与野党による修正を経た放送法改正案は、衆院総務委員会で6日可決され、今国会で成立する見通しとなった。関西テレビの捏造(ねつぞう)問題をきっかけに盛り込まれた総務相が放送局に対し新たに行政処分できる条項は削除され、NHK経営委員会の権限強化にも歯止めがかけられた。参院で与野党が逆転した国会状況が、「放送・編集の自由」に配慮する形の修正を可能にした格好だ。再発防止に向けた放送界の課題は重い。【臺宏士、尾村洋介】
◇ねじれ国会が“奏功”
「ねじれ国会の中でのオープンな場で、修正にめどがついた。これを前例にしたい」
捏造番組を流した放送局に対する行政処分の新設規定の削除などで自民、民主両党が合意した3日、衆院総務委員会の原口一博理事(民主党)は満足げに語った。法案の共同修正に応じた自民党の山口俊一理事の対応をたたえる余裕も見せた。
自民党側が、不満を抱えつつも、大幅に譲歩した背景には、今夏の参院選で大敗し、民主党が認めなければ参院を通過させられない「ねじれ国会」がある。
さらに、北朝鮮による拉致問題でNHKに対して放送命令を出すなど厳しい態度が目立った菅義偉前総務相も閣外に退いた。菅氏の後任の増田寛也総務相は、参院選後、「(放送法の)対応を変える必要があるのかどうか十分に精査したい」と述べ、修正に応じる可能性を示唆していた。
改正案ではNHKの不祥事を受け、経営委員会の監督権限の強化が図られたが、修正案では、経営委員会がNHKの個別番組の編集に介入することを禁ずる条文を加えた。
きっかけは、安倍晋三前首相を囲む経済人の集まり「四季の会」メンバーの古森重隆経営委員長(富士フイルムホールディングス社長)の発言だった。古森氏は9月、選挙期間中の歴史番組の取り扱いについて、「微妙な政治的問題に結びつく可能性もあるため、いつも以上にご注意願いたい」と注文を付け、現場を萎縮(いしゅく)させかねないと懸念が広がった。NHK関連労働組合連合会は、民主党支持の連合構成団体という関係にある。
課題も残った。衆院総務委が6日可決した付帯決議には放送界の第三者機関「放送倫理・番組向上機構(BPO)」について、「政府は(BPOの)環境の整備について検討を行うこと」との事項が盛り込まれた。塩川鉄也委員(共産)は「行政処分条項を削除する代わりに、政府がBPOへの関与を強めようとするものだ」と批判する。
◇番組への政府介入、削除
当初、放送法改正の最大の争点は、総務相に、捏造番組を放送したテレビ局に再発防止計画の提出を求める権限を与えた点だった。菅前総務相の強い意向だった。
しかし、大半の先進国では放送行政は独立行政委員会が所管し、政府は番組内容に関与できない。また、従軍慰安婦を取り上げたNHK特集番組の改変問題をみても、政府・与党と報道機関が事実かどうかをめぐって対立するケースは少なくない。放送界は「放送の自由を制約する」とこぞって反対を表明した。
一方、臨時国会では、NHK経営委員会の権限強化条項が新たな焦点に浮上した。6月に経営委員長に就任した古森氏が、執行業務への積極的な関与だけでなく、歴史番組発言で編集権にも踏み込んだためだ。
総務省の研究会が6日に打ち出した情報通信法構想では、放送と通信が一体となった新法制定がうたわれた。日本民間放送連盟(民放連)は「審査を通じて番組内容に対する行政の直接的な関与を認めることになる」との会長コメントを発表し、クギを刺した。
◇倫理第三者機関BPO、放送界が先回り…機能強化
放送局に対する行政処分の創設の動きを先回りする形で放送界が打ち出したのが、BPOの機能強化だ。今年5月に外部識者による「放送倫理検証委員会」を設け、虚偽の内容など著しい誤解を与えた番組を審理し、勧告や見解を表明する仕組みを導入した。委員会の審理対象には「虚偽の説明」や「国民生活への悪影響」といった政府の法案よりも広い要件を含んでいる。審理結果によっては、民放連からの除名も視野にあるという。
委員会発足以降、見解や勧告などを示して厳しい姿勢で放送局に対応を求める「審理」の対象となったのは1件。最初の事案となった不二家の衛生管理問題を報じたTBSの情報番組については今年8月に放送倫理違反を指摘する見解を出した。
審理案件とは別に9件が放送倫理に照らして問題がなかったか審議の対象になった。少なければ各社の取り組みが成果を上げているという見方もあり、数字だけで機能しているかの判断は難しい。
民放連非加盟のCSやCATV番組は対象外。広瀬道貞・民放連会長は4日、「BPOの活動の中に入っていただくのがいい」との考えを明らかにした。
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◆放送法改正を巡る動き◆
【06年】
11月 菅義偉前総務相はNHKの短波ラジオ国際放送で、北朝鮮による拉致問題を重点的に取り上げるよう放送命令を出す。個別事項での命令は国際放送の開始(52年)以来初めて
【07年】
1月 関西テレビの情報バラエティー番組「発掘!あるある大事典2」による納豆にダイエット効果があるという捏造問題が発覚
2月 菅前総務相が衆院予算委員会で捏造番組を流した放送局に対して行政処分できる法改正を表明
3月 NHK、日本民間放送連盟、放送倫理・番組向上機構(BPO)の3者が「放送倫理の確立と再発防止に関する委員会」(現・放送倫理検証委員会)創設を表明
4月 放送法改正案が衆院に提出される。民放連は反対する会長コメントを出す
5月 検証委員会発足。改正案が衆院本会議で審議入り
6月 古森重隆・富士フイルムホールディングス社長がNHK経営委員長に就任
7月 通常国会閉会。放送法改正案は継続審議に
9月 古森委員長が選挙期間中の歴史番組の取り扱いに注文。NHK経営委員会は執行部が提案した次期経営計画案を承認せず、対立が表面化した
12月 自民と民主が修正案の共同提出で合意
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◆放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会メンバー(敬称略)
委員長・川端和治(弁護士、大宮法科大学院大教授)▽委員長代行・村木良彦(メディア・プロデューサー)▽同・小町谷育子(弁護士)▽以下は委員・石井彦寿(東北大法科大学院教授、元仙台高裁部総括判事)▽市川森一(脚本家)▽上滝徹也(日本大教授)▽里中満智子(漫画家)▽立花隆(評論家)▽服部孝章(立教大教授)▽吉岡忍(作家)
2007年12月10日