■08年年頭 記者の目
 
 台北市中心部の観光スポット、台湾民主記念館(旧中正記念堂)本館の展示が新年から一新されたと聞き、散歩がてら出かけてみた。中央に構える蒋介石の銅像は以前のままだが、左右には京劇や歌舞伎、ハロウィーンなどの仮面が飾られ、天井からは先住民タオ族の丸木舟やチョウ、トビウオの模型がつるされている。色とりどりの装飾に埋もれて、かつての独裁者の威厳も形無しだ。

 陳水扁政権は昨年12月、記念館正門に掲げられていた蒋介石の座右の銘の文字を外し、「自由広場」に掛け替えた。館内展示のテーマも「自由の風が吹く」だそうだ。

 陳総統はある懇談で、自慢のように語った。「私は毎日、民衆から罵倒(ばとう)されている。これこそ自由の証しだ」

 台湾のテレビニュースでは、市民が総統や政党幹部に向かって「辞任しろ」と叫び、警備員ともみ合うシーンが、連日のように映し出される。

 国際的ジャーナリスト組織「国境なき記者団」が昨年発表した「報道の自由度ランキング」で、台湾はアジアでトップ(日本は同2位)になった。だが、日本メディアに身を置く者としては、少々違和感もある。

 交通事故で血だらけの被害者に病室でマイクを突きつけるテレビ記者、教師による女生徒暴行の一部始終をイラスト付きで解説する新聞…。“歯止めのない自由”に恐ろしさも感じる。

 20年余りさかのぼった戒厳令の時代、台湾ではすべての権力が蒋介石・蒋経国親子に集中し、言論や集会は厳しく規制された。そのころの台湾が「共産中国」に対抗して「自由中国」を名乗っていたのは皮肉だ。

 歴代指導者が「自由」という言葉にこだわるのは、国際社会の中で台湾が国連や世界保健機関(WHO)にも入れず、政権幹部の外国訪問にも圧力がかかるという「不自由」な立場に置かれているからだろうか。

 台湾に暮らして5カ月。こちらでは会合の開始時間が予定を大幅に過ぎたり、約束が突然キャンセルになることがよくある。店先で神様に供える紙を燃やして煙が立ち込めたり、歩道上をバイクが走ってきたり…。それでも人々は気にしているふうでもない。

 自分にも他人にも甘いようだが、世話好きで楽天的な台湾の人たちに、私自身も随分助けられている。必要以上に他人の目を気にし、予定通りに事が運ばないと気が済まない日本社会から来てみると、やはり台湾は「自由な島」だと思う。

 (台北・小山田昌生)

=2008/01/05付 西日本新聞朝刊=