<Vizinho>
◇通訳確保が緊急課題に--ブラジルでの心臓移植を待つフェリペ君
大きな瞳と褐色の肌が目を引く、2歳の男の子がポツンと座っていた。自治医大付属病院(下野市)にある、小児病棟の一室。日系ブラジル人4世の彼はフェリペ君という。
昨年9月、「拡張型心筋症」と診断された。心臓移植が必要となった。日本は子供の臓器移植を禁じており、ブラジルでの移植手術を待ちわびる。
「なぜ12月中にブラジルで手術ができないんだ?」「フェリペ君を安全に搬送する、医療器具がまだそろっていないんです」
07年12月7日夜。病室で、両親と担当医が通訳を介し、フェリペ君の治療方針について話し合った。渡航費用、空港から病院までの移動手段、搭乗中の医療器具の確保--。課題は次々と噴出した。
父親はいら立ち、時に腕を振り上げる。すると、通訳の日系ブラジル人2世の中島里美さん(45)がポルトガル語で一喝した。「病院がせっかく一生懸命、最良の搬送方法を考えているのだから、しっかり話を聞きなさいっ!」
フェリペ君の入院当初、日本語を話す両親の友人が通訳をした。しかし、意思疎通は難しかった。業を煮やした病院側は、県国際交流センターに医療通訳の派遣を依頼。在日17年、約15年前からボランティアで通訳を務める、中島さんに白羽の矢が立った。
この日の話し合いは約1時間も続いた。医師と中島さんの説得で、簡単に出国できない事情を両親は理解した。ブラジル外務省と航空会社を相手に、フェリペ君の搬送方法について、共に交渉していくことも決めた。
「南米系の患者は言葉だけではなく、文化の違いで意思疎通が図れない場合が多い。熟練した通訳がもっと必要だ」。主治医の平久保由香医師は、困り顔で打ち明ける。一方の中島さんも、「お互いの文化が持つ常識の違いを、通訳者が調整しなければならないのが難しい。言葉通りに訳しては、とても話は進まない」と説明した。
市貝町に住む中島さんは今、小児科から産婦人科まで、県内各地の病院で医療通訳を無報酬でこなす。普段は派遣会社所属の通訳だが、その存在は日系南米人社会に口コミで広がった。休日や勤務終了後も、通訳ボランティアで埋まってしまう状態だ。
通じない言葉に体の異常を我慢し、手遅れとなる同胞は少なくない。中島さんは、行政や病院側に、早急な南米人向け医療通訳者の拡充を訴え始めた。「私たちがボランティアで通訳するのにも限界がある」。正確な統計はないが、急増する南米人患者は、自治医大付属病院で働く人々の実感だ。
平久保医師は「専属の通訳が病院に1人、2人は欲しいところ」と話した。医療現場での通訳問題は緊急の課題になりつつある。=つづく
毎日新聞 2008年1月3日