まず「医療総崩壊」の現実を直視しよう(第1回)

January 6, 2008 6:00 PM

2008年という新たな年の始めにあたり、まずひとつの問いかけから始めたい。「日本の医療は進んでいると思いますか?」

漠然とした問いではあるが、おそらく多くの人の答えは「Yes」ではないだろうか。私も正直言って「Yes」と思っていた。だが医療関係者の取材を始めて驚いた。現場の医師からは「日本の医療は危機的な状況に向かっている」という答えがいくつも返ってきたのである。

一昨年、昨年と、その危機が相次いで現実のものとなりニュースになった。からだの不調を訴え救急車を呼んだのに、病院に受け入れてもらえず、いわば「たらい回し」にされて死亡するという出来事が起きてしまったのである。06年8月奈良県大淀町の「32歳妊婦約20の病院に受け入れを断られ死亡」という件が大きく取り上げられたが、その後も07年12月兵庫県姫路市の「66歳男性18病院に受け入れを断られるなどして死亡」、07年12月大阪府富田林市の「89歳女性30病院に受け入れを断られ死亡」などと相次いだ。

いずれも近くに病院がある地域での出来事だ。18とか30とかの打診先があるということはむしろ病院がかなりの数存在する地域で起きているともいえる。

さらには新年早々の1月2日夜、大阪府東大阪市で交通事故に遭った49歳の男性が救急車で搬送される際、5つの病院から受け入れを断られるなどした末に死亡した。この5つの病院はいずれも「第3次救急医療機関」で、命に関わる重い症状の患者に対応する施設だった。いわば救急救命の「最後のとりで」の医療施設である。もろもろの悪条件が重なったのかもしれない。だがこれが日本の救急医療の実情なのだ。

調べてみてわかったことだが、救急車が搬送を打診しても受け入れを断られるということは実は全国各地で日常的に起きているのだという。

結果が「死亡」という場合のみがニュースとして大きく取り上げられたのであって、こうした不幸な出来事は日本のどこでおきてもおかしくないのが現実なのだ。「今のままではこのような事案は増えるであろう」と、医療現場からは絶望的な予言が返ってくる。からだに異変が起き、あるいは事故に遭い、すがる思いで救急車を呼んだのに病院は受け入れてくれず助けてもらえない。こんなことが起きている国の医療が「進んでいる」と言えるはずがない。私たちはまずその現実を知り、危機感を持たなければならない。

崩壊が進んでいるのは救急医療だけではない。分娩が出来る産科医がどんどん減っているという。遠くまでいかなければお産ができない。大きなお腹で遠くまで通わなければならない、そんな地域が増えているのだ。出産のあとお世話になる小児科医も減っているという。そんな現実を改善しないままで「少子化対策」をうたってみてもむなしく聞こえるだけだ。

外科医も減っているという。大ケガをしたり、手術を要するような病気になった時、頼りになるのは外科医だ。それが減っているという。大変なことだ。すでに「ガンの手術で何か月も待たされる」ということも起き始めているという。

まさに「医療総崩壊」である。そしてこれらの根底にある問題として指摘されるのは「医師不足」という問題である。

政府は長らく医師数抑制策を取ってきた。なぜだろうか。どうやらその理由は、医師が増えるとそれだけ医療費が増えてしまうからだという。医療費が国の財政を圧迫しているから、その医療費を抑えたい。そのために医師の数を抑制しているのだという。

多くの人は「病院でちゃんとした診療をするためにどのくらいの医師が必要なのか」とか、「患者の数から考えてどのくらい医者が必要なのか」とか、そういうことから国は計算して必要な医師数を考えていると思っていたのではないだろうか。どうやらそんな考えには立っていないようなのだ。この医師数抑制策の決め方を見ていると、「本末転倒」という四字熟語がぴたりあてはまるような気がする。

現実はどうか。病院の医師に聞くと、誰もが「医師が足りない」と言う。病院の勤務医はどこを見渡しても数が足りていないようだ。残された医師たちは過酷な労働時間に耐えて診療を続けている。こんな状態は改善してもらわなければならない。医師本人のためにも、であるし、患者の側から考えても、疲れきったお医者さんに診てもらいたい人などいないはずだ。

もちろん「不足」を言う前に「医師の偏在」という問題はあるだろう。厚生労働省はずっと「偏在」こそが問題だという姿勢をとっている。では偏在を解決するために本当に一生懸命策を講じてきたのだろうか。実は「偏在」を解決するというのは口で言うほどたやすい問題ではない。医師は自分の意思で診療科を決め、どこで診療するかを決めている。勤務医として診療するのか、開業医としてやるのか、などは基本的に他者が強制するものではないからだ。

医師を増やすというのもたやすいことではない。国は大学医学部の定員を制限することによって医師の数をコントロールしてきたのだが、仮に医学部の定員を増やしたとして、医師が一人前になるには10年かかるといわれている。

医師不足の問題は文字通りすぐに取り組まなければならない「急務」なのだ。一方で、政府が一番気にしている「医療費」の問題もある。高齢化社会の中、さらに増えることが予想される国民の医療費の負担をどうするのか。医療を充実させるためなら医療費が際限なく増えていい、というわけにはいかない。本当に頭の痛い問題だ。

状況はかなり危機的な段階を迎えている。私たちはまず現状を知り、それをお伝えすることから始めたい。知れば知るほど今の状況の厳しさがわかってくる。わかったうえで国民にとってもっともよい制度を、国民が納得するかたちで設計しなければならない。1年後、有意義な問題提起ができたと思えるよう、取り組んでいきたい。

posted by 森田公三 at 18:00|Comment (34)

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