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成熟の社会へ(4) 自ら考え選び取ろう

1月5日(土)

 ことしは県内でも、出産の場所がなかなか見つからない“お産難民”が現実となるかもしれない。

 須坂市の県立須坂病院が4月以降の出産の受け入れを休止する。須坂上高井地区でお産ができる病院はなくなってしまう。

 上田小県地区はより深刻である。上田市の国立病院機構長野病院から、産科医4人が派遣元の大学に引き揚げられる。既に新規の受け入れを休止し、夏以降はゼロになる。

 残る医療機関は上田市産院と民間の2病院。200−300人は地域外で出産の場を探さざるを得ない。

 出産を支える医療が崩れつつある。全国的な医師不足で、他の診療科も無縁ではない。今まで通りの医療態勢は期待できない現実に、私たちは直面している。

 「医師が足りない状況を知るほど、お願いしているだけでは解決できないことが分かったんです」

 NPO法人「へそのお」の代表で、6人の子どもを育てる倉石知恵美さん。地域の母親らと須坂病院の産科医確保を求める署名を行い、どうしようもない現実にぶつかった。

  <住民ができることは>

 困ったというだけでなく、住民にできることは何か、と考えたのが倉石さんたちの底力である。昨年11月から「いのちについての学習会」を開き、地域の集会などで座談会も開く。テーマはお産とは限らない。終末期医療にも踏み込む。

 急病でもないのに時間外に病院へ行くようなかかり方が、勤務医の負担を増やしていたのでは−。病院で生まれて、病院のベッドで死ぬ。人生の最初から最後まで「先生にお任せ」でいいのだろうか−。

 私はこう生きたい、と考えて必要な医療を選ぶようになれば、地域の病院を支えることができるだろう。地域のきずなを深めて知恵を共有すれば、病院に行かずに解決できる問題もあるはずだ。そんな思いを、倉石さんたちは強くする。

 急速に医師不足が深刻になった。産科や小児科では、拠点となる病院に医師を集める“集約化”がいや応なしに進みつつある。

 背景には国の医療費抑制策がある。高齢者を支える医療や介護費用が膨らみ、社会保障費が増大するからだ。子どもの数が減り続ければ、支える側と支えられる側のバランスが極端に悪くなる。

 医療費抑制のため、病院の収入となる診療報酬はしばらくマイナス改定が続いてきた。病院は厳しい経営を迫られ、医師の開業志向につながった一因でもある。診療科の縮小や休止は、少子高齢化社会の一つの側面ともいえる。

 このまま傍観していると“医療崩壊”はさらに進む。倉石さんたちのように、現実に向き合い、地域でどうしても必要な医療を選び取ることが避けられない。

 いま必要なのは、住民と医療者が互いを理解し、歩み寄ることだ。

  <歩み寄りをもっと>

 医師が病院を離れる一因は、治療の結果が思わしくなければ、紛争になるリスクが高いことにある。最高裁によると、医療関係の提訴件数は1997年に約600件だったが、2003年に1000件を超え、06年は913件と高水準のままだ。

 インフォームドコンセント(説明と同意)や別の医師から治療方針を聞くセカンドオピニオンなど、患者の意思決定を支える仕組みは広がった。それでもトラブルが起きると「治って当たり前」の患者側と、「ミスではない」と主張する医療側の溝はなかなか埋まらない。

 相互不信が続けば、医師不足はさらに深刻になる。限られた時間の中で、患者と医療者が話し合う機会を増やしたい。患者の悩みに対応し、医師との橋渡し役となるコーディネーターの存在も必要だろう。

 少子化が進み、今まで通りにいかないのは教育も同じだ。県立高校の再編では、住民の選択が問われた。

 昨年春、3つの新しい高校がスタートを切った。地域の反対が比較的少なく、現場の混乱が小さいとみられた学校の統合だ。

 2006年3月に決まった高校改革プランには、89校を79校にする目標があった。短期間で強行しようとした県教委と反対する地域が対立した結果、7つの再編計画は「凍結」に。昨年6月には、再編の仕切り直しに追い込まれた。

  <難題をどう切り抜ける>

 地域の高校や母校を存続させたい、と願うのは無理もない。だが、中学を卒業する生徒はピークの1990年から4割近く減っており、再編は避けられないテーマだ。地域エゴに陥らず、県立高校をどうやって改編していくか、丁寧で冷静な話し合いを重ねたい。

 成熟した社会が目指すのは、互いの主張を認め合い、意見を交わす中で、合意点を見つけていくことだ。そこから、難題を解決する手だてが見つかる可能性がある。

 病院の縮小や“お産難民”が出かねない苦境をどう切り抜けるか。今年が正念場となる高校再編をどうまとめるか。行政の努力は無論のこと、住民の知恵と判断力がこれまで以上に試される。