■利便性ならバス
12月中旬の平日。観光列車「いさぶろう1号」は午前10時3分、約20人の乗客を乗せてJR人吉駅を出発し、吉松駅(鹿児島県湧水町)に向かった。ほとんどが観光客で、途中の矢岳駅で1人降りただけ。乗車客はいなかった。同11時40分、吉松駅発の折り返し列車「しんぺい2号」も同様で、途中駅で乗降客はいなかった。
肥薩線の利用者減少が止まらない。平日の昼間、沿線人口の少ない人吉-吉松間で地元の需要はほぼ皆無と言える。
JR九州によると、JR発足初年の87年度に1日平均2680人だった人吉駅の利用者は、06年度は880人にまで落ち込んだ。
利便性やスピードで高速バスにかなわないことも影響しているようだ。人吉から熊本への特急は1日6往復。一方、人吉インターに停車する同区間の高速バスは18往復ある。人吉から博多方面へJRの直通列車がないのに、宮崎-福岡間の高速バスは24便停車する。所要時間も、特急を乗り継いで博多まで3時間弱かかるが、高速バスは天神まで2時間20分。太刀打ちできない。
■JRの「大英断」
だが、JR九州熊本支社の伊藤秀幸営業担当課長は「肥薩線を手放す(廃止する)という選択肢はない」と明言する。11年の九州新幹線全線開業を見込み「新幹線のスピード感のある旅に対し、肥薩線は沿線の豊富な観光資源や産業遺産を見て回るスローな旅を提供する」と強調する。
JRは、09年夏から熊本-人吉間で、かつて豊肥線で走っていたSLの運行再開を計画している。伊藤課長は「(大分県)由布院方面からも運転の要望があった」と明かす。だが、元々SLは人吉市の所有で、矢岳駅前に保存されていた。運行区間の決定には「人吉からの借りもの」という地元への配慮があった。
プラン作りはこれから。JRは、肥薩線単体では赤字でも、新幹線との組み合わせによって地域全体で収支を改善する仕組みを考えている。
肥薩線から幹線の役割を奪った鹿児島線の八代-水俣-川内-鹿児島の「海側ルート」が九州新幹線開通で第三セクター化されたのとは対象的な対応に、県球磨地域振興局幹部は「JRには大英断をしていただいた」と話す。(つづく)
毎日新聞 2008年1月5日