ホーム > きょうの社説


2008年1月4日

◎平成の城下町づくり 物語や歌が紡ぎ出す街に

 国土交通省が新年度に創設する歴史的環境形成総合支援事業で、金沢市が選定第一号の 見通しとなったことは、世界遺産運動に象徴される金沢独自の取り組みが評価されたと受け止めてよいだろう。「城下町」としてのトップランナーを目指すうえで願ってもない追い風である。

 金沢にとっての世界遺産運動は、言ってみれば平成の城下町づくりである。金沢をテー マにしたご当地ソングがヒットし、伝統芸能の分野でも新曲が誕生している最近の動きは、歴史的な町並みや文化財に磨きをかければ、そこに息づく情緒や風情が守られ、新たな物語や歌が紡(つむ)ぎ出されることを教えてくれる。「旬(しゅん)な城下町」づくりを目指し、そんな好循環を広げていきたい。

 インターネット検索サイト「goo(グー)」のランキングをみると、さまざまなテー マを通して金沢の位置づけが分かる。「外国人に喜ばれそうな日本の観光地」では京都、浅草に次いで三位、「母娘で旅行に行ってみたいところ」「タクシーで市街地を観光案内してほしいところ」は六位である。「お忍び旅行で行きたいところ」は十位だが、ベスト10には湯布院、奄美大島、富良野などが含まれる。二人だけでだれにも邪魔されずに過ごしたい土地でもあるということなのだろう。

 気になるのは「秋に行ってみたい日本の小京都」で金沢がトップになっていることだ。 次は萩、尾道、高山、津和野と続く。「小京都」、つまり京都のミニ版が金沢の一般的な印象なのである。観光ブームをあおるテレビ番組や旅行雑誌の影響もあろうが、観光客だけでなく、地元の人たちも中央から逆輸入される「小京都」に満足してはいないだろうか。京都は公家の町であって武家文化の金沢とはまったく違う。世界遺産運動は漠然とした観光イメージを払拭し、金沢の「城下町」としての個性を際立たせる意義を持つことをあらためて認識したい。

 国土交通省の歴史的環境形成総合支援事業は、奈良、京都、鎌倉などを対象にした「古 都保存法」の理念を広げ、城下町など他の歴史都市についても国民共有の資産として評価し、街づくりを支援する狙いである。城下町が古都と混同されやすいのも、これまで制度的な位置づけが明確でなかったからであろう。

 近世城下町について静岡文化芸術大学長の川勝平太氏は、唐の都をモデルとした奈良、 京都などと違って日本人が中国文明から脱却して初めてつくった「日本のかたち」と指摘した。吉田伸之東大大学院人文社会系研究科教授は「武士という戦闘集団が数百年にわたって作り上げたという面で世界に例を見ないユニークな都市形態」と位置づけている。

 世界遺産暫定リスト入りを目指し、国の指定・選定文化財を増やす取り組みや、金沢城 、用水網などの復元整備を進める中で、そんな城下町としての姿が徐々に見えてきた。手持ちの財産の価値に気付き、新たな魅力を加えて再生する。それらを点から線、面へとつなげ、城下町の物語を現代的に再編集する。それが平成の城下町づくりなのであろう。

 金沢園遊会のメーン行事「金沢おどり」に、直木賞作家の村松さんが作詞した総踊り曲 「金沢風雅(ふうが)」が新たに加わることになった。村松さんの心を動かしたのは、三茶屋街の艶(つや)やかな伝統芸と、そこに立つだけで物語の主人公になれるという犀川、浅野川界隈の景観である。風情ある町並みと、それにふさわしい中身が伴って詩情がかき立てられるのだろう。

 ひがし茶屋街に続き、主計町が今年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定される見 通しとなった。伝統的な町並みを維持していくことは、そこに息づく無形の文化、情緒を守ることにつながる。そんな取り組みの中から「金沢望郷歌」や「金沢の雨」に続くご当地ソングも生まれてくるに違いない。

 金沢城公園では昨夏から金沢城オペラ祭が始まり、歴史の舞台に新風を吹き込んだ。昨 年のビエンナーレいしかわ秋の芸術祭は三十七公演が催され、過去最高の約六万六千人の入場者を記録し、文化土壌の広がりを実感させた。今年は世界的に有名なフランス発祥の「ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)音楽祭」を金沢に誘致し、黄金週間に開催される。

 歌や物語が紡ぎ出され、芸術にあふれる街は、そこに住みたい、行きたいという夢やあ こがれを膨らませる。金沢は言うに及ばず、石川県も歴史と文化に彩られた個性に磨きをかけてほしい。


ホームへ