 |
「先生、正月だからお酒を飲んじゃだめかな。もちも食べたいよ」。往診患者から相談されて笑顔で答える土川権三郎さん=高山市丹生川町
|
「さて、最初のお宅はどこかな」。高山市丹生川町町方の市国保丹生川診療所を出発した乗用車。医師の土川権三郎所長(56)自らハンドルを握り、看護師と2人、訪問診療に向かう。寝たきりや歩行困難などで通院ができない人の往診だ。
同診療所は、高山市中心市街地から車で約15分。土川さんはたった1人の勤務医で、225・47平方キロメートルという広大な山村の患者を引き受ける。患者の9割は高齢者。往診患者数は約30人で、飛騨地域では最多クラス。床ずれの治療などの処置をしながら、「寒くなりましたね」と笑顔で家族に声を掛ける。あえて会話を仕向け、雑談から患者や家族が困っている糸口をつかみ、看護師とあうんの呼吸で対処する。
「先生は何もかもわかってくれる。病院より先生に診てもらいたい」。患者らはそんな土川さんに絶大な信頼を寄せる。
往診患者には携帯電話の番号を教えている。この年末年始の6日間には問い合わせは6件、緊急往診が4件あり、2人の患者の最期をみとった。
祖父から代々、丹生川町で開業医だった土川家。土川さんも迷わず医師の道へ進んだ。内科消化器や肝臓病が専門で、地域医療に熱心な名古屋市の病院で16年間勤務医を務めた後1997(平成9)年に故郷へ戻り、同診療所長になった。父親が他界した時に廃業した家業を別の形で継いだ。
「病院では、患者の背景にある『家族』が見えにくい。病気を見ていても人を見ない。家族が傷つくような事実も平気で言えてしまう。私にも経験があるけど感受性が鈍るんですよ」と土川さんは自戒する。「でも在宅医療では往診で家にも上がるし、家族とも話をする。患者と人間関係を築くから、病気だけでなく患者を全体的にとらえた上で本人がどうしたいのか、どうすべきか判断できる。それが地域医療の根本だと思う」。
丹生川町は、飛騨地域でも在宅医療の希望が強い土地柄。土川さんの調べでは、昭和30年代は住民の9割が在宅で最期を迎えたが、所長に着任した97年は在宅死亡者は全体の1割。残り9割は病院死亡者だった。土川さんは、在宅医療を支援するシステム作りに尽力した。その結果10年間で在宅死亡者が、町全体の3割にまで引き上げられた。
しかし、これまでは、へき地医療支援として総合病院から応援医師が月に3日間、診療所に派遣されていたが、医師不足の余波を受けて昨年度からはゼロとなった。土川さんの仕事にも少しずつ、しわ寄せをきたしている。「在宅医療ではいざという時に預かってくれる病院との連携が不可欠。国は医療費を減らすため病院を減らそうとしているが、それでは地域医療が立ち行かなくなる」と危機感を募らせる。
「それでも、私自身は死ぬまで丹生川で地域医療を続けるつもりですよ」。患者に安心感を与えるあの笑顔を見せた。
【地域医療】 疾病予防から診断治療、リハビリテーション、終末期医療までを含めた総括的、継続的に行われる組織的な活動全体のこと。病気という状態を治すだけでなく、生命の尊厳を含めた住民の健康を、地域を挙げて支援し守っていこうとする活動が各地で見られる。医療ニーズは地域ごとに異なるが、病名判断と治療に重点を置く病気中心の医療から、豊かな生活を送るために健康を守るという人中心の医療が求められている。
|