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2007年12月31日(月曜日)付

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希望社会への提言(10)―仕事も生活も、そして子供も

・男性の「残業づけ」をやめ、ゆとりと知恵を

・非正社員もハンディなく自立できる社会に

    ◇

 「人」を大切にする新しい長期安定雇用の経営をつくることが、希望社会の土台になる。前回はそう強調した。

 働き手一人ひとりが将来への展望を持てる。創意工夫をし能力を発揮して、働きがいを感じる。それが企業を発展させ経済を成長させる、という姿だ。

 それをもう一歩進めて、仕事を家庭生活と両立させられないものか。

 少子化が急速に進んでいるが、仕事を続けられるなら子どもがほしいと考えている女性は多い。子どもを産んで育てやすい労働環境をつくることが、少子化対策の出発点になるはずだ。

 一歩先の風景を見るため、化粧品最大手の資生堂をのぞいてみた。

 

 資生堂は女性社員が男性社員よりも多い。20年前からフレックスタイムや育児休業制度を導入し、女性が出産・育児で仕事を辞めなくて済むような工夫を重ねてきた。努力の結果、出産・育児で退職する女性がめっきり少なくなった。現社員の勤続年数は男性19.2年に対し、女性も17.6年と肩をならべる。

 いまはワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)に力を入れる。その重点課題が、男性正社員の長過ぎる労働をどうやって縮めるかという問題だ。

 夫が仕事人間で家事や育児を分担できなければ、妻は仕事を続けにくいし、子どもをあきらめるかもしれない。家庭生活とバランスのとれた働き方にすれば、男女ともに得るものが多い。

 「働きづめでは生活者の感覚を失い消費者の気持ちが分からなくなるから、会社にとっても損失。若い社員はもうそんな働き方に魅力を感じていない」と人事部次長の山極清子さんはいう。

 こう書くと、資生堂のように優秀な大企業だからと思われるかもしれない。しかし、地方にも「短時間労働」で業績を伸ばしてきた会社がある。

 岐阜県の南部、長良川沿いの輪中地帯にある電気設備機器メーカーの未来工業だ。ここは上場企業で労働時間が恐らくいちばん短い。年間休日140日、1日7時間15分労働で、残業も営業ノルマもナシ。70歳定年の終身雇用。それでいて給料は県庁なみの高水準である。

 「こんなことをしたら倒産する」。見学に来た経営者は決まってこう漏らすが、じつはそこに成功の秘密がある。

 社内のあちこちに「常に考える」の張り紙があった。5年に1度は1億円をかけて海外へ社員旅行に行き、感性を刺激する。ゆとりある働き方が、製品改良のアイデアを生んでいるのだ。

 たとえば、どんな部屋の壁にもある電灯のスイッチ。未来工業の製品は、その裏にある配線箱を施工しやすい形にするなど11の特許が詰まっている。独自の製品を考案し、無理な値引きをせずに利益を確保して売る。そんな好循環を、創業から40年以上も続けてきた。

 目標は高く遠いかもしれないが、こうした働く環境をめざしていきたい。

 「残業を減らしたい」と考えている企業は多い。しかし、企業は競争しており、そのなかで組織風土や仕事のやり方を全社的に改革しなければいけない。そこに残業減らしの壁がある。

 そこで、極端な長時間労働に規制をかけ、企業の背中を押してやるのも一案だろう。欧州連合(EU)では1日11時間の連続休息を義務づけている。残業を含めて13時間以上は働けない。

 日本でも、残業の賃金割増率を引き上げる法案が国会に出されている。早く成立させるべきだ。

 男性ら正社員の労働時間が異常に長くなったことは、過労死や過労自殺も生んでいる。その一方では、パートや派遣といった細切れの雇用が大幅に増え、労働時間の二極化が進んでいる。ともに人件費リストラが生んだ後遺症だ。二つの働き方は表裏の関係にある。

 企業にとって正社員は、いつでも長時間働いてくれる都合のいい存在だ。だが残業が減ると、非正社員と比べ使い勝手の差がなくなってくる。それにより、両者の働き方や待遇の格差も縮まることが期待できるだろう。

 格差を縮めるには、労働規制の枠組みを立て直す必要もある。バブル後の不況から抜け出すため規制を虫食い的に緩和した結果、派遣や請負など不安定な働き方が野放図に増えてきたからだ。

 こうして格差が縮まれば、「同じ価値の労働に同じ賃金」という均等待遇に近づいていく。そうなると、生活に合わせて正社員でもパートでも働き方を選びやすくなる。同じ企業内の正社員でも、仕事や職種によって賃金体系が分かれていくことも考えられる。

 その過程では、待遇が下がる人が出るかもしれない。だが、非正社員を増やして在籍する正社員の給料を守ってきた面があることを考えると、ある程度は甘受せざるを得ないのではないか。

 こうした改革が実現すると、働き方がさらに自由で多様になるだろう。

 そのとき大切になるのは、急速な技術の進歩に合わせて働く能力を高めていくことだ。正社員には社内教育の機会がある。それ以外の人たちのために、能力開発や職業訓練の仕組みを社会全体で整えていくことを忘れてはならない。

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