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【地球発熱】

<第1部・備える>5 毒アリ北上

2008年1月6日

観察中の岸本さんの指を刺すヒアリ(東京大非常勤講師・寺山守さん提供)

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 指がプクッと膨れ上がり、頭皮が浮くようなかゆみ。体中に“異変”が生じ始めたのは、刺されてから20−30分が経過してからだった。

 体長は最大で五ミリほどの小さな体に、猛毒を潜ませた「ヒアリ」。自然環境研究センター(東京都)の研究員、岸本年郎さん(36)は一昨年3月、台湾・台北県内でヒアリを観察中、両手の計8カ所を刺され、その恐ろしさを体験した。

 やがて全身にじんましんが広がった。発汗と動悸(どうき)が激しくなる。慌てて病院に駆け込んだ。点滴を受け、息苦しさや痛みがなくなり、回復したのは刺されてから4時間後だった。研究でハチなどに刺されることが多い岸本さんだが、この時ばかりは「かなり動転した」と振り返る。

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 岸本さんが、わざわざ台湾まで訪れ、被害に遭ったのはなぜか−。日本上陸に備えた「捨て身」の研究にほかならない。

 南米原産のヒアリは、荷物に紛れ込み、1930−40年代にテキサスやアラバマなど米南東部に生息域を拡大。21世紀に入り、オーストラリアや台湾、中国などでも侵入が確認された。

 つまり、日本はヒアリ上陸国に取り囲まれているのだ。「全国の空港、港湾からいつ侵入してもおかしくない」(岸本さん)。問題は、女王アリが侵入して日本に定着するかだ。気候要因が大きく関与するが、残念ながら答えは「YES」だ。

 日本ではもともと、西日本以南なら生息可能とみられていた。そこへ温暖化の進行だ。北海道大大学院地球環境科学研究科の東正剛教授は「今や関東地方、東北地方南部まで定着する可能性がある。物流の発展と温暖化のダブルパンチだ」と強調する。

 ヒアリは、尻の針で刺されたときの痛みより、岸本さんのような強いアレルギー反応を引き起こすのが怖い。中にはショック死することもある。毒そのもので呼吸困難に陥り、死に至るケースさえあるという。

 被害と長年闘っている米国では、ヒアリが生息している地域の人口約4000万人に対し、実に毎年約1400万人が刺され、うち8万人が重度のアレルギー反応を起こし、100人が死亡している、という調査がある。

 複数の女王アリがいるコロニーもあり、既存の生態系を破壊しながら爆発的に繁殖する。公園などにアリ塚を作るのも、都市部の住民にとって脅威で、慌てて防除しようにも、定着されると根絶は難しいという。

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 日本政府も、ヒアリを「特定外来生物」に指定し、空港、港で水際対策をしているが、事後対策が中心にならざるを得ない。

 こんな現状から研究者らが啓発活動に取り組み始めた。昨年11月、琉球大農学部の辻和希教授らが中心になり、那覇市内で、ヒアリ対策としては初の本格的なシンポジウムを開催した。東教授も今年中にヒアリの実態などを記した本を刊行する予定だ。

 辻教授は警告も含め、こんな“予測”をする。「確認されるのは侵入してから4、5年後といわれる。既に日本に入り込んでいるかもしれない」

 (温暖化問題取材班)

 

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