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パレスチナ:宙に浮く分離壁の村 イスラエルが「併合」、ヨルダン川西岸のバルタア

 ◇イスラエルが「併合」あだ花の繁栄

 イスラエル占領下のヨルダン川西岸北部にあるパレスチナ人の村バルタア。村の西側を第3次中東戦争(67年)以前の軍事境界線が通り、本来、村を含む境界線の東側はパレスチナ自治区だ。しかし、イスラエルが治安維持名目で自治区内に食い込むように建設した「分離壁」によって、村は境界線と壁のはざまの「継ぎ目地帯」に入り込んでしまった。自治区から切り離され、イスラエル側にも自由に移動できない住民たちの複雑な境遇を追った。【バルタアで前田英司】

 ●商店街が出現

 バルタアの中心部に差し掛かったとたん、大渋滞に巻き込まれた。目抜き通りの両側には日用品や食料、衣類などを売る小さな商店がひしめき合う。この小村のどこに、これほどの集客力があるのか--。「(分離壁が生んだ)新たな現象ですよ」。地元出身の歴史学者ムスタファ・カバハ氏が解説した。

 バルタアは名目上、パレスチナ自治政府の管轄下にあるが、分離壁によって自治区から隔絶されている。自治政府職員でさえ村へ自由に出入りできない。その一方で、イスラエル側との境界には検問所一つない。

 この「特殊」な環境に、イスラエル国籍を持つアラブ人たちが目を付けた。バルタアではイスラエルの税制は適用されない。店舗占有にかかる税金や収益への課税を「回避」できる。人件費はイスラエル側の5分の1、店舗の賃貸料も4分の1程度。同じ商品をイスラエル側より3割以上安く買うこともできる。売買目的で村外から大勢の“ビジネスマン”が流入し、バルタアを「商業拠点」に様変わりさせた。

 現在、バルタアの商店数は約300。大半が最近数年間に新規開店したもので、8割以上が村外出身者の経営とされる。ジェニンやヘブロンなど西岸の他都市の富裕層が村民名義で商売しているケースも多い。「西岸内から調達するより容易で確実」と、最近では中国からの輸入が急増しているという。

 だが、こうした特需現象は占領体制が生み出したあだ花に過ぎない。中国製品の輸入販売店で働くラエド・カバハさん(36)によると、商売であがる利益の9割は村外に流出しており、「バルタアは何の恩恵にもあずかっていない」と嘆く。

 ●許可必要

 パレスチナ自治区から切り離されたバルタアでは、村の居住や出入りにもイスラエルの許可が必要だ。

 ラマラで働いているバルタア出身の30代の男性は、2年ごとの更新が必要なバルタアの「住民許可」を取得している。村に生家があっても、これがなければ通行は認められない。

 ラマラからバルタアへ帰るには、トゥルカルム近郊でイスラエル軍検問所を通過後、大きく東側へ迂回(うかい)しなければならない。ジェニンで再び検問所を通過し、バルタアへの通行許可を持つタクシーを探す。さらに別の検問所をパスし、最後に分離壁を越えるため大型検問施設で検査を受けなければならない。検問所の待ち時間も含め片道約7時間かかることもあるという。

 ラマラ・バルタア間は直線距離で約60キロ。ラマラより南側のエルサレムからイスラエル側を車で走ればわずか1時間余りで到着する距離に過ぎない。

 ●格差は歴然

 分離壁によってイスラエル側に併合された格好のバルタアだが、双方の格差は歴然としている。

 行政サービスが充実するイスラエル側の道路はきちんと舗装整備され、近くにはきれいに刈り込まれた芝の運動場もある。一方、村内の道路はでこぼこで曲がりくねっている。パレスチナ住民向けの水源を見下ろす丘の上にはユダヤ人入植地があり、丘の斜面にはむき出しの排水管が通っていた。

 「入植地から出る下水管だ。漏水でもしたら我々の水はどうなるのか……」。地元住民の一人があきらめ顔で見上げた。

 ◇5万人「はざま」に/国際法違反の判断

 イスラエルは02年、自国領と占領地ヨルダン川西岸を隔てる障壁として「分離壁」の建設を始めた。全長は約700キロ。西岸に建設した大規模なユダヤ人入植地をイスラエル側に取り込むため建設ルートは第3次中東戦争(67年)以前の軍事境界線から大きく西岸側に食い込んでいる。

 世界銀行によると、分離壁の完成によって西岸38町村の住民約5万人がバルタアのように軍事境界線と分離壁のはざまに陥る見通し。

 イスラエルはこのはざまの土地を軍事的な「閉鎖地域」に指定し、原則、パレスチナ人の出入りを認めていない。住み続けるには居住実態を証明してイスラエル側の許可を得なければならない。無許可で滞在したり、出入りしたりしてイスラエル当局に拘束されたパレスチナ人は、禁固や罰金刑に処せられる。

 イスラエルはパレスチナ武装勢力によるテロ阻止を分離壁建設の理由にしているが、国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)は04年、「分離壁」が地元住民の移動や労働の自由、財産権などを侵害するとして、国際法違反だと断じた。

 パレスチナ自治政府は67年以前の軍事境界線を国境とする独立国家樹立を目指しており、領土想定地を大きく侵食するように建設されている分離壁に強く反発している。

毎日新聞 2008年1月3日 東京朝刊

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