが妙なんですよ……」と答え、しきりに首をひねっていた。

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毎日新聞 2008年1月7日 東京夕刊

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