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●麻生太郎 自民党政調会長(当時)

「創氏改名は、朝鮮の人たちが『名字をくれ』と言ったのがそもそもの始まりだ」

2003年東大五月祭講演会での発言

結局、麻生太郎は「学生にわかりやすく説明しようとして言葉が足りなくなり、真意が伝わらなかった」とお茶を濁して“陳謝”した。なんとも情ない話だ。麻生の口にしまりがないのは有名で、かの『アサヒ芸能』にすら、「『ちゃんと根回しをしないでやるのは前戯もなくいきなり×れてしまうようなもの』など発言が下品すぎてテレビで肉声を流せない」と書かれるほどらしい。
こんな品性下劣な殿方の素性を調べてみると、なんと筑豊を牛耳る麻生財閥の御曹司。吉田茂の孫・三笠宮寛仁親王妃信子の兄、学習院大学政経学部卒業、米スタンフォード大学大学院留学、英ロンドン大学大学院留学、という金持ちの××息子用ゴールデン・コース。麻生財閥は戦前に炭坑・銀行・電力・病院までを傘下においた大財閥で、現在でもセメント事業を中心に建設・人材派遣業など80社をひきいる麻生グループを形成。麻生財閥が所有していた飯塚炭坑で、強制連行してきた朝鮮人労働者を酷使・虐待していたのは地元では有名な話。そんな「原罪」を知ってか知らずか、「日本会議国会議員懇談会」会長として、教育基本法改悪や靖国神社公式参拝の旗を振ってきた張本人なのだから、麻生の「真意」など言わずとも知れている。
ところがそれ以上に興味深いのが、麻生発言が話題になった6月6日の自民党総務会。その場で奥野誠亮元法相(90歳!)らが「日本と同じ処遇をしようとしたもので強制ではなかった」と麻生に同調したという事実だ。麻生と同じく奥野も妄言専門政治家として有名だが、創氏改名についてはかつて「日本国になり日本人になったんだから、日本人と同じようにしたければさせてあげようということで、日本流の「氏」を使い、名を使うなら申請すればそのようにしてあげましょう、としたんです」(『月刊国会ニュース』95年4月号)と放言している大先輩。大正2年生まれの奥野は、朝鮮統治を担った旧内務省官僚で、どうやら当時の「内鮮一体」という虚構の金看板を棺桶まで持ち込みたいようだ。麻生をかばうのも、同類相憐れむの心情だろう。
怒ったソウル大学の学生たちが、「麻生先生、ぜひ私たちの大学で講演してください」と“招請状”を送ったそうだ。麻生もいまこそ「大和魂」を発揮して、「真意」なるものをソウルで熱く語ればよかろう。 

月刊「自然と人間」2003年6月号掲載

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