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2008.01.01

初音ミクと原盤権

 あけましておめでとうございます。もう何年も前に年賀状を出すのを止めてしまったので、ここでの挨拶が生存証明となります。

 2008年が皆様にとって良い年でありますように。


 初音ミクを巡る、今回のドワンゴの対応で、ずっと気になっていたのは「ドワンゴは、原盤権をどう扱おうとしていたのか」ということだった。

 12月25日付のドワンゴ・ミュージックパブリッシングとクリプトン・フューチャー・メディアの共同メッセージで、この件は以下のように明快に記載された。

2 「初音ミク」ソフトウエアを使用して作成された音楽データ(原盤)に関する権利は、「初音ミク」ソフトウエアの使用許諾契約書の諸条件のもと、音楽データ(原盤)の制作者が保有することを確認し、その権利行使代行会社を制作者自身の意思により決定することができることを確認します。

 すばらしい。誰がこの条項を入れるよう主張したかは分からないが、この条項ひとつをとっても、ネットの音楽事業をきちんと理解した上で、共同メッセージが作成されたことが分かる。

 私がこの分野を取材していた8年前の段階で、すでに音楽のネット配信では、原盤権を誰が保有しているかが死命を制するということが、業界の常識となっていた。
 
 とりあえずは、ここで原盤権について解説しておくことも無駄ではないだろう。

 例によって8年前に取材し、勉強した事項なので、誤りがあったならばコメント欄での指摘をお願いします。

 結論を先に書いておくと、今後自作の曲を商用利用に出す方は、間違っても契約相手に原盤権を渡してはならない。
 著作権のJASRAC管理が、「その曲を色々な人が利用すること」を制限するものなら、原盤権の譲渡は「自分が完成させた音を、自分の意志で扱うことができなくなる」ということを意味する。

 著作権の周囲には様々な権利がくっついている。原盤権というのはそれらのうちの一つだ。

 まずはWikipediaの原盤権を読んでみよう。「原盤権(げんばんけん)は、一般に音楽を録音・編集し完成した音源(いわゆる原盤、マスター音源)に対して発生する権利のこと。」とある。

 音楽の場合、作詞家が詩を書いて作曲家が曲を付けても、それだけでは聴衆の耳に届かない。まずは実演家が演奏する必要がある。
 ライブならそれでおしまいだが、レコード(CD、音楽配信)ならば、録音を行い、録音技術者が様々な調整を行って、複製可能なマスターデータを作成する必要がある。

 このマスタデータを自分の意志でどうこうする権利が、原盤権だ。原盤というのは、アナログレコード時代、レコードを作成するための最初のマスターのことを原盤と呼んだことに由来している。

 原盤権の保有者は、自らの意志でそのデータをCDにして販売したり、送信可能化権を行使してネット配信したりすることができる。その場合、著作権者の了解を得る必要はない。
 もちろん著作権者に対して著作権料の支払いは生じる。しかし著作権者が、原盤権保有者に対して、例えば「その録音は若気の至りだから再発売するな」「自分はネットを信用していない。ネット音楽配信するな」というような要求をすることはできない。

 従来、原盤権は音楽出版社、つまり各アーチストが所属する音楽プロダクションが保有することが多かった。これは、レコードの企画と制作の手配を音プロが行っていたかららしい。
 その昔は一般的に、音プロがレコード会社に企画を売り込み、録音の段取りを行い、セッションを用意してからおもむろに看板歌手がスタジオにやってきて録音し、録音をマスタリングするという手順でレコードを作っていた。

 ところがそのうちに、原盤権の重要性に気が付くレコード会社が出てきた。一番最初に原盤権の重要性に気が付いたレコード会社は、ソニー・ミュージック・エンタテインメント(SME、現ソニーBMG・ミュージックエンタテインメント)だったと記憶している。同社の社長を務めた丸山茂雄氏(現247music社長)が、アーチストとの契約の際に「原盤権はSMEが持つ」という条項を入れるようにしたのだった。

 余談だが、丸山氏はJ-POP草創期に主にロックの分野で活躍したプロデューサーだった。取材していて「この人は信用できる」と思えた数少ない業界人の一人である。
 丸山氏の先見の明で、原盤権を押さえたソニーは、そのまま音楽ネット配信事業の勝者となってもおかしくはなかった。しかし実際にはOpenMGのようなおよそユーザーフレンドリーではないコピープロテクションに走ったあげく、CCCDの導入でユーザーの総スカンを食らってしまい、AppleのiTunes Music Storeの後塵を拝する結果となった。
 その過程で丸山氏はSMEを退社し、247musicを設立した。何があったのだろうか…

 そのSMEのやり方を真似たのがエイベックスで、こちらも原盤権を会社が持つというやりかたをとっている。エイベックス——今回の初音ミク騒動の一方の当事者であるドワンゴの筆頭株主である(1/2記:「親会社」を「筆頭株主」に訂正しました)。

 今回の初音ミクを巡る動きの中で、当初ドワンゴは原盤権を押さえるつもりでいたに違いない——などと主張するつもりはない。それは出来の悪い陰謀論だろう。

 それでも、私は今回のドワンゴ、クリプトン間の合意の文面で、エイベックス流の「原盤権よこせ」ではなく、「音楽データ(原盤)に関する権利は、「初音ミク」ソフトウエアの使用許諾契約書の諸条件のもと、音楽データ(原盤)の制作者が保有することを確認」と、はっきり原盤権がそれぞれの作者にあることが明記されたことは大きな意味があると考える。

 初音ミクのオリジナル曲の場合、作者が作詞作曲から、最終的にリスナーの耳に届く音データに至るまでを制作している。音プロがレコードを企画して、歌手が乗っかるだけというのとは根本的に事情が異なる。
 自分の曲をどうネットで配信すべきかは、レコード会社が決めることではない。
 それぞれの作者が、自分の保有する原盤権に基づいて決めるべきことだろう。

 ちなみに、丸山氏とは別の方面から、原盤権の重要性を主張していた人物がいた。シンセサイザーで有名な冨田勲氏だ。私が音楽配信の取材に従事していた当時、氏は「原盤権はクリエイターが持つべき」とあちこちで発言していた。

 その事情はJASRACのHPに掲載されたこの記事にある通りだ。ムーグ・シンセサイザーによる最初のアルバム「月の光」のレコードを出すにあたって、レコード会社のRCAは2つの条件を提示した。原盤権をRCAで買い上げるというものと、原盤権は冨田氏が持ち、印税形式で報酬を受け取るか、だ。原盤権の買い取り価格はかなり高額で、借金をしてまでシンセサイザーを購入していた氏は相当悩んだそうだが、自分で原盤権を保持する方を選んだ。

 トミタ・シンセサイザー・ミュージックはその後、世界を席巻し、その原盤権は冨田氏に大きな収入をもたらすと同時に「サウンド・クラウド」のような大きなイベントを開催するための礎となった。

 「月の光」も冨田氏ひとりがゼロから作り上げたものだった(ドビュッシーは1918年に死去しており、その著作権は1968年末日で切れている…と思ったのだが、日本の場合戦時加算で10年以上延びていたのだった。このあたりどのような権利処理をしたのだろう?)。その意味では、初音ミクオリジナル曲と、状況は似ていると言えるのではないだろうか。

 ワルター・カーロスの「スイッチト・オン・バッハ」がシーケンサーによるテクノ音楽に繋がったとしたら、ドビュッシーをフィーチャーした「月の光」は、未だかつて存在し得なかった新たな音色を創造するという方向への第一歩だった。発売から30年以上を経て、今なお新鮮に響く名盤である。未聴の方は是非是非。


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Comments

エイベックスはドワンゴの筆頭株主で、親会社ではないですよ。

Posted by: ren | 2008.01.02 at 03:11 AM

 ご指摘ありがとうございます。訂正しておきました。

Posted by: 松浦晋也 | 2008.01.02 at 12:48 PM

著作権である23条1項と、著作隣接権であるレコード製作者の送信可能化権(96条の2)を混同している印象です。
著作者が著作権を譲渡せず有していれば、原盤権(レコード製作者の権利)をレコード会社が有していても、この記事に書かれているような不都合はおこらないのですから。

Posted by: R | 2008.01.02 at 07:55 PM

かなり以前から、原盤権には、出版権の出版義務ような販売義務を課して、時限消滅規定を付けないといけないような気がしています……。業界は逆の方へ動いていますけど。(出版権を契約で自動更新にしたりしてる)

Posted by: S.B. | 2008.01.02 at 10:31 PM

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