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社説

2008年01月07日(月曜日)付

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希望社会への提言(11)―「アポロ13号」に教育を学ぶ

・正解を急がず、競わせず、考える心を育てよう

・教育は投資、社会全体で知の劣化を食い止める

    ◇

 この国の望ましい未来図を描いてみよう。そう考えて、昨秋からこの社説シリーズを続けてきた。新年は、教育から考えてみたい。

 社会の豊かさは、何によって決まるのか。その土台となるのは、私たち一人ひとりが持つ力、知力だろう。日本は大丈夫か、と考えたとき、まず頭をよぎるのが子どもたちの学力危機である。

 実話をもとにした映画「アポロ13」に、こんなシーンがある。

 人類が初の月面着陸を達成した翌年の70年、月に向かったアポロ13号は深刻な船体トラブルに直面する。とくに、3人の宇宙飛行士が吐きだす二酸化炭素をどう換気するか。マニュアルには想定されていない事態だった。

 地上スタッフが、宇宙船と同じ訓練用の船から使えそうなものをかき集める。刻々と限界が迫る中、試行錯誤しながら換気装置を手作業で作り、飛行士にその方法を伝えて無事帰還を果たした。 

 

 日本が低迷を続ける国際学習到達度調査(PISA)は「未来型学力」のテストと呼ばれる。いま何を知っているかではなく将来何ができるかを測る――。

 調査をしている経済協力開発機構(OECD)の事務総長は、日本にこんな警告を発した。「知識を再現する学習ばかり続けていると、労働市場に出た時に必要とされる力が身につかない」

 予期せぬ事態がおきた時、多くの情報から何を選び取り、どう生かすのか。宇宙飛行士の命を救ったのは「未来型学力」の果実ともいえるだろう。

 学力世界一といわれるフィンランド。福田誠治・都留文科大教授は、その教育の神髄を二つあげた。

 第一に、正解を先回りして教えない。

 理科の授業では、まず実験だ。様々な現象を見させて、各自が仮説をたてる。自分とは違う意見にも耳を傾け、もう一度考えてみる。教師が理論を説明するのは一番最後だ。正解を先に教えると、その時点で思考が止まってしまう。

 次に、他人と競わせないことだ。

 競争させると、順位に関心が向いて、考えることへの興味がそがれる。テストは各自がどこでつまずいているかを確認し、補うためのものだ。考える力がつくとともに学力格差も少ないのは、この二つの理念と実践が成果をあげているからだ。福田教授はそう指摘する。

 「競争させて順位をつけて、何かいいことがありますか」。フィンランドセンターのヘイッキ・マキパー所長は話す。「下の子はやる気をなくし、上の子は自分が優秀だと思いこむ。どちらの人生にとってもいい影響は与えないでしょう」

 日本は、どうだろう。

 学力危機は子どもに限ったことではない。大学生でも分数ができないと揶揄(やゆ)される。しょせんは試験でいい成績をとるために頭に押し込めた知識だ。のど元過ぎれば忘れてしまうのは当然か。

 学力低下は、PISA調査で勉強への意欲が際だって低いことと分かちがたく結びついている。単なる知識の量で成績や入試の合否が決まってしまう。そんな貧しい教育の姿に、学力危機の核心があるのではないだろうか。

 教室で学んでいることが現実の生活に、今後の人生につながっていく。そして、何よりも考えることが楽しいという手応えを感じさせることができるかどうか。そこが分かれ道になるだろう。 

 

 では、どうするか。

 学力の質を転換させることである。

 考える心を育てるには、授業を変えなければならない。未来型学力を育む教員の養成が急務だ。教科書をただ覚え込ませるのとは違って、相当の力量がいる。授業にも十分な準備が必要だ。

 フィンランドでは、教師には原則的に修士号が必要で、実習も実践的だ。授業に専念する環境も確保されている。

 大量の雑務に追われる日本からは別世界だが、授業と放課後の活動の分業など思い切った改革に踏み切るしかない。

 もちろん、義務教育だけでは完結しない。高校、大学の入試やカリキュラムの改革も欠かせない。企業が求めているのも、知識のある若者ではないはずだ。

 当然、相当な財源が必要になる。ただ、こうは考えられないだろうか。教育は未来への投資である、と。

 教育が国の未来を決めることは、歴史が証明している。社会で自立できない子が増えることは、将来の社会保障費に影を落とす。逆に、優れた学力は経済力の向上にも貢献する。政治や行政の質とも決して無縁ではないだろう。

 そもそもOECDがPISA調査を始めたのは、世界がグローバル化する中で豊かさを保つには、国民の知力の質を上げることが不可欠だと考えたからだ。

 日本国民1人当たりの生産力が世界で低落傾向にあることは、PISAの結果と、見事に軌を一にしている。

 この国の知的劣化を食い止め、反転させる。子どもの学力転換を、その一里塚と位置づけよう。

 社会に出たら、教室で習った公式では解けない問題ばかりである。正解がわからない問いと向き合う力をつけることこそが、未来を拓(ひら)く教育の役割だろう。

 希望の苗木を、幹太く育てたい。

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