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悪夢は、まだ、終わっていなかった。
三郎は、誰もいない助手席を見て、愕然とした。
「カオルは?」
三郎は後部座席のドアを開けて、マッキーに訊ねる。
「忘れ物だって言ってたけど……」マッキーが、おずおずと答える。
「マンションに戻ったのか?」
三郎は、マッキーが、うなずくよりも早く、走りだした。
『精神病院から、脱走したんです』
麻奈美の言葉が脳裏を過る。
カオルが、あのマンションに戻る理由は一つしかない。
須藤陽子だ。
小川が死んだ今、カオルの怒りの矛先が、陽子に向けられたのだ。
陽子と会って、どうする気だ?
三郎は、その先を想像するのが恐ろしくなり、激しく首を横に振った。
三郎は、マンションに着き、エレベーターの階数表示を見た。
3で止まっている。
三郎のこめかみが脈打つ。
まずい。
もう、カオルは陽子の部屋に着いたのか?
三郎は、エレベーターの呼び出しボタンを連打した。
鈍いモーター音が、さらに三郎の不安感を煽る。
早く! 早く!
モーター音が止み、やっとエレベーターのドアが開いた。
乗り込もうとした三郎は、エレベーターの中を見て、身を凍らせた。
カオルが持っていた、クマのぬいぐるみの首と胴体が、引きちぎられて床に転がっているのだ。切り口に鋭い刃物の痕が見える。
カッターナイフだ。
俺は、カオルを止めることが出来るのだろうか……
三郎は、震える指先で、3のボタンを押した。
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