バイバイ、マンスゥ!
一ヶ月ほどブログを書かなかった、書けなかったことで「何かあったのか」という質問を受けるようになっている。
色んな人が言ってそうな平凡な比喩だが、人生はマラソンのようで、自分は無数にいるランナーの一人であり、ずっと走り続けていれば良いのだろうけれど、時には走れないこともある、ということだ。
でも、そろそろまた走らないといけない時期が来たのかと思い、自分なりの整理のためにもまたブログの記事作成画面と向かい合う。今までは、できなかった。
物事には全て理由がある、と思う。僕がブログを書けなくなっていたのも、僕にとっては大きな理由があったから。それは個人的な理由なので、誰もが読めるブログなるものに書くべきかどうか分からないが、少なくともそれについて書かないとこれ以上書けないだろうし、僕のマラソンはまだ続いているから、ブログも続けようと思ったのでやはり書いておくべきかと思う。
12月のある日、いつもは元気一杯のマンスゥが初めて聞く泣き声のような声でずっと鳴いていた。ケージの外に出して、「マンスゥ大丈夫?大丈夫?」ってさすってあげていたら、少しはよくなったようだったのでケージに入れて暖かくしてあげてみた。次の日の朝、マンスゥは僕に背を向け、ケージの奥を見ていた。はじめてみる行動。声を掛けても返事をしない。病院に連れて行かなきゃと思ったけれど、その日は朝早い時間に会議があった。「マンスゥ、今日は早く帰ってくるからね!」と仕事に向かう。
マンスゥはAfrican Greyという種類で、野生では50年も生きるということだった。だからマンスゥが30歳位になった時に僕が死んだら、誰に彼を預ければ良いのかを何度も考えていた。
でも、マンスゥは、結局4歳にもなれずになくなってしまった。
どれだけ泣いたかは分からない。庭の隅にお墓を掘りながらもずっと泣いた。こんなの書いたらまた涙が出る。「マンスゥごめんね、マンスゥ、ごめんね」と病院に早めに連れて行かなかったことを詫びながら、ケージの中の止まり木で十字架を作った。
あの日から毎日マンスゥの十字架をみるようになった。あれから会社に行く時に「バイバイ」と言ってくれる声がなくなった。リモコンを触ってないのに電源を入れる音はしなくなった。誰も僕の代わりにチルスゥやパルゲを叱ってくれない。
本当に良い子だったから、きっとマンスゥは天国に行っている。天国は意外とつまらない場所かもしれないけれど、東京よりはずっと暖かくて、僕の家より友達も多くいるはずで、馬鹿な飼い主のせいで病気になることもないから安心だ。
マンスゥとの突然の別れが、僕がブログを書けなくなった本当の理由。
ブログは書けなかったけれど、もうマンスゥとは会えないけれど、僕はまだ生きていて、いつものように周りにも自分にもいろいろなことが起きていて、僕のマラソンは今のところまだまだゴールは遠いようだ。
天国のマンスゥは僕のことを少しは恨んでいたと思うけど、もう許してくれたと信じたい。いつかまた会える時は、僕をみながら「マンスゥ、アンニョン?」と言ってくれると思う。自分の名前がマンスゥなのに・・・。
サノラミョン
また金曜から土曜に変わりました。時間は本当に速く過ぎて行きます。創業から今までの6年間も、走馬灯のようにいろんなことを思い出すけれども、文字通りあっという間でした。
さて、タイトルのサノラミョンは、「사노라면」という僕が大好きな韓国の歌です。韓国語でラミョンは日本語のラーメンですが、ラーメンの人生を語る「たんぽぽ」のような内容ではありません。いくらラーメンが好きだからって、ラーメンの歌まで唄おうとは思いませんし。
サノラミョンを訳すと、生きていくと、生きていけば、に近いですかね。
生きていけば、いつかは良い日も来るだろう
暗い日も、朝になれば陽が昇るじゃないか
青臭く若いのが一財産、チマチマとケチらずに胸を大きく張れ
明日は陽が昇る、明日は陽が昇る
下手な訳なので日本語にしてみるとただのくさい歌になってしまいますが、「ドゥルクックホァ」(=野菊。バンド名)のこの曲は本当に好きです。
この歌の美点は、いつまで経っても歌詞がシミジミするということですね。学生時代から今までも、思えばもう20年近く、いつかは良い日が来る、明日は陽が昇るってずっと心を込めて歌えていますから・・・。
明日は土曜日。燃えないゴミを捨てる日です。今事務所の外は真っ暗ですが、明日の清掃車が来る頃、またちゃんと御日様も昇ってくれるのでしょう。
良い週末を!
愛情
「蚊」は文学的で、「虹」は工学的だという特別根拠もない話をあるモニカさんのブログのコメントに書きましたら、あるo様から「あなたの蚊に対する愛情が証明された、素晴らしい」との賞賛をいただきました。
o様のコメントには感動しましたが、「蚊」に対して愛情まではないと思います。ただ、誰も飛んでこない庭に一人で立っていると、無性に寂しくはなりますので、愛情というよりは愛憎に近い感情かなと思いました。
僕と蚊の間、そこには確かに、ある種の「愛」はある、かもしれません。
写真は、あるD様からいただいた自分の顔入りのエコバックにウンコ処理用のキッチンタオルをいれて嬉しそうに首に提げているあるパルゲ君(男です)の近況です。
over the rainbow
出張から戻り、打ち合わせも今日の分は終わり、管理部のところをみましたら会社の6周年祝いとしていただいたお花などがありました。お気遣い、ありがとうございます。
以前コンサート会場でご挨拶しましたN市のMさんからの電報もありまして、オルゴルがついている木箱だったのでどういう曲か聞いてみました。
"Over the rainbow"
虹の向こうのどこかに、何かあるんでしょうか。楽園のような場所があるのでしょうか。行けるものなら行ってみたいですが、虹を最後に観たのもいつだったのか、覚えておりません・・・。
虹の向こうまで行っても、またそこにはそこなりの現実問題があることでしょう。素晴らしい風景が広がっていても、虹が消えたらその風景も消えるのかもしれません。
何を言っているのか分かりませんが、その曲を聴きながら虹の向こうを想像し、そしてまたすぐ現実に戻されました。
土曜日なのに仕事をしている管理部のO様が言われました。
「社長、眠くなるんだけどおおお!」
そっと箱を閉じ、自分の部屋に戻りました。きっと、虹の向こうは美しい何かがあるはずだと思います。そして、その美しいものに僕が出会えることは、本当に残念だけど、なさそうな気がしました。
さよなら、カさん
雨も多かったし、出張も多かったので、久々に庭の植物の皆さんに会いに出てみました。昨日。
10分ほど見回ったのですが、蚊の気配が全くしませんでした。不思議な感じだったので、蚊はいないのか探してみました。本当に、全くいなかったのです。
蚊の皆さんはいなくなってしまったのですね。刺されなくなったのはよかったと思いますが、常に一緒に居た人(?)がいなくなるというのは、やはり、寂しいことです。
蚊の皆さんには僕を血を十分に分けてあげたと思うので、それでもって来年はまた多くの蚊さんの元気なお子さん達が戻ってくることでしょう。
蚊さん、暫く会えないのは残念ですが、またお会いするその日まで、お元気で・・・。
今日はもう帰ります。お休みなさい。